67話 俺にもわかるフワフワのこと。
書籍版『無職マン』、8月8日発売です!
「浮ついとるのう」
「言われてみれば、っすね」
御神楽に泊まり、翌朝。
合計16時間くらい寝て滅茶苦茶リフレッシュした雰囲気の七塚原先輩と一緒に、中庭の喫煙所で呟く。
大木くんは当然ながらまだ寝ている。
彼は少なくとも3週間はここで入院生活を送ることになる。
パスコードを打ち込まないと家が吹き飛ぶ問題は、高柳運送の璃子ちゃんに何事か指示をして解決したようだ。
あそこ周辺はゾンビ無風地帯だし、銃もあるので作業は問題ないだろう。
ということで時刻は朝の9時半、避難民の方々も動き始めている。
自衛隊や警察、駐留軍は平常運航だ。
「こがあに人がおりゃあ、どがいしても緩むっちゅうわけじゃな」
「笑えるレベルの緩みだったらいいんすけどね」
こうして眺めていると、ここの状況が分かってくる。
以前から聞いてはいたし、昨日式部さんからも聞いていたが……
「世話になっとるっちゅうのに、嫌々動いたらいけんのう。元気な若者が」
「ですよねえ。そんなに嫌なら出て行きゃいいのにねえ」
そんなに詳しくはないが、避難民の皆さんも仕事がある。
俺も友愛で手伝っていたような畑仕事とか、掃除洗濯、それに炊事。
あとはこの前聞いた、外へ出る探索任務。
まあ外に出るのは今回適応されないな、あれはやる気のある連中限定だし。
今、目の前では……むっちゃやる気のなさそうな一部の人間が、ダラダラ動いている。
顔色から見ても、体調不良を押して強制的に作業……って感じじゃない。
っていうか、そういう人間を無理やり働かせようなんてここの指揮官3人ならしないだろうし。
古保利さんは前に『働く時に働き、休む時に休む!』って言ってたしな。
というわけで……今チラチラ見えるのはただ単に面倒くさくてサボりながら働いている連中なワケだ。
人に世話になっといてよくもまあ……
「平時ならまだしも、この状況じゃいくらなんでもダラけすぎでしょ」
「ほうじゃのう。ここがどれくらい恵まれとるか、わからん連中なんじゃな……」
騒動初期、ここが満員になる前に収容された人たちだろうかね……あの連中は。
「俺は高柳運送で十分ですよ。これだけの規模の避難所運営なんて……考えただけでハゲます」
「わしもそうじゃな。巴と子供らあ、それに動物で手一杯じゃ」
身の程を知るってのは大事だ。
それに、高柳運送は俺が俺の意思で迎え入れた人と動物ばかり。
それでいいし、それがいいんだ。
古保利さん達は大変だねえ……
「田中野のおじさーん!」
む?
おや、あの洗濯籠を持ってこちらへ小走りしてくる子は……もとい! 子たちは……!
「よっちゃん、えなちゃん、きいちゃん! おはよう!」
璃子ちゃんと同級生の、仲良し3人組だ。
……いまだにきいちゃん以外の本名は知らんがな。
おっと、煙草は消しておこう。
「おう、璃子ちゃんの友達らあか。元気でいいのう……あっこでサボっとる大人連中に見習わせたいで」
「それはそう」
先輩と言葉を交わしていると、3人は目の前までやってきた。
あ、先輩とは初対面だよな。
怖がらないといいんだが。
「おはようございまーす! 田中野のおじさんと……わっ! ひょっとしてナナおじさんですか?」
きいちゃんが先輩に気付いて目を丸くしている。
「可愛らしい名前じゃなあ。まあ、ほうじゃ……璃子ちゃんから聞いたんかいのう」
「そうです! 動画とか写真とか……色々見せてもらったんですよ。ねー2人とも!」
あ、そういえばそうか。
前に璃子ちゃんを連れて来た時にでも見たんだろうか。
「うん! 奥さんととっても仲がいいんですね~」
「ちっちゃい子たちを3人肩とかに乗せてましたよね~」
おやおや、璃子ちゃんはどれだけ見せたんだろうか。
まあ、怖がってないならいいか。
「みんなは洗濯かい? よく働くねえ……無理はすんなよ?」
元気そうだが、一応な。
そう聞くと、きいちゃんは笑顔を見せた。
「大丈夫ですっ! しっかり守ってもらってるんだから、こうやって役に立って恩返しするんです!」
「毎日ご飯が食べられることに比べたら、なんてことないですよ~!」
「そうそう! ちゃあんとお布団で寝られるし、毎日じゃないけどお風呂に入れるしね~!」
えなちゃん、よっちゃんも続いて発言する。
は~……なんとまあ、なんとまあ。
どこに出しても恥ずかしくない、とってもとってもいい子たちだなあ。
――周囲に視線を飛ばす。
……良し、人影も盗み聞きもナシ!
