第二十二話 サヤ
次の日、教授からの勧めで爆発や水の魔法に挑戦したが、やはりこちらもうまくいかない。しかし、昨日の出来事が自信に繋がったのか、落ち込むことなくまた練習に励んだ。
目に見えて成果は出ないが努力を続けるワタルに教授も思うところがあったのか、ある日、彼の練習を見てこう言った。
魔法はイメージが大切である。なりたい自分とはどんな者だ?と。
ワタルは考えた。そして、ファングやハウン、スノーの顔を思い浮かべた。
この仲間たちを守れる強さが欲しい
。
ワタルはそう答えた。
教授は頷き、こう続けた。魔法とは心の強さである。強い思いは必ず形となって現れると……。
ワタルはその言葉を胸に、また練習に励むのであった。
「ありがとうございます!この後も居残って練習をしても良いですか?」とワタルが聞くと、「掃除をしてからだぞ」と教授は笑った。
ワタルは元気よく返事をして掃除に取り掛かったのだった。
一通り掃除を終えて魔法の練習場へ向かうと砂の少女が立っていた。
「もしかして待っててくれたの?」
とワタルが聞くと彼女はコクリと頷いた。
「また明日って言ったから、約束は守る」と彼女は言う。ワタルは嬉しくなってありがとう!とお礼を言った。
それからというもの、数日2人で日が落ちるまで魔法の練習場で練習をするようになった。
****
「身体強化…?」
とワタルが尋ねると彼女は頷いた。
身体強化はその名の通り、身体を魔力で強化する魔法である。
魔力を全身に張り巡らせて身体能力を向上させることが出来るらしい。
回復魔法や炎、雷、砂と様々な魔法を試したがどれも上手くはいかなかった。
しかし、身体強化は違った。魔力を全身に張り巡らせると身体が軽くなり、力も漲るような感覚を覚えたのだ。
今まで仲間の獣人のように力強い動きが出来ない自分が歯痒かったし、ファングやハウン、スノーに守られているのが申し訳なかったのだ。
そうした思いが身体強化の魔法へと結びつき、ワタルにとって大きな進歩となったのだった。
筋肉を強張らせると、力が漲り、岩をも砕けそうな感覚になった。
試しに近くにあった岩に拳を打ち込むと、岩は粉々に砕け散ったのだった。
ワタルは喜び、砂の少女に感謝を伝えたが彼女は特に喜ぶわけでもなく、ただ静かに微笑んでいた。
しかしながらこの魔法には代償があった。
身体強化は魔力を常に消費し続けるらしく、使いすぎると身体に大きな負担がかかり、激しい頭痛や体の痛みに襲われるらしいのだ。
ワタルも練習中に何度か立ちくらみに襲われたことがあったので、気をつけるようにした。
そして、この魔法を使いこなすには相当な体力が必要であることも同時に知ったのだった。
戦闘の時もいざという時に使うという形になろう。ワタルはそう決めて、練習を続けるのだった。
****
その頃、ワタルの仲間の3人といえば優秀な成績を収めていた。
ハウンは元々使えていた回復魔法が更に進化し、今では学院でもトップクラスの回復魔法の使い手となっていた。
スノーは氷魔法の練度が上がり、吹雪を自在に操るようになっていた。
ファングは魔法こそ使えなかったものの、学院生との鍛錬で、剣技の腕がメキメキ上達し、今では同世代の生徒で太刀打ちできるものはいなかった。
ワタルは彼らの成長を自分のことのように喜んだが、同時に焦りを感じていた。
もっと強くなりたい。その一心で
、ワタルは休日返上で魔法の練習に励んでいた。
練習場へ足を運ぶとわずかではあるが、学院生が練習に励んでいた。
ワタルは彼らを見て、自分も負けてられないなと奮起し、早速身体強化の練習を始めた。
時間にして10秒も持たないうちにゼエゼエと息を切らし、頭痛や体の痛みに襲われた。
無性に喉が渇くし、身体が重い。
ワタルは水を飲みに練習場を後にして、休憩所へ向かった。
そこには先客がいたようで、砂の少女が水を飲んでいた。
ワタルが彼女に声をかけると、彼女は水の入ったコップを差し出してくれた。
礼を言って受け取るとゴクゴクと一気に飲み干した。すると、身体が軽くなり頭痛や身体の痛みも消えていったのだった。
