71話 海辺の噂のこと
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「せんせー、お客さん! 石川のおっちゃんだよ~!」
「お、そうか」
詩谷基地奪還作戦が進行していても、高柳運送は平和そのもの。
朝の厩舎掃除を終えて、ヴィルヴァルゲをブラッシングしていると……カイトが走って呼びに来た。
石川さんか、珍しいな。
「おかあちゃん、お前のライバルの大ファンが来たぞ~」
「ブルル! フシュ!」
「あだだだだ」
ヴィルヴァルゲがむっちゃ噛んできた。
地味に……いや普通に痛い!
コイツ絶対日本語分かってるだろ!
ごめんごめん、もう言わんから手を放してくれ!
「だいじょぶ?」
「お、おう大丈夫……おかあちゃん、カイトを頼むぞ」
心配するカイトに手を振り、なんとか離脱。
さて、朝から何の用事だろうね……
おーいて、手がヒリヒリしやがる。
「おっちゃん! おみやげ~」「おさかな! おさかな~!」「とまってくの~?」
正門まで行くと、石川さんが子供たちに群がられていた。
物怖じしねえな、ウチの子供たちは。
「おうおう、クーラーに山ほどあっからな。ちょいと車を入れるから、下がっててくれよ」
「「「はーいっ!」」」
いい返事をした子供たちがどくと、石川さんのワンボックスカーが入場してきた。
何の改造もしていなさそうだが、丈夫で良く走りそうだ。
「おう、田中野さん。朝からすまねえな……先に荷物降ろしちまおう、代り映えしねえですまんが干物だ」
「うおお、そんなことないですよ。ありがたいなあ」
後部座席から出てくるクーラーボックスには、様々な魚の干物が満載だった。
お、イカ! イカもあるじゃないか~!
「すいませんねえ」
「なあに、この騒動始まってから面白いように釣れたり網にかかるもんでよ。俺一人じゃとっても食いきれねえや」
釣り人も漁師も減っただろうしなあ……当たり前か。
「おてつだいする!」「ぼくもー!」「わたしも~!!」
子供たちが寄ってくる。
「そいじゃ、この小せえのを頼むぜ。倉庫に運んでくんな」
「「「はーいっ!」」」
子供たちが、何人かで協力し合ってクーラーボックスを運んでいく。
「いい子供たちだな、ここの連中は……田中野さんの教育の賜物ってやつかい?」
ははは、ご冗談を。
俺は何もやってないし。
「環境がいいんでしょ。自然もあるし、動物も……おっと!」
「みいぃい! なぁおう! めぇう!!」
急に足元にソラが来た。
魚の匂いを嗅ぎつけたらしい……鼻がいいな。
「おう、チビスケ。お前の分もキッチリあるから心配すんな」
「みゃお! まぁお!」
氷に包まれたアジらしき魚に、ソラのテンションはマックス。
石川さんの足に飛びつき、大興奮だ。
「さ、とっとと運んじまおうや」
「了解でーす」
素敵な重さのクーラーボックスを持ち上げ、興奮するソラをいなしながら歩き出した。
・・☆・・
「冷凍庫がありゃあいいんだがな、そうじゃねえから近日中に食っちまってくれよ」
「冷蔵庫はあるんですけどね……安定した電力がねえ」
屋上。
そこのパラソルの下で、石川さんと煙草を吹かしている。
冷凍庫なあ……ソーラーパネルのお陰でそこそこ快適だけど、安定はない。
蓄電池とかがあればいいんだろうけど、大木くんがいないからな。
「大木くんが退院したら相談しますよ」
「マジか、あの兄ちゃん入院してんのか? チンピラにやられたとかか?」
「ああいや、色々あって鉄パイプで大怪我しましてね。龍宮で手厚く看護されてるから大丈夫だとは思うんですけど」
返す返すも、良好な関係を築いててよかったな。
「そうかい……そんならいいや」
紫煙を吐き出し、石川さんが入り口を見る。
そこに誰もいないのを確認してから、口を開いた。
「よお、俺ァ詩谷の沿岸で漁師やってる古い知り合いがいるんだ。さっきの魚も、ソイツの漁を手伝ってもらったもんさ」
ああ、石川さんって元々漁師のお家出身だもんな。
「それでよ……」
さらに声を潜め、彼は続ける。
「――ソイツにな、妙な話を聞いた」
……妙な、話?