「いい子たち3人組よ。もうちょいこっち来なさい」
小さく手招きすると、3人はハテナ顔で寄ってきた。
自分で呼んどいてなんだが、俺を信用しすぎではなかろうか。
ま、まあいい。
ベストの内側に手を入れて……非常用ポッケからチョコバーを取り出す。
これは、カロリー補給のみを目的とした不味いやつではなく……値段もお高いデラックス品だ。
コンビニに落ちていたので回収したんだ。
「はいこれ、俺達の後ろで食いな。陰になって他から見えないから」
「「「(わーい! ありがとうございますっ! おじさん!)」」」
高山さんを含め、この子たちには今までもチョコチョコ上げてたから慣れたみたい。
3人は洗濯籠を俺の横に置き、ササっと陰に隠れた。
「おっと、常温で悪いがこれもどうぞ……っと」
「「「(わーいっ!!!!)」」」
ズボンの太腿ポッケから取り出した缶ジュースを追加。
高濃度アセロラなんちゃら……って書いてある。
多分体にもいいだろ。
「おまー……体中に食料隠しとるんか」
先輩が苦笑いしている。
「いつ単独行動になってもいいように、ですね。まあ、この間は準備不足でしたけど」
ベスト、防弾チョッキ、それにインナーに作業ズボン。
無数にあるポッケには、何らかの食料を常備するようにした。
チョコバーも飴玉も、砕けようが溶けようが問題なく食えるしな。
今はないが、ガムとかも軽トラに積んである。
煙草が喫いたくても喫えない状況用だ。
「子供らあにやるんはええが、歯磨きもしっかりやらさんとのう……」
「この状況で虫歯になったら大変ですからねえ。スーパー巡って歯磨き粉も歯ブラシも仕入れまくったから大丈夫ですけども」
食料はともかく、歯磨き粉なんて余りまくってるもんな、現状。
喰えるわけじゃないし。
マウスウォッシュも業者くらい回収してるぞ。
「あまーい、おいしい!」「んふふ、早起きはサンモンノトクだね!」「ね~!」
背後からは可愛い感想が聞こえてくる。
ふふふ、思う存分堪能するといいさ……お?
――何人かの男どもが、こちらへ近づいてくる。
「先輩」
「ん」
俺とほぼ同時に立ち上がった先輩が、3人娘を隠すような位置に立って八尺棒を持つ。
「(そこにいな、大丈夫だから)」
俺も後ろに呟き、刀の柄に手を置いた。
咥え煙草で、まだ火はつけない。
接近してきたのは……20代くらいの男が、4人。
だらだらとした歩き方で、何事かしゃべっている。
こちらを特に気にしている様子はない。
「やっべ、当番忘れっちまった」
「大丈夫だって、1回くらい」
「そそ、もう野菜も育ってるしな~」
「それよか今日風呂だべ? 楽しみだよな~……あ?」
暇な大学生って感じで、完全に気が抜けてやがる。
ここまで接近してようやく気付くかよ。
俺はともかく、先輩は超でけえのに。
「あ~……その、ち、ちっす」
「お、お邪魔しました~……」
先頭の2人はすぐに表情を変え、頭を下げて回れ右。
ほう、ちょっとは危機察知能力があるか。
「あ!煙草じゃん!1本くんない~?」
「ハイキュウじゃないっすよね、どこで手に入れたんすか~?」
が、後ろの2人は大分馬鹿だった。
だから、もう少し『わかりやすく』してやる。
「――外で手に入れた。俺達は外部協力員だからな……おっと、日課の手入れをしてなかった。すまんな兄ちゃんたち」
ゆっくりと『魂喰』を抜く。
外気に触れた刃が、ぎらりと鈍い輝きを放った。
「あ、そ、そうすか」
「すんませんっしたぁ~……」
よし、回れ右確認。
俺はどうでもいいが、後ろの3人娘に気付かれると面倒臭いしな。
「あ、おじさん……ありがとうございました」
食べ終わったらしいえなちゃんが、俺の後ろから顔を出す。
「気にすんなよ。喉につっかえてない?」
「あっはい、だいじょぶです! これで今日も一日がんばれますっ!!」
ぐっ、と拳を突き出し、謎ポーズ。
……まあ、元気ならいいか。
「ああいうのに絡まれないように気を付けなよ。大丈夫か?」
この子たちはまだ中学1年生……『そういう』対象として見られることはなさそうだが……いや、世の中にはいろんな性癖がいるからな、油断できん。
「だいじょぶです! ねー、きいちゃん」
「はいっ! 何かあったら八尺鏡野おねーさんに言いますので!」
八尺鏡野、おねーさん?
ず、ずいぶん慕われてる感じだな……?