「今日も練習してたの?無理しない方がいいよ。」と彼女はワタルに言う。
最初に出会った頃よりも随分表情が明るくなった気がする。ワタルは彼女に心配をかけてしまったことを詫びて、もう大丈夫であることを伝えた。
彼女は安心したように微笑んだ。
「君はいつも誰かと練習してるの?」
ワタルがそう尋ねると、彼女は首を横に振る。いつも1人で魔法の練習をしているという。
「私に友達はいない。群れるのはあんまり好きじゃないの」と彼女はポツリと答えた。
ワタルはそれを聞いて胸がチクリと痛んだ。
初対面時こそ、少々冷たい印象を受けたが、煙たがられるような人柄ではないことはここ数日一緒に掃除をしたり、魔法の特訓をした自分がよく知っている。それでも近寄りがたい何かがあるのだろう。
ワタルは何を言えば良いか迷ってしまった。彼女を傷つけたくないし、力になりたいと思ったからだ。
「それでも、君は俺のことを助けてくれたよね。どうして?」と尋ねた。
彼女は暫く考え込んだ後、口を開いた。「困っている人をなんだか放っておけなかったの。」と答えた。
ワタルは微笑んだ。やっぱり彼女は悪い人ではない、ただ少し不器用なだけなのだと思った。
それでも自分は彼女に助けられたし、友人になれるんじゃないかと思った。
そう伝えると彼女は照れたように俯いてしまったが、小さな声でこう答えた。
「ありがとう……」と
それから2人は他愛もない話をした。彼女が好きな食べ物の話や魔法の練習のコツなどだ。
そして、ふと彼女が言った一言にワタルは衝撃を受けたのだった。
それは彼女が自分の生い立ちについて語った時だった。彼女には魔術学院に入学する前の記憶がほとんどないのだという。
一番最初の記憶は獣人に覚醒し、行き場もなく途方にくれていたところ魔女を名乗る女性に拾われたこと。
サヤという今の名前も魔法がつけてくれたものであること。
それから、縁あって魔術学院に入学し、数ヶ月も経たぬうちにメキメキと頭角を表していったという。学院からも丁重に扱われ、それもまた彼女の周囲から孤立する要因になっていたのだった。
ワタルは彼女のこれまでの境遇を聞いて、胸を痛めた。同時に自分が彼女と同じ立場だったらどうしていただろうかと考えた。
「信じてもらえないかもしれないけれど…実は俺は別の世界から来たんだ。」とワタルが打ち明けると、彼女は目を丸くしたが、静かに耳を傾けていた。
自分が別の世界から来たことや、天泣と戦っていたこと、仲間との出会いを語った。
彼女はずっと静かに聞いてくれた。最後まで聞いた後、口を開いた。
彼女にとってとても衝撃的な内容だったはずだ。それでも真剣に受け止めてくれたのだ。そして彼女はこう言った。
「お互い苦労しているね……」と。
ワタルは、そうだね……と笑った。彼女が心を開いてくれたような気がした。
その後もしばらく話し込み、時間が過ぎていった。
最後に彼女はワタルに改めて礼を言ったのだった。そして、明日もまた一緒に練習をしようと誘ったのだった。ワタルはそれを快諾し練習場を後にした。
その晩はぐっすり寝ることができたのであった。
翌朝、練習場に向かうといつもの場所でサヤは既に待っていた。
こちらに気がつくと軽く微笑んで手を振ってくれる彼女にこちらも笑顔で手を振り返した。
そして、挨拶もそこそこにいつものように魔法の練習を始めたのだった。
身体強化の魔法は力、跳躍力、敏捷性、五感のいずれかを短い時間ではあるが増強することができるようだ。
しかし、それぞれの力を一時的に増強しているだけなので、魔法が切れた瞬間はいつも通りになってしまう。いや、体への負担が大きい分マイナスか。ただ、限界を迎える前に解除をすれば、少し魔法が長持ちすることに気がついた。
そんな時だった、水色の髪を靡かせた青年がこちらへと向かってくる。
闘技場でサヤと激戦を繰り広げた男だ。
サヤは彼の姿を見つけると表情を曇らせるのだった。
彼はそんなサヤを見て、ニヤリと笑った後、こちらに話しかけてきた。
