第二話
ストーカー相談をされた翌朝。
俺は教室で、生徒たちを前に、今後の授業方針を説明している。
「――てことで、俺が今までやってきた授業は、本来なら既にやっていないといけないところなんだ。とはいえ君らは既に、そういう理論や仕組みなんかをすっとばし、先に召喚陣の作成をしてしまっている。……正直なことを言えば、今の授業をつまらないと思う気持ちは分かる。すっげぇ分かる。ぶっちゃけ俺も教えてて楽しい面白いって気持ちはない。――そこでだ」
教壇デスクの下から出した羊皮紙の束をどん、と置いた。
「あれ、俺らの作ったやつか?」
「風の召喚陣だよね。ナインヘッド……先生が出した課題の」
「そうだ」
生徒たちをぐるりと見回す。
何をする気かと次の言葉を待つ生徒、どーでもいいとばかりに窓の外を眺める生徒、興味津々なのはデイジーとアヤメ嬢だな。
「こいつを自分で改良し、全員シルフィードの召喚に成功させること。それをこの授業の目標にする」
「えええええ!?」
「シルフィードぉ!?」
「良くわかんねえ座学やってると思ったら、いきなりスパルタかよ!」
「これじゃあナインヘッドの方がまだマシじゃねえか!!」
おい、最後のやつ聞き捨てならねえぞ。
まぁいい。
「お前ら耳ちゃんと使えよ? 目標って言っただけだぜ、俺は」
「あ!?」
「達成しないとダメなんて言ったか? 常に上を目指すのは当たり前のことだろうが」
早トチリさんたちめ。
「そもそも、精霊召喚陣を実戦で使うとなれば、シルフィードくらい喚び出せなきゃ意味ねえだろ。座学をやってねえのはナインヘッドの責任だが、お前らの力は自分が責任持って育てんだよ」
「教師は育てるのが仕事なんじゃねえのかよ!!」
なーんかさっきからやけに絡んでくる奴がいるな。獣人だからって吠えるんじゃねえやい。
っていうかこいつ、なんかつい最近見たことあるような……。
あ、昨日の帰りに見かけたやつか。
「あいにく、俺は教師じゃなく〝講師〟なんだよ。説明はするし質問にも答えるが、お前らの成長まで責任を負うつもりはない。気力がなけりゃやめればいいし、もっと先に行きたけりゃ付き合ってやる。そこんとこ勘違いすんな小僧」
「んだとてめぇ……」
「お、ムカついたか。そんだけガッツがあるんなら、きっちりやることやって俺を見返してみろよ」
生徒に迎合して和気藹々、なんてのは性に合わない。
敵対しようと何しようと、こいつらが一丁前になってくれればそれでいい。
悪役上等。
俺はそう割り切ることにした。
「てことで今後、学年が変わるまでは全部実習な。俺から教えることは特にないから、わかんないところがあれば聞きに来い」
「せんせー!」
「……なんだデイジー」
「わかんないところがわかりませんっ!」
デイジーはニコニコしながら言い切った。
こいつ、質問することで、俺の使い方を教えるつもりかよ。
……しょうがない、乗るか。
「そういうのも聞きに来てかまわねえよ。どこでつまづいてるか教えてやる」
〝わからないところがわからない〟に対して聞きに来い、というのはつまり「どんな質問でもかまわない」と言っているのと一緒だ。
それに対する答えをみんなの前で宣言することで、俺はやる気がある生徒は何であろうと見捨てない、というスタンスを示したことになる。
そうさせることで、この猫娘は俺の立場を守ろうとしているのだった。
いい女になるな、こいつ。
「……ほんとに教えられるのかよ」
「ん?」
さっきからやけに絡んでくる獣人の少年が、座っている椅子をガタガタさせながら吐き捨てた。ピンと耳を立ててるあたり、ちょっと威嚇してきてるのかしら。
「ナインヘッドに勝ったとかイキってっけどよぉ、あんた教師の資格なんかねえんだろ? 校長の知り合いだか何だか知らねーけど、いい年こいてコネで就職とかダサくね?」
「お、おう?」
「大体よぉ、デイジーとアヤメにちやほやされてるばっかりであんた、ロクな授業してねーじゃねーか。デザインがどーとか言ってっけど、それで精霊王を召喚したとかフカシも大概にしとけよコラ」
「ちょっとプラム! あんた何言ってんの!!」
ニヤニヤしながら絡むプラム少年に、デイジーは立ち上がりながら叫んだ。
