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第二十八話 止まぬ雨

「今朝も大雨とはな…ここ数日ずっとこうだ。」

朝食を食べながらファングが呟いた。彼の表情は暗い。気が滅入っているようだ。

一刻も早く山を登り魔物を倒しに行きたいが、ナハトはよほど心配性なのか、絶対に雨の中を登山はしないようにと釘を刺してくるのだった。


ナハトは彼らの世話を焼くことに余念がなく、料理や掃除、そして会話を楽しんでいた。しかし、ある朝の出来事がワタルの違和感を刺激した。


ワタルは外を見るために窓を開けたのだが、雨の降り頻る中ナハトが佇んでいるのだ。

あれほど危険と言っておいて自分は外に出ているのかとワタルは心配になったが、彼女は雨に打たれているにも関わらず平然とした様子でいる。

ナハトはワタルの視線に気づいたようでこちらを向いた。そしてにっこりと微笑んだのだ。その笑顔を見た瞬間ワタルの背筋に冷たいものが走ったのだった。

しかしそれはほんの一瞬の出来事だった。

すぐにいつもの明るい笑顔に戻り、手を振ってきたのである。

ワタルも手を振り返したのだが……彼女のあの一瞬見せた氷のような表情が忘れられなかったのだった。


その後何をしていたのかも聞くことができず、モヤモヤとした気持ちであった。

それを見透かしたようにスノーがワタルに声をかける。


今日みた光景について説明すると、彼女は「じゃあ、ナハトちゃんが出かけたらこっそり後を追ってみようよ」と突拍子もないことを言い出したのである。

ワタルは呆れながらも、その提案に乗ることにしたのだった。


朝食の後片付けを終えるとナハトは何も言わずにふらっと外へ出ていった。


ワタル達は無言で彼女を見送る。


ナハトの姿が見えなくなると、スノーと2人でこっそり後をつけることにした。

宿から一歩外に出ると、すぐにナハトの姿を見失ってしまった。しかし、周囲を見渡すと地面に彼女の足跡が残っていることに気付き、それを頼りに進んでいくのだった。

大雨に打たれながらもワタル達は必死に進むが、泥に足を取られてなかなか思うように進まない。


結局それ以上は進めず引き返すことになったのだ。

ワタル達は宿へと戻ると突然肩に手を置かれ、驚いて後ろを振り返る。そこにはニッコリと笑うナハトの姿があったのだ! ワタルは背筋が凍るような思いがしたのだった……

夕食後、話し合いが始まった。

宿に滞在することになってから数日が経ったのである。一行はこれからどうするかを話し合ったが、ナハトは頑なに外出することを許さなかった。


しかしこのままでは埒があかないと思ったのか、明日天候がこれ以上悪化しないのであれば山登りを強行することに決めた

翌朝、相変わらず雨は激しいものの風は多少落ち着いているように感じられた。

「今日も外に出るのはやめておいた方がいいよー」とナハトは笑顔で言ったが、一行は宿に留まることを良しとせず出発することを決めたのである。


「数日間大変お世話になりました。俺たちはもう行こうと思います。本当にありがとうございました。」

と、ファングは礼を言ったが、ナハトの表情が曇る。窓から見えたあの顔をしたように見えた。


「そうか…もういいか。」と、ナハトは呟き下を向いたまま動かなくなってしまった。

その姿を見たワタル達はとても嫌な予感がした。

申し訳ないとは思いつつもそのまま出発することに決めたのだった……


宿を出ると大雨の中、よろよろと人影が近づいてくるのが見えた。

遭難者だろうか。ワタル達が駆け寄るとそこには見覚えのある装備を着用した男がいた。

顔などはいちいち覚えていないが兵士団の一員であることは間違いないだろう。


「君たち!俺だ!ホリックを捕まえた時に一緒だったろ?なかなか帰って来ないと聞いて探しにきた!」と遠くから大きな声を出して手を振る。


その時。轟音とともに空からの眩い閃光が男に向かって降り注いだのだ。


男は悲鳴をあげたかと思うと、そのまま倒れ伏してしまった。

ワタル達は驚きのあまり言葉を失っていた。雷が直撃したのだろうか。

一目散にハウンが男のもとへ駆け寄り、回復魔法をかけるが、既に生き絶えていた。


「ほらね危険だって言ったでしょぉ?」と、ナハトの声が背後で聞こえた。

振り向くと彼女はニコニコしながら佇んでいたのだった……

ワタルは愕然とした。今し方兵士の男が命を落としたというのに、それをまるで面白い見世物でも見たかのように笑っているのだから。


ファングやスノーも同じ気持ちであったのか、一様に険しい顔をしている。

ワタルは彼女の態度に腹を立て、キッと睨みつけた。

しかしナハトはまるで怯んだ様子もなく、依然として薄笑いを浮かべているのだった……

先ほどまでの雷雨はいつのまにか止んでいた。雲間から差し込む光が眩しいがそれとは対照的にワタル達の表情はとても暗いものだった。


「急に雨に降られちまって困ったぜ…雷も…ってどうした!何かあったのか!」と後からついてきてきた兵士団達が遺体を目にして驚く。


