第二十四話 ゼフィル
ゼフィルは、口元に付いた血を拭いながら言う。
「貴方の勇気は素晴らしかったですよ。少なからずこの私に痛みを与えました。それがその報いだ。我が糧になりなさい!」
ゼフィルは、タクトに向かって、胸に大きな口のような穴を出現させるとそのまま彼を中に収めようとする。
もうダメかと思ったその時。
どこからか飛んできた氷の槍がゼフィルの腹部を貫いたのだった。
彼は叫び声をあげてタクトを掴む手を離す。
何が起きたんだ…考えている間はない。ワタルは折れた剣をもう一度握り直して、ゼフィルの腹部の傷をなぞるように斬りつけた。
これまでとは違い手応えがあった。
ワタルは勢いそのままに地面に倒れ込む。身体強化を酷使した影響で意識が朦朧としてきた。
そこからのことは覚えていない。
気がついたら、ワタルはベッドの上に寝かされていた。どうもわからない。ゼフィルに斬り込んだ時、周りの景色が歪んで見えるほどの必殺の一撃だったように思う。
「よかった!起きた!ファング!ハウンちゃん!」とスノーの声がする。
どうやら氷の魔法を撃ったのは彼女だったらしい。
逃げ出してしまったと思っていた学院生のチームが応援を呼んでくれていたとのことだった。自身の課外授業を終えて戦いに参加したため、体力がほとんど限界に近いファングと、魔力を極限まで使い果たしてしまったハウンも個室のベッドで死んだように寝ている。
怠さは残っているが、体はさほど痛くない。回復魔法をかけられているようだった。
「ありがとう…また俺は助けられたみたい…」とワタルはスノーに言う。
彼女は、ううん。と首を振ると、 でも、ワタルが生きててくれてよかった……と涙ぐんだ。
「応援に呼ばれる前に、ワタルがこの間くれたお守りがピカッと光ったんだよ。最初は何が起きたのかわからなかったんだけど、きっと
これはワタルのピンチを知らせてくれてたんだね。」
そんなすごい力が…と感心していると
、部屋の扉が開かれる。
そこにいたのはサヤだった。
怪我を負った後があるようだったが、五体満足のようだった。
そして2人はあの後のことについて教えてくれた。
ワタルとスノーの一撃はゼフィルに大きなダメージを与えたようだが、倒すには至らなかったらしい。
実は、倒れたワタルがとどめを刺される直前、タクトが一矢報いたのだ。
彼は最後の力を振り絞り、ゼフィルの急所を海賊の剣で突き刺した。
その一撃が致命傷となり、動きが鈍くなったゼフィルをファングが渾身の力で殴りつけた。
その攻撃でゼフィルの肉体は崩壊を始め、やがて完全に消滅したのだった。
「タクトは…どうしたの?」とワタルが問いかけると、2人の表情は暗く、下を向いている。
しかし、しばらく沈黙が続いた後にサヤが言った。
「負った傷があまりにも深すぎて
……あいつを倒した頃にはもう……」と。
ワタルの目から涙が流れ落ちる。
天泣が憎くて仕方がなかった。あの化け物のような者がのうのうと生きている限り、この悲劇がまた繰り返されてしまうかもしれないのだから。
彼が絶望に打ちひしがれていると、サヤは手に持っていた袋を差し出した。
中には、ワタルが使っていた折れた剣が入っていた。
決して高価なものではないが、丁寧に磨かれており、なにより使い込んだ愛着のあるものだった。
サヤはそんな彼のことをただぎゅっと抱きしめた。
彼の背中に回された彼女の手から感じる体温が、ワタルの心を温めていくのだった。
涙を流す2人の間に言葉はなかった。
ただ静かに時が流れていくだけだった。
そんな2人の様子を見てスノーはそっと部屋を後にしたのだった。
程なくして、今回の課外授業での一件が国中に発表された。
学院の危機管理不足を指摘する声もあり、学院長が責任を取る形で辞職することになった一方で、反社会組織天泣の幹部ゼフィルを討ち取った功績は讃えられ、サヤやワタル達一向は新聞
の一面をかざるほど注目度が高まったのだった。
翌日、ワタル達は講義室に向かう途中で大勢の学院生たちから声をかけられた。
単純にその強さに尊敬の眼差しを向けるものや、憧憬の眼差しを向けるもの、あるいは純粋な恐怖や憧れを向ける者もいたが、ワタル達の心は影を落としたままだった。
タクトのことを考えるたびに、とめどなく涙が溢れ出てしまう。
講義室で生徒達が集まっていると、副学院長が入室してきた。
彼は今回の課外授業での一件を謝罪し、今後の対応策について説明を行った。
まず、課外授業のカリキュラムは大幅に変更されることが決まった。
