第83話 お着替え3
妖しく笑ったカレンデュラさんがクルクルと人差し指を回している。
ダークちゃんはその顔に気づかずにワクワクした面持ちで姿見の中の自分を見つめていた。
カレンデュラさんの言う“とっておき”って、どんな服なんだろう?
ダークちゃんはカッコいいシルビア様に憧れているから、ダークちゃんも剣士風になるのかな?
いやいや、大きな杖を持った魔導師風の服装も似合うかもしれないわね……それとも、弓使いや槍使いなんかの花形職業だろうか?
弟のルネから聞いた冒険者たちの勇ましい姿が浮かんで、私の期待は膨らんでいく。
カレンデュラさんが一呼吸して、ダークちゃんの方へ手をかざすと、ダークちゃんが身につけていた魔族のローブと内側に着た葉を織ったような赤い服が光の中に消えていく。
瞬きして目を開けると――
「なななな……なんでっ……! ボクがっ……! ……メ……メイド服なんだよっ……⁈」
ダークちゃんの叫びに、一瞬、何が起こったのか理解ができなくなる。
ちらりと伺った姿見の中のダークちゃんは、短い黒のお仕着せにフリルのついた真っ白なエプロンを身に着けていた。
驚愕と絶望が入り混じった顔でダークちゃんがカレンデュラさんに抗議すると、カレンデュラさんはいたずらっぽく人差し指を自分の唇に当てた。
「特に意味はないけど、言うなれば……この首輪をくれたお礼、かしらね♪」
唇から顎を伝って喉に辿り着いた人差し指は、隷属の首輪を指し示していた。
あ、あれは、森で戦った時にカレンデュラさんにつけたという首輪ね……
どういう経緯でつけるに至ったのかはわからないけど、根に持ってたんだな……
「そっ、それは仕方がないだろう? 非常時だったんだから……」
焦った顔で詰め寄るダークちゃんに、カレンデュラさんは冷たい眼差しを向ける。
「もう非常時じゃないでしょ? 外しなさいよっ。これがあると普段の力が出ないのよ。トカゲを振り払う事さえできなくて疲れるじゃないの」
「なんだなんだー? ろしーた、いつでも、かれんとあそんでやるぞー? おどったりぃ、ほのおのぼーる、つくって、なげっことかっ。がけのうえの、おいかけっこもやりたーいぞー♪」
「お黙り、トカゲッ! カレンって呼んでいいのは、ルー様だけよっ!!」
「えーっ! なんでーっ? ろしーたも、かれんがいいー! かれん、かれん、かれん――――!!」
ロシータちゃんの言葉にカレンデュラさんが額に青筋を浮かべると、ダークちゃんも表情を引きつらせた。
「……まぁ、そっちの事情もわかったよ……」
ダークちゃんが小声で解放と呟くと、首輪はカレンデュラさんの首から自然と抜け落ちた。
「わかるじゃないっ。アタシだって、ちゃんと約束は守るわよ~。確か、カッコいいの、だったわね?」
満足したカレンデュラさんがダークちゃんに向けた手を、シルビア様が遮った。
「いや、ダークは今日一日そのままでいなさい」
「えっ……⁉ ご……ご主人様っ……? なっ、なんでっ⁉ ど、どうしてですかっ!」
混乱したダークちゃんがシルビア様に詰め寄る。
「それはね、ダーク……」
「なっ……何かお気に召さない事がっ⁉」
ダークちゃんといえば顔を真っ青にして、手を胸の前で組んでいる。
シルビア様は切れ長の美しい瞳を鋭くさせ、ダークちゃんのお仕着せのスカートの端を摘まんでしげしげと眺めた。
「……その逆だよ、ダーク。君、とても可愛いよ。どこからどう見ても女の子にしか見えはしない。この格好なら、元の性別に戻ることを許そう」
「えええええっ⁉ そ、そんなぁ……」
シルビア様の宣言に、ダークちゃんはガックリと頽れた。
ダークちゃん……可哀そうだけど……でも、言われてみれば確かに……
ダークちゃんの頭に載ったカチューシャにはレースがついて、角の間で可愛さを主張していた。
太ももの中ほどまでの白いソックスにもレースがついていて、脚の細さを際立たせているわ。
スカートの短さに慣れないダークちゃんが、内またにしてモジモジとしているのがとても女の子らしい。
ボリュームあるパニエに押され、短くなってしまうスカートを引っ張って伸ばそうとするのもなんだか微笑ましくなっちゃうのよね。効果はないみたいだけど。
「い、今はカレンデュラたちもいるじゃないですかっ。コイツらも男なのに、どうしてボクだけがっ⁉」
「妖精に性別はあって無いようなものだ。両方あって両方無いんだよ」
「あら、私の心はいつだって淑女よ♡」
絶句したダークちゃんは肩を落とし諦めた表情になる。
「……カ、カレンデュラ……せめて……もう少し、丈を長くしてくれ」
