俺様ルート3
「社長、これは嫌がらせですね」
数ヶ月振りに戻った職場で待っていたのはツケでした。
「そんな幼稚な真似はしないわ」
してたら驚きですよ。
私を売った張本人だろうよ。
「言いましたよね。スケジュールは守って下さいと」
「最低限守ってたけど?」
ええ、お陰でグッチャグチャで管理されてないスケジュール表がメモと走り書きで埋まってます。
調整役はどこいった?
こうならない為の秘書はどうした。
あんなにも自信満々に志願して「必要ないので戻って来ないで下さい」と豪語していた同僚は何をしていたのか。
「色惚け女なら辞めたわよ」
「・・・いつですか」
「アナタが居なくなって二週間後くらい」
いやいや、居なくなったじゃなく売られたんですけど。
二週間・・・短い。
「何をなさったんです」
「何も?」
「何もしなかったんですね」
肯定するよう小さく笑う様が妖艶過ぎて、うっかり凝視してしまった。
ぷっくり唇のエロさは健在で己が恐ろしい。
「彼女が辞めた後は御一人で?」
「だって必要ないじゃない」
「つまりは私が必要無いと」
だから厄介払いされたのか。
「訂正するわ。アナタ以外は必要ない」
納得しかけて真顔の社長に精神攻撃を受けた。
うっかり心鷲掴みされたんですけど、自尊心とか乙女心が。
「いつまでも戻らないから忘れられたかと思った」
「すみません。今、社長を物凄く意識してるので思わせ振りな発言止めて下さい」
「しなさいよ。もっと意識して」
ここは職場、ここは職場。
いつかの二の舞は御免だ。
上目遣いの社長に理性が切れる前に数歩下がって目を逸らす。
名目上の恋人を思うが・・・溜息しか出ない。
あの人、共同作業を始めてから態度が軟化した。
機嫌良さげな時を狙って職場に戻せと頼んだら、渋りはしたが許可されて今に至るわけだ。
「それで、あっちの若いのは満足したの?」
「さあ。知りません」
「そう、まあ、いいわ」
何故か機嫌の悪い社長はスルーしよう。
「お帰りなさい、楓」
「ただいま戻りました、樋野社長」
確かに、二週間ほど会ってないし声も聞いてない。
メールはしてたから音信不通ではない、決して。
にも関わらず何故押し掛けて来た。
「俺を避けるからだろう」
「避けてません」
週末の真夜中に訪ねて来て無理矢理部屋に入った俺様桐山様。
風呂上がりでもう一仕事と思っていたので、テーブルは散らかったままだ。
「仕事してたのか」
ええ、そうですとも。
だから行けないと断ったはずだが、適当な言い訳と思われていたようだ。
「帰って頂けると助かります」
「・・・会いたかったんだ」
「それは、どうも」
「お前は?」
貴方との付き合い方が分からなくて面倒です。
と、正直に言っていいのかすら分からない。
黙秘に桐山は怒らなかったが、呆れて溜息を吐いた。
いやいや、こっちがしたい。
「何か飲みます?」
言いたい事は飲み込んで客人を持て成す事にした。
気の済むまで帰らないだろうから。
何もいらず、話もしない。
ならば仕事の続きをするので勝手にして下さい。
帰る気配の無い桐山に告げて、これっぽっちもお構いしなかった。
気付けば隣で読書している桐山は優雅その物だった。
彼が訪ねて来て一時間以上経っていたが、何しに来たの状態が悪化している。
「終わったか?」
「はい」
帰っては・・・くれませんよねー。
「明日は休みだろ」
「一応そうですね」
「一応?」
「社長とお出掛けなので」
あぁ、これはムッとしてる感じか。
一々仕草が子供っぽい。
「俺との約束が優先だろう」
「いや、約束してません」
「する予定だった」
「はぁ、左様ですか。まぁ、無理ですよ」
「何故?」
いやいや、だから、予定があるって言ってんだろーよ!
難聴か!
「予定は埋まってます」
「お前は、他の男を優先するのか」
常識的に当日ドタキャンはあり得ない。
既に0時を大幅に過ぎていて日付は変わっているし、約束は午前中。
無い、無理、考える気すら起きない。
「面倒なんで一緒に来ます?」
「容赦ないな、おい」
引き下がる気のない人を相手にしたくない。
この際だから己がいかに利己的か惜しまず披露してやろう。
「と、言う訳です」
待ち合わせに現れた桐山にそれはもう、驚いた社長は端的な説明にも関わらず事情を察してくれた。
Tシャツに細身のパンツ、ロングカーディガンにつば広ハットを合わせたスタイル抜群の社長。
パーカープルオーバーにジャケット、デニムパンツとカジュアルスタイルな桐山。
あぁ・・・叫ばずにいる自分を褒めよう。
格好良い!