「ヤァ、そんな怪訝そうな顔をしないでくれよ。挨拶ぐらいさせてくれよ」
と気さくに話しかけてくる彼に、ワタルは戸惑いを隠せない。
しかし、サヤは警戒を解かない。ワタルの後ろ引き下がって影に隠れている。怯えたようなその姿はさながら子猫のようだ。
「ンー!これだいぶ嫌われてる感じ?この間の勝負のこと気にしてる?あれは偶然さ。10回やったら8回は俺が負けるのさ!なんせ君は学院一の実力者だからね」とケラケラと笑う青年。
それを見てサヤは眉間にしわを寄せ、ますます警戒を強めている様子だ。
青年はため息を一つついた後、ワタルへ目を向けた。
「じゃあ、そっちの彼悪いけどちょっとついてきてくれる?」とニッコリ笑う。
ワタルがサヤへ視線を向けても彼女は彼を睨み続けている。
「待っているから行ってくれば」とサヤは背中を押した。
しかたなく、ワタルは青年の後をついて行った。彼はサヤからだいぶ離れたところで足を止めた。周囲に人影はなく、この辺りには人の気配もなかった。
青年はこちらに振り向くと口を開いた。
先日、模擬試合をしていた時の彼とは別人の様な優しい表情で言葉を続ける。
「来週から課外授業として、学院生で
チームを組んで迷宮探索を行うことは知ってるよな?」
ワタルが頷く。
学院生は課外授業として、この迷宮に潜り、魔物の生態調査や素材集めなどを行うのだ。また、この課外授業では成績もつくため、生徒たちにとっては非常に重要なイベントなのである。
合宿参加者も一員として加わることもあると聞かされており、ワタルは頭の片隅には入れていた。
しかしなぜ彼は今その話を始めたのか?ワタルは疑問に思い尋ねる。
すると、青年は腕組みをしてこちらを見て、こう言った。
「学院の意向で、俺と彼女は同じチームになることが決まっててさ、あともう1人合宿参加者からってわけなんだけど、あの子と一回も話したことがないし、挨拶はしておこうと思ってさ」と青年は語る。
なるほど、彼なりの礼儀だったのだ。
しかしサヤには全く伝わらないぞ……と思いワタルは内心同情するが口にはしなかった。
青年は大きくため息を吐くと更に続けた。
何と!驚くことに青年はサヤに一目ぼれしたというのだ。
そして、なんとか彼女とお近付きになりたいが、どう話しかけたらいいかわからないとのことだ。
そこで、ワタルがサヤと仲良さげにしているのを知っていたので、ついてきて欲しいと言ったそうだ。
「それで、俺にどうしろって言うことですか?」
はっきり言って面倒くさいことになりそうだ……と内心思いつつワタルは尋ねる。
青年は咳払いをするとこう答えた。
「君は合宿生だろ?君をチームに推薦するから…その…仲を取り持ってくれないか?」
青年は申し訳無さそうに両手の指先を合わせてお願いされる。
ワタルは2人と何も知らない合宿生のチームの雰囲気を想像してみた。
青年はサヤに相手にされないだろう。
合宿生は困惑するだろう。
……うん。無理だな。ワタルはそう結論づけた。
ワタルは自身が参加の機会をもらえることで、実力を試す良い機会になるのではと考えた。
どちらにせよ、サヤと彼が同じチームであることは決定事項なのだから、少しでもやりやすい空気作りが出来た方が良いのだろう。
「わかりました。ただ、こちらからもお願いがあります。」
ワタルが続けると青年はなんだと姿勢を正して耳を傾けた。
第一に、サヤが嫌がるような言動をしないこと。
とはいえ同じチームなのだから、最低限のコミュニケーションは取れるようにサヤにも伝えていくつもりだ。
第二に、自分の力も知っておいてほしいと伝えた。
すると、「了解。俺が身を持って知っておこう」と返答があった。
またついてくるようにと指示を受け、ワタルはついて行った。
ワタルが連れてこられた先は広い運動場だった。
競技場というより、魔術を練習するためにつくられたものだろう。白線が引かれ、芝生で覆われている部分がグランドだろうと思われる。また大きな樹や草原もあれば、小さな池もあるなど、色々と趣向が凝らされている場所だ。
