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【書籍好評発売中】離縁ですか、不治の病に侵されたのでちょうどよかったです  作者: 鈴木 桜
第3章

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第25話 サファイヤのドレス



 春、雪が少しずつ解け始める頃。

 アイリスのもとに、マシューについて首都に戻っていた兵士たちが帰ってきた。

 食料や生活用品など、大きな荷物を乗せた馬橇(うまそり)を引いて。


「わぁ、なにこれ!?」


 中には大量の玩具も積まれていて、子どもたちが目を輝かせた。動物を模した木彫りの人形や、鉄道模型、双六、ボードゲーム……。それに、子どもたちが好みそうな絵本や図鑑もあった。


 それらを子どもたちに披露したのは、執事長だった。兵士に混じって、彼も一緒にこの集落にやって来たのだ。


「お三方には、奥様のことで大変お世話になっているということで。そのお礼に、旦那様が首都の百貨店でお選びになったものです。本当に感謝している、と言付かっております」


 執事長に丁寧に説明されて、子どもたちは誇らしそうに胸を張った。彼らはご褒美をもらうためにアイリスの世話をしたわけではなかったが、大人に感謝されたり褒められたりすれば誇らしく思うのは当然だ。


「よかったな」


 テオにも褒められて、子どもたちは喜色満面。早速、双六で遊び始めて、キャッキャと楽しそうに笑い声を立てた。

 その様子に大人たちの眦が下がる。


 執事長は他にも大量の土産を持ってきていた。

 ほとんどは日持ちのする食料や香辛料で、特に南国から取り寄せたドライフルーツを見たハンナは手を叩いて喜びをあらわにした。


「さすが、ここで暮らした経験のある人は違うね。選ぶものにセンスがあるわ」


 どれも北部地域では手に入らないものばかりなのだ。


 そして、荷物の一番奥から出てきたのは、ひと際立派な包装紙に包まれた箱だった。


「こちらは、奥様に」


 箱の中身は、ドレスだった。

 アイリスの瞳と同じ色、サファイヤのような美しいブルーのドレスだ。ドレスに合わせて、サファイヤと銀を贅沢に使った装飾品もある。


(きれい……)


 アイリスは、思わず目を見張った。

 これも、きっとマシューが選んでくれたのだろう。

 夫としての義務などではなく、彼女のことを思って百貨店で頭を悩ませるマシューを想像して、頬が熱くなった。


 だが、この贈り物の意図は少し不可解だ。

 この集落では、ドレスを着る機会などないのだから。


 どういうことかと首を傾げると、執事が懐から一通の手紙を取り出した。


 マシューからアイリスに宛てた手紙だった。




『親愛なるアイリスへ。


 君は何度か手紙をくれたのに、一度も返事を出せなくて申し訳なかった。首都で魔術師を探してみたが、遠くへ手紙を送るような本物の魔術を使える者は見つからなかったんだ。


 まだ少し仕事が残っているので、遅れて北へ向かうことになる。

 本当は一日でも早く駆け付けたいが、国王陛下にいくつか仕事を押し付けられてしまった。

 だが、全てを片付ければ、少なくとも今年の秋までは絶対に呼び出すことはしないと、国王陛下が約束してくださった。


 全ての憂いを片付けて、君のためだけのただの男として、君の元へ行く。だから、もう少しだけ待っていてくれ。


 それから。

 いきなりドレスを贈って驚いたと思う。

 実は、北部の辺境伯ローレンツ・ガイセ卿から舞踏会の招待を受けている。

 君がもし嫌でなければ、そこで再会できないだろうか。


 体のこともあるから、もちろん無理にとは言わない。

 だけど、君がドレスを着てフロアに立っている姿をもう一度見たいと、そう思ってしまったんだ。


 わがままを言ってすまない。


 では。

 

 早く、君に会いたい』




 手紙を読み終えて、アイリスはふうと一つ息を吐いた。


『君がドレスを着てフロアに立っている姿をもう一度見たい』


 そう言ってもらえて、素直に嬉しいと思った。

 アイリスにとって社交界は、居心地の悪い場所でしかなかった。

 それでも、侯爵家の令嬢として恥じないように胸を張っていようと、一生懸命だった。

 そんな自分を、マシューが見つけてくれて、女神のようだったと言ってくれた。


 このドレスは、二人が初めて出会ったあの舞踏会で、アイリスが着ていたのと同じ色だ。


 マシューは、アイリスにチャンスをくれようとしているのだ。

 苦い思い出しかない社交界という場所と、本当の意味で決別するためのチャンスを。


(本当に呪いが解けるかどうかは分からないから)


 これからの数か月は、アイリスにとって本当に最後の時間になるかもしれない。それに、呪いを解くのも命がけだ。


 その前に、アイリスの心に残された憂いを一つでも多く取り除こうと、彼はそう考えてくれたのだろう。いかにも軍人らしい考え方だ。


 それを手紙に書かないところもまた、彼らしいと思った。


 アイリスは手紙を丁寧に封筒の中に仕舞い、執事長に向き直った。


「行きます。舞踏会へ」


 それを聞いた執事長の目尻に、じわりと涙が滲んだ。


「奥様、以前よりも、ずっと……ずっと、お美しくなられましたな……」


 美しくなったかどうかは分からない。

 だが、アイリスは、以前の自分より今の自分の方が好きだ。


 普通の人なら照れ笑いをする場面だろうか。

 だが、アイリスの表情は動かない。

 それでも、執事長にはどうやら伝わったらしい。とうとう、こらえきれずにポロポロと涙をこぼしてしまった。




 * * *




 アイリスたちが辺境伯の城に到着したのは、それから一週間後、舞踏会が開かれる数日前のことだった。


 北東の国境を守るために建設された難攻不落と名高いし要塞だ。深い堀に囲まれていて、高い塔がいくつも建っているし、城壁には狭間胸壁が備えられている。

 内装は貴族の邸宅らしく美しく整えられてはいるが、華美ではなく、どこか武骨さを感じさせる空間だ。実家の侯爵邸や、マシューと暮らした公爵邸とはまた違う雰囲気に、アイリスはほうと息を吐いた。


「ようこそ、アイリス嬢!」


 出迎えてくれたガイセ卿は、筋骨隆々のいかにも軍人、という人だった。マシューも立派な体格だが、彼とは明らかに違う。北東の国境線で、実際に戦を経験している人だ。


「お世話になります」

「公爵閣下は舞踏会の当日に到着されると知らせがありました。それまで、ゆるりとお過ごしくだされ」

「痛み入ります」


 二人があいさつを交わすと、テオと執事長もきちんと礼をとった。テオは旅の途中で発作が起こるかもしれないから、と一緒に来てくれたのだ。


「……お連れの皆様も、どうぞごゆっくりお過ごしください」


 ガイセ卿の意味深な視線に少しの違和感を覚えたアイリスだったが、その時はまだ深く考えていなかった。


 テオとガイセ卿、この二人が大きな秘密を抱えていることを、彼女はまだ知らなかったのだ。


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\新作投稿はじめました/

ある公爵令嬢の死に様

彼女は生まれた時から
死ぬことが決まっていた

まもなく迎える18歳の誕生日
国を守るために神にささげられる

生贄となる

だが彼女は言った

「私は死にたくない」

 

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