二人共、超絶に格好良い!!
さっすが、さっっすが!攻略対象王子様!!
などと心で悶絶するに留めてる自分は本当に偉いと思う。
「楓、戻ってきなさい」
甘い香りと頬に触れる温もりで意識が戻る。
社長が頬を撫でながら近距離で顔を覗き込んでいたから、思わず仰け反った。
「なあに?どうして逃げるの」
ムッと唇を尖らせて再び近付いて来るけれど、当たり前だろう。
往来で理性飛ばさせる気ですか。
慌てて頬にある手も退けて大きく下がるが、桐山にぶつかって阻まれた。
「・・・今日は何処に行くんだ?」
若干ご機嫌斜めなのか、声が硬い。
お陰で惑う心が落ち着いた。ありがとうございます。
「市場リサーチです」
「行けば分かりますよ。桐山専務」
要領を得ない桐山を促した社長は、自然な動作で私と手を繋ぎ歩き出した。
気の向くまま街中を歩けば発見は色々ある。
例えば新しいお店、知らなかった道、景色、それから人の流れ。
「社長、これ着てみません?」
「楓が着た姿が見たいわ」
「はあ?嫌です」
「此処は若い子が多いのね」
「若年層向けのキラピュア感が凄いっすねー・・・」
「何よ、それ」
「キラキラで初々しいので早々に立ち去りたいって事です」
「楓、ほら、あれ、良い匂いしない?」
「パンケーキですかね、ちょっと買って来ます」
「一緒に行くわ」
「いや、待ってて下さい」
彼等から離れると直ぐに女性の群れが人垣を作る。
朝からずっとこの調子で辟易する。
まあ、本日は桐山がいるから仕方無い。
彼は日本人離れした容姿もあって兎に角目立つ。
だから、出来立てパンケーキを食べながら暫し避難していよう。
同性からの敵意と嫉妬から。
テラスでのんびりパンケーキを頬張っていたが、残念な事に人垣を掻き分けてやって来る彼等。
「誰が一人で食べて良いって?」
若干の息切れと乱れっぷりがエロいですねー。
などと思いながら肩を竦めれば頬を抓られた。
「ふわもちで美味しいです」
「何で直ぐに戻って来ないの」
チラリと桐山を見て避難は正解だと実感した。
彼の衣服も乱れているし、何より物凄く不機嫌だ。
徐々に口数が減り朝よりご機嫌斜めだったのが、更に怒気を発する程に悪化したのだから相当凄かったんだろう。
「メープルシロップもなかなかの代物ですよ」
一口サイズにしたパンケーキを社長の口元へ運ぶと、素直に食べて美味しいとの同意を頂けた。
「・・・・・・食べます?」
話し掛けたくない程度には恐い。
恐いが、そんな桐山を放置するのは流石に駄目だと解る。
「いらん」
目は据わってますけどねー。
「八つ当たり止めて下さい」
「あ?」
地を這う声で凄まれた、この行為を八つ当たりと言う。
恐怖で顔が引きつったが、横からパンケーキを強請る社長がいるので餌付けを続行する。
「お前は・・・どういうつもりだ」
「ど、どうとは?」
「楓、最後の一口食べちゃいなさい。ほら、移動するわよ」
急かされるまま完食し、社長に腕を取られ引きずられるように歩くが桐山との会話が中断してしまった。
一緒について来ているけれど、無言で歩く横顔が整い過ぎて恐ろしかった。
無表情、これ程ダメージを受ける事を初めて知りました。
我らが職場に落ち着いて、桐山は不満を曝け出した。
気に入らないと全身で発しているので、社長も苦笑して視線をよこす。
いや、知らんわ。
と、投げ出せるならしている。
「話の続きをしませんか」
溜息混じりで提案すれば睨まれた。
「他の男と睦まじくデートする様を見せて厄介払いか」
チラリと社長を見れば肩を竦めて我関せず。
へぇ、あれはデートなのか。
いつもと同じで気付かなかったが、成程、そう見えるのか。
「すみません。自覚無かったです。桐山さんが怒ってる理由を今理解しました」
社長は解った上でやってたのもね。
「言い訳してもいいですか?」
誤解なんだ、あれはそんな意味じゃない。
軽率だったのは認める、申し訳なかった。
君を傷付けた事も謝る。
