第七話
「――では、これよりヨシアキ=イショウ、ナインヘッド=アショカ両名による、召喚陣勝負を執り行う」
俺が自宅に帰った翌日。
勝負は、放課後の講堂で始まった。ほぼ全校生徒が集まっているらしく、ざっと見た所軽く千人は超えているようだ。
開催宣言をした校長が俺たちを見る。その眼にはどこか、哀しさのようなものがあるように感じた。
「両名、前へ」
呼ばれるままに俺とナインヘッドが前に出る。野郎、ニヤニヤしながらこっちを見てやがる。
まあいい。そのツラ、最後まで出来るか楽しみにしていてやるよ。
「ヨシュア先生、がんばれー!!」
「信じています、ヨシュア先生……!」
デイジーとアヤメが最前列から声援を送ってくれる。
まかせろ、こういう所でいいとこ見せるのがおじさんの醍醐味ってやつだ。
彼女たちに小さく拳を握って見せる。デイジーの顔に笑みが差し、ゆっくり深く頷いてきた。
「では双方。勝利した場合の報酬を確認する。尚、これが最後の確認となるので、変更ある場合は申し出るように」
「校長、追加要求がしたい」
「ヨシアキ、どうぞ」
「ナインヘッドからアヤメ嬢への土下座謝罪。それに加え、この学校の生徒との接触禁止を要求する」
「なるほど。……ナインヘッド先生はいかがですか」
「くくく……まだ私は先生、なんですね。……ならば、アヤメくんの落第、ヨシアキ氏の国外追放に加え、この学校での立場の継続を」
こいつ、まだこの学校にしがむつもりかよ。
人望なんざ地に堕ちてるだろうに、その根性だけは褒めてやるよ、ナインヘッド。
「お互い、報酬の追加要求がありました。互いに認めればそのまま交渉成立となりますが……」
「私は構いませんよ、どうせ勝つのは私なのですから」
「俺も構いません」
ナインヘッドの奴、終始ニヤニヤしてるな。なにか秘策でもあるのか?
「よろしい。では始めよう。ルールは、発端となった風の精霊召喚陣を使い、どちらがより強い精霊を呼び出せるか。順番は……」
「校長」
――仕掛けてきたか?
「なんでしょう、ナインヘッド先生」
「ここは、同時召喚でいかがでしょう?」
そうナインヘッドが告げた途端、生徒たちのざわめきが一気に大きくなった。
「……なるほど」
考えやがったな。
精霊召喚陣は、自分の魔力と大気のマナを混合させるタイプの魔法陣だ。
魔力とマナの関係性としては、基本的には術者の魔力を芯として、そこに混ぜるマナの量が多いほど、召喚できる精霊が強くなっていくようになっている。
そしてマナは、大気に含まれる成分だ。
召喚を解いた後、魔力は力を失い消滅するのに対し、マナは大気に戻っていく性質を持つ。
仮に召喚を順番に行った場合、使用されるマナはお互い同じ量を使うことができる。
それを、同時に召喚ということはつまり。
ナインヘッドは、講堂内に存在するマナの奪い合いをするつもりなのだ。
「まぁ勿論、ヨシアキ氏が自信ないというのであれば……」
「いいですよ」
「え?」
「同時召喚で勝負。それでいきましょう」
売られた喧嘩は買ってやる。
こっちが能無しだと思っていい気になってるそのクソみたいなプライド、俺がズタズタにしてやるよ。
「……では双方、召喚陣を用意してください」
校長の号令で、俺とナインヘッドが生徒たちを真ん中に挟む形で位置につく。
お互いが持ってきた召喚陣を開くと、生徒たちの間におぉ〜とどよめきが起きた。
「すげえ、どっちもめっちゃこまけえ……」
「なんか私たちの作った召喚陣とだいぶ違うくない?」
「特にあの、ヨシ、ヨシュアキって人のやつ、無茶苦茶でけえぞ」
「それにあれ、魔力を取り込む入り口がないよ!?」
そう、俺の作った召喚陣は特別製だからな。
魔力なんか持ってねえんだ、無駄な機能をわざわざつける必要なんかない。
その様子を見て、校長が補足する。
「ヨシアキ氏は転移者なので、魔力を持っていません。ゆえに、魔石を一つだけ使用することを許可してあります」
「え、あの人魔力ゼロなの?」
「そうだよ、先週教室で話してたじゃん」
「自分の魔力使わないと、自我を持たせられないんじゃなかった?」
「それでどうやって召喚するんだよ……」
ざわついてるなあ。まあ無理もないか。