「そっか、ならいい。あの人なら悪いようにはせんだろうな」
この子たちは真面目に仕事してるようだし、大丈夫だろう。
あの指揮官3人が仕切ってて、影で女性をどうこう……なんて状況は起こらんだろうし。
「――大丈夫でありますよ~」
……今まさにぬるっと現れた、この式部さんもいることだしな!
たぶん、他にもそれとなーく監視している人がいるんだろうな!
「あ、式部おねーさん! おはよございまーす!」
「おっはようであります! みんな元気で大変結構でありますよ~!」
ふむ、この感じだと顔見知りだな。
よかったよかった、この子たちは大丈夫そうだ。
璃子ちゃんの友達だし、何かあったら大変だもんな~。
「(――今現在、小児性愛の性癖を持って、なおかつそれを実行に移そうとした避難民は……何故だか、皆様、ご自分の意思でここを出て行かれました♪)」
……何も、聞かなかった!俺は!何も!聞かなかった!!
「(そりゃあええ、そがあな連中は百害あって一利なしじゃあ)」
……子供好き(本来の意味で)の先輩も嬉しそうだ。
まあ、その……よかったよかった!
・・☆・・
「あー仕事サボりね、うん大丈夫。知ってる知ってる」
3人娘と式部さんと別れ、しばらく散歩してから大木くんの病室に先輩と帰ってきた。
すると何故か、古保利さんが大木くんを往年のロボットアニメの名作についてむっちゃ盛り上がって話をしていた。
仲がいいなあ……
同年代の友達かなにか?
で、丁度いいのでさっき見たサボり避難民について報告しておくことにしたんだが……当然のようにご存じだった。
「いいんですか?」
「あー、あんまり杓子定規にしすぎるときついからね。いいのいいの、ガス抜きも必要なんだよ」
手をヒラヒラ振る古保利さん。
「みんながみんな勤勉で真面目ってワケじゃないからさ。たまの作業サボりくらいは、ねえ?」
ふーむ、そういうもんなのか。
やっぱり大変なんだな、避難所運営って。
「――あーでも、犯罪行為は一律NGだからね。それらは一発でイエローカード」
古保利さんの雰囲気が冷たく変わった。
「イエローカード、ですかいのう?」
先輩が不思議そうに質問した。
なんで一発レッドじゃないの?って感じだろう。
「うん、イエローカード。食事内容とか風呂の回数は変わんないけど、この学校内には隔離エリアがあってねえ」
隔離、エリア?
「まあ、一種の刑務所的な? そこにねえ、やらかした奴を全員ぶち込んでるのさ」
……ほう。
「そこなら、サボりも犯罪もできないでしょ? ほら、みんな同じ穴のムジナなんだしね~」
「うへー、追い出すよりキツいっすねそりゃあ」
大木くんが顔をしかめている。
それを見て、古保利さんが首を振る。
「いやーいやいや、そこに入れる時にさ、絶対聞くのよ。『出てくか、隔離か選べ』ってねえ? でもさあ……みーんな出て行かないんだよ、不思議だねえ?」
ニヤニヤとする古保利さんの後ろに、鬼が見えた気がしないでもない。
「……でもその、そんな連中をまとめて押し込んだらなんか問題とか起こりません? ほら、結託して脱走とか、反乱とか?」
理不尽だ~!みたいな?
1人1人ではなんともなくても、徒党を組んだらちょっと面倒そうだぞ?
「いや~、はっはっは……田中野くん」
つつつ、と古保利さんが寄ってくる。
「――いくら徒党を組んでもねえ、普通の人間は50口径の重機関銃には勝てないんだよ」
……まあ、そうか。
「カメラで監視してるし、完全武装の監視員もいるしね~。それになにより、そういった連中は協調性もクソもないのでそもそも結託なんてできませ~ん」
自分が楽をすることしか考えてない連中だもんな~……そうなるか~。
特にかわいそうだとも思わんが。
気に入らんなら出て行けばいいんだし。
「ある程度は内部情報を知ってる連中だけど、そんなん知られたところで痛くも痒くもないしね。本当に大事な情報は決して表に出ないようになってるし、ま、最後の手段としては――」
「――三等陸佐。会議のお時間であります」
滅茶苦茶気になる所でドアが開いて式部さんが来た!
「……式部ちゃん代わりに出てくんない? 給料は田中野くんが払うからさ」
何故急に俺を!?
「んんんん! んぐ、だ、駄目であります! 八尺鏡野警視がお冠であります! ささ、お早く!!」
一瞬振動した式部さんは、顔を赤くして言った。
そんな逡巡する理由ある?
アイハブノーマネー&ノージョブだぞ?
