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【書籍好評発売中】離縁ですか、不治の病に侵されたのでちょうどよかったです  作者: 鈴木 桜
第3章

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第26話 二度目のダンス



 マシューが準備してくれたドレスは、エンパイヤ・スタイルと呼ばれる、少し古い型だった。胸の下に切り替えがあり、そこからスカートがストンと落ちるデザインになっている。

 コルセットやパニエを身に着けないので、息苦しさを感じることはない。胸に痛みを抱えるアイリスのことを気遣ってくれたのだろう。

 エンパイヤ・スタイルではモスリンなどの軽くて薄い生地で仕立てることも多いが、このドレスは刺繍を施した分厚い絹地で仕立ててある。ところどころに宝石を使った装飾が施されているし、袖も手首まで隠れる長さだ。また、大きく開いた胸元はレースの襟で縁取られていて、背中側には紺の天鵞絨で仕立てたロングトレーンがついている。正装として宮廷にも着ていける格式高いドレスだ。

 髪はゆるく結い上げ、巻き髪を垂らし、サファイヤと銀のネックレス、イヤリング、髪飾りを身に着けた。


「お美しいです……」


 着替えを手伝ってくれた城のメイドたちがうっとりと見惚れて、隣に控えていた執事長は自慢げに胸を張った。

 さらにその隣でテオも感心している。


「あんた、ほんとに貴族のお姫様だったんだなぁ」


 北に旅立ってからのアイリスは、庶民的な服ばかりを着ていた。それどころか、寒さをしのぐために下着も上着も何枚も重ねるので着膨れしていた。

 テオはアイリスの貴婦人らしいドレス姿を見るのは初めてなのだ。


「あー、うん。これは。あいつが惚れるのも頷ける」


 などと言って、うんうん頷いている。


「それで? あいつは到着したのか?」


 テオがメイドに尋ねるのと、城の執事がマシューの到着を告げに来たのはほぼ同時だった。


「では、私は旦那様のお支度をお手伝いしに行ってまいります」


 執事長は慌てて部屋を出て行き、メイドたちも仕事が終わったので退室していった。

 部屋の中に、アイリスとテオだけが残される。


「ほんと、きれいだな」


 そう言って、テオがアイリスの手を取った。


「ほら、ちょっとクルっと回ってみろ」


 アイリスは言われるがまま、クルリと一回転して見せた。ドレスの裾がひらりと舞う様を見て、またテオが笑みを深くする。


「うん。きれいだ」


 何度も言うものだから恥ずかしくなって、アイリスは思わず俯いてしまった。


「今からそんな調子で大丈夫か? あいつと踊るんだろう?」

「そうだけど」

「今のお前を見たら、あいつも、きれいだ、ぐらいしか言えなくなるぞ」


 そうだろうか、そうかもしれない。

 そんなことを考えていると、少しずつ胸がドキドキしてきた。


 胸は少し痛むが、今日は早めにテオの魔法薬を飲んでいるので、舞踏会の間くらいは痛みで動けなくなるようなことはないだろう。


「……楽しんで来いよ」

「あなたは?」

「お貴族様の舞踏会なんかに、俺が行けるわけないだろ」

「でも」

「そんな寂しそうな顔するな」


 そんな顔をしただろうか、とアイリスが首を傾げるとテオが苦笑いを浮かべた。


「ここで待ってるから」


 と、少し切なげにほほ笑むテオに見送られて、アイリスは舞踏会が開かれる大広間に向かった。


(どうしてあんな顔をしていたのかしら?)


 大広間に着くまでの間そればかりが気になったが、会場に到着すると、そんなことを気にしている余裕はなくなった。


「トラウトナー侯爵家のアイリス嬢!」


 大扉が開かれて執事が高らかに告げる。そして、アイリスが広間に姿を見せると、大勢の貴族が一斉に彼女に注目したのだ。


 クラム公爵と結婚わずか三年で離婚したトラウトナー侯爵家の令嬢の噂は、北部にも広がっていたらしい。


 大扉は広間の中二階にあるので、フロアのどこにいても入ってきたゲストを見られる造りになっている。

 ヒソヒソ声と好奇の視線にさらされて、アイリスの胸がドキドキと音を立てた。


 足がすくんでしまいそうだった。


 だけど。


『誰に何を言われても凛としていた君は、本当に美しかった』


 マシューの言葉が背中を押してくれた。


 ぎゅっとあごを引き、胸を張る。そして、大広間の端から端までをゆっくり眺めてから、そっと目を伏せ、ゆったりと膝を折ってあいさつした。


 いつの間にか、ひそひそ声は聞こえなくなっていた。


 静まり返る大広間の中を進む。

 その先で、マシューが待っていた。


 大広間の中央まで来たアイリスの前にマシューが跪く。


「……きれいだ」


 そう言って、マシューはアイリスの手の甲に口付けた。


「私と踊っていただけますか?」

「はい」


 マシューが立ち上がると、それを合図に演奏が始まった。華やかなワルツの旋律に合わせてマシューがアイリスの手を取り、腰に手を回す。


 彼と踊るのは、これが二度目だ。


 一度目は結婚後すぐに王宮で開かれた舞踏会で。さすがに欠席することはできず、最初の一曲だけマシューと踊ったのだ。


 今なら分かるが、あの時は二人ともガチガチに緊張していて、ダンスを楽しむような余裕は一つもなかったのだ。

 それを、アイリスは嫌われていると勘違いしていた。


 だが、今日は違う。

 マシューのリードは優しくて、ガラス細工に触れるような繊細な手つきでアイリスの手を握っている。腰に触れる手も、彼女をいたわるようにゆったりとあたたかい。


 その優しいリードに導かれるようにクルリと回ると、二人の目が合った。

 マシューはうっとりと、愛おしいと言わんばかりの眼差しでアイリスを見つめていて。


 その表情を見てしまったのだろう、隣で踊っていた令嬢が顔を真っ赤にして悲鳴を上げたほどだ。


「きれいだ」


 再び距離が近づくと、マシューがアイリスの耳元で囁いた。


「とても素敵なドレスですね」


 アイリスが言うと、マシューはまたうっとりと笑って。


「いや、君が。……とても、きれいだ」


 マシューはダンスの最中、何度も何度も繰り返したのだった。




 * * *




 一曲目のダンスが終わると、マシューはアイリスをバルコニーに連れ出してくれた。

 緊張もあって疲れていたのでありがたい。執事が持ってきてくれた冷たいシャンパンで喉を潤した。


「ありがとう。来てくれて」


 感謝の言葉には、アイリスは首を横に振った。礼を言いたいのは自分の方だ。

 社交界でのつらい思い出は、今日で全て塗り替えられた。何もかも、良い思い出にできたのだ。


「よかった」


 言葉にはできなかったがきちんと伝わったようで、マシューはホッと息を吐いた。


「……もう一つ、君に会わせたい人がいるんだが」


 とても歯切れ悪く切り出したマシューに首を傾げていると、執事に案内されて一人の紳士がバルコニーにやってきた。


 数年ぶりの再会だが、それが誰なのかは、もちろんすぐに分かった。


「お父様」


 アイリスの父、トラウトナー侯爵だ。


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\新作投稿はじめました/

ある公爵令嬢の死に様

彼女は生まれた時から
死ぬことが決まっていた

まもなく迎える18歳の誕生日
国を守るために神にささげられる

生贄となる

だが彼女は言った

「私は死にたくない」

 

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