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055_覚醒


 頭の中で、無駄と分かりながらも同じ問いを繰り返す。



 “どうして、こうなったのか”


 “なぜ、助けられなかったのか”



 けれど出てくる答えは、常に同じ。


 僕が、弱いからだ……。

 

 そのせいで、クシナは…………。


 微かな温もりも感じられないクシナの体を抱き締め、嗚咽を漏らす。

 

「思わぬ結末であったが、幕引きとしては悪くない」


 淡々とした、父の物言い。


 幕……引き?


 クシナの死を、なんだと思っているのだろう。


 胸の奥底から、不快とは違う感情が込み上げてくる。


「お父様、この死合で私は鬼道之破を修めました。これは勝ちも同然ではありませんか?」


 鬼道を解かれたのか、ツクヨミが父に近付き訴える。


 しかし父は無言で、なんの反応を示さない。

 

 褒められるとでも思っていたのか、ツクヨミの笑みが固まる。


 望まぬ父の態度に笑みは徐々に歪んでいき、八つ当たりのように僕を嘲り始めた。


「お兄様は死合ってなお、無能なままなのですね」


「……」


「死合で使った贄に涙する暇があるのなら、もっと精進なさっては?」


「贄……」


 父の言葉以上に、心が泡立つ。


「そもそも、道具としての役目も満足に果たせないなんて……所詮忌子(いみご)、使えない女」

 

 蔑みの視線が、クシナに向けられる。


 瞬間、不確かだった感情をはっきりと自覚した。


 それは、怒り。


 己が心すら燃やし尽くすような、灼熱の。


 呼応するように、体内で高まる妖力。


 行き場のない力が、吐口を求め荒れ狂う。


 我を失いかけた、その時。


 風に煽られ羽織の裾が(ひるがえ)り、白い家紋が目に入った。


「っ!」


 それは他でもない、クシナが縫ってくれた物だ。


 クシナの肌髪と同じ、白い糸で。


 僕のために、想いを込めて……。


 そう思った途端、激情が嘘のように引いた。


 妖力は静まりながら、しかし密度を上げる。


「詠え、スサノオ」

 

 不意に、父が僕の名を呼んだ。


 そして、初めて聞く五節の言葉を続けた。


 何を意図したのかは、分からない。


 ただ、不思議と心に響き、気付けば僕も口にしていた。



  “忘れまじ”


   “宿る御身(おんみ)の”


    “尊きを”


     “永遠へと続く”


      “命と願い”



 詠うのではなく、文字通り願うように……祈るように…………。


鬼道之急(きどうのきゅう) 神創(しんそう)


 抱き寄せたクシナへ鬼道が発動し、その体を白と黒の光が包み込む。


 激しく明滅する、太極(たいきょく)の色。


 目も眩むような光が収まると、クシナの体は消え、短刀だけが残されていた。


 手に取れば、神創のもたらす効果が頭に流れ込んでくる。


 ああ、だから僕はこの鬼道に()()()()のか……。

 

 短刀から伝わる、慈しむような温かさ。


 この感じ、忘れるはずもない。


 思わず掻き抱ていると、ツクヨミが声を震わせ叫び出した。


「あっ、あり得ない! 鬼道の序も破も使えないお兄様が、急を修めたですって!? こんなの、何かの間違いに決まっています!!」


 縋るような目で父を見詰めるけれど、返されたのは沈黙。


 ただ、その口の端は面白がるように少し上がっていた。


 ツクヨミが、破を修めた時とは違い。


「っ! ……認めません、私の方がお兄様よりずっと有能なのです!! それを証明してみせましょう!!!」


 ツクヨミから立ち昇る、妖力の奔流。


「鬼道之序、真扱(しんそう)!!!」


 告げられた言葉を受け、周囲にあった雑多な物がツクヨミの背後で浮かび上がり、隊列を組むように並ぶ。


 かつて百目樹(どうめき)を倒した時は、五振りの太刀を操っていた。


 けれど今、その数は十倍以上に及んでいる。


 四年前とは、比較にならない程力をつけたのだろう。


 ()()()なら、瞬殺される。


 しかし、僕は独りじゃない。


 両手で握った短刀に、語りかける。

 

「行こう クシナ」


 直後、短刀を通じ妖力が溢れ出し、前面を埋め尽くす程の灰色の太刀が生み出された。


 数にして優に数百、いや千を超えているかもしれない。


 膨大な数の太刀を前に、茫然とするツクヨミ。


 ただそれも少しの間で、直ぐにこちらを睨み声を荒らげた。


「そんな見せ掛けに過ぎない力でっ!!」


 一斉に放たれた物を、しかし瞬時に灰色の太刀が打ち落とす。


 しかもいつかの再現か、たった五振りで。


 言葉を()くすツクヨミを、残された太刀がぐるりと囲む。


 切っ先は、全てツクヨミへ向けられている。

 

 恐らく、僕が僅かな殺意を抱いただけで太刀はツクヨミを貫くだろう。


 原型を留めぬ程執拗に、徹底的に。


「ああっ、ああぁ……」


 その場にへたり込んだツクヨミの目は、既に虚ろだった。


 心が折れた様子に短刀へ流れる妖力を止めた途端、太刀が一瞬にして消える。


「よもや、超えるとはな」


 一連の出来事を眺め、父が一言呟く。


 発せられたのは、それだけ。


 やがてツクヨミを抱えると、離れから去っていった。


 後に残されたのは僕と、クシナを宿した短刀。


 ただ、そこにクシナの姿はない。


「クシナ クシ……ナ…………」


 堪えきれず、涙が落ちる。


 クシナを思わせる白い雪の上に、何度も、何度も……。


 降り続ける雪に埋もれながら、その白さにクシナを想い、僕は涙枯れるまで泣き続けた…………。


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