特別編 中村家は今日も平和。(坂下由紀子視点)
ピピピ、とアラームが鳴る。
私は枕に顔をうずめたまま、手探りで枕周辺を探る。
しばらくそうしていて……お目当ての目覚まし時計を探し当てた。
押しやすいスイッチがとっても素敵。
「ふわぁ……」
目を瞬き、体を起こす。
時刻は……6時ちょうど。
以前だったら滅茶苦茶早起きだけど、ここ最近はへっちゃらだ。
だってとっても早寝になったから。
「おはよ~、比奈ちゃん」
隣のベッドに寝ている学校違いの後輩? を起こす。
私よりも朝に弱い彼女は、しばらくむんむんと唸ってから猫のように体を伸ばしている。
かわいい。
「わふ……おはようございます~、坂下先輩~……」
「おっはよ~。今日もいい天気だよ~」
私達は、友愛高校で暮らしていたんだけど……えっと、まあ色々あって……今は別の場所にいる、
『中村武道具店』っていう名前の、竹刀とか柔道着とか……そんなものを取り扱っているお店だ。
実家の隣に住んでいる、とってもとってもお世話になった田中野のおにいさんの紹介だ。
「今日はどれにしようかな~……」
「悩みますね~」
完全に覚醒した比奈ちゃんと一緒に、今日着る服を選ぶ。
目の前にあるのは、やっぱり田中野のおにいさんが、知り合いの神崎おねーさんと一緒に回収してくれた服の山。
ううむ……こうして考えると……
「どうしました? 坂下先輩?」
「いやあ……私、何から何まで田中野のおにいさんにお世話になってるなあって……」
おにいさんの名前を出すと、比奈ちゃんも顔をぱあっと明るくした。
「ですね! ウチもです! 早く恩返ししなくちゃですよ!」
むん、とかわいくガッツポーズする比奈ちゃん。
そうだよね、この子は危うくゾンビに食べられるところをおにいさんに助けてもらったんだよね……私よりも、もっと恩を感じているはず。
それに、とっても素直でいい子だし。
「む~ん……じゃ、今日はコレ!」
「ウチはコレにします!」
ゾンビがウジャウジャいて、変な人間もウロウロしてるのに……服を選べるなんて、とっても贅沢で素敵なことだなあ。
ちなみに、今日の服装はカワイイ色合いのジャージになりました。
動きやすいし涼しいし、ジャージって最高だよね!
私の名前は、坂下由紀子。
詩谷市立北高校……この場合は中退になるんだろうか?
ともかく、世間一般では女子高生と呼ばれる年齢だ。
ゾンビが出て、色々あって……それでも、現在はとっても幸せです。
・・☆・・
「由紀子おねーちゃん、比奈おねーちゃん、おはよ~!」
私達の部屋から出て、台所に行く廊下を歩いていると……美玖ちゃんが横の部屋から出てきた。
ここを経営しているおじさんのお孫さんで、とっても元気でカワイイ小学生の女の子。
私、一人っ子だから妹ができたみたいで毎日嬉しいなあ。
「おっはよ~!」「むぎゅう」
嬉しいので、朝一番のハグをする。
おんなじ石鹸を使ってるのに、お花みたいないい匂いがするなあ。
幸せと美玖ちゃんを抱きしめたまま、台所へ向かうことにした。
「おう、みんな早起きだな。いいこった」
「おはようみんな! 今日もいい天気だねえ」
台所にある竈にはもうとっくに火が入っていて、鍋がくつくつといい音を立てている。
お味噌汁のいい匂いがして、テンションが上がっちゃう!
「おばさん、おじさん、おはよう!」
「おはよ~! おじーちゃん、おばーちゃん!」
「おはようございます!」
台所にいたのは、ここの主人である『モンドのおじさん』と、その奥さん。
おにいさんに聞いたけど、偽名らしい。
なんか、そう言う時代劇の登場人物が好きだからそう名乗ってるんだって。
おじさんはひょろっとしたやせ型のおじいさんだけど、謎の迫力があるし……とっても強い。
だって、遊びに来たお兄さんを稽古だー! って木刀でボコボコにしてるんだもん。
ゾンビを片っ端から殴って倒しちゃうおにいさんを、だよ。
でも、普段は作務衣がよく似合う優しいおじいさん。
おばさんともすっごく仲が良くて……歳を取ったらこんな夫婦になりたいなあっていつも思うんだ!
