第六話
「手伝い?」
「はい」
アヤメ嬢の目は真剣そのものといった感じだ。
「先生の腕が治るまででいいんです」
「つってもなぁ……」
「あたしからもお願い! アヤメちゃん、もう少しで何か掴めそうって言ってたし!」
「お願いします、先生。……ずっと考えてたんです。私に必要なものがなんなのか。それを考えさせてくれた先生のお手伝いをすることで、何か気づけるかもしれないんです」
アヤメ嬢の眼が、真っ直ぐに俺を射抜く。
その眼差しを見た俺は、その申し出を断ることなど出来るわけがなかった。
「……わかった。ただし、学校にいる時間だけってことにしよう」
「え、でも……」
「きみは俺の弟子じゃない」
そう。
怪我が癒えるまでとはいえ、これ以上公私混同するわけにはいかない。正直彼女の腕なら、助手として充分な働きはしてくれるだろう。
だが、彼女たちはまだ、学生で、俺は講師だ。
そこを間違えると、なんかこう、色々ややこしいことにもなりそうだ、と思ったってのもある。
「じゃ、じゃあ」
「申し出はありがたいが、学生を弟子に取る気は無いんだ」
「……ぅぅ」
いや、そんなヘコむなよ。罪悪感がハンパねえから。
「そもそも、学校にいる時間以外、手助けは必要ねえんだ。自宅では作業してないからね。……だから」
俺は無意識に、アヤメ嬢の頭に手を置いていた。
「あ……」
「卒業してもまだその気持ちがあるなら来るといい。君ならいいデザイナーになれるさ」
「え……はいっ!」
嬉しそうに、アヤメ嬢がうなずく。いや、むしろスカウトしたいくらいなんだよな、この子。
彼女の癇癪が収まったところで、俺はデイジーに向かって気になっていることを訊いてみた。
「デイジー、プラム少年はあれからどうなった?」
「あの後、先生の隣にあるベッドで寝てたよ。その後は多分、レストン先生のとこに行ったと思うけど……」
「そうか。……って、あれ?」
なんか忘れてるぞ?
「ん? どしたの先生」
「なぁ、あれから俺、どれくらい寝てた?」
「んーと、2日、かな?」
「え?」
マジか。2日も?
骨折の痛みで気絶しただけ、じゃないのか?
「なんで2日も……」
「覚醒したスキルの影響でしょう」
そう言いながら現れたのは、例のジェントルゴリマッチョ先生だった。
「レストン先生……」
「スキル光まで発動したんだ、身体への負担は計り知れません。ただでさえ、スキルの発動については様々な副作用が報告されていますし」
「ふくさよう……? 先生、それほんとなの!?」
「全員がそうだってわけじゃないみたいだな。現に俺には出てないし。目を使うスキルだから、疲れ目肩こりは当たり前だろうしなぁ」
そう言うと、黙っていた医者のゴシップ大好き爺さんが口を開く。
「とはいえ、スキル覚醒によるスキル光の影響が何もないとも思えんな。ヨシアキにはもうしばらく、検査に付き合ってもらうよ」
「入院ってことですか?」
「いいや。まだ多少衰弱はしているようだが、そんなもん肉食えばどうにでもなるわい。目が覚めたなら退院して構わんよ。だが、その腕と肋骨の治療と併せて、そのあたりの検査もやるよという話だ」
まあ、それは仕方ない。俺としても自分の身体のことだ、気にならないと言ったら嘘になる。
「分かりました。……で、プラム少年のことですが」
今度は側に立つレストン先生に顔を向け、尋ねてみた。
「彼は私が預かっています。ヨシアキ先生が退院されたら会わせようと思っていました」
「何か言ってました?」
「特には何も。私からも質問などはしていません」
「そうですか、分かりました。……デイジー、荷物まとめてくれるか」
「え? もう退院するの!?」
「爺さんも目が覚めたら退院していいって言ってたしな。そんで、そのままプラム少年と話してみる」
ちょっと気になっていることがある。
プラム少年、以前からわんぱくなタイプではあったようだが、それほどひどくはなかったようだ。というか、今でも俺以外には威圧したり突っかかったりしているのを見たことはない。
俺が嫌われているだけならまだいい。だが、決闘の時のあの様子、あれは完全に俺を殺しにかかっている感じだった。
そこまで頭が煮えたのはなぜなのか。
例によってただの勘ではあるが、妙に引っ掛かっている部分だった。
そんな俺の胸の内に答えるように、デイジーが言う。
「あいつ、元はあんなんじゃなかったんだけどなぁ……」
「そうなのか?」
「うん。よく喧嘩するしバカだし、言うこと聞かないしバカだけど、あんなんじゃなかったんだよねーバカだけど……」
きっつい言葉とは裏腹に、彼女の表情は曇っていた。
獣人同士、何か交流があったりするんだろうか。
「デイジーはプラム少年と仲良いのか?」
「んー、ていうかあれだよ、幼馴染的な?」
「保育園から一緒って言ってたわよね」
「うん、獣人だけの保育園があるんだよー」
「ほほー。で、あんなんじゃなかったってのは?」
「うん。あいつ、昔っからやんちゃで、よく先生に怒られてたんだけどね。でも、あんな目をするやつじゃなかったんだよね。……あの時、多分先生を殺す勢いだったから」
「やっぱりそうか……」
とはいえ、あれから2日経っている。その間はレストン先生預かりだったって話だし、会っていきなり刃傷沙汰ってこともないだろう。
そう考えた俺は、とりあえずプラム少年と会ってみることにしたのだった。
――――
コンコンコン。
プラム少年がいるという、レストン先生の教科室のドアをノックする。
……返事がない。
同行したレストン先生が、問答無用でドアの鍵を開けた。
「邪魔するよー」
「っち、てめぇ……」
「起きているなら返事をしなさい、プラム」
「……っち」
舌打ち多いな坊主。まあいいけど。
教科室に入り、適当な椅子に座ると、俺はソファに寝そべるプラム少年に向かって言った。
「強いなぁ、お前」
「イヤミかよ。たかが人間のおっさんに負けてんだこっちはよ」
「いやぁ、強いよ。多分最初から強いんだろ」
本心だ。
こいつはガチで強かった。多分全然本気じゃない初撃で、俺の意識を綺麗にぶっ飛ばしたんだからな。
――しかし。
「だからお前は負けたんだよ、プラム少年」
「……あ?」
「お前さんは強い。それも最初から強い。だけど、だからこそ、反撃や相手の奇襲に弱い」
「ざっけんな!!」
お、怒ったな。身体を起こして、ついでに髪の毛も逆立ててる。
「ついでに、挑発に乗りやすい。慣れてねえからだよ、強すぎる故にな」
「んだと!?」
「最初から強いってのはそういうことだよ。天才って呼ばれる連中と同じだ。開花した才能、強さだけでどうにかなっちまう。だからこそ、どうにかならなくなった時に脆さが出る」
「……っち」
「でもな。本当に強いやつ、本当の天才ってのは、その上で努力をしつづける。そして、そうでない連中のことを理解しようともする」
「てめえはどうなんだよ」
「俺は天才でもなきゃ、強いわけでもねえよ。ただ、自分が満足出来るまで、出来ないことに挑戦してるだけだ。それを努力っていうなら、努力家ってことだが……」
「……」
そう。俺はお前さんやデイジーとは違う。俺の力は何もないところから、少しずつ積み上げたデザインだけだ。
……あ、でもスキルは才能か?
「まぁその話は今はいいや。でな、プラム少年。ちょいと聞きたいんだが」
「……んだよ」
「お前さん、ナインヘッドと繋がってないかい?」




