第51話 サモナー・サムワン・サムウェア
周囲に大きく散らばった敵が、駆け回りながら攻撃を仕掛けてくる。
散発的な魔法と小さな弓で、大した威力はない。いまのところ、結界に弾かれてこちらにダメージはないけれども。明らかに、なにか目的があっての陽動に見える。
挑発するようなエルフたちの動きを目で追っていると、妙にシルエットがチラついているのに気づいた。
「ねえリールル……あいつら、なんか点滅してない?」
「ああ。隠蔽魔法だな」
ちょっと思ってたんと違った。条件が揃えば完全に見えなくなるらしいが、いまは背景と溶け込んで視認しにくいだけだ。役に立っているのか、いないのか微妙なところ。見えようが見えるまいが、どのみちわたしの腕では速すぎて矢を当てられる気がしない。
「にゃーッ!」
チョロチョロ動き回るエルフを見て、コハクが苛立った声を上げる。結界から出られない以上、コハクも手を出せない。飛び掛かって良いかと訊いてくるけれども、相手の出方がわからないので堪えてもらう。
リールルとアリベリーテは物凄い早さで複合弓を連射して、かなりの確率で命中させている。ただ上半身への矢は小さな盾で防がれてしまう上に、エルフは治癒魔法が得意だとかで当たっても致命傷にはなっていないみたい。
何人かのエルフが悲鳴を上げて転げ回ってるものの、見たところ誰も死んではいない。
「ああ、くそッ!」
死角から放たれた雷魔法で、リールルが目を押さえて後ずさる。結界で阻まれてダメージはなさそうだけど、稲光で目が眩んだようだ。
「リールル⁉」
「大丈夫だ!」
まずいな。多勢に無勢で、少しずつ押され始めている。これで結界がなかったら、あっという間に攻め込まれてた。
「にゃ!」
コハクの声に振り返ると、忍び寄ってくるエルフの集団が見えた。とっさに両手のクロスボウを向けて同時発射する。
駆け回ってなければ当てられる。そう思ったのに片方は外れた。もう片方はなんとか当たって、ひとりが悲鳴を上げて倒れ込む。
けど、そこまでだ。わたしの武器と腕では、追撃ができない。慌ててコッキングして鏃をセットした頃には、倒した敵にも逃げられてしまっていた。
「にゃ」
「いや、追うのはマズいかと」
リールルがコハクがなにかを話し合ってる。アリベリーテも苦渋の表情、なのにわたしだけは状況がわかっていない。
「なに? どうしたの?」
「にゃ」
あいつらが離れてく、と不満そうなコハク。
こちらの注意を引いて、遠くから掻き回していただけ。なにか狙いがあってのことだとは思っていたけど、その用意が整ったという感じだ。
案の定、森の奥で木々が揺れて、地響きが聞こえてきた。なにかが吠えるような声。
「聞いたこともない声だな。“魔境の森”で、あんな音を出す生き物など知らん」
「にゃ……」
リールルの言葉に、コハクも揃って首を傾げる。アリベリーテだけは森ではなく、周囲に目を向けて上空を警戒していた。
「どうしたの?」
「エルフの古老から教わった、龍の声に似ている。あいつらは鳴き声で仲間を呼ぶと聞いたのだが……その点は杞憂だったようだな」
聞こえてくる声は、一体だけ。周囲にも空にも、仲間らしき姿は見えない。
「このあたりに、龍なんているの?」
「龍種が現れたことなど、最も新しい記録でも数百年前だ」
それを聞いて、元いた世界でいう恐竜みたいなものなんじゃないかと思ってしまう。なんとかサウルスとドラゴンの違いなど、わたしにはわからないし。
その間にも、謎の生き物は木々を薙ぎ倒しながら森のなかをどんどん近づいてくる。
「ガアアアアァッ!」
叫び声と共に森から飛び出してきたのは、ちょっと想像と違っていた。異世界で龍と言ったら、四足歩行で翼の生えたドラゴンを想像してしまった。でも現れたのは、二足歩行の肉食恐竜みたいな感じ。体長は10メートルくらいで、えらく怒っている。
「なんだ、ありゃ?」
リールルが不思議そうに言った。
丘の上までは5、6百メートルといったところか。距離はあるけど、逃げられる気はしない。子供たちを置いて逃げる気もない。とはいえ、いまのわたしたちに、あんなのを倒せる武器もない。
この状況では、スーパーマーケットの結界だけが頼りだ。いざとなれば禁断の扉だってバンバン開いちゃうつもりだけどね。
「……そんな、まさか……」
アリベリーテは、肉食恐竜(仮)を凝視している。目を見開いてはいるが、恐怖という感じではない。むしろ困惑しているような、ゲンナリしているような顔だ。
「あれがなにか、知ってるの?」
「エルフの古老から聞いた、数百年前に現れた龍種だ。麦穂色の鱗に、太く長い首と尾、短い腕と太い脚に、樽のような胴体……」
アリベリーテの声が聞こえたはずはないのに。遥か彼方にいる恐竜は、わたしたちを見た。狙いを定めたように迷いなく、真っ直ぐにこちらに向かってくる。
「あらゆるものを食い尽くす化け物、……暴食異龍」
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