「仕方ないねえ……ああ、大木くん。遠慮なく入院してってよ、キミの貢献具合なら何年いてもいいからさ」
「可及的速やかに全快しますけどお世話になります~!!」
1人でいたい大木くんは全力で否定してた。
何年もって……そんなに貢献してんのか、コイツ。
偵察とか、ああ、そういえばパイルバンカーとか作ってたしな……
「はっはっは、はぁ……行きたくないけど行くか~……」
無茶苦茶猫背になりつつ、部屋を出ていく古保利さんであった。
正直すぎる……
・・☆・・
「避難民の緩みはある程度許容しているでしょう。それを見越しての作業マージンも確保しているハズです」
「俺が考えつくようなことはとっくに対処済みってわけか……」
少し曇ってきた空の下、愛車は無人の道路を走行中。
運転手は俺、助手席には神崎さん。
先輩は荷台で……寝てる。
よく眠れるなあ、あの振動で。
「戻ったらしばらくは養生なさってくださいね。差し迫った用事はありませんし」
「はーい、了解です」
大木くんの大怪我からこっち、アクシデントの連続だったからなあ。
まさかゾンビまみれの中ウォーキングする羽目になるとは思わんかったが。
セルフ電気ショックを試すとも思わんかったけども。
「例の作戦も、まだですか」
「……私に情報が開示されることはないでしょうが、恐らく、そろそろかと」
……マジで?
「何人か、顔を知っている隊員の姿が見えませんでした。どの方も高水準の体力と戦闘技能を有しています」
「……なるほど」
作戦の準備か何かかな?
俺が心配しなくても、状況は動いているらしい。
「牙島の連中は……どうですかね?」
「大規模な動きは見せずに、相変わらず北地区に引きこもっているようです。ただ……私や式部陸士長がやったような水中スクーターによる潜航などをされると……把握は難しいです」
だろうなあ。
さすがに海岸線全部を24時間監視は無理だろう。
「ですから、なにが起こってもいいように準備を怠らないようにせねばなりません」
「高柳運送でも気を付けときましょうか……」
四方は無人だし、見晴らしはいいけど……何かが起こってからじゃ遅いからな。
「ま、そのためには左肩をしっかり治しましょ」
「そうですよ、お大事になさってください」
今回の傷は一緒に風呂にでも入らんとわからんからな、子供らにバレることがないのが幸いだ。
みんな心配すっからなあ。
「アイアイ、大天使カンザキエル」
「ふふ、なんですかそれ」
神崎さんのクスクス声に合わせて、アクセルを踏み込んだ。
「おじちゃーん、おかえり~」「わふ!わん!」
高柳運送に到着し、車から降りると出迎え。
葵ちゃんと、その足元をチョロつくサクラだ。
「はーいただいま~っと」「きゃー♪」
とりあえず葵ちゃんを抱き上げる。
ふむ、この子も重くなったなあ……いいことだ、とっても。
この先もすくすく大きくなってもらいたい。
「大木のおにいちゃん、だいじょぶ~?」
「おー、しばらく向こうで入院だ、入院」
この子も大木くんのアレコレは把握してる。
無線からこっち、俺達があわただしく出かけたからな。
死ぬような傷じゃなかったし、嘘をつくまでもない。
「にゅういん! だいじょぶ?」
「大丈夫大丈夫、向こうにはお医者さんがいーっぱいいるからな。半月もしたら帰ってくるよ」
……一ヶ月入院の予定だが、あの様子だと自主的に退院してきそうではある。
「わう!わうぅ!きゃん!」
サクラが足元でジャンプを繰り返している。
しょうがねえなもう……っと。
片手で葵ちゃん、そしてもう片方でサクラ。
甘えんぼだな、こいつも。
「はいはいただいま。今日もおとうちゃんは元気だぞ~」
「わふはふ」
なんで首筋を甘噛みするんだろうかね、サクラ。
おいしいんだろうか。
「こっちは変わりなかったか?」
「うん、イノシシが出たけど……璃子おねーちゃんがずどん!ってした~」
マジかよ。
腕を上げたなあ。
「こんばん、やきにくなんだって! たのしみ~!」
「俺も俺も~!」
「わふ!わん!」
テンションが上がったので、小粋なステップを刻みながら社屋へ急ぐ。
猪肉は美味いからな~!
焼肉のたれの在庫を確認しておくか!
「あ!にいちゃんおっかえり~!」
「おやおや、肉の匂いに釣られて帰ってきたのか? この食いしん坊さんめ」
……馬房の横に、生肉が吊るされているのが見える。
朝霞とアニーさんがやったんだろうか、すっかり綺麗に捌いてあるなあ。
子供たちの教育にいいのか悪いのか、判断に困るねえ。
「すげえなあ、サクラ。お前もいっぱい食えよ」
「わうう!おーん!!」
目をキラキラさせるサクラは『まかせんしゃーい!!』とでも言うような雄たけびを上げた。
……ともかく、帰ってこれてよかったな。