「さあ、いつでもいい。本気で俺にかかってくるんだ。」と青年は言った。
ワタルは距離を取ると、構えた。身体強化の魔法を発動して駆ける、間合いを詰めると跳び蹴りを食らわせる……しかしそれはひらりと避けられてしまう。
着地と同時に今度は拳を打ち込んだが、それも避けられてしまった。
青年は余裕の表情でワタルの攻撃を躱している。
これが学院トップクラスの実力か。まだ相手は魔法すら使っていない。
ワタルは必死に動き回って攻撃を繰り出すが、それでも当たってくれない。
身体強化魔法を解除し、相手の出方を伺う。敏捷性を上げても攻撃力でも思うようにいかない。
ならば、とワタルは跳躍し蹴りを繰り出す。しかしそれもまた避けられてしまう。
青年は楽しそうに笑っている。そして、彼はこちらへと向かってくるとワタルの足を払った。バランスを崩したところへ、拳が飛んでくる。なんとか腕で防いだ。
ワタルは地面に叩きつけられる前に受け身を取り、すぐに体勢を整えた。そしてもう一度攻撃を試みるとようやく肩の辺りに一撃を与えることができた。少しよろけたところで追撃を加えようとしたところ、水の塊が飛んできた。ワタルは咄嗟に避けたが、水の塊が当たった芝生は広範囲に及んで抉れている。そこからが本当の勝負だった。
なかなか反撃の機会はやってこない。防戦一方で完全に手玉に取られてしまっている状態だ。彼は確実に手加減をしているのにもかかわらずだ。
何度も避けているうちに濡れた地面に足を滑らせてしまった。
まずい…そう思った時にはもう遅かった。まともに水泡を食い、ワタルは大きく吹き飛ばされてしまった。
後ろを振り返ると大木があった。
このままではぶつかりそうだ。
これを打開する策は…。
真横に飛ぶ。力を振り絞って身体強化を発動し、跳躍力を倍増させる。
両足をバネのように縮め、幹を思い切り蹴った。
そして、自身の運動エネルギーを全て攻撃に使った。
タイミングよく渾身の体当たりが青年の体にヒットする。
青年は驚いた表情を見せながら「ぎゃぁ!」と叫び後ろへ倒れていく。
ワタルも同時に地面に叩きつけられた。疲労で震える足に耐えながら立ちあがろうとすると、至近距離から大きな泡のようなものに当てられ、ワタルは頭をすっかりと包まれてしまった。
息が苦しくなり、その場でもがくように泡を叩く。
頭だけが水槽に閉じ込められたように泡の中は水で満たされていた。
これでじわじわと敵の体力を奪うことが目的なのかもしれない。
しかし、ワタルはただ狼狽えているのではない。冷静な頭で相手の魔法を見極めようと必死だったのだ。水の温度はあまり熱くない、顔には痒みや痛みを感じない……つまりこれは酸なんかの消化液系の攻撃ではないと確信し
た。
しかし同時にこの状況をどう打開すればいいのかも思い付かなかった。息を止めていられるのも時間の問題だろう。
こうなったらイチかバチかでもう一度体当たりしてみるしかない。そう思った時、目の前に短剣が飛んできて泡の中で乾いた音を立てた。
水が吸い上げられるようにして泡が消えると、すぐに息ができるようになった。
青年が泡を割ったようだ。
ワタルはパチパチと瞬きをしながら彼を見た。
地面に大の字になり、今にも途切れそうな息をなんとか整えようとしている。その横には青年の短剣が地面に刺さっていた。
だいぶ手加減をしてくれていたことはわかっていたが、ここまで実力差があるとは思いもしなかった。
青年はワタルの視線に気がつくと口を開いた。
よろよろとしてはいるが立ち上がっていられるらしい。そしてこう続けたのだった。
サヤと仲良くなりたいから協力してくれと……。
ワタルは苦笑いするしかなかった。
しかし、この青年も悪い人ではないようだ。
ワタルはサヤに青年のことを伝え、彼のことをどう思っているかも尋ねた。
すると彼女は何も答えず俯くのだった。青年とチームを組むことについては学院が選んだということもあり受け入れてはいるという。
それから数日の間、ワタルは青年やサヤのことを気にしつつも、課外授業の準備を進めていった。
続く