でも、信じて欲しい。大切なのは君なんだ。
って懇願して許しを乞う浮気野郎が脳裏に浮かびました。
その浮気野郎は私ですってオチ付きで。
「言い訳はどうした」
口を開きかけて固まった事で不信に思ったんだろう、桐山が先を促して来た。
聞く耳を持ってくれる有り難さを感じつつ躊躇ってしまう。
自分が彼の立場ならどう説明しても腹立たしいと思うから。
「繰り返しになりますが、そう見えるとは思ってもいませんでした」
無反応で真っ直ぐこちらを見ている桐山が怖い。
「にゅ、入社してからこれまで、仕事の一環として度々ああして社長と出掛けてます。息抜きを兼ねてる部分は否めないので、通常よりかなり砕けてるのも事実です。結果、デートと言われるなら・・・」
一度言葉を切って姿勢を整える。
「はい、申し訳ありませんでした」
深く頭を下げた。
これ以上は言いようが無い。
張り詰めていた空気が和らいだのは、桐山が大きく息を吐き出したからだ。
顔を上げろと言われ従えば苦い顔の彼と目が合う。
「何についての謝罪だ」
それは勿論、専務様を不愉快にさせた事へのだ。
恋情はなくとも独占欲があるのは解っているので、目の前で社長とイチャついてたなら面白くなかっただろう。
「他の男と楽しんで、ごめんなさい」
返答を兼ねて端的にもう一度謝ると、別の方向から笑い声が上がった。
と言うか、思いっきり吹き出した。
おい、こら、諸悪の根源はお前だろう。
「楓っ、言い方!誤解を招くわ」
腹を抱えながら笑う糞社長。
一人楽しそうで何よりですねー。
「ふふっ、まあ、でも、及第点。ちゃんと女としての自覚はあって良かった」
傍に来て左腕で腰を抱き右手と顎を私の右肩に乗せる社長。
横を向けば触れてしまう近距離にべったり張り付かれては下手に動けない。
正面の桐山は容赦なく社長を睨んでいるが、怯む様子は全くない。
いやいや、何これ。勘弁して下さい。
「桐山専務、本日はお疲れ様でした。お帰りはあちらで」
お見送りはしませんよ、早よ帰れと副音声が聞こえる。
動かない桐山と何故か更に密着度を高めた社長。
首筋に息が掛かり柔らかな唇の感触に短い悲鳴を上げてしまった。
何してるんだ、この人!
つい、縋るように桐山を見てしまった。
何故か舌打ちされました。
そして社長を一瞥し不機嫌最高潮のまま帰ってしまった。
「連絡する」
との一言だけを残して。
お陰さまで解放はされました。
腑に落ちない状態で放り出された心の行き場はありませんけどね。
「説明して頂けると大変有難いです」
近場の椅子に腰掛け早速土産のお菓子を広げている社長へお茶を渡す。
この人、どんなつもりで桐山を煽る真似をしたのか。
「説明って?寧ろ最後まで気付かない楓に驚き」
「不甲斐ないの一言です」
「まあ、桐山専務が面白くて調子に乗ったけど。後は、そうね、腹が立ったから」
憂いを帯びた表情の似合う男はエロいですねー。
真面目な反省会でうっかり発情しそうな頭の湧きっぷりをどうにかしたい。
「楓が気付かなかったのは、彼がそうさせたって事でしょ」
「・・・はい?」
しまった、聞いてなかった。
「桐山専務に女として見てもらってない、と思ってるでしょ」
思ってるのではなく事実だ。
無言を肯定と捉えた社長はご機嫌斜めにムッと唇を尖らせる。
うん、怒ってくれるのは嬉しいけど、ちょっと、もう、理性を試すのは止めて欲しい。
「そう思わせる扱いをしてた野郎に仕返ししたまでだ」
「社長」
「何?」
「本当止めて下さい。襲いますよ」
「えぇ?この話の流れで?」
首を傾げて苦笑した後。
「襲っても構わないけど」
と男前に言われて踏み止まった。
「しないの?」
いやいや、ついさっき最低浮気野郎を味わったのだ。
ここで負けたら人として終わってる。
「楓を想わない野郎に渡したりしないから」
「・・・社長、るぅちゃんみたいな時ありますよね」
「あそこまで病んでないけど」
否定しない社長に少しばかり引いてしまった。