「丁度お味噌汁ができたところだよ、手を洗ったら配膳してくれるかい?」
「はーい!」
おばさんも、とっても優しくていい人!
料理も抜群に上手だし、裁縫もできるし、なんなら布から服まで作っちゃう凄い人だ。
バイタリティがすごいなあ。
「「「いただきます!」」」
本日の朝食。
白いご飯、お味噌汁にアジの干物、そしてキャベツのサラダ。
しかも、自家製の梅干しも添えてある完璧な朝食だ。
今って、ゾンビがわんさか出てて、ライフラインも全部止まってるんだよね……?
下手したら、ゾンビが出る前よりもいいもの食べてるかも……!
お野菜も自家製だし!
ん~! おいしい!
「敦くんは今日どうすんだ?」
「備蓄はいくらあっても困らないので、西の山から何本か木を伐採してきます」
「そうか、悪ぃな。あっちにゃもうゾンビはいねえだろうが、気を付けな」
「いざとなったら木に登りますよ、お義父さん」
おじさんとお話しているのは……熊さんだ。
正確に言えば、とっても優しい顔をしているけど筋肉モリモリの人。
美玖ちゃんのお父さんである、敦さんだ。
おにいさんの先輩の、七塚原さんと同じくらい縦にも横にも大きい。
始めはビックリしたけど、中身は暴力沙汰が苦手な素敵なパパさんだった。
力は凄く強いけど。
だって丸太とかひょいって担いでるし、いつも。
「アタシがついてくから心配しないで、父さん。ゾンビが湧いたら首刎ねてやるから」
「おう、蔵の長巻持ってっていいぞ」
ずず、とお味噌汁を啜っているのは……美玖ちゃんのお母さん、美沙さんだ。
子供が一人いるとはとても思えないほど、若くてすらっとしていて、とっても格好いい女の人。
見た目はクール系っぽいけど……隙あらば敦さんとイチャイチャしている。
たぶん、今日も二人で山に行ってイチャイチャするんだろう。
……なんか、ちょっとうらやましい!
ここのご夫婦って、両方ともとっても仲が良くってうらやましい!
「美玖は弓のおけいこしたいな! 香おねーちゃん、いい?」
「そうね……じゃあ、そうしようか」
美玖ちゃんと話しているのは、小鳥遊さん。
私よりも少し年上の綺麗なお姉さんで、弓道の全国大会でも優勝したことのある凄い人だ。
この前なんかおっきなキジを仕留めて来たからビックリしちゃった。
敦さんと協力して猪も獲って来たし、弓って凄いんだな……
もぞ、と膝にあったかい気配。
むむむ、この感触は……!
「ぎゃるる、きゃぅ!」
最後の同居人……いや、同居レッサーパンダのレオンくんだ。
もうドッグフードは食べちゃったみたいで、暇になったんだねえ。
「ご飯食べたら遊んであげるから、もうちょっと待っててね~」
「きゃるるぅ」
レオンくんは聞き分けよく、私の横で丸くなった。
朝からか~わいい!
まさか、リューグーパークのアイドルと一緒に暮らせるなんてね……!
この子も例によっておにいさんの関係でここに来たんだよね。
世間が狭いって言うよりも、おにいさんが無茶苦茶頑張ってるんだと思う。
おにいさん……『めんどい』とか『働きたくない』とか言うくせに誰よりもしっかり働いてないかなあ?
ここに来るたびに怪我が増えてるのはとっても心配だから……むしろ働かないでほしいなあ。
おにいさんはとっても格好よくて、とっても頼れるし強いけど……いつか大変なことになりそうで、ちょっと怖いな。
「……坂下先輩、どうしました?」
比奈ちゃんが心配そうにしてる。
気持ちが顔に出てたかな、私。
これじゃ、おにいさんのこと笑えないよねえ。
「ん~……またお馬さんに会いたいなって思ってたの!」
「あ、ウチも会いたいです! 朝霞先輩みたいにいつか乗ってみたいなあ!」
凄いよね、朝霞さん。
なんていうか、運動神経が良すぎる人ってああいう感じなのかな。
この前見た時は、ひらって飛び乗ってたし。
映画みたいで格好よかったなあ。
年上だけと全然偉ぶらないし、面倒見もいいし……朝霞さんって素敵な人だよね。
『あーしたち3人でにいちゃんの妹ポジになるし!』って目をキラキラさせながら言ってたのは、ちょっとよくわかんなかったけど。
朝霞さん、おにいさんのこと大好きすぎだと思うな。
そして、妹ポジ? は3人じゃとっても収まらないと思うな。
美玖ちゃんに、高柳運送の璃子ちゃんも、葵ちゃんもいるしね。
サクラちゃんは……娘かな?
