第二十七話 山の宿
天泣の幹部を3人を倒したワタル達一向は、しばらくぶりにゆっくりと休むことができた。
秘密基地の庭で育てている野菜も大きく育っており、嬉々としているワタルの姿があった。そんなワタルの姿を見て、スノーも自然と笑顔になっていた。
そんな時、新たな依頼の情報を求めてギルドから帰ってきたハウンから報告があった。
ラグド王国とシジュウ共和国の国境沿いにある山で、最近魔物の大量発生が報告されているという。そのため、その山の調査をしてきてほしいという依頼だった。
ラグド王国から見て南にあるシジュウ共和国の国境付近は高原になっており、道幅があまり広くないこともあり、行き来が難しい場所になっているのだ。
そのため隣国といえどもラグド王国とシジュウ共和国のお互いの国に行き来する手段は山を越えるしかなく、その道が魔物の出現により封鎖されてしまったため、困り果てているというのだ。
「こんな重大なことを…兵士団は何をやっているんだか…まあ準備を進めるか」とファングがいつものようにぼやいていた。
ファングが自室に戻ると「ファングって兵士団のことが嫌いなのかな?」と囁くようにワタルはハウンとスノーに聞く。
「ファングがどう思っているのかは知らないけれど、近年になって天泣の活動が過激化したりして苦しむ人たちが増えているの。それは兵士団がしっかりとしていないからだって考え方が世間に広まりつつあるわ。」とハウンは答えた。
スノーもうんうんと頷いている。そして、ハウンは淡々とした口調で続けた。
「勿論、私は兵士団の人たちが仕事をしていないだなんて思ってないわ。ただこんな国を繋ぐ大事な場所なんだから、おいそれとギルドに依頼を委託するんじゃなくて、自分たちでしっかり調査すべきだと思うの。」
「まあ、でもそれで困っている人が助けられるなら私は頑張るよ。」とスノーがハウンの手を握った。
彼女の一言で、2人の意見がまとまったようだった。
ワタルも頷きながら、その気持ちを受け取ったのだった。
そして数日後、依頼の準備をしっかりと整えたワタル達はシジュウ共和国へと向かったのである。
国境沿いは山岳地帯になっており、豊かな自然が広がっているように感じられる場所だった。空気も澄んでおり、お日様の光を受けた山々が美しい景観を演出していた。
二つの国を結ぶ山道は唯一の通り道なため、もともとはかなり多くの人が行き来することができるようになっていた。そのためか山道には等間隔で設置された照明用の魔法石が使用されており、その光のおかげで夜でも安心して歩くことができるし、観光地化もされているため、ドール山と呼ばれるこの場所は気軽に登山を体験できるスポットとして人気なのだったそうだ。
しかし、魔物が多く姿を現してからというもの、山で遭難する者が増えたり、また観光の際にも魔物による被害が多発したりするようになり、訪れる人はめっきりと減ってしまったのだという。
登山入口の管理棟に辿り着いた一行は、受付で説明を受けた。一般人の登山は現状を鑑みて制限されているが、依頼で訪れた彼らにはあっさりと
許可が下りた。
ワタル達は早速登山を開始した。
管理棟から山脈の頂上まではおよそ6時間ほどの道のりである。
ザインに馬車を出してもらうことも考えたが、ククリのことも気がかりであろうと声はかけなかった。
そのためワタル達は徒歩で山を越えることにしたのだった。
山道にはほとんどの道が整備されているが、整備されていない場所は足場が不安定であるために気をつけなければならない。また、山の天気は変わりやすいため、雨具や防寒着も忘れず準備しなければならないだろう。
道中では野生の動物に遭遇することもあった。しかし、そのほとんどが大人しい性格であり、襲ってくることはなかった。
この山岳地帯で目撃される魔物は主に、狼や熊などの動物系の魔物と、鳥型の魔物の二つに分類できるらしい。
ワタル達は山の中腹に差しかかるまで、その2種類の魔物には遭遇しなかったが山頂に近づくにつれ、その両方の魔物の姿を多く見かけるようになった。
山岳地帯には雨期になると霧が頻繁に発生して視界を悪くすることがあるという。また、山頂付近には強い風が吹き抜けるため、落ち葉や小枝などが風で飛ばされて、それが霧と合わさってさらに視界を悪くしてしまうらしいのだ。
ワタル達は慎重に山道を進むことにした。
そして山の中腹に差しかかった頃、突然に突風が吹き荒れた。それはとても強く、ワタル達の体は吹き飛ばされそうになったほどだった。
天気が悪くなるという話は聞いていなかった。先ほどまで雲一つない快晴だったはずだ。ワタルは体勢を低くし、吹き飛ばされないようにしながら視界の確保に努めた。
山道の途中には宿場のようなものがあったが、営業していないらしく雨宿りに使うのも憚られた。
諦めて歩を進めると山の天候が急に変わったのだ。先ほどまで快晴だった空は黒い雲に覆われ、風も強まり始めたのである。
そしてついに雨が降り出した。それはすぐに土砂降りへと変わり、視界をますます悪くしたのだった。
そんな時、ワタル達の背後からガサガサと物音がした。振り返るとそこには狼のような魔物の姿があったのだ!
