第七話
「……あぁ?」
「ヨシアキ先生?」
うん、ま、そういう反応になるわな。俺もそこまで確信してるわけじゃないし。
ただ、そう考えると腑に落ちる、それくらいの勘だった。
「可能性の話だよ。プラム少年は以前からやんちゃではあったらしいが、そこまで荒ぶっていたって話は聞かない。俺が嫌いだからかもしれないが、この短い期間でそこまで嫌悪されるようなことをした覚えもない。……だとしたら、てな」
「ふっざけんな、なんで俺があのクズとグルにならねえといけねえんだよ」
「……ふむ。ヨシアキ先生、これも推測の域を出ませんが」
「なんでしょう」
「彼がナインヘッド氏から無意識に何かをされていた、という可能性もあるかと」
「無意識に、ですか」
「はい。プラムはいわゆる不良、という扱いを受けがちですが、それでも嘘を吐く性質ではありません。……というか、吐いたところですぐバレます。単純なので」
「なんだと!?」
「あぁ……」
なるほど。
いまいち噛み合わない会話、自分がどういう状態だったかを理解していない様子からして、その可能性は高そうだ。
「だとしたら、何をされたんだ……」
「別に何もされてねえ」
「されてない、か。……ん?」
何もされてない。要は、何かあったとしても、行為ではないということだ。
――ひょっとして。
「なぁ、お前さん、何か受け取ったりはしてないか? 例えば、お守りとか」
「そんなん別に……あ」
「何かあるのか?」
プラム少年にレストン先生が尋ねた。
「これ。召喚陣がうまく作れねえって言った時に貰った、理解力が上がる魔法陣」
「理解力が上がる……?」
そんな魔法陣があるなんて聞いたことがない。
魔法陣でそんなことが出来るなら、わざわざこんな学校作る意味なんてない。
「そんな魔法陣あるんですか?」
「いえ、聞いたことないですね……」
「は? 何言ってんだ、実際これ貰ってから成績上がったんだっつの!」
そう言って彼が突き出してきたのは、小さく折り畳まれた紙片だった。
それをレストン先生が受け取り、俺に見せてくる。
魔法陣制作に長けたものなら、ここでこの紙っきれの正体が判っただろう。
折り畳まれた状態でも発動する魔法陣は基本的に存在しない。陣が組まれた状態でなければ、魔力もマナもへったくれもない。仮にこの紙片に魔法陣が描かれていたとしても、折り畳まれた状態では効力などありはしない。
――ただ、一つの例外を除いては。
「呪法陣……」
「え、じゅほ?」
「レストン先生、その紙片を開いてください」
「……分かりました」
「あ、やめ!」
止めるプラム少年に構わず、レストン先生が紙片を広げる。
畳んだ状態で完成されていた魔法陣が、紙のあちこちにてんでバラバラな形に分けられた。
その瞬間、それまで汚れひとつない綺麗な紙だったそれが、急に色褪せ、小汚い紙片になる。
「……やっぱりな」
「ヨシアキ先生、これはどういう」
「呪法陣です。この魔法陣はちょっと作りが特殊でしてね。こいつは、折りたたむことで発動する特性を持つ。……呪う相手にバレないように、ね」
「そんな魔法陣が……」
「俺もこの手のやつはあまり見たことがありませんがね。一度だけ、婚約者に浮気がバレた男が彼女を呪殺しようと持たせたものを解呪したことがあるんです。――それも、こいつと同じ作りだった」
「なんと……」
「プラム少年、おまえさん、これはいつごろ受け取った?」
「あ? なんでんなことてめぇに言わなきゃ」
「答えろ」
「……!」
あ、いけね。つい脅しみたいになっちまった。全く、ひねくれ坊主の相手はめんどくせえな。
いきがってる割にちょっと反撃されるとすーぐ折れるんだから。
「……あんたが来る、少し前だよ」
「……」
てことは、俺がいるから呪法陣を渡された訳じゃないってことだ。
これはちょいと困った。
俺が来てから渡された方が、狙いが絞られている分、解呪しやすいのだ。
対象がはっきりしている呪法陣は、その対象についての情報を陣に織り込まないといけない。つまり、構成が複雑になる分、綻ばせるのが簡単なのだ。発動し続けるための、術者の魔力を循環させている道をふさいでやるだけでいい。
――だが。
「俺が来る前ってことは、対象が誰になっているかを解析しないと分からんな」
「対象はプラム、ではないのですか?」
「であれば話は早いんですが……」
「どういうことです?」
「今回の場合、プラム少年は触媒にされた可能性が高いですね。そもそも魔法陣の燃料になるものは、マナとそれ以外の何か、ということが多い。召喚陣なら術者の魔力、とかね。呪法陣の場合、やはり術者の魔力ということにはなるんですが、それを陣の中で循環させないといけないんです」
「ほう」
「……どういうことだよ」
「プラム少年も習ったと思うが、召喚陣でシルフを喚び出す場合、術者の意思のこもった魔力が必要になったよな?」
プラム少年が無言でうなずく。
よしよし、だいぶ影響が薄れてきてるな。
「呪法陣もそれが必要なんだ。だが、呪法ってのは発動条件が揃うのに時間がかかる。すぐに結果を吐き出せる召喚陣とはそこが違う。つまり、術者の意思を陣の中に閉じ込めておかないといけないんだ」
「意思を閉じ込める……」
「そうです。そしてその意思は、対象のベクトルが狭ければ狭いほど、距離が近ければ近いほど、強く複雑な意思を残すことができる。そしてそれは最悪、対象の呪殺すら可能にする」
「なんと……! しかし、それではあなたに殺意が向く理由にはならないのでは」
「だから、解析する必要があるんです。この呪法陣の対象は一体誰なのか。なぜその触媒にプラム少年が選ばれたのか。そして、それがなぜ結果的に俺に向かうことになったのか。それが見えてくれば、ナインヘッドの目的も分かる」
「なるほど……。そういうことならお預けしようと思います。いいなプラム」
「あ、ああ」
「すまんな。お前さんが俺を嫌ってるのは理解してるが、ちょっとそういう次元の話ではなくなるかもしれんからな」
そう言うと俺はレストン先生から呪法陣を受け取る。陣がふたたび繋がらないように折りたたみポケットにしまうと、出口の扉に手をかけた。
「あ、そうだ、プラム少年」
「……なんだよ」
「勝負の約束は約束だからな。……ちゃんと受けろよ、授業」
「……わぁってるよ」
「ヨシアキ先生、お疲れ様でした。……呪法陣をよろしくお願いします」
頭を下げるレストン先生に向かって深く頷き、俺は部屋を後にした。