「先へ先へどんどん行っちまうから何か見つけたのかと思ったら…なんてことだ…!」とその隊のリーダーらしき人物が慌てふためいている。


ワタルが彼らに近づき、情報の説明を試みた刹那、が雷鳴と共に、稲妻が兵士団を射抜いた。

悲鳴を上げる暇もなく、彼らはその場に倒れ伏す。そしてそのまま二度と動くことはなかった……

ワタル達は再び言葉を失って立ち尽くした。一体どうなっているのだ。これは現実なのか?目の前の光景が信じられないのだ。

ナハトは相変わらず薄笑いを浮かべながら彼らを眺めているのみである。

それがとても恐ろしいことのように思えてきたのだった……


「ナハトちゃんの言う通りだったよ…宿の方に戻ろう…この人達もなんとかしなきゃ…」とスノーは言葉を振り絞った。


「その心配ならいらないよ。もう雷が落ちることはない。最も君たち次第だけれどね。」

ナハトはワタル達に語りかけるが、まるで意味が分からなかった。

しかし次の瞬間、その意味を嫌でも知ることになるのである……


けたたましい鳴き声をあげた大きな影がワタル達を覆いつくす。

顔を上げるとそこには巨大な鳥が羽ばたいていた。

しかし普通の鳥ではないことは明らかだ。頭には立派な2本の角があり、鋭い鉤爪を持っている。


この魔物がシジュウ共和国との国境付近に生息すると言われている魔物、ロック鳥であった。

人間には関心を示さないと言われるほど本来は穏やかな性格の魔物であるらしいのだが、何やら様子がおかしい。鋭い目付きでこちらを睨んでいる。そして口を大きく開くとそこから咆哮をあげた! 耳が割れるほどの音量で、ワタルは地面に膝をついた。


3人も同じように苦しんでいる。

ロック鳥は咆哮をあげながらこちらに向かって飛んでくる!ワタルはすかさず剣を抜き、迎え撃とうとした。しかし体の動きが鈍い。視界がぐにゃりと歪むような感覚に襲われると、剣を上手く振るうことが出来ないのだった……


ファングが前に出て双剣でロック鳥を受け止めた。重い金属音が響き渡り、彼の体が衝撃で後退るが、なんとか攻撃を受けきったようだ。

その瞬間、ロック鳥の腹部から鋭い爪が飛び出しファングの体を切りつけた。彼は苦痛に顔を歪めるとそのまま地面に倒れ伏す。


ハウンも慌てて回復魔法をかけるが、傷が深いのか回復に時間がかかり隙だらけだ。


ファングをやられたことで頭に血が上ったワタルは剣を構えてロック鳥に斬りかかる。しかしまるで歯が立たない。容易く回避され、逆に鉤爪の餌食になってしまったのだった……


ワタルは血を吐きながらナハトを睨みつけることしかできなかった。

あまりの激痛で意識を失いそうになるが必死でこらえる。こんなところで倒れる訳にはいかないのだ。


スノーも氷魔法を放出しつづけているが、心なしかいつものような威力を感じない。表情もとても辛そうだ。

ファングもそうだ。ワタル自身はともかく彼ほどの男が手も足も出ないとはどう言うことだろうか? ワタルが動けない今、もはや絶望的だ。

そんな状況の中、ロック鳥は口に炎を蓄え始めるとそのまま放出したのだ!炎の渦が迫る中ハウンが両手を広げて立ち塞がる……ダメだったか……と思われたその時。


避けたかったがある考えが浮かんだ。

ワタルはポケットに手を入れる。


ホリックのあの薬だ。


ホリックを倒した際に回収し、ほとんどを兵士団に預けていたが、悪いとは思っていながら、つい興味本位で何錠か拝借していたのだ。

しかし、今こそ使うべき時だ!ワタルはそう判断したのだった。


薬を飲むと効果はすぐに現れた。ワタルはそこからさらに身体強化の魔法をかける。そして、剣を握りしめると一気に駆け出した。

ロック鳥が炎を吐き出す前にその腹を貫いたのだった。!ワタルはくるりと地面に着地し、大きく息を吐いた。


ファングやハウンも驚きの表情でこちらを見ている。


身体強化での副作用にも慣れてきているためか薬を服用することで襲ってくる体への負担もワタルにとってはそれほど苦にはならなかった。


考えている暇はない。追撃を加えなければ。ワタルはもう一度剣を構えるとロック鳥に向かっていったのだった……

傷口が開く痛みも今は何も感じない。

ワタルはひたすら剣を振るい続けた。

ロック鳥も鋭い爪やくちばしで攻撃してくるが、ワタルはそれを軽々とかわしていく。

不思議とどう動けば良いのかも分かっているような感じがした。

しかし数撃を受けるうちに剣は折れてしまった。これ以上戦うことは難しいだろう。ワタルは勝負に出ることにした。拳を固く握りしめる……そして思い切り振りかぶった。

ワタルはロック鳥の頭部に拳を打ちつけた!何度も何度も。

ロック鳥は悲鳴を上げ、よろめく。

何発攻撃を続けただろうか。気がついた時にはロック鳥は地面に倒れていた。

ワタルは3人に取り押さえられていた。魔物が全く動かなくなってからも彼は殴り続けていたのだ。


最後の体感数分間は全く理性が働いていなかった。やはりこの薬は気軽に使って良いものでさないことを身をもって実感した。ワタルは冷静さを取り戻し、3人に感謝の言葉をかけるのだった……