その魔物は鋭い牙を剥き出しにし、ワタル達に向かって飛びかかってきた。
しかしその瞬間、狼の体が氷漬けになったのだ! スノーが咄嗟に魔法を発動したのである。そして彼女はそのまま氷の矢を放ち、魔物を仕留めたのだった。
その光景を見ていた他の魔物が、今度は3体ほど一斉に襲い掛かってきた。ワタル達は戸惑いながらも瞬時に戦闘態勢を取る。
鋭い爪と牙を持つ魔物達。しかし、ファングやワタル達も戦闘に慣れた者達だ。各々が持っている剣と魔法を駆使しながら次々に魔物を撃破していったのだった。
ただし雨で足場が悪いため、苦戦を強いられる場面もあった。
一匹一匹はさほど強くないが、次々と群れで襲ってくるため、長期戦になる危険性もあった。
「これじゃきりがないな……こうなったら……」とファングが戦いながら言い、自分に襲いかかってくる魔物の攻撃を受け止め、そのまま一気に殴り飛ばしたのだった。
そして彼は、「ワタル!援護を頼む!」と叫んだ。ワタルはすぐに頷き、ファングに攻撃する魔物を優先的に撃破することにしたのだ。
他の2人もそれに続き、順番に襲いかかってくる魔物達を倒し始めた。
どれほどの時間が経っただろうか……
空からは雷の音も聞こえ始めており、天候は悪化する一方である。ワタル達は魔物の群れをなんとか倒しきることができたのだった。
しかし、この雨では視界も悪く、またいつ魔物に襲われるかわからないため、山頂に向かうのは危険だった。
どこか雨宿りできる場所はないか…
道中にも宿や飲食店といった施設はあったがやはり休業しているようだった。
このままでは夜になってしまう。途方に暮れていた
ワタル達だったが、ふとファングが何かを見つけた。
何者かがこちらへと近づきながら、ワタル達に大声で呼びかけているのだ。
声のする方を見ると、そこにはフードを被った旅装姿の女性がいたのだった!彼女は強い風を物ともせずに力強く山道を駆け抜けながら近づいて来るのだ。その女性はワタル達の近くへとたどり着き、そして足を止めた。しかし大雨が絶えず降り注いでおり、女性が近づいてくる間にもその体はずぶ濡れになっていた。
それでも彼女は笑顔だった。彼女は快活な口調で話し始めたのだった。
「こんな時に登山なんてなかなか攻めてるねぇ。見たところ兵士団…じゃあなさそうだけれど…」とまじまじとワタル達を見つめる。
「私達はパーティとしてこの山に魔物が出るというから退治しに来たんです。貴方もお怪我はありませんか?」とハウンが答えた。
彼女は納得した様子で頷いている。
「ほー。なるほど!この山に登ったきり帰って来ない兵士団の人もいるらしいからね。でもこんな大雨の中、魔物を退治しようだなんてなかなか立派!偉い!」とカラカラと笑い、1人で拍手を始めた。
この女性にも随分と変わった話し方をするなと思いながらもワタルは口を開く。
そしてその女性が身にまとっているフードがずれて顔が見える瞬間があった。その瞬間、ハウンの顔色が変わったのをワタルは見逃さなかった。
目元が鋭く、しかしどこか冷たい雰囲気も持ち合わせている。それでいて思わず見とれてしまうような美しく整った顔立ちをしているのだ。
若い女性はワタル達に笑いかける。
この女性の登場に誰もが唖然とし、言葉を発することができなかった。彼女は全く警戒することなく、堂々とファング達をジロジロと観察している。
すると突然、彼女の背後から巨大な鳥型の魔物が姿を現したのだ!その魔物は翼を広げながら飛び上がり、大きな鳴き声をあげてこちらを威嚇し始めた! しかし、彼女は全く動じる気配もなく、自己紹介をし出した。
ワタル達は理解し難い光景に驚き戸惑っていると、ガシャーンという轟音と共に閃光が彼らの視界を奪った。
視力が戻った頃、そこには信じられないものが映っていた。大きな魔物が地面に倒れ込み、黒く焼けこげているのだった。雷が落ちたのだろうか。
「お天道様からの天罰だねこれは」
そう言うと彼女は何事もなかったかのようにフードを脱ぎ、雨で濡れた髪をかきあげるのだった。
その女性の額には……大きな角が2本生えていたのだ 女性はにっこりと微笑んでいる。
あっけに取られたように彼女と魔物だったものを見つめていると「そんなに珍しい?貴方達だってそうでしょ?私も獣人なの。」と彼女は事もなげに言い放つ。
「しかし、すごい雨。貴方たち獣人のよしみってことでうちに泊まっていきなさいな。国境越えるのだってもう今日中はムリよ」と女性はワタル達を手招きするのだった。
「そこの君もどうぞ」とワタルを指を指す。獣人でないワタルも泊めてあげるというそれ以上の意味はないのだろうが、女性からの誘いに戸惑いながらも、この山で野宿するわけにもいかないと、結局彼女の家にお邪魔することにしたのだった。
ファング達は警戒していた。