「最近な、やけに小綺麗な格好をした連中がうろついてるらしい。血色はいいし、髪も髭もしっかり整えてる男どもだ」
「食うに困ってない連中、ってことですか」
俺達もそうだが、やっぱり風呂に入ってたりしていると血色が違う。
夏も近いし、そうじゃない連中は見た感じでも臭そうになっている。
主に、チンピラだけど。
「おう、んで……先日な、知り合いに接触してきたらしい」
「接触……襲撃じゃなくて?」
「ああ、知り合いもこの生活始まってから山ほどチンピラに襲撃されてきてたからな。かなり用心して対応したんだが……荒事の雰囲気はなかったらしい、全員ニコニコして友好的だったってよ」
……なんか、逆に怖い連中だな。
「んで、こっからなんだがよ……その連中は『慈愛会』を名乗ったらしい」
「あ、なんか聞いたことありますね。たしか……でっかい病院じゃなかったですか?」
この県以外にも展開してる、私立の大病院グループだ。
たしか、詩谷と龍宮の境目あたりに大きな総合病院があったはず。
「そうだ。俺も仕事中に指が千切れかけた後輩を運び込んだこともある……そんでよ、そこの龍宮分院、あんだろ?」
今まさにイメージした所だな。
「そこに、大規模な避難所を作ってるらしいんだ。それで……奴らが言うにはな、『大人はまだ無理だけど、孤児なら今でも収容できる』だとさ」
「……孤児、ですか」
子供を、探してる……
「……怪しいよな?」
「ええ、怪しすぎますね」
どう考えても、怪しい。
「知り合いもよ、心当たりがないかって聞かれたんだが適当に誤魔化したとさ。連中の『目』が気になったんだと」
「目、ですか」
「……とても慈善事業をしているような雰囲気じゃ、なかったってよ。ソイツ曰く『獲物を狙う漁師の目』だとさ」
椅子に体重を預け、紫煙を吐き出す。
いつもは美味い煙草が、だいぶ苦かった。
「それで……こりゃあ俺にしかわからねえ証拠なんだが、な」
しばしの沈黙の後、石川さんが絞り出すように口を開いた。
「――その連中の中に、速水がいたらしい」
気温が一気に下がった気がした。
噛み切りそうにフィルターを咥える石川さんから、殺気が放出される。
「……確か、ですか?」
「……知り合いは中学からのダチだ。俺の事件も……知ってる、裁判の傍聴もしてたから、間違いねえとよ」
……石川さんの仇は、『レッドキャップ』と一緒にいる。
という、ことは……
「……その集団の後ろには、牙島の連中がいるってこと、ですか」
……俺の、仇敵も。
アイツも、そこにいるかもしれない。
「……ああ」
再び沈黙。
腹の奥底が、グラグラと燃えている感じがした。
「……こんなご時世だ。自分が生きてるだけで精いっぱいで、子供を渡しちまうような奴らもいるかもしれねえ……奴らがクソッタレな実験に、使うかもしれねえ」
「……ええ」
フィルターギリギリまで喫い、火の消えた煙草。
それを、石川さんが指で挟む。
「……俺ァ行くぜ。そこに突っ込んで……片っ端からぶち殺してやる」
ぎち、という音。
石川さんの指の間で、煙草は粉々になった。
「……アンタの『相手』にも関係あるからな、今回話を持ってきたんだ。……どうするよ、田中野さん」
それに対する俺の答えは勿論――
「奴がいても、いなくても……そんなカスの吹き溜まりは、早めに掃除しとくに越したことはないでしょ」
知らん間に、俺はフィルターを嚙み千切っていた。
……っち、唇が切れちまった。
速水がいるなら、その集団はロクでもないのが決定済みだ。
ためらう理由なんてない。
手の届く範囲に、屑が大挙してるんだ。
……皆殺しにしない、理由はねえ。
「石川さんは1人でも突っ込むつもりなんでしょうけど、これでとりあえず2人ですね」
「頼もしい援軍じゃねえかよ」
俺達が笑い合った、その時。
社屋への入り口のドアが勢いよく開いた。
「――男2人で随分な内緒話だな? 私も一枚嚙ませろ」
アニーさんだった。
……聞いてたな、今の話。
「でもアニーさん、古巣とは戦いたくないって前に言ってませんでしたか?」
そう言うと、彼女はずかずか歩いてきて……俺の胸元から煙草を奪った。
そして、そいつを口に咥えて俺に突き出す……はいはい。
「フン、もう吹っ切れた。いい女は過去に頓着せんのだよ……それに」
紫煙を吐いたアニーさんは、俺の膝に勢いよく座る。
急は止めてくれよ、急は!!
「ここの素敵な『家族』の方が……もう大事だ、私はな?」
アニーさんが俺の頭をガシガシ撫でる。
やめてくれ、前髪が!前髪が抜ける!!