一度気が抜けると怠さが襲ってくる。

耐性がついているというのは思い過ごしだったのだろうか。立っていられず地べたに座り込む。


ファングもなんとか回復したようだが、戦闘は全く本調子ではない様子である。

ハウンもスノーも何故か力がうまく入らない様子だった。


その時、ピクピクと魔物は動き始め、すくっと立ち上がり雄叫びをあげる。


トドメをさしきれていなかったようだ。一行は再び身構える。

強敵とはいえ相手もかなりダメージを負っている。一丸となればなんとか倒せるかもしれない。身体に感じる重さ気怠さに耐えながら一縷の望みにかけた。


ナハトは表情を崩すことなく戦況を見守っている。


ロック鳥はこちらに向かってくるかと思ったが、突然動きが止まったかと思うと踵を返して走り始めた。

逃走するつもりのようだ。討伐対象とはいえ無闇に命を奪う必要はない。

ワタル達は安堵のため息をついたのだった……

飛び立つロック鳥は苦しそうな鳴き声をあげながら走っていく。追う気力はもはやない。ワタル達は力なくそれを見守っていたが、急に空がまた曇りだす。



「ふぅーん。やっぱりそうなんだねぇ」と、ナハトが突然言葉を発したかと思うと空に向けて手を伸ばしたのだ! 直後、ロック鳥は雷に打たれて絶命したのだった……

一体何が起こったと言うのか。ワタル達は状況を把握できずにいた。


「我ながら…ナイスタイミングだったよねぇ。」とナハトは満足そうに笑いながらこちらへ向かって歩いてきた……

ワタルが話しかけようとするも、ナハトから異様なオーラのようなものを感じ、躊躇してしまう。

先ほどまでの無邪気で明るい雰囲気とは打って変わって鋭く冷徹な印象を受けた。


「今の雷は…お前がやったんだな?」

ワタルが言葉を発するよりも先にファングはナハトに尋ねた。


しかし彼女は何も答えない。ただニコニコと笑っているだけだ。


沈黙が流れる中、ナハトは突然笑い出したのだった。その笑い声は狂気じみておりとても正気とは思えなかった……

あまりの不気味さに思わず後ずさってしまう。


「ご名答!あれは私が放ったんだよ。なかなかの精度だろう?もちろんあの時の鳥も兵士団共もねぇ。」

彼女のその言葉にワタル達は呆然とするしかなかった……


あの時に雷が落ちたのは偶然でもなんでもなく、ナハトの仕業だったのだ。一体どうしてそんなことをしたのか全く理解が追いつかない。

怒りよりも戸惑いの方が強いといった印象であった。


「どうしてそんなことをするの!?とても良い子だなって思ってたしどうしてそんな酷いことを……」

スノーは怒りよりも悲しみの方が強かったのか、目に涙を浮かべながら訴える。しかしナハトは何も答えない。

次第に彼女の様子がおかしくなっていく……

頭痛に耐えているかのように頭を手で押さえてその場に膝をついたのだった。

そして何かをボソボソと呟いたかと思うと突如立ち上がって笑い始めたのだ!その顔は狂気に満ちており正気ではないことは誰の目にも明らかであった。


「それは憎き兵士団への復讐さ!我ら獣人の受けた屈辱と恨みを晴らしてやったのさ。君たちにもよく理解ができるはずだ。」とワタル以外の3人を指差す。


「まぁ、そんな怖い顔をしないでよ。

君たちにも雷を落としてやろうだなんて毛頭思っていない。私が呼び寄せた魔物を仕留めたその実力に敬意を表して我らが天泣の一員に加えてあげようじゃないか!」とナハトは一変して微笑みながらこちらに手を差し伸べてきた。


ファングはその手を払いのけ、「お前たちのような悪に加担するつもりは毛頭ねぇんだよ」と睨みつけるのだった……

ナハトはやれやれといった様子でため息をつくと、再び狂気に満ちた表情に戻った。そして両手を大きく広げながら語り始めたのである……


「そうさ…私のやっていることは悪。邪悪な人殺しだ。だけれど、これでしか世を正せない。この腐った世界を変えるためには、ね。」

彼女はそう言うとワタル達に背を向けたのだった……

そしてそのまま歩き去ろうとするが、突然立ち止まり振り返ったかと思うと、こう続けた。

その目はどこか悲しげで、それでいて何かを訴えているようにも見えた……しかしそれも一瞬のこと。すぐにまた狂気的な表情に戻りこう続けるのだった……

ナハトは語り出したのだ。彼女の過去のことを……






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