第三十二話 極める
兵士団やギルドへの報告を済ませて1週間が過ぎようとしていた。
ナハトの言っていたことが正しければ天泣の幹部はあと3人いることになる……捕らえられていたホリックは口を割らないまま獄中で死んだようだが、状況から見て彼らの仕業である可能性が高いと思われた。
ワタル達はその情報を共有しつつ警戒を強めていた……
身体強化の魔法を持続させることが出来ないだろうか。これがあって獣人のメンバーに遅れを取らずに済んでいるのだから、 万が一の事を思うとやはり切っては置けない話であった。しかし無理に使用し続けるのも身体への負担を考えれば得策ではない。
そのことをメンバーに相談すると、ハウンが「魔法をかけた状態で日常生活を送るのはどう?」と提案した。
平常時からそれを行うことで徐々に身体が慣れ、魔法を使えることの出来る時間も増えていくだろうと考えたのだ。
早速筋力を増幅させたまま食事を摂ることにした。
食べ物を箸で掴むことはいつもであれば何てことない作業であるはずだが、いつもよりも重く感じた。
ゆっくりと時間をかけて箸を動かさなければならないのだ。油断をすると力が入りすぎてしまって箸を折ってしまったり、コップを潰してしまったりする。ワタルは食事をしながらも周りに意識を向けなければならないのでなかなかに神経を使うのだ。
魔法を使ったことでも身体の重さも感じながらもようやく食べ切ることが出来た。皿洗いについては「皿まで割ってたら金が持たないからな」とファングが引き受けてくれた。
休憩した後、筋力を増幅させたまま手紙を書くことにした。
サヤへ新たに幹部を討伐したことを報告しようとスノーが提案し、筆を取ったは良いものの、食事よりも繊細な動きが求められる。
文字通り筆を折らぬよう細心の注意を払って文字を綴った。
その結果……見事に失敗した!インク壺に筆を浸したはずが、上手く持てずに筆先から真っ黒な墨が滴り落ちてしまったのである!! この出来事には一同大爆笑だった。ワタルは顔を赤らめつつ必死に書き直そうとした。
そんな中でもファングは冷静に筆と紙を交換して、再び挑戦していた。
結局、2枚目も失敗してしまったので3枚目の手紙を書くことにしたのだった。
そしてようやく書き上げた。かなり時間はかかったものの、無事にサヤへ送ることが出来たのだった!
それから数日間は力の制御が出来ずに何枚か皿を割ってしまったり疲れから眠っていることが多かったワタルだったが、徐々にコントロールが出来るようになりつつあり、普段の生活に支障が出ることは無くなってきた。
繊細な動きを身体が覚えたことで剣技にも磨きがかかるようになったのだった。
「ワタル…ちょっと表にでてくれ」とファングが部屋の入り口から声をかけてきた。
ワタルは刀を腰に差し、宿の外へ出るとファングが立っていた。
「お前がどれほど強くなったか知っておきたい。訓練に付き合ってくれ。」と彼は言った。
ワタルは「いいけど……手加減してくれよ?」と答える。
「いざとなったら、私が回復するけれど…限界を感じたら必ずそこでやめてね。」とハウンが付け加えた。
「ああ。武器はお互いなし。拳一つでかかってこい。いいな?」
「わかった」とワタルが答える。
「じゃあ……行くぜ!」とファングは叫ぶと同時に飛びかかって来た! ワタルもすかさず構える!そして彼の拳を受け止めようとした。しかし、その拳は予想よりも速かった! ワタルの顔面にヒットする寸前で寸止めされた。
「今ので死んでるぜ」と彼はニヤリと笑った。
「まだまだこれからだよ!」ワタルはそう言い返して構え直す。
それから何度も何度も拳を繰り出したが全てかわされた上に、いなされる!
(身体強化の使い時か…敏捷性を上げて間合いを詰めた瞬間に…くらわせてやる!)とワタルは心の中で決意して魔法をかけた。すると身体が軽くなり、同時にファングの視界から消えたのだった。
それから一気に距離を詰め、土を掴んで彼の顔を目掛けて投げつけた。
ファングは視界を塞がされて後退しようとするも、ワタルは彼の足を払う。そして尻もちをつかせることに成功した。
「おー、拳一つってそういうのもアリなの?」とスノーがあっけにとられて言う。
その隣でハウンがくすくす笑っている。
ワタルも少しズルい気はしたが、ファングは強いのだから油断していられない。
これなら勝てるかもしれない!とワタルが追撃しようとしたその時だった! ファングは飛び上がり、空中で一回転するとそのまま地面に着地した!そして間髪を入れず、回し蹴りを繰り出したのだ。
ワタルは咄嗟に腕でガードしたが衝撃を殺しきることはできず、後ろに吹き飛ばされてしまった! しかし彼は受け身を取りつつなんとか体勢を立て直した。
そして再びファングに向かっていくのだった。
ワタルが拳を振り上げた瞬間、ファングの脚が目の前を横切ったかと思うと身体が宙に浮いたのを感じた。
彼は脚を振り下ろした反動を利用して飛び上がり、バク転をしながら一回転して着地したのだ! まるで体操選手のパフォーマンスのようだ。そう感じさせるほど綺麗な動きだった。
次の瞬間には彼の拳はワタルのみぞおちに入ろうかというところまで来ていた。
ワタルは魔法で腹筋に力を入れて受け止めるとこを試みた。ファングの拳がクリーンヒットした時、痛みは走ったが、硬い壁を殴ったような感触を覚えた彼もまた驚いた表情をしていた。
身体強化魔法をここまで持続したため、ワタルは体力がほとんど残っていなかった。近接している今が最後の好機と思い、ファングの腕を掴み、投げる動作に入る。
しかしファングは振り払おうとしていた。そして互いの力が拮抗しあったまま膠着状態が続いた。
そして、ワタルの体力が限界に達しようとした時、ファングの体勢が崩れ、その隙をついてワタルは彼の腕を掴んで投げ飛ばした。
ファングは地面に叩きつけられる瞬間、受け身を取っていたようだ。
しかし彼は起き上がると再び構えをとった。
決死の攻撃であったが通用しなかったようだ。ガクッと膝をつきそうになった。
「そこまで!そこまでー!」スノーが止めに入った。そして、ワタルはハウンの魔法によって回復魔法を受けた後、ファングに肩を貸してもらって秘密基地へと戻った。
こうしてワタルはファングから直々に実力を認められたのであった。
その日の夜はファングもワタルの実力を認めたということで皆で祝いをすることになった。スノーの実家である雪花のやどりぎ亭に泊まらせてもらえることとなり、スノーやシーラが腕によりをかけて作ってくれた料理はとても美味しくて、皆大満足だった。
そして夜遅くまで語り合ったり、カードゲームをしたりして楽しい時間を過ごしたのだった……
翌朝、レオンとシーラの見送りを受けながら、ワタル達は秘密基地へと戻るのだった。
ナハトから天泣の脅威は示唆されていたがここ1週間は何事もなく平和に過ごすことができていた。
シジュウ共和国とラグド王国の国境も問題が解決したことで通行が再開したという。
シジュウ共和国へ行ってみるのはどうかな?とワタルは考えていた。
ナハトがあの場所を襲ったということはその先に何か重要なものがあるのかもしれない。
他の3人もどうやらその案に賛成のようだった。
続く