「……すいません、よろしくお願いします」
「フフン、素直なイチローは素敵だな?」
石川さんが噴き出した。
「がはは! 美人にかかっちゃ、田中野さんも形無しだなあ!」
「は、ははは……」
もういいんだ。
俺は一生女性には勝てないんだから。
「おっと、イチロー。怖いお姉さんたちがいるぞ」
入り口には神崎さんと、式部さんがいた。
そして、珍しいことに後藤倫先輩も。
「まさか、私達を置いていくつもりではありませんね?」
と、神崎さん。
「で、あります。前もっての偵察等も必要でありますので……斥候はお任せを」
と、式部さん。
「暴れさせろ」
……先輩さあ。
もうちょっとこう……歯に衣を着せて欲しいよ、本当に。
まあ、心強いけど。
・・☆・・
「あっふ、んま! うんま!」
「イカおいひい! おいひい!」
夜。
いつものように、倉庫前でバーベキューだ。
勿論、具材は石川さんの干物と、収穫した野菜。
ここの子たちは好き嫌いもアレルギーもないので、みんな美味しく食べている。
今日は石川さんにも泊まっていってもらうことになった。
「おいちゃん、おいしい!」
「そうかそうか、骨に気を付けろよボウズ」
今も、保育園の子と一緒に食事をしている。
七塚原先輩の顔に慣れている子供たちなので、問題なく懐いている。
「は~いみんな、石川のおじちゃんのお陰で美味しい美味しいイカスミパスタができましたよ~」
「「「わーいっ!」」」
なんだって!?
ねえちゃん、いつの間にそんなうまそうなものを!?
「シンセン、オイシイ!」
キャシディさんの口が真っ黒だ……
俺も後で食おう。
「焼き魚は美味いか、みんな?」
「わふはふ!」「ヴォウ!」「んみみぃ!」
俺の横で魚を貪る犬と猫。
幸せそうで何よりだな、和む和む。
……結局、例の病院へ突っ込む計画は近日中ということになった。
援軍は別として、デカイ建物に突撃するには色々と準備がある。
まず式部さんが偵察に出ることになった。
それについては、詩谷駐屯地の奪還作戦が終わり次第ということになる。
石川さんも、俺も……すぐさま突撃したいが、損得勘定はできる。
いや、最悪2人で突撃しろって言われればするが……そうすると奴らを逃がすことになるかもしれない。
そうなれば夜も眠れなくなっちまう。
『レッドキャップ』は、こちら全ての陣営にとって最大の敵だ。
それが、大規模な活動をしようとしているなら一気に潰したい……というのが、神崎さんの意見。
それに従うことに、抵抗はない。
その時が来るまで……精々牙を研いでおくさ。
まあ、石川さんの知り合い曰く連中が活動し始めたのはここ最近らしいからな。
奴らがどうやって牙島から上陸したのか、いや元々こちらに潜んでいたのか。
その情報すらこっちにはない。
石川さんがこちらに提示した約束は、1つだけ。
『最前線で突っ込ませろ』ってことだけだ。
それさえ守ってもらえれば、文句はないらしい。
俺も同じようなもんだし――
「にいちゃあん、イカスミパスタどぞ~!」
「もがふ!?」
朝霞! 考え事してる時にいきなりなにすんだ美味い!
うわ~! イカスミパスタってこんなに美味かったっけ!?
でもいきなり口にねじ込むのはやめような!!
「むーさん、あ~ん」
「ももも」
相変わらずソフトボールくらいの量を一気に……七塚原パイセンの顎はどうなってんだよ。
仲がよくって結構だねえ……
……先輩には、ここの留守番をお願いすることになっている。
もちろん、防衛のためだ。
ここにいるだけで近距離の敵は全滅するからな、ある意味高柳運送の最終兵器ってやつだ。
「あははは! おじちゃんのおくち、まっくろ~!」
「そう言う葵ちゃんも真っ黒だなあ、寝る前にしっかり歯を磨かんとな~」
好き嫌いなくなんでも食えて偉いぞ、みんな。
タマネギの丸焼きとか問題なく食ってるし、健康的だなあ。
「わう、わう」
お、どうしたサクラ……ああ、魚のお代わりな。
よっしゃ待ってろ、七輪で超美味い焼き魚を作ってやるからな~?
