第三話
「……さて、時間だな」
ヨシュア先生が目を開けた。あの感じ、さてはガチでうとうとしてたな?
隣の席のアヤメちゃんと顔を見合わせてちょっと笑った。
「じゃ、答えてもらおうか。プラム少年」
「あ?」
「あ? じゃない、答えてみろ。マナと魔力の決定的な違いはなんだ?」
「……ちっ」
あ、顔逸らした。ちょっと前まではもっと素直だったんだけどなぁ、プラムのやつ。
しょーがないなー。
「先生」
「ん、アヤメ嬢」
「魔力は化石化して魔石になるけど、マナはならない……ということは、マナは大気中にずっと存在し続けている、ということですか?」
おー、アヤメちゃんすごい!
あたしも同じようなことは思ってたけど、言葉に出来なくて困ってたんだよね。
「そうだな。魔力が活動を停止して、一定の期間が経つと魔石になる。対してマナは活動を停止することがない。よく分かったな」
「あ、ありがとうごじゃいましゅ……」
噛んだ! あざと可愛いぞアヤメちゃん! 耳まで真っ赤んなってるし!
さすがのおじ専!
「他に答えられるやつはいるか?」
「せーんせー!」
「デイジー……だと……?」
「失礼なっ!」
「すまん、普段が普段だからな……」
「なんだとこのおっさん……っ」
あたしがひと睨みすると、ヨシュア先生は笑いながら謝ってきた。この顔、絶対悪いと思ってないよ!
くっそー、見てろよヨシュア!
「……こほん。魔力には術者の意思が込められているけど、マナにはそれがない! なぜなら自然の一部だから!」
「おぉ、デイジーにしてはいい答えだ。……ちょっと違うけども」
「違うの!?」
「魔力は合ってるけどな。……マナにも意思はあるんだ」
え、マジで?
「同じ〝魔素〟って扱いではあるけど、その性質はだいぶ違う。魔力は術者の意思を反映させる。属性があるのもそれに起因するんだが、それだけでマナには属性がないから意思がない、と思うのはちょっと気が早い」
「……どゆこと?」
「どっちが先かって話だ。魔力は、術者の意思ありきで精製される魔素。マナは、大気に最初から存在する魔素で、その時点では意思も属性もないが、それはつまり、どの属性にもなりうるってことなんだ」
「マナを使用する魔法陣次第、ということですか?」
「正解だ、アヤメ嬢。そして、より高位な現象を発動させるために重要なのが……」
「デザイン!」
「そういうことだ」
ヨシュア先生は、あたしたちに向かってニヤッと笑ってみせた。
「最初から道筋が見えてる魔力で出来ることは限られてる。それに、自然を人の力でどうにかするなんてのは不可能に近い。つまり、マナをうまく使うためには、〝マナに気に入られる道を用意する〟必要があるんだ。その道が魔法陣、それをより強く、上手く使うためのデザインってことだ」
「なるほどぅ……」
「で、結論。魔力は即効性が高いが、マナの方が実は汎用性が高く、濃縮されると化石化する魔力より、濃度が高くなってもそのまま維持しているマナの方が優位性がある、だ」
周りから〝なるほど、それで精霊王を召喚できたんだ〟〝分かりやすい……〟って声が聞こえてくる。
そうそう、ヨシュア先生はすごいんだよ! しかも魔力なんて持ってないのに、だからね!
「……だったらなんなんだよ」
「ん?」
「プラム君……」
「それとてめえが教えることに何の関係があるんだよ。クソコネ講師がよ!」
「ちょっと、プラム! あんた最近おかしいよ!?」
元々プラムは真面目な方じゃなかったけど、ヨシュア先生が講師になってからのあいつはなーんかおかしい。先生を目の敵にしすぎっていうか……。
「んー……」
「先生?」
「これはあれかな、俺が何をどうしても納得しないってことだな」
「……わかってんじゃねえか」
「うーん……」
先生が腕組みして考え込んじゃった。他の子たちからの不安げなこそこそ話がざわざわと聞こえてくる。
「……先生」
「どうすれば……」
「……ん、じゃあしょうがないな」
腕を解いた先生が、妙にさっぱりした顔で言った。
「プラム少年、お前この授業出なくていいよ、もう」
「……は?」
「ちょ、先生!?」
「ヨシュア先生、それは……!」
「分かってる。生徒を見捨てない、それがこの学校の方針だよな。それに準じない教師は、発覚した時点で解雇だ」
「だったら……」
「俺ぁ教師じゃねえんだよ」
そう先生が言った瞬間、空気がキンッと鳴った気がした。先生、怖い顔になってる……っていうか、感情が見えない。
「教師がやらかして解雇された代わりの、臨時講師だ。それに、これ以上お前一人にだけ関わってたら、他の頑張ろうとしてる生徒の邪魔になる。だから、出なくていい」
こわ……。
学校を出たら、シビアで時には理不尽な社会に出ないといけない。おとーちゃんからそう聞いてた。
だから学校にいる間は、周りの大人に助けてもらいながら大きくなりなさい。おかーちゃんがそう言ってた。
だけど、ヨシュア先生は違う。この人は元々大人の社会にいる人で、学校の先生じゃない。
これまでみたいな甘えは許してくれないんだ。
すると、アヤメちゃんが慌てて立ち上がって叫んだ。
「で、でも先生! そんなことしたら先生が……!」
「かもな。まぁそんときゃそんときだ、今の俺が知ったこっちゃねえよ。てことでボクちゃんは退場な」
「……てめぇ、ナメんじゃねえぞコラぁ!!」
「イキがんな、底が知れるぞ小僧」
先生はあくまでも上から目線。……もしかして、挑発してる?