「比奈ちゃん、今日は何しよっか?」
酸っぱくて最高に食欲がわく梅干を齧る。
ん~……お店で売ってるのよりも美味しい!
おばさんのお手伝いして、私もしっかり作り方を覚えたい!
「何しましょうか……畑の手入れは当然やるとして……」
現在、この家の庭はとっても大きな畑になっている。
敦さんが木のハンマー? を使って、お隣との塀を取り壊して広げたんだよね。
だから、隣接した3軒のお庭が全部畑になってるんだ。
皆も手伝って近所の畑から土を持ってきたから、お野菜も元気にすくすく育ってる。
あ、あっちのキュウリはもうすぐ食べごろだ!
「もしよかったら、梅を干す手伝いを頼んでもいいかい?」
おばさん、なんてタイムリーなお誘い!
「はーい! 喜んで!」「やります!」
しっかり勉強しなきゃ!
・・☆・・
「はい、麦茶。水分補給はしっかりしなさいよ」
「ありがとうございます!」
朝ご飯を食べて、レオンくんとちょっと遊んで……それから、木のザルみたいなものにひたすら梅を並べて干した。
物凄い量だった……梅干し屋さんが開業できるくらい頑張った。
今は縁側に腰かけて休憩している。
やっぱりジャージを選んで正解だった。
「ありがとうねえ、女手があると家事が捗っていいねえ」
おばさんはそう言うけど、しっかり戦力になっているかは自信がない。
だって1人でもできちゃいそうなくらいパワフルだもん。
「朝からすまないねえ、頑張ったんだからお昼ご飯までゆっくりしなさいよ~」
「はーい!」
おばさんはそう言って台所へ。
でも、お昼前にはお手伝いに行こうっと。
「ぎゃう? るるぅる?」
「不思議な匂いでしょ~? あはは、変な顔~」
比奈ちゃんの指先から梅の匂いがするのか、レオンくんがしきりに嗅いでは首を傾げている。
レッサーパンダは青梅って食べるのかな?
あ、毒があるから駄目か。
「先輩、今日もゾンビの声しませんねえ」
「そうだね~。風の音と鳥の声しかしないね」
ほんと、今が日本中……いや世界中パニックだなんて嘘みたい。
「おじさんのお陰だね~」
おばさんから聞いたけど、元々この周辺は空き家ばっかりだったみたい。
過疎化ってやつかな?
でも、ゾンビが出るようになってからもっと少なくなった。
避難したり……ゾンビになっちゃったり。
それで、美玖ちゃんと私達が友愛からここに移ってから……おじさんが毎日毎日外に出て、ゾンビを退治して回ってたんだ。
その時は『あぶねえから外に出るんじゃねえぞ』とだけ言ってたけど……気が付いたら、この家から半径500メートル圏内はほぼ無人の地帯になっちゃったんだよね。
おじさんが戦ってるのは何回か見たことがあるけど、普通にすたすた歩いてゾンビの頭をぱこんって殴るだけだった。
全然本気で殴ってる感じはしないのに、それだけでゾンビの頭がベコン! ってへこんで倒れちゃうんだ。
おにいさんはうおお~! って思いっきり殴ってるのになあ……
おにいさんも勿論すごく強いけど、おじさんはなんていうか……ジャンルが違う強さって感じ。
おじさんが『あの人に比べりゃ俺なんてまだまださ』なんてよく話してる南雲流の十兵衛先生って、どんな人なんだろう……想像もできないや。
「お昼ご飯、なんでしょうか?」
「うーん……猪じゃない? ほら、昨日小鳥遊さんが弓で仕留めてたから」
「あーそっか! 楽しみです~! もちろん、他のものでもなんでも美味しいですけど!」
比奈ちゃんはニコニコしている。
それは私もそう!
