第25話 チキン・ティッカ・マサラ
「あ、日本のカレールーも売ってるんだ……って、高ッ!」
冷蔵庫から入った“スーパーマーケット”のフロアで、わたしは思わず声を上げる。
約90グラムのが、ひと箱で約450円から1200円? これ、日本で売ってる一般的な12皿分のルーと比べると半分くらいのサイズなのに。
「輸送費もあれば為替レートの問題もあるから、ボッタクってるわけでもないんだろうけどね……」
とりあえず日本のルーは棚に戻す。今回お米はバスマティ・ライスなので、インドカレー方向で考えよう。お肉はチキンで、イメージするのは、イギリスでメジャーな“チキン・ティッカ・マサラ”だ。子供たちでも食べられるように辛さは控えめにする。
あれこれ買い込んで孤児院に戻ると、まだ昼前だというのに厨房には、お手伝いをしようと意気込んだイリーナちゃんとメルが待ってた。彼らの後ろには、ニーナちゃんとエイルちゃんもいる。
「かろりーさま、おてつだい、します!」
「ありがとね。それじゃ、これ着けてくれる?」
大小いくつか買っておいたエプロンを渡す。兄姉組には大人用の小さいサイズ、妹ちゃんズには子供用サイズだ。正直あんまりセンスの良いのは置いてなかったので、できるだけシンプルな白いやつにした。
「みんな、似合ってる!」
「「えへへ……♪」」
そろって照れてるのがすごくかわいい。彼らには大量に使うタマネギの下ごしらえをしてもらうことにした。人参とかジャガイモとか入れないから使う野菜はタマネギだけなんだけど、分量が多いので10個は必要になる。
「タマネギの頭とヘタは切っておくから、皮を剥いて、刻んでくれる?」
ナイフは危ないので、買ってきたベジタブル・チョッパーを取り出す。大型容器の上部に格子状の刃がついてて、フタで押し込むとみじん切りになって容器に落ちるという簡単便利な文明の利器。アメリカ人って、こういう“誰でも簡単にできる道具”を作るのが得意なイメージある。
「皮を剥いたタマネギをそこに置いて、上から押すの。やってみるね?」
何回かやってみせたら、すぐにできるようになった。力が要るから押す役目はメルで、皮を剥くのがイリーナちゃんとニーナちゃん。みじん切りになったタマネギを、調理してるわたしのところまで運ぶのがエイルちゃん。役割分担としては最適なんだけど、いちばん小さなエイルちゃんが大きなバットを運ぶ姿はかわいいながらも少し危なっかしい。
「気をつけてね? 急がなくてもいいし、少しずつでいいからね?」
その間に、わたしは鶏肉をひと口サイズに切っていく。今回はあっさり目の胸肉を約4キロだ。高たんぱく低カロリー。アメリカではヘルシーなお肉として人気、そして日本とは逆で腿肉より価格が高い。
切り分けた大量の鶏胸肉に、刻んでもらったタマネギを投入。ニンニク、ショウガ、ヨーグルトとレモン汁、そしてカレーパウダーと混ぜる。
少しカレーパウダーの味を見てみたら少し辛めだったけど、ヨーグルトと野菜でマイルドになったら子供たちでもイケるんじゃないかな。
すべてを混ぜ合わせると、大きなボウルいっぱいになった。それをよく揉んだ後、食品用ラップをかけて寝かせる。
「よし、これで夜には美味しくなるよ!」
「「わぁ……♪」」
「みんな、ありがとね。もうすぐお昼だから、軽くサンドウィッチでも食べようか」
シスター・ミアによると、いままで孤児院のご飯は朝と夜で、昼は軽食程度だったらしい。食材がないという理由もあったけど、教会系の施設では日に2食という習慣があったからだとかなんだとか。そんなことは知らない。大人は好きにしたらいいけど、子供たちには昼も食べてもらう。
夜がたっぷりなので、軽めにハムとチーズのサンドウィッチと、ピーナッツバター&ジェリーだ!