「デイジーもあんなおっさん庇ってんじゃねーよ。わけわかんねー説明ばっかしやがってよぉ。ナインヘッドも言ってたじゃねーか、実践で結果出せば座学なんて意味ねーってよ! だから急にこいつも実践、しかもシルフィードとか無茶振りしてきたんじゃねーのかよ!」
あの馬鹿、そんなこと言ってたのかよ。
ある意味間違っちゃいねえけど、使い方がまるで違う。
「なるほどな。だからあいつは実践ばかりで座学をしなかった訳だ」
「ヨシュア先生……?」
「その結果大事故につながる可能性も無視してな」
「え……」
「あ? てめ、てきとーなこと言ってんじゃ」
「適当じゃねえよ小僧、いいから聞け」
また鼻息を荒くするプラム少年の言葉を遮る。
「確かに実践で結果を残すのが到達点だとは俺も思う。だが、そこに至る過程に座学での履修は絶対に必要になる。なぜなら、ある程度の理論、デザインを理解しておかないと、最悪マナが暴走して大惨事を起こす恐れがあるからだ」
「あんだと!? またてきとーなこと言いやがって!」
「事実だ。……時にプラム少年、お前、同じ量の魔力とマナ、どっちが強いか知ってるか?」
「あ!? 同じ量なら同じに決まってんだろ!」
「そういう間違いを起こすから座学やれって話なんだよ」
ついため息が出てしまう。
俺は背後の黒板に向き、チョークを走らせながら説明することにした。
「いいか? マナと魔力はそもそも本質からして違う。〝魔素〟って括りのせいで似たようなものだと思われているがな」
黒板の上に〝魔素〟と書き、さらに黒板いっぱいに円を描く。
次に真ん中やや上辺りに〝マナ〟と書くと、俺は生徒たちに向き直った。
「大気の中に自然に含まれている魔素、それがマナと呼ばれるものだ。その組成には属性が存在しない」
今度は黒板の下の方、右の端に〝魔力〟と書く。
「対して、生物がその生命活動の中で作り出すのが〝魔力〟だ。これは作った生物によって属性が異なる。魔石はその魔力の化石みたいなもんだ。……ここまでは解るか」
「基礎中の基礎じゃねーか。バカにしてんのかてめえ」
「解るかって聞いてんだよ、余計なこと喚くんじゃねえ」
「……っ!」
つい素が出てしまった。大人げないなー俺。
「……んんっ。理解してるならまぁいい。んじゃ、全員に問題を出してみようか」
そう言って教室を見回した。
……なるほど。
真剣に聞いてるのが一割、完全にナメてるのが一割、残りはとりあえず聞いてるって感じか。
ま、そんなもんだよな。
「魔力とマナ、決定的で分かりやすい違いがいくつかある。10分やるから考えつく限り違いを挙げてみろ。ヒントはもういくつか出してるからな」
ざわめきが起こる。大半が困惑の表情だが、デイジーとアヤメは早速真剣に考え始めたようだ。
3つの違いは、さっきの話を聞いてればすぐに出せるんだが、大半は聞いてないから、デイジーたちはそれとは別の答えを導き出そうとしているようだった。
「プラム少年、そこまで言うならこんなもん簡単に答えられるだろうな?」
「っ! ったりめぇだ!!」
「そうか。じゃ、楽しみにしてるわ」
そう言って俺は教壇の傍に置かれた椅子に座った。
魔力とマナの違い。それを知ることは、魔法陣を扱う際には絶対不可欠な知識だ。魔法陣概論的な授業でもやってるはずなんだが、重要な知識ってのは教える側もピリッとした感じで説明することが多いためか、生徒には不人気になりがちだったりする。
そのあたりの復習も兼ねての質問だったんだが……。
「属性のありなしは出たでしょー? あと魔石になるのは魔力だけ、なんだっけ?」
「そうね、マナは魔石にはならないわ。……でもきっと、その要因そのものを聞いてるんだと思うの」
「あーなるほど」
アヤメ嬢とデイジーの会話が聞こえてくる。
そうそう、そこだ。そこが身についてるかどうかが大事なポイントになるんだ。
デザインなんかその後でいい。じゃないと見た目だけで中身のない召喚陣が出来て、結果シルフのサイズが大きくなるだけになる。
今はまだいい。今回のこれで目が覚めてくれれば。
――俺なんかが教育者みたいなこと考えてるんじゃねえよ。
自分にツッコミを入れながら、俺は腕組みしつつ目を閉じた。




