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異世界転移デザイナーの魔法陣 〜魔法陣をデザインし直したら、可愛い弟子たちに囲まれて救世主扱いされました〜  作者: 藍墨兄@リアクト
不良少年編

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第十話

 アヤメ嬢がカウダーのアパートに引っ越して数日。

 初日こそ借りてきた猫だった彼女だが、元々仲のいいデイジーの家ということもあり、今ではすっかり生活にも慣れてきたようだ。

 今日からは俺の仮弟子として、魔法陣デザインを勉強し始めている。

 卒業するまでは弟子にしない、とは言ったが、バイトという名目で交渉を持ちかけられたのだ。

 正直人手は欲しいところだったから、結局アパートにいる間だけ、という条件で承諾することになった。


――で。


 新生活にも馴染んできたところで、おれはもう一つ、彼女たちに確認したいことがあった。

 それは――。


「な、デイジー、アヤメ嬢」

「んー?」

「なんでしょう、先生」


 夕食で集まった時、俺は二人に聞いてみることにした。ちなみにカウダーとバーニャはクエストに出かけて不在である。


「今回の発端の話だ。デイジーのストーカーな」

「あ……」

「どした?」

「忘れてた……」


 おい。いやおい。


「……あれか、忘れてたってことは、ここんとこはそういう目線はなかったってことか?」

「うん。目線があれば気づくはずなんだけど、最近はないかなぁ……」

「そうね、ちょうど呪法陣が見つかった頃から、そういう気配は無くなった気がします」

「なるほどね。……やっぱりか」

「どゆこと? 先生」

「結論を言えば、その視線はプラム少年のものだった、てことだろうな」

「へ?」


 デイジーがきょとんとした顔で俺を見る。


「でも、あいつはアヤメちゃんのことが」

「だからだよ。早い話、嫉妬だ。いつも一緒にいられるデイジーのことが羨ましかったってことだろう」

「で、でも、そんな嫌な感じじゃなかったよ?」

「嫉妬はしてるが、別にデイジーのことが嫌いってわけでもないんだろ。いいなー、うらやましーなーくらいのもんだ」

「っていうことは……」

「先生と同じような扱いされてたってこと!?」

「おまえさんの方がだいぶ好意的だよ。俺なんかお前、ガッツリ喧嘩売られてんだからな? まあ、呪法陣は関係ないから可愛いもんだが」

「で、でもさ。そうじゃない可能性もあるじゃん? 他の人ってことはないの?」

「可能性はないわけじゃないが、低いだろうな。デイジー、俺にその話を持ってきた時、匂いがどうとか言ってなかったか?」

「匂い……?」


 デイジーは顎に指を当ててしばし考えていたが、やがて思い当たったのか


「あ……」


 と小さな声をもらした。


「そう、あの時デイジーは、知らない匂いはなかった、と言ってた。てことは少なくとも、あの場に部外者はいなかったってことだ。で、身内……というか知っている奴の中で、デイジーに向けて特別な視線をぶつける相手ってえと、それくらいしか思い浮かばないんだ。もちろんおまえさんの人間関係を把握してるわけじゃないから、絶対そうだと言い切れるわけじゃないけどな」


 もちろん、他の生徒の可能性だってある。見た目も性格も、デイジーは人に好かれやすい。なんなら、物静かでクールなイメージのアヤメ嬢より、人懐っこい分モテる要素は多い。

