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【書籍好評発売中】離縁ですか、不治の病に侵されたのでちょうどよかったです  作者: 鈴木 桜
第4章

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第39話 光と影



 アイリスのサファイヤの瞳は母譲りだ。

 『宝石みたいね』と褒められる度に嬉しくて、誇らしくて。


 その母の瞳の青がじわりと滲んで、色が溶ける。


(お母様、泣かないで)


 そう思った。

 いつも泣かせてばかりだった。

 悲しい顔をさせてばかりだった。

 どうか泣かないで、と。いつも、そう思っていた。


「アイリス……」


 隣にいたマシューが、そっとハンカチを差し出した。

 そうか。


(泣いているのは、私だ)


 じわり滲んだ涙がぽたりと落ちた。

 その瞬間、母がはっとして。


 駆けだした。


「アイリス!」


 一目散にアイリスに駆け寄って、彼女の身体を抱きしめる。


「泣かないで、アイリス」


 優しい声で彼女の名を呼び、優しい手で彼女の背を撫でた。


「お、かあさま」

「なあに、アイリス」

「お母さま、お母さま……!」


 アイリスは何度も呼びながら、すがるように母に抱き着いた。それすらも母は優しく受け止めてくれて。


 本当は笑顔を見せてあげたかったけれど。


 やっぱり上手くはいかなくて。

 でも、それでもいい。

 時間はたくさんあるのだから。


 今はただ、気持ちの済むまで。

 今までの分まで。

 たくさん泣こう。


 子供のように泣きじゃくるアイリスを、母はいつまでも抱きしめてくれたのだった──。




 * * *




 その日、マシューはいつの間にか侯爵家の屋敷からいなくなっていた。執事に『また連絡する』と言い置いて。

 アイリスたちの家族水入らずの時間を邪魔したくないと思ったのだろう。そのまま、アイリスは実家で過ごすことになった。


 だが、それから数日たってもマシューがアイリスのもとを訪ねて来ることはなかったし、手紙すら送られてこなかった。


 代わりに、意外な人物がアイリスのもとにやって来た。


 国王だ。


 執事に国王の来訪を告げられた時の父と兄の顔は、青色を通り越して土気色だった。

 国王が自らの足で臣下の屋敷にやってくるなど、あってはならない事態だ。


「お忍びだ。気にするな」


 そう言われても、気にしないわけにはいかない。

 父も兄も国王の応対をしようと応接間に飛んで行ったが、二人とも早々に追い出されてしまった。


「用事があるのはアイリス嬢だ」


 とのことで、アイリスは応接間で国王と二人きりにされてしまった。

 緊張で身体も喉もガチガチだが、まず伝えなければならないことがある。


「ありがとうございました」


 国王はアイリスが手ずから入れた紅茶を飲みながら、一つ頷いた。


「ああ、気にするな。錬金の魔女には借りがあったし、ちょうどよかったのだ」

「借り、ですか?」

「ああ、あの魔女とは長い付き合いでな。ちょっとした頼み事をすることが、たまに……、そう、極たまにある」


 この『たまに』は普通の感覚で言うところの『たまに』ではないのだろう。

 つまり、この国王は普段から錬金の魔女をそれなりにこき使っているということだ。


「いえ、それでも。皆様のおかげで、全てを解決することができました」

「そうか? 結局、何も犠牲にせずにすべてを守り切ったのは、あなたの執念と手腕によるものだろう。

 今は独身だしちょうどいい。どうだ、私の右腕として王宮で働かないか?」


 国王は何でもないことのように言っているが、とんでもない話だ。冗談にしては質が悪い。


「冗談だと思っているな? かなり本気だぞ? マシューのような頭が固い朴念仁よりも、政治の世界に向いている」


 これでは褒められているのか、けなされているのか分からない。いずれにしても答えようがないので、アイリスは苦笑いを浮かべることしかできなかった。


「まあ、その件は追い追い考えろ。先に片づけるべきことがある」

「片付けるべきこと、ですか?」


 妙な言い回しに、アイリスは首を傾げた。


「あの日、あなたの魔法で世界の均衡は守られた」


 どうやら、国王は錬金の魔女からかなり詳しいことを聞いているらしい。


「ところが、あなたの魔法は、いささか()()()()()


 国王は紅茶を一口飲んで、深く息を吐いた。


「……歴史に名を残すことはないが、この国の歴史の裏にはいつも魔女や魔術師がいた。彼らは細々と、だが確実に歴史に影響を及ぼしてきた。


 だがそれも、数十年前までだ。技術革新とともに彼らの存在は意義をなくし、ゆるやかに消えていく。そういう運命だったのだ」


 それは、アイリスも理解していた。

 数週間前、あの魔女集会で魔女たちに同じことを言われたのだ。


『私たち魔女は、そろそろ店じまいをしなきゃならない。その手伝いをあんたに頼みたい』


 と。

 具体的に何をするのかは聞かされていないが、首都に戻ったら錬金の魔女から連絡が来ることになっていた。


(そういえば、まだ錬金の魔女から連絡がない……)


 ハッとして顔を上げると、国王はニヤリと笑っていた。


「私は、あの魔女に頭が上がらんのだ。だからこうして、伝言役に使われているというわけだ」


 肩を竦めた国王に、アイリスの背に緊張で汗が伝った。伝言役と言っても、ただの人ではない。国王だ。この人に命じられれば、アイリスは断ることができない。


 それを知ったうえで、魔女たちは国王をここに来させたのだ。


(そんなことしなくても、あの人たちの頼みなら断らないのに)


 それは魔女たちにも分かっているだろう。

 それでも、こんな回りくどい方法をとったということは、それほど重要な仕事をアイリスに任せようとしているということだ。


「光が強くなれば影は濃くなる。この先、不穏なことが起こると魔女たちは言っていた。……あなたには、世界の平穏のために、ひと働きしてもらうぞ」


 アイリスは改めて背筋を伸ばし、しかと頷いた。




 * * *




 マシューがアイリスを訪ねてきたのは、その翌日のことだった。


 庭園で待っていると執事に聞かされ、慌てて出てみれば、マシューはバラの咲き誇る庭園の真ん中でアイリスを待っていた。


「マシュー様」


 アイリスが呼ぶと、マシューが振り返った。

 その表情が緊張で硬くなっている。


「君に伝えたいことがあって」

「……はい」


 マシューはアイリスの前に跪き、彼女の手をとった。


 三年前の結婚式の前日、『結婚してください』と伝えてくれた時と同じだ。


「愛しています。どうか、私と結婚してください」


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\新作投稿はじめました/

ある公爵令嬢の死に様

彼女は生まれた時から
死ぬことが決まっていた

まもなく迎える18歳の誕生日
国を守るために神にささげられる

生贄となる

だが彼女は言った

「私は死にたくない」

 

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