こんな世界でも安定してお肉が食べられるなんて、凄いことだな~。
狩りだから獲れない日もあるだろうけど、他にも食べるものはいっぱいある。
「それにしてもここ、井戸も山水もあるし、毎日お風呂に入れるし……」
「最高ですよね! うふふ!」
一応、年頃の乙女である私達には正直これが一番うれしい。
友愛が悪いなんてことは全然ないけど、全然ないけど……あそこ、お風呂は2日か3日に1回だもんなあ……いやいやいや、保護してもらう身分で文句なんか絶対に言わなかったけどさ。
中には言っている人がいたけど、さすがにちょっとお客様が過ぎると思う。
おにいさんみたいに外で頑張ってる人もいるのに、文句なんか言ったら罰が当たるもんね。
しばらくボケっと庭とレオンくんを見ていたら、比奈ちゃんが寝ているのに気が付いた。
そっと座布団を畳んで、頭の下に差し込んであげる。
ふふふ、かわいい~。
「……パパ、ママ~……」
むにゃむにゃの中に、聞き取れる寝言があった。
そっか、この子は別の県からここに越してきたんだよね……まだ高校に入ったばかりなのに、かわいそう。
この県でも何が何だかわからないのに、他府県なんてもっとわかんないよ……心配だろうなあ。
私はママの無事は確認されてるから、その気持ちは想像することしかできない。
……パパなんて10年以上呼んでいないアイツのことは、むしろゾンビになって死んだらしいから清々してるけど。
それをしたおにいさんは、未だに気に病んでいるっぽいけど……本当に気にしなくもいいのにな。
モラハラで、いっつも文句しか言ってなくて……挙句の果てに、よりによって女子高生と浮気なんかするなんて! 一応教師なのに、なに考えてるの!
そのくせ、おにいさんに辛く当たってさ……わけさかんないよ。
ま、もう死んじゃったから知らないけどさ。
「きゅるるう……るるる……」
比奈ちゃんのお腹に頭を乗せて寝始めたレオンくんを見ながら、私は黒い気持ちを忘れることにした。
アイツのことなんかよりも、もっともっと大事なことは山ほどあるんだから!
「あ、いたいた由紀子ちゃ~ん! ちょっとこっち来て~!」
あれ、屏の所に美沙さんがいる。
どうしたんだろ……
「はーい!」
比奈ちゃんを起こさないように気を付けて、庭を走って裏の塀へ行く。
「どうしました?」
「やー、これ見てよ、これ」
「うわ~! すっごい!」
塀の向こうの道には、血だまり。
その中には、敦さんが困ったように立っていた。
一瞬大怪我でもしたのかと思ったら……農業用の用水路の中に、茶色い物体が沈んでいる。
これは……猪だ!
「あれ? でも木を切りに行ったんじゃ……」
「そうなんだけどさ。途中でアレが突っ込んできて……あっくんが丸太でぶん殴ったら死んじゃったんよ~! 見せたかったなあ、あの格好いいあっくんをさ!」
それを聞いた敦さんは、恥ずかしそうに頭をかいている。
……そっか、向こうに転がってる血染めの丸太ってそう言うわけなんだ……
人間って、丸太を振り回せるんだ……
「ごめんけど一気に解体しちゃおうよ。ダニが怖いから合羽とゴム手袋、もってきてくれる?」
「はーい、私もお手伝いしますね!」
解体も最近勉強してるんだ!
始めはおっかなびっくりだったけど、鹿ならなんとか1人でも解体できるようになったんだよね。
猪はちょっと大きいから、1人じゃ無理だけど!
頑張って格好いい山ガールになってやるぞ~!
……山ガールってこういうのだっけ? まあいいや!
・・☆・・
「ずぞぞ……おいひい~!」
「おばーちゃんのおそば、美玖だいすき!」
「かあちゃんの蕎麦は世界一だからな! うめえうめえ」
本当にその通りだと思う!
喉越し爽やかで、蕎麦の香りが口いっぱいに広がって……たまんない!
ワサビも効いてて、お店で食べるよりももっともっとおいしいかも~!
一生懸命猪を解体して、お昼ご飯を食べて……その後に大部分をおばちゃんが塩漬けにしたり、剥いだ皮を隔離して燻したりしていたら……あっいう間に夕食の時間だった。
今日の晩御飯は、猪カツと山盛りのキャベツ、そしてお蕎麦!
世界がこうなる前から、おばさんは蕎麦打ちの名人だったんだって!