 だが、そんなデイジーだからこそ、そういった〝一般的な好意の目線〟には慣れているんじゃないか、とも思うのだ。

 その上で気になるということは、好意とはまた別の感情――嫉妬や怒りなど――が絡んでいるからだと俺は考えた。

 だとすれば、あの時のプラム少年の可能性は高い。


「呪法陣の影響がなくなった以上、おそらく今後、そこまでの視線を感じることはないだろう。それについては安心していいと思う」

「それについては、ですか?」

「ああ。アヤメ嬢、君がここにいる理由の件だ」

「クロノス正教……」


 つぶやくデイジーに、俺は頷いてみせる。


「こっちについては、こないだ話した程度のことしかわかっていない。他宗教や敵と定めた相手に対して攻撃的になるタイプの集団だってことは確かなんだが……」


 不安そうに俺を見つめるアヤメ嬢。


「なぜアヤメ嬢を狙うのかが謎だ。君は確かに有能な生徒ではあるが、それだけであれだけの集団が動くものなのか。……そしてもう一つ、ナインヘッドについてだ」

「ナインヘッド先生?」

「ああ。同郷で主従関係にあった家柄なのは分かるが、奴とクロノスとの関係性が掴めない。これがわかればアヤメ嬢を狙う理由もはっきりしてくると思うんだけどなあ」

「信者ってことじゃないの?」

「それはそうなんだろうが、ただの信者じゃない気がするんだよな。それなりに有名な宗教団体が、一介の信者の個人事情に食い込んでくるとか、ちょっと考えづらいんだよ」

「ふーん……」


 あ、出た、デイジーの〝ふーん〟。

 これが出たってことは、デイジーの頭が煮えて(・・・)きてるってことだ。今日のところはお開きにするか。


「まあ、ここで考えたところで材料が足りなさすぎる。今日のところは休もう。明日は学校だしな」

「はい」

「うえ〜……」

「うえーじゃねえよ、ちゃんと準備してから寝るんだぞ? 明日になって慌てないようにな?」

「はぁい……」

「ふふ」


 俺とデイジーのやりとりを見て、アヤメ嬢が微笑む。


「なんか、デイジーと先生って、親子みたいですね」

「せめて歳の離れた兄くらいにしといてくれよ……」

「でも先生、おとーちゃんと3歳くらいしか離れてないんだよね?」

「5歳だ。そのへんの話題にはデリケートだぞ、おじさんは」

「別にいいと思うんだけどなー」

「デイジーもこれくらいの歳になればわかるさ。……じゃあな、俺は明日休暇を取ってるから、遅刻するんじゃないぞ。まあアヤメ嬢もいるし大丈夫だとは思うが」

「では、お休みなさい先生」

「おやすみぃ〜」


 さて、俺も今日のところは寝るとしようか。

 明日は注文してた品物が届くことになっている。


 ……〝彼女がちゃんと配達してくれれば〟だが。



――――



 どんどんどん。どんどんどんどん!


 そんなやけくそみたいにドア叩くなよ。デイジーか?


「って、今何時だよ……おいおい5時て。まさか夕方じゃねえよな」


 ぶつくさいいつつズボンを履いて、作務衣を羽織りながらドアを開ける。

 果たしてそこには、今日会うはずの女性がニッコニコしながら立っていた。


「おっはよーございまーす、ヨシアキさん!」

「ベシャメル嬢……」

「おっとどけのお荷物、おっとどけにまいりましたーっ!!」

「ちょ、ベシャメル嬢、もう少し静かに……」

「へ?」

「今何時だと思ってんですか……」

「え、あ、そういえば何時……えっ!?」


 ベシャメル嬢は懐から懐中時計を取り出し、目を見開いた。


「うっそぉ……。自然と目覚めたから、普通に昼近いと思ってたわぁ……」

「起きてそのまま時計も見ずに爆走してきたんですか」

「……てへっ」


 ベシャメル嬢は可愛らしくぺろっと下を出して見せる。

 スレンダーなアスリート体型、健康的な小麦色の肌にブロンドのポニテ。

 正直ドストライクなビジュアルの、馬系獣人女性だ。ぱっと見だいぶ若く見えるが、成人している。

 その見た目通り足が速く、配送業は天職……と言いたいところだが、彼女には致命的な弱点があった。

 うっかりさんなのである。


「まぁ、今に始まったことじゃないけども」

「ま、まぁほら、遅いよりはね……?」

「限度があるんだよなぁ……。まあいいや、受け取りますよ」

「あーい、まいどありでーす!」


 毎回タイプの違う敬礼をするベシャメル嬢を待たせ、仕事場から空間圧縮型の簡易金庫を開ける。そこから代金を取り出し、玄関口の彼女に手渡した。


「ひーのふーのみーの……あい、ちょうどいただきましたー! あ、ここにサインおなしゃす!」

「あいあい……ほい」

「たしかにー! あ、品物はどうします? とりあえず外に置いてありますけど」

「あーそのままでいいよ、すぐに使うから」

「わっかりましたー! ……あ、いっけね」

「どした?」

「また重力遮断陣はがすの忘れるとこだった」

「おいおい……」


 重力遮断陣は、重いものを運搬する時などに重宝する魔法陣だ。対象に貼り付けると大気のマナを取り込み、重力の干渉をある程度遮断する。理論上は完全無重力も出来るらしいが、とんでもなく複雑かつ巨大な魔法陣になるので、日常的には重さが数分の一になるくらいのものが使われていた。


「ていうか持ってきたのか? 大変だったろうに」

「やー、押してきたんすよー。あちし(・・・)じゃ起動させらんないしー」

「ああ、そうか。ありがとう、ご苦労様」


 ニッコニコで額の汗を拭うベシャメル嬢に、俺は冷蔵庫から取り出した瓶を手渡した。


「これ、お駄賃な」

「おお、スポドリ! 遠慮なくー! じゃ、またよろでーす!!」


 一気に飲み干し、ベシャメル嬢は疾風のように駆けて行った。

 元気だなぁ。あといい子。うっかりだけど。


「……さて」


 今回、彼女が持ってきてくれたもの。

 それは、俺がずっと欲しかったあるものだった。


「へっへっへ……」


 この世界に来てその存在を知り、それ以来ずっと手に入れたかった。

 別に特殊なものでも、激レアなお宝でもない。が、扱いが難しいからか、流通している数が少ないのが難点だった。


 それが今、俺の目の前にある。


 鈍い銀の金属色に濃紺の差し色が際立つ。

 俺を使いこなしてみせろと言わんばかりのその佇まいに、いい歳ながら胸の鼓動が止まらない。


 ベシャメル嬢が俺に届けてくれたそれは、〝魔導バイク〟と呼ばれる乗り物だった。

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