「めぇおう! みぃい!」
「おじちゃん、ソラくんもおかわりだって~」
「はいはい、了解~」
じゃあなーちゃんも……おお、キャベツを丸かじりしている……あの子はいいかな。
なんにせよ、平和でいいことだ、平和で。
・・☆・・
「……ム?」
何かの気配で目を覚ました。
真っ暗だな……11時半か。
以前と比べて早寝早起きがすっかり習慣になっちまった……
美味い夕飯を堪能して、風呂に入って就寝したのは10時過ぎだ。
寝ているサクラを起こさないように、ベッドから出る。
今の気配は……屋上からか。
――ぶおう、と風切り音。
屋上に出た俺を出迎えたのは、石川さんが鍛錬で空気を切り裂く轟音だった。
どっしりと地面を踏みしめて放たれる両拳のコンビネーションは、夜ということもあって目で追えないほど速い。
「――すまねえ、起こしたか」
鋭いハイキックのコンビネーションを放ち、残心した石川さんが振り向いた。
ジャージのズボンとタンクトップだけの彼は、滝のような汗をかいていた。
「こっちこそ邪魔してすいません。目が冴えちゃって」
「いや、お邪魔した先で申し訳ねえんだが……体を動かさねえと寝れる気がしなくってよ」
石川さんは苦笑いし、屋上の床に腰を下ろした。
そうして、タオルで汗を拭いている。
「――あの糞野郎にやっと手が届くと思ったらな、眠れねえや」
……だろうなあ。
彼にしてみりゃ、攻め込むまでに待たされるだけでもイライラするんだろうし。
「頭じゃわかってんだよ。連中を残らず殺すにゃあ、手が足りねえってな……いくら腕っぷしが強くたって、一斉に銃で撃たれりゃ死んじまうんだしな」
「まあ、そうすね」
俺も近くに腰を下ろす。
すると、石川さんが煙草のパッケージを放ってきた。
「住んでるとこの近所にタバコ屋があってな。漁ってきたからお裾分けだ」
「こいつはありがたい……」
お言葉に甘えて、火を点ける。
いつも喫ってる種類じゃないが、このポピュラーな味もいい。
「いい機会だから言うがよ、田中野さん」
同じ様に火を点けた石川さんが、紫煙を吐きながら口を開いた。
「――アンタは、俺みたいになるんじゃねえぞ?」
とても落ち着いた、真剣な声色だった。
「俺ァもう復讐しか残ってねえし、それしかやるつもりもねえ。だがよ、アンタは若いし……それにホラ、ここみたいな守る場所もある」
「……」
「おっと、復讐はやめろなんて馬鹿な台詞を言うつもりもねえぞ? それはそれでやらなきゃいけねえってことは誰より――俺が一番、知ってる」
そうだ。
「それをしなきゃ一歩だって前に進めねえ……心がな」
石川さんは再び大きく息を吸う。
「だけどよ、アンタはその後に進まなきゃいけねえんだ……先も、長ェんだしな」
「……石川さんは、違うんですか」
わかりきった質問をする。
「――俺の行く道は、もう終点さ。牙島への橋みてぇに……ポッキリ折れてんだよ」
……そう、なんだろうな。
「別に事が済んだら自殺するつもりなんてねえ。だが、何かを成すつもりも、ねえ……精々、死ぬまで魚でも獲って暮らすさ」
俺は、この人に何も言えない。
復讐を忘れろなんて言えないし、言うつもりもない。
……モンドのおっちゃんがいつか言ったように、この人はもう『閉じてる』
そんな相手に、訳知り顔で説教できるほど……恥知らずじゃあ、ない。
「湿っぽい話になっちまったがよ、アンタらには感謝してるよ」
そう言って、石川さんは立ち上がった。
「俺一人じゃあ、連中の尻尾すら掴めなかったか、途中で野垂れ死んでただろうよ」
一般人にとっては悪いことだろうけど、俺たちにとって復讐は人生の至上目標だ。
それをせずに、のうのうと生きていることを――なにより、『俺達』が許さない。
「ま、肩の力ァ抜いていこうや。やるべきことをしっかりやって――」
ぷ、と。
石川さんが口から煙草を吐く。
――瞬間、風が鳴った。
「――やるしかねえことを、やるしかねえんだ」
石川さんの放った右正拳が、空中の煙草を微塵に砕いた音だ。
……なんて綺麗で、力強い拳だろう。
「うし、頃合いだ。これならグッスリ眠れるだろう……そいじゃ、お先に失礼すんぜ」
手を振って、石川さんが歩いていく。
「――あ、そうだ。外人の姉ちゃんたちがよ、『今日は誰が行くか』っつってジャンケンしてたぜェ? お盛んだねえ……がはは!」
「お盛んじゃないですよ!?」
そんな恐ろしい相談を!?
……ど、どうしよ。
今日は馬房で寝た方がいいかもしれん……
寒気を感じる俺を残したまま、石川さんは社屋へ消えていった。
……よし、中に戻らずに外壁を伝って馬房に逃げよう、そうしよう。
そんな風に、俺は決意したのだった。
・・☆・・
「よお、式部サンだっけか? アンタも田中野さんの布団に突撃しに行くのかい?」
「……い、いいい一朗太さんのお許しが出れば、いつでも」
「……そりゃ、10年くれえ先になっちまうぞオイ。ま、いいやな……精々止まり木になって、あの兄ちゃんを引き留めてやるこった、がはは」




