第53話 暴食の啼泣
「にゃ」
スーパーマーケットからメチャクチャ良い匂いがしてきたから我慢できなくなって走ってきた、みたいなことを言ってるらしい。お腹へって死にそうなのに食べるものがなくて泣いてるんだって。
あらゆるものを食い尽くす化け物、なんて聞いたから恐ろしい魔物のようなイメージだったんだけど。なんか思ってたんと違う。
「この子、なに食べるの? もし人間とかも食べちゃうんだったら、退治しなきゃダメだと思うよ?」
「いや、食い尽くすのは食物だ。ひとを喰った記録はない」
アリベリーテの説明によれば、ひとつの街が飢餓に陥るほどの食い尽くしぶりだったって。うん。それはそれでダメだとは思う。
「同じ個体なのかはわからんが、この図体で大食漢なら魔物でも喰っておけば感謝もされただろうにな」
「グゥ……」
なんか不満そうに小さく鳴いてる暴食異龍。その被害者ヅラもどうかと思うけど、召喚されたんなら好きこのんでここにいるわけではないか。
「……がッ! ……るなぁッ!」
遠くから叫ぶ声が聞こえて、ヒョロヒョロの矢がいくつか山なりに飛んでくるのが見えた。脚に矢を受けて転がっているエルフたちの何人かが放ったものだろう。威力もなく狙いもいい加減な矢は、まったく届かない距離でペソッと地面に落ちた。
「……れはッ! ……のだッ!」
うん、なにを言ってるのか全然わかんない。でも、わたしたちと暴食異龍の接触を阻止しようとしてるのは察しが付く。勝手に嗾けておいて何様のつもりだか。
「ぎゃああぁッ!」
リールルとアリベリーテが反撃の矢を放ち、それを受けたエルフが悲鳴を上げて転げ回る。どうやらまた当たったのは脚みたいだ。
「盾で守っているから脚にしか当たらんな。すぐに死ぬようなことはないが……長く苦しむことになる」
あいつらのことはどうでもいいや。死んだら死んだで自業自得だし、生きて逃げかえるなら別にそれでも構わない。
問題は、目の前のドラゴンもどきだ。気を許せる相手ではないものの、敵意はなさそうというのは却って扱いに困る。
「カロリーは、こいつを助けたいと思っているのか?」
リールルに言われて、わたしは正直なところを話す。
「助けたいというか、あんまり殺したくないとは思ってる」
「……ああ、そうか。わたしと同じなのだな」
アリベリーテが非常にビミョーな顔で首を振る。
食い尽くしドラゴンと同じ扱いというのはリアクションに困るかもしれないけど、まあわたしたちからしてみれば同じだ。双子エルフを奪いに来た余所者エルフを生かしてスーパーに引き入れたのに、飢えてすがりついてきたドラゴンもどきを殺すというのは理屈に合わない……気がする。
そう伝えると、アリベリーテだけではなくリールルとコハクまで微妙な顔で首を振った。
「もちろん、喰うにも生きるにも困ってないからこそ言える理想論だって、わかってるんだけどね」
「にゃ」
そうじゃない、とコハクが言う。自分もリールルも、孤児院の子たちも。みんな同じように、その“理想論”に救われたんだって伝えてくる。
リールルもその意を汲んで、ニッと楽しそうな笑みを浮かべる。
「カロリーには、力がある。だったら、どちらを選ぶのもカロリーの自由だ。思う通りにしたら良いし、あたしたちもできる限り力になる。それが上手く行こうと、たとえ失敗しようとな」
「にゃ」
「微力ながら、わたしも」
みんなに言われて、少し気が楽になった。
いくらわたしがカロリーの権化みたいな巨大スーパーマーケットを抱えているとはいえ、さすがにドラゴンの飢えを満たせるかと言われれば不安しかないのだ。
「できるだけのことはやる。無理なら助けを求める。それでも無理なら、そのときに考えよう」
「ああ、それでいい」
「とりあえず、この子の首輪、外しちゃってもいいかな?」
「にゃ」
いんじゃない? と軽い返答だったので、結界から少しだけ出て暴食異龍に近づく。いまのところエルフたちに敵対してくる様子はないが、念のためコハクがわたしの護衛、リールルとアリベリーテは周囲の警戒に就いてくれた。
「グゥ……」
「ちょっと我慢してね。……ストレージ!」
青白い火花が散って、触れていた手に痺れが伝わってきた。前にやったときよりも魔法的抵抗が激しい気がする。そのまま続けていると、“隷属の首輪”は消えてストレージに収まった。
「ォ、ォオ……」
ホッとした顔で首を振ると、暴食異龍は嬉しそうに吠えながら立ち上がって全身から青白い光を発する。
「にゃ!」
「カロリー、下がれ!」
異変に気付いたリールルとアリベリーテが弓を構え、コハクがわたしを結界のなかに押し込む。
「ちょ、な……ええええぇッ⁉」
光が収まった後には、ちんまりとした幼女が座り込んでいた。
全裸で。
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