「てめえ、ふざけてんじゃねえぞ! こうなったら決闘だ!!」
……え? 決闘?
「ちょ、プラムあんた、何言ってんの!?」
「うるっせぇ! このジジイ、ぶっとばさねえと気が済まねえ!!」
「……めんどくせぇな」
ヨシュア先生はそう呟いて、首の後ろをポリポリかいた。ニヤニヤしながら。
やっぱ先生、こうなるように仕向けたんだ!
「デイジー」
「は、はいっ!」
「こういう場合、決闘って成り立つの?」
「え、えーと……」
こんなこと今までなかったから、あたしは咄嗟に答えられなかった。
「見届ける教師がいれば成立する、のかしら……」
「なるほど」
アヤメちゃんの呟きに先生がうなずく。
「じゃ、やろうか」
「え、先生!?」
「だって、やらなきゃ進まねえだろこれ。しょうがないから相手してやるよ。……大人げないんだ、俺」
そう言った先生があたしを見て笑う。ニヤニヤニヨニヨと。
悪い大人だなぁ……。
「誰でもいいや、ちょっと職員室行って先生呼んできてくれ」
「う、うん……」
あたしは立ち上がり、教室のドアに手をかけた。
「出来るだけ早くなー。じゃないと勝手に始まっちゃうかもしれねえし」
……急がなきゃ。
――――
デイジーが戻ってくるまでの数分間、プラム少年はずっと俺を睨みつけてきていた。眼ェ疲れない?
ていうかこの子、ほんとに俺を目の敵にしてるな。
単に嫌いってのもあるんだろうけど、なんか他にも理由はありそうな気もする。
俺が授業を受け持つようになってから、どーにも気になる目線があると思ってはいたけど、こいつだったかぁ。
「んーと……」
教室に漂う変な緊張感を打開しようと口を開きかけた時、デイジーが戻ってきた。
「たっだいまー、先生連れてきたよ!」
「失礼します。決闘の立ち会いを要請されました」
「いやぁ、どうもすみません……って、レストン先生!」
「どうも」
右手の義手を一回転させ、丁寧にお辞儀をしてみせた彼の名は、レストン=ラトン。この魔導学校のOBで元軍人の、魔導格闘術教師だ。
種族はヒト……のはずだが、俺より一回り背が高く、筋肉量に至っては下手すると倍近く。
うっかりするとデイジーのおとーちゃん、カウダー並みのガタイをしている。
それでいて理知的な表情を崩さず、常に冷静で動揺するところを見たことがないという、まさに軍人の鑑のような先生だった。
「先日のデザイン講座、大変興味深く拝聴しました」
「恐縮です」
しかも向上心も常に持っている。
つまり、レストン先生というのは、スーパージェントルゴリマッチョさんなのだった。
「それでヨシアキ先生、決闘というのは」
「あぁ、俺とプラム少年との決闘です。……まぁ色々ありまして」
「プラム……」
「ぐっ……」
「ああ、いいんですよ先生。挑発したのは俺ですし」
「あなたが……?」
「ええ」
あーまた悪い顔してんだろーなー、俺。
横目でプラム少年をチラ見しつつ、ニヤケ顔を隠しもせずに俺は続ける。
「売られちゃったら、買うしかないんで」
「てめえ……っ!」
「なるほど」
レストン氏は軽く頷くと、表情を変えずに俺に向き直った。
「決闘とすることで、彼を諌めようということですか」
「まぁ、良く言えばそうですね。……で、決闘方法はどうすんだ、プラム少年」
「っ! んなもん、徒手格闘に決まってんだろーが!!」
「ちょ、プラム! あんた、それはいくらなんでも……!」
徒手格闘ってのは、魔法陣の描かれたグローブなどを付けない、つまり魔力を使わない純粋な格闘術だ。
デイジーが止めに入ってくれてるが、まぁ落ち着けよ。
「……いいぜ。但し、種族の差を埋めるために、俺はスキルを使わせてもらう」
「けっ、好きにしろよ。計量だかなんだか知らねーが、んなもん使って埋められるんならな!」
お、中々のかませ発言。
――じゃ、久々に。
「本気出しますかね」