俺はかまわず、召喚陣を丹念に広げていく。その大きさは一辺が約1.2メートルの正方形。先日の召喚陣が30センチ四方なので、およそ16倍といったところか。
中心に作った魔石の台座に、拳ほどの白い魔石を置く。
じわり、じわりと魔石から魔力が流れ込むのを確認し、ナインヘッドの方を見ると、奴は60センチ四方くらいの召喚陣を既に起動させていた。
「……なるほど、言うだけのことはあるか」
ナインヘッドの召喚陣は、その線一本一本が輝き、マナの道には緑色の、魔力の道には白色の光が激しく流れ始めている。
生徒たちの作った、低級精霊召喚陣とは明らかに違う、複雑な奔流はやがて、中心で大きく膨れ上がり、人の形を作り始めていた。
「ねぇ、これって……」
「シルフじゃない、よね?」
「え、これまさか……」
「ふん。私が今更シルフなど召喚するわけがないでしょう。見なさい、これがシルフの上位種……」
ふわり、という言葉が似合う気がした。
シルフよりも明らかに成熟した身体の、人間と変わらないサイズの精霊が出現する。
「シルフィード……」
「マジだ、初めて見た……」
「くくく、私の魔力を持ってすれば、風の上位種召喚など容易いことですよ。さて、ヨシアキ氏は……」
嫌味ったらしい野郎だ。
そんなもん見りゃわかるだろ。
……まだ魔力とマナの混合も終わってねえよ。
「無様ですねぇ……。あの大口はどうしたことか……」
「……」
「ね、ねえ、大丈夫なの?」
「あの人が負けたら、アヤメさん落第なんでしょ? そんな大勝負でこんな……」
「先生……」
「心配すんな」
さすがに不安になったのか、デイジーが俺を呼んだ。
でもな、デイジー。
「俺が勝つって言ったろ?」
おじさんってのは、若い子にいいとこ見せたいもんなんだよ。
「……あ、動き出した」
アヤメの声に、俺も召喚陣を見た。
中心に置いた魔石は既に、覆い被さるマナで見えない。
そのマナは徐々に厚みを増していき、さらに色も濃くなっていく。
「ね、ねえ……」
「うん、なんだかこのマナ、怖い……」
「こんなに圧縮されてるマナ、見たことねえ……」
ギャラリーの生徒たちが口々に不安がり始めていた。
が、当然ここで止まるわけにはいかない。
というか、既に俺が止められるような状態ではなかった。
「……そろそろだな」
魔石を中心としたマナが、スライムのようにドロドロと盛り上がっては崩れていく。
この状態になれば、次の段階まではすぐだ。
「ね、ねえ、デイジー。先生の魔法陣、なんか真ん中が浮き上がってるような……」
「えっ? ほんとだ! 魔法陣が!」
魔石が発する魔力には、指向性がない。
魔力の質そのものは純度が高いが、そこに術者の意思が存在しないので、全方向に魔力を撒き散らすことになる。
そうなると後から混ざるマナもまた、方向性を見失う。
スライム状態になっているのはそれが理由だ。
――ならば。
「魔法陣の、マナの道に沿って、螺旋状に切り込みを入れてあるんだ。マナが集まって一定以上の濃度になると、マナに押されてバネのように浮き上がっていく。魔石の魔力はそれに沿って螺旋を上り、マナも追随する」
「ちょ、ちょっと待って、こんなの習ったことない……!」
「そりゃそうだ。自分の魔力を持つ者にとっては全く必要のない技術だからな。……俺はこれを、俺と同じ転移者の書いた書物で見つけた」
そう、あのやたらオタクくさいフォカヌポウ氏――作者名が書いてないからこう呼んでいる――が発明した方法だ。
本来術者の魔力には指向性があり、術者の思考に応じた動きを取ろうとする。それを強引に、召喚陣に細工をすることで再現させたのだ。
当然それは通常の召喚陣の考え方では無理なものだが、彼はそれを、理論として完成させていた。
「それを書いた人は精霊召喚を成功させたってこと!? 魔力なしで!?」
「いいや」
俺は目だけをデイジーに向ける。
「彼の実験は失敗だった。今の状態までは漕ぎ着けたんだけどな。その先、召喚そのものを成功させることは出来なかった」
「え……じゃあ……」
「デイジー」
今度は顔もデイジーに向ける。
多分、今の俺の顔は、悪い笑いを浮かべてることだろう。
「俺は、デザイナーだ」