◇ ◇
「にゃ」
どんな感じ? って、コハクが訊いてくる。いよいよ仕込みの終わったチキン・ティッカ・マサラの調理が始まる。あれだけ期待させてしまったのだから子供たちがガッカリするような結果だけは避けたい。
「大丈夫、ぜったい美味しくなる!」
大きなフライパンに油を引いて、まずは鶏肉を焼いていく。焦がさないように焼き目をつけて、いったん取り出す。
フライパンでタマネギを炒めて、飴色になってきたら鶏肉を漬け込んでいたカレー味のヨーグルトペーストを投入。トマト缶とミルクを入れてさらに過熱していく。どんどんいい香りが立ち昇って、振り返ると厨房の入り口には子供たちが団子になっていた。
「かわった、におい」「おいしそ……」
みんな興味津々で見守っている。カレー特有の香りに、期待値がさらに高まってるみたい。
「カロリーさま、このくらいでしょうか」
「ちょっと硬さを確認……ああ、良い感じですね」
隣ではシスター・ミアがバスマティ・ライスの調理中。長粒米は炊くというより茹でる調理法が一般的だ。水に漬けておいたバスマティ・ライスを沸騰したお湯に入れて掻き混ぜながら茹で、ざるでお湯を切った後で鍋に戻して蒸らす。
「これも、いいにおい……」
そう、バスマティ・ライスを調理していると、ナッツみたいなすごく良い香りがする。日本米とは違うけど、食欲を刺激する香りだ。
「もうちょっとだよ、みんなお皿を並べてくれる?」
「「「はーい!」」」
いい返事だ。
できあがったバスマティ・ライスをそれぞれの器に盛りつけ、そこにカレー改めチキン・ティッカ・マサラをかけていく。
スパイスを控えめにしたので本場の味よりもマイルドだけど、味見をした限りではかなり良い出来なのではないかと思う。
カップにミルクを注いで、みんなで席に着く。
「では、女神様と聖獣様、そしてカロリーさまに感謝を」
「「「めがみさま、せいじゅうさま、かろりーさまに、かんしゃを」」」
そろそろ本気で、その食前のフレーズを変えてもらいたいんですが。前に言ったらシスターからやんわりと、かつ頑なに、どうしても譲れないと断られてしまった。
「うっまあぁッ!」
いきなり素っ頓狂な声を上げたのはリールルだった。いくらなんでもはしたなかったかと気づいて彼女はみんなに頭を下げる。同じような気持ちだったのか、子供たちも無言のまま一心不乱にチキンを頬張り、ライスを描き込む。
「おいし」「くち、いたい」「でも、これ、すき」
マイルドにしたつもりだけど、小さい子にはまだ少し辛かったか。ひーひー言いながらミルクを口に運ぶ。それでも食べるのは止めない。
「最初は甘さが来て、後から辛さが来て、その後で深いコクと味わいが来て、抜けていった後には食欲が湧き上がってくる。これはすごい、いや恐ろしい料理だ」
リールルは食レポみたいなことを言いながら、すごいスピードで食べ進んでいく。見た目はともかく年齢的には大人なんだからと彼女のはかなり大盛りにしたんだけどな。子供たちも食欲旺盛で、レシピ換算で人数分の倍量近くを作っておいて正解だったかもしれない。
「お代わり欲しい子は、まだあるよ?」
「「「ほしいー!」」」
わたしとシスターで手分けして、お代わりを希望した子のお皿にバスマティ・ライスとチキン・ティッカ・マサラを足していく。コハクも含めてほとんど全員がお代わりをして、多い子は3回もお代わりをした。わかる。そうなるんだよね。まさにカレーは飲み物。
子供たちも含めて、初めてのカレー体験は大満足だったようでホッとひと安心。
「ふぅ、美味しかった。大満足……」
お腹を押さえて笑っていたリールルが、急に表情を強張らせて固まる。
なにが起きたのかと立ち上がったところで、シスター・ミアも胸を押さえて息を喘がせているのに気づいた。
「だ、大丈夫ですかシスター・ミア……って、ぶわあぁッ⁉」
ふたりに近づいたところで思いっきり光られて、思わずのけぞってしまった。
“豊満神の加護がつきました”
“豊満神の加護がつきました”
ああ、もうビックリした。このいきなりフラッシュはこのところ毎日のように起きてるのに、いつまで経っても慣れない。子供たちはもう見慣れたのか、特に怖がったり驚いたりしていない。おめでとう、みたいな感じで拍手してたりする。余裕だね。そりゃ、君らは全員が自分も光った経験者だしね。
いきなりで驚きはしたものの、リールルの発した光は子供たちに比べれば弱く、シスター・ミアのは更に弱かった。光の強弱になにか意味があるのか、子供たちとなにが違うのかはわからない。
でも子供たちがみんな2食目で加護を受けたのに対して、リールルは3食目。シスターに至っては何日もかかった。年齢や関係によって加護を得るためのポイントというか条件というか、なにか栄養分みたいなものの吸収率が違うのかな?
よくわからないけど、特に害があるわけでもないので気にしないことにする。相変わらずわたしとコハクにはつかない。その点はよかった。
「女神様、ありがとう。できればこのまま加護はなしで……」
ピコンッ‼
今度はなに⁉ と思ったけど理由はすぐにわかった。電子音の直後に、待ちかねた音声アナウンスが聞こえてきた。
“レベルアップ条件達成、スーパーマーケットがレベル3になりました!”
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