「おにいさんが泣きながら食べたってのもわかるなあ……」
「一太はすーぐ泣く泣き虫だからね~。あんなにでっかくて強くなっても、どっかが子供のままなんだよ、あはは」
たしかに、おにいさんは何度かボロボロ泣いてたなあ。
美玖ちゃんがおじさんたちと初めて再会した時なんか、私や比奈ちゃんよりもオンオン泣いてたし。
感動屋さんなんだろうな。
「田中野さんって、全力で笑ったり泣いたりして可愛いですよね。えへへ」
比奈ちゃんは何かを思い出したのか、とっても嬉しそう。
「昔っからリアクションが大きいっていうか、とっても優しい人だったよ」
私やママにはとっても優しかったもんね。
……そういえば、アイツが私やママを怒鳴ってるところを見た時なんかは物凄く怖い顔してたなあ。
アイツ、正面から思いっきり睨まれた時は真っ青になってたっけ。
あの時は正直、いい気味だと思ったな。
「由紀子ちゃんも比奈ちゃんも男の趣味は一緒ってことか~」
「うぼふ!?」
お蕎麦が! 喉に!!
っち、ちちち違うから! そそそそんなんじゃないから!
「田中野さんは命の恩人ですし! とっても格好いいですよ~!」
「そーそー、いちろーおじさんはかっこいいよ~!」
比奈ちゃんと美玖ちゃんはいいなあ……素直で。
なんか、敦さんがソワソワしてるのがちょっと面白い。
将来、あの子をお嫁さんにする男の人は大変だな~……
そういえば、友愛の新くんは美玖ちゃんのことが好きっぽいよね。
大変だぞ~……このお父さんと、お爺ちゃんの許可を得るのは。
「一朗太ちゃんは腕っぷしも強いし、優しいし言う所なしの優良物件だよ。こういう時代はああいう子がモテるんだろうねえ」
「当の本人の情緒が死んでなきゃ、もっといいんだがなあ……」
「あらアンタ、そんなもんは女の方から押して押してやりゃいいんだよ」
一升瓶片手に笑うおじさんと、にっこり微笑むおばさん。
おばさん、達観してるなあ……あと、おじさんよりお酒飲んでるのに全然顔が赤くなってないのはすごい。
焼酎ってあんなにコップでパカパカ飲めるものなんだ……
「ふふふ、田中野さんって時々とっても年下に見えることがありますよね」
日本酒を上品に飲んでいた小鳥遊さんも、薄く微笑んでいる。
大人だな~……大和ナデシコって感じ!
私も弓道、習おうかな……
「ま、坊主はしばらくあのまんまだろ……周り中にいい女が溢れてんのに手を出さねえのが信じられねえが……いてて、かあちゃんよ、俺のことじゃねえよ」
「ふん、一朗太ちゃんはねえ! 弱みに付け込んで女に手を出すような男じゃないんだよ! ゾンビやら別のことで頭がいっぱいなのさ! あすこには小さい子もいっぱいいるんだからね!」
「わかった、わかったってば! 俺が悪かったよ!」
おじさんたちの夫婦喧嘩を見て、みんな笑っちゃった。
……ほんと、ここって素敵なおうち!
おにいさんのお陰だね、なにもかも!
・・☆・・
「毎日入っても、最高~……」
「ですです~……」
ここのお風呂はおっきくて、比奈ちゃんと一緒に入っても全然狭くない。
山から引いてるお水はさらさらで、なんかお肌にもよさそうな感じ!
「デラックスなシャンプーもいっぱいあるしね!」
「普段なら絶対に買いませんしね……お高いものって、やっぱりいいんですね~……」
シャンプーに、リンス。
それに洗顔フォームやスポンジ!
どれもこれも、おにいさんやおじさんが探索で持ってきてくれた最高のものだ。
この前朝霞さんと一緒に回収もしたしね。
「この生活でお肌も髪もつやっつやになるって、なんか変な感じ!」
「友愛にいる時のウチが見たらびっくりしますよ~……」
私もそうだと思う!
「今朝から何度も言うけど、ほんっとおにいさん様様って感じ……」
「恩返ししたいのに、恩がどんどん積み重なっていきます~……ぶくぶく」
比奈ちゃんは難しい顔をしながら湯船に沈んだり浮いたりしている。
「しょうがないよ、おにいさんって見返りとか求めないし……下心とか全然ないもん」
『俺は俺がやりたいからやってんだよ!』
って、想像のおにいさんが照れくさそうに言った気がした。
もーう、底抜けにいい人だから困るよねえ。
「そうだ比奈ちゃん、おにいさんが今度来たらさ! 私達でマッサージでもしてあげよっか!」
「ぷはっ! いいですね、坂下先輩! 田中野さん、きっとお疲れでしょうから!」
おにいさんは恥ずかしがって断るだろうけど……いいんだ!
さっきおばさんが言ってたみたいに……押せ押せでやってあげるんだからね!
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