しかし彼女はそんな彼らの気持ちなどお構いなしに、ずんずん進んでいくのだ。そして雨風をしのぐために小さな宿の中へと案内された。
中は至って質素な造りであった。床にはマットが敷かれており、壁には毛布がかけられてあった。部屋には大きな窓があり、そのすぐ外には木のテーブルとイスが置かれている。また、部屋の隅には暖炉があった。
女性がずぶ濡れの服を乾かすためにファング達の服も預かり、暖炉のそばに干してくれた。そして彼女はワタル達に温かい飲み物を振る舞ったのだった。
ハウンが彼女に尋ねる。
この女性は何者なのか……なぜこんな場所にいるのか……ワタル達を家に招き入れたこの女性は、自らをナハトと名乗った。ナハトは宿を経営していること、そしてワタル達が山の中腹で魔物と戦っている姿を見ていたことを話した。
そして自分は見ての通り獣人であること、そのせいで苦労してきたことも包み隠さず話してくれたのだった。
「これで少しは私のことを理解してくれたかな?もうちょっとさ、警戒解いてよ」とファングの肩に手を置く。
ファングはその手を払い除けた。
ワタルはその光景を見ながら、彼女に聞きたいことが山ほど浮かんできてなかなか口に出せないでいた。
するとナハトの方から聞いてもないのに話し始めたのだ。
「宿泊料とかは特にいらないよ。ちょうど暇だったしねぇ。お風呂も溜まったらいつでも入ってくれて良いから。あっ、ご飯は7時からね。」と、ナハトは一方的に宿泊の条件や食事の提供を話し続けるのだった。
そして彼女はワタルに顔を近づけた。
その美しい顔が間近に迫り、ワタルは思わずドギマギしてしまう。
「あっ、ありがとうございます。」つい彼は吃ってしまった。
ナハトはワタルの目をじっと見つめると、にっこりと微笑んだ。
「ねぇ!お風呂めっちゃ広いよ!」
スノーは早速館内設備を見て回っているようである。ワタルも彼女に手を引かれて連れていかれた。
ファングは諦めたのか、おとなしく剣の手入れを始めたようだ。ハウンはまだ少し警戒しているのか、表情は硬いままであった。
ナハトの宿は二階建てで一階と二階の左側には宿の受付を兼ねたラウンジがあり、右側は大きな浴室になっていた。天然温泉を利用しているそうで、いつでも自由に入浴できるらしい。脱衣所から扉一枚隔てた向こう側が浴室であるのだそうだ。
さらに浴室の奥には洗い場もあるため、体を洗うこともできるのだ。
ワタルはお風呂にお湯が溜まるのを待っている間に部屋の様子を見ることにした。ベッドのある部屋にはテーブルやソファなどの家具が置かれており、必要最低限の物しか置かれていないようだった。しかし窓にかかったカーテンの色味が暖かみを感じさせており、ホッと一息つける空間になっていた。暖炉はしっかりと火が灯っており、部屋の中を暖めてくれているようだ。ファングの剣も乾かされていた。
ワタルは一通り見終わると、荷物の整理を始めたのだった。
風呂が沸いたので、ファングとともに先に入ることにした。
湯船に浸かりながらワタルは改めてこの宿について考えてみた。ナハトのことはもちろん、なぜここまでしてくれるのか不思議でならないのだ。
「どうした?鼻の下伸びてるぞ?」
とファングにからかわれた。
ワタルは恥ずかしくなって湯船で顔を洗った。
風呂から上がった後もナハトは熱心に話しかけてきた。彼女はとても話し好きで、ワタルやファング達のことを根掘り葉掘り聞きたがった。特にハウンに対しては興味津々であれこれと質問攻めにしていた。最初は戸惑いながらも徐々に慣れてきたのか、質問に答えるようになっていた。スノーも楽しそうに会話をしている。すっかり仲が良くなった様子だった。
そして夕食の時間になった。ナハトの作った料理がテーブルに並べられた。
どれも美味しそうな匂いを放っており、ワタルの食欲を誘った。
こんなに美味しそうな料理を作る人に
悪い人はいないと、ワタルはナハトに対して安心を抱くようになっていった。
食事を終えた後も暫くの間みんなで雑談をしたが、やがて話題も尽きてきたようだった。それを察したのか、ナハトは就寝を促すのだった。
彼女は二階にある客室へとみんなを案内した。ファングを先頭に一列に並んで階段を上がり二階の部屋に入る。
部屋は4部屋ほどあり、男女で分かれることとなった。
外を見るといつのまにか雨は止んでいた。今日の疲れもありすぐに一同は眠りについていった。
翌日、大きな雨音で目が覚めた。
部屋をノックする音が聞こえる。
「朝食が出来たよー。この天候じゃ今日も外出るのはやめておいた方が良いよ。泊まってっていいから。」
ワタル達は好意に甘え、この日は休むこととしたのだった。
早く魔物を倒さねばという気持ちもあったが、雨が激しくては討伐もままならないだろう。
そんな思いを抱えたまま、次の日もその次の日も激しく雨は日中降り続くのだった。
続く