また天泣のような組織が今後現れないとは限らないため、その対抗策として魔法技術や戦術をより深く学んでいくことが目標となった。
それ故に、カリキュラムの内容は増えることになったが、実戦もこれまで以上に重視し、訓練を行う上での問題点などを見直して調整していくつもりだという。
ワタル達短期の合宿生は今週を持って学院を退校しなくてはならない。
しかし、今回の課外授業での活躍は高く評価されており、このまま学院に残り続けることもできるかもしれないとのことだった。
ワタル達はその提案に少し心が揺らいだが、パーティでの活動を優先したいと伝え、本日で退校することを伝えることしたのだった。
副学院長は残念そうな顔をしたが、そういう答えを言われることもあると思ってか、すぐに納得してくれた。
帰路に着く日には、多くの生徒から応援や感謝の言葉をかけられたが、それを受け止めるたびに辛さを感じてしまうのだった。
サヤに挨拶を済ませて行かなくては。ワタルはそう思い、彼女と共に過ごした練習場へと足を運んだ。
しかしそこには予想もしていない光景が広がっていたのだった。
練習場に近づくにつれて、騒がしい声が聞こえてくる。何か事故でも起きたのだろうか?ワタルは走ってその場に駆けつけた。
そして目にした光景に彼は言葉を失った。
なんとそこには、数百人もの学院生達が一同に集まり、サヤと握手や抱擁をしてその成長を喜び合っていたのだ。
サヤは、信じられないといった様子でその場に立ち尽くしていたワタルにそっと近づいて言う。
「この光景を見たらわかるでしょ?私はもう大丈夫だって。だから心配しないで……ね? 」彼女はそう言って微笑むと、ワタルの手を引いてみんなのところに向かうのだった。
人を避けていた彼女が心から嬉しそうにしている彼女を見て安心していた。
「また会えるよね?次に会うときには、もっと強くなるから楽しみにしててね。」とサヤは笑ってそう言った。
ワタルは秘密基地の連絡先を教え、文通をすることを約束し、2人は別れた。
今回の出来事を一生忘れることはないだろう。合宿を終えて実力はついた。でもまだ届かぬ領域がある。
ワタルはもっと強くなることを心に誓ったのだった。
そして、一向は学院を後にし帰路に着くのだった。
ワタルたち学院を退校してから数週間が経過した頃、一通の手紙が届いた。差出人はサヤだった。
タクトの両親がワタルやサヤに会って話をしたいと言っているという知らせだった。
タクトの家は由緒ある家柄であると聞いている。息子を死なせてしまったことについて恨み言を言われても当然だろう。しかし、彼の無念が晴れるわけではないが、どんなことでも受け入れる覚悟をして一向はサヤと合流し、タクトの家に向かったのだった。
立派な門構えの家だ。呼び鈴を鳴らして待っていると使用人が出迎えてくれた。
応接間へと案内される。そこにはタクトの両親が待ち受けていた。
2人は深く頭を下げてワタル達を迎えてくれたのだった。
しかし、彼らは恨み言を言うどころか、感謝の言葉を述べてきたのである。
長男であるタクトの兄は消息が不明で、無事であるかどうかすらわからない。唯一残されていたタクトの両親は更に彼を失ってしまったことで、どうしたらいいかわからず毎日苦しんでいたのだという。
そんなタクトの両親が、ワタルたちの行動と強さについて褒めてお礼を言ってきたのである。
ワタル達はあまりに予想外の展開に頭が追い付かず、長い間固まっていた。
その中で勇気を振り絞ってワタルが聞いてみた。
どうして恨み言の一つも言ってこないのかと。すると父親は静かに話し始めたのだ。
「タクトが天泣という巨悪に立ち向かったことは誇らしいことだ。
ただ、我々が兄と比較しすぎたことが影響して同じように魔法を極める道へと進み、命を落とす結果となってしまった。」
タクトは優しい子だった……それだけが悔やまれると。
そして、ワタル達にはタクトの分も生きて幸せになって欲しいと彼らは言ったのだった。
ワタル達はその言葉に深く感謝したのだった。
タクトの実家を後にし、サヤとの別れ際、彼女は言った。
「私、タクトのお兄さんを探してあげようと思う。いつか立派な魔法使いになってね。」
そう言って手を振って去ったのだった。
ワタル達も手を振り替えして、やがて彼女は見えなくなった。
その背中には一抹の寂しさのようなものが感じられたが、同時に頼もしさがあったように感じられてならなかった。
強い彼女はこれからもっと強くなるだろう。
そして自分は、今日からまた自分を鍛え直し、守れる者のために剣を振るっていこうとワタルは心に固く誓ったのだ。
続く