「もう、しょうがないわね」
カレンデュラさんが指一本分だけお仕着せの裾を下げると、ダークちゃんの表情が心なしか少し柔らかくなったような気がした。
黒いお仕着せにフリフリの白いエプロンとカチューシャがビックリするほど可愛くて、ダークちゃんを褒めたいけど、私が可愛いって言ったらきっと怒るんだろうな……
私の視線に気づいたのか、ダークちゃんが口パクで「ウサ犬!」と悪態を吐いた。
ダークちゃんめ……
私が「可愛いね!」と言ってダークちゃんに向かってベーっと舌を出すと、ダークちゃんがガックリと肩を落とした。
あ、言ってしまったわ……
意気消沈したダークちゃんの背中をフィ―ちゃんが優しくさすってくれる。
フィ―ちゃんは優しいなぁ。私も大人気なかったわ……
私達の様子を見ていたシルビア様がクスクスと笑った。
シルビア様の艶やかな黒髪が煌めいて、失礼かもしれないけれど、何故か触れたくて仕方なくなってしまう。
椅子に腰かけていたシルビア様の背後に回り込むと、フィ―ちゃんから借りた櫛で、その絹ような髪を梳かしていく。
「ユミィ……?」
「……ちょっと、そのままでいてくださいね」
私が髪に触れると、シルビア様が「……ぁ……っ」と呟く声が聞こえた。
神妙に腰掛けてくれているシルビア様は、横顔を覗くと、何故か頬を染めている。
下ろした髪の毛の、真ん中の上の方を細い三つ編みにして編んでいく途中で、フィ―ちゃんがシンプルなバレッタを手渡してくれた。
「使うかと思って、クローゼットの中から出しておいたんです」
「ありがとう、フィ―ちゃん。準備が良くって助かるよ!」
編み始めの部分をバレッタで留めて、編み終わりの部分を細い黒の紐で結ぶと、豊かな黒髪を程よい量に纏める事ができた。
「はい、できましたよ」
「んっ……ぁ、ありがとう、ユミィ……」
小さな子どもの様にされるがままになっていたシルビア様が、照れ笑いを浮かべる。
その笑顔がとっても可愛くて、なんだか外に向かって遠吠えしたくなってしまった。
皆の様子を見ていたカレンデュラさんが「やれやれ」とため息を吐いた。
「これで全員終わりね。あとは戻っていいんでしょ?」
「ああ、ありがとうカレンデュラ。私達が留守の間、何かあったら伝言鳥で伝えてくれ……それと……」
「もうオヒメサマ達の支度は整ったでしょ。まだ何かあんのっ⁉」
苛立ったように眉根を寄せるカレンデュラさんに向かって、シルビア様が微笑んだ。
「もう一人、残っているだろう?」
シルビア様がカレンデュラさんに指を向けると、カレンデュラさんの深緑色の軍服は一瞬で濃い青色の上質なドレスに変わる。
繻子織りの絹の布地は上品なドレープになっていて、その表面には細かい刺繍と宝石が星屑のように散りばめられていた。
「おおっ! かれん、きれーい! かれんも、おひめさまだー!」
「わあっ、すごく似合ってます!」
ロシータちゃんとフィ―ちゃんが歓声を上げる。
背が高くて迫力美人と言えるカレンデュラさんが豪華なドレスを纏うと、舞台の演者さんの様に見えるわ。
雲ひとつない、爽やかな青空のような色のドレスはまるで……ブルーベルさんの髪色と同じような……?
「クローゼットにあったものだけど、これは私からのお礼だよ。また街に行く時、おめかしを手伝ってくれるかい?」
カレンデュラさんは呆けたようにドレスを見つめていたけど、シルビア様の声に我に返る。
「し……仕方がないわね……わかったわよ!」
顔を赤くしたカレンデュラさんは、そのまま広間から出て行ってしまった。
もしかすると、ブルーベルさんにドレス姿を見せに行ったのかな?
好きな人に、一番に見て欲しい……のかな……なんとなく気持ちがわかるかも……
なんだか可愛いな。
「さ、行こうか」
シルビア様が差し伸べてくれた手に気づき、自分の手を重ねる。
「はい! 行きましょう!」
頷いたシルビア様が、「皆、手を繋いでごらん」と呼びかける。
ポケットにチェリーちゃんを入れたロシータちゃんがダークちゃんと手を繋ぐと、反対側の手をフィ―ちゃんが繋いで、フィーちゃんの手をシルビア様が取った。
「転移の魔法で、街の外まで移動するよ。皆、手を離さないように」
シルビア様の魔力が私達の体を包むと、心地よくて体の力が抜けていく。
キラキラ溢れた紫と黒の光に目を瞑ると、ガヤガヤとした喧騒が聞こえてきた。
大きな音を立てて行き交う竜鳥車に、沢山の人の声――
「ユミィ、着いたよ。目を開けてごらん」
シルビア様の声で目を開けると、煉瓦の外壁に囲まれた大きな街が見えた。