「う、うん、知ってるけど……」
「そいつの召喚陣には、俺なら一目で分かる欠点があった。……分かるか」
「で、デザインがダメだった、ってこと……?」
「その通りだ」
デザインは「いける道」を「いきたい道」に変える力がある。
フォカヌポウ氏の召喚陣は、つまりマナが「いきたい道」ではなかったのだ。
「精霊言語、順路、そして装飾。そういうものがなかったんでな、集まったマナが何をすればいいかが分からなかったんだ。だから、俺がそれをデザインで示した。……それがこの召喚陣だ」
「マナが、何をすればいいか……」
「そんなこと、考えたこともなかったわ……」
その時だった。
ナインヘッドが、つかつかとこちらに歩いてきたのは。
「何をぐちゃぐちゃとやってるんです? ほら、さっさと見せてくださいよ、あなたのその無駄に大きなセンスのカケラもない召喚を!」
「黙れ」
自分でも思っている以上に低い声が出た。
こいつ、いい加減イラついてくるな。
「このサイズが無駄に見えるなら、それはあんたの知識が足りないからだ。センスを感じないなら、それはあんたが〝創造者〟じゃないからだ」
「な、何を……」
「創造者は考えるぜ、何故このサイズが必要だったのか。何故こんな複雑で奇妙な召喚陣にしたのか。答えは出なくても、考えることはする。ま、あんたに理解出来る話じゃなさそうだがな」
「失礼な! 私の精霊を見なさい、流麗かつ精密な召喚陣で喚び出した上位精霊、シルフィードを……え?」
自分の召喚陣に振り向いたナインヘッドは、絶句していた。
彼のシルフィードは、姿を現しただけで微動だにせず、さらに少しずつ崩れ始めている。
「シルフィードってのはシルフの上位種。シルフよりマナの影響が大きく、マナの持つ性質が自我のベースにはなるが、術者の魔力の影響である程度は意のままに操れる」
「あ、あ……」
「なのに何故、命令してもいないのに崩れ始めているか、だな?」
「……き、貴様、何かしたのか」
「何も?」
そう、俺は何もしていない。
俺は、な。
「よく見ろよナインヘッド。俺の召喚陣の上には何が見える?」
「え……?」
「え、何、あれ何!?」
「こわいこわいこわいこわい……!」
「やべえ、なんだよあれ!!」
生徒たちが騒ぎ始めた。無理もない。
流石にこれは見たことないだろう。
俺の召喚陣の上には、身の丈3メートルもあろうかという、巨大な精霊が浮き出ていた。
「……成功したか」
「え、何、先生、あれ何!?」
「私も初めて見ました。先生、あれは一体……」
『騒がしいのう』
「しゃべった!?」
「精霊が、言葉を……」
「な、なんだこれは……」
生徒たちが感じているのは、畏怖の念だろう。
それほどまでに威風堂々とした、ボンキュッボンの超絶美女が腕を組んで佇んでいた。
ナインヘッドも言葉がないようで、口をあんぐり開けたまま、呆然と彼女を見つめている。
その時、校長が俺に話しかけてきた。
「ヨシアキ、説明してもらえますかな?」
俺は頷き、ナインヘッドや生徒たちに向き直った。
「俺は魔力を持っていない。だから魔石の力を使うことにした。だがそれでは、シルフやシルフィードに必要な〝術者の意思〟がない。そこで俺は、俺たち転移者は考えた」
自分でも分かる。今俺、すっげぇ悪い顔してる。
「術者の意思が介入出来ないなら、マナの意思だけを使って召喚すればいい」
「不可能だ!」
ナインヘッドが吠えた。
「そう言いたくなるのはわかるが、はっきり言って勉強不足だぜナインヘッド。精霊召喚術では教わらないだろうが、マナの意思だけで発現する精霊は存在するんだ」
「マナの意思だけで……って、先生、それは!」
「アヤメ嬢は気づいたか。……そう、俺が召喚したのは」
思いっきりタメを作る。デイジーもアヤメも生徒たちも校長も、果てはナインヘッドまでも、次の言葉を待っている。
気持ちいいなあ。
彼女をちらっと見上げると、こっちを見ながらいたずらっぽく微笑んでいる。
なんていい女だ。あんたが人間ならそっこー口説いてるぜ。
――教えてやるよ。
俺のデザインが、精霊界に轟いた証だ。
「俺が召喚したのは、西風の精霊王〝ゼファー〟。これまで誰も召喚に成功しなかった、最上級精霊だ」




