65話 チンピラとお迎えのこと
書籍化が決定いたしました!
これからも田中野をよろしくお願いします!
「おうらァ!!」
空気を切り裂いて俺に迫るのは、大型の草刈り鎌だ。
ホームセンターとかによく置いてある、攻撃力の高そうなアイツだな。
「ふぅう――!」
肩口に直撃しそうなそれを見つつ、踏み込む。
踏み込んで刀を、振る!
「は?」
ひゅお、と流麗な風鳴りを響かせた『魂喰』
その涼しげな音とは裏腹に――大鎌の柄をするりと両断。
今まさに振るっている男の素っ頓狂な声が終わらないうちに……袈裟斬りの形で人体を喰い破った。
「ッばぁ!? っぎぃ!?」
首筋から鎖骨までを切り抜けた刃が、鮮血を纏って外気に触れる。
俺は、限界まで目を見開いた表情をしたその男を――蹴り飛ばした。
「っかぁ、ああ、おごっ……!?」
瞬く間に生気を失った男は、アスファルトの地面へ仰向けに倒れ込んだ。
細かい痙攣を繰り返しているが、じきに死ぬだろう。
「――なあ、おい」
刀を血振りし、路上に血液を散らす。
「……いい加減で、諦めたらどうだ?」
路上には、死体ともうすぐ死体になりそうな男たちが……全部で5人。
「損得勘定はできるんだろう? それとも……全員死体になりたいのか?」
そして、死体たちを挟んで俺を囲む……集団。
ひいふう……6人、か。
顔面を蒼白にさせて……それでも、手に持った武器を俺に向け続けている。
高田くんたちの避難所? 避難区域? を出発した俺。
ひたすら御神楽の方向を目指して歩き続け、昼前くらいの時間帯になった時、周囲が街めいてきた。
塀が増えてきたので、急にゾンビが出てきても上に逃げれば安心だな……と、思ってた。
思ってたんだが……物事ってのはそう上手くは行かないもんだな。
ゾンビに遭遇することはなかったが、前の方から歩いてくる集団に出くわした。
そのまますれ違って……奴らはすぐにターンして俺を追ってきた。
中途半端に頭が回るのか、半数は迂回して前方を塞ぐという形をとってきた。
そして、前方を塞いだ男はバットをちらつかせつつ、こう言った。
「そのカタナ置いてけ。ここは俺らのシマだからよ……通行料な」
それに対し、俺は出来るだけ平和裏に事を進めたくてこう返した。
「立ったまま寝てんのかお前? 起きてるのに寝言ってのは珍しいな」
と。
……嘘です、平和裏になんてするつもりはない。
昨日の治療のお陰で左肩の痛みはマシになったが、俺は一刻も早く御神楽に行きたいんだよ。
大木くんの怪我の具合も気になるしな。
なので……ワザと喧嘩を売ってやることにしたってワケ。
こんな連中に忖度しても仕方ない。
初手でカツアゲだからな、御仏と俺の慈悲は売り切れなんだ。
その効果は絶大で、バットを持った男は顔を真っ赤にして俺に向かってきて――
横薙ぎの居合でバットを握る両手首を切り飛ばされた。
今ではすっかり大人しくなって、路上に転がっている。
これで通してもらえるかと思いきや、連中は想像以上にアホの子だったみたい。
俺には理解できん謎の鳴き声を発しながら次々襲い掛かってきて……今に至る。
「なんだよォ、なんなんだよ、お前ェ……」
大ぶりのナイフを持った若い男が、絞り出すように言った。
「ただの通行人だ。最初にお仲間を斬り殺した時に言ったろう? このまま行かせてくれれば無益な殺生をしなくて済む……ってな」
今更だけども、このタイプの説得が効いたためしがない。
ちょっとくらい考えたらわかりそうなもんだろうに……こんな状況で、武装して単独行動をしている人間がどれくらい強いのかってな。
「れ、レイジ、もうやめようぜ……」
「馬鹿言うなよ、こんなオッサンにこんだけやられて……他のチームに知られたらどうなると思ってんだ!」
後ろの方で仲間割れも始まってるな。
チーム、チームねえ……草野球とかバレーボールのことじゃなさそうだな。
ええっと、半グレって言うんだっけ?そういうの。
アマチュアヤクザみたいなもんか……両方ともこの世に全く必要じゃないって点では同じだけどな。
「なあおい、どうするんだよ」
一歩、足を踏み出す。
すると、奴らは一斉に下がった。
「とっ、トモヤたちはまだ来ねえのかよ!」
「もうすぐ来るハズだ!泣き言いうんじゃねえよ!」
……この上おかわりまであんのかよ。
損得勘定抜きで動く連中ってのは厄介だなあ。
『面子』とかいうしょうもない概念を信奉してる連中ってのはこれだから。
「スマンが、俺ァ急いでるんだよ」
もう一歩踏み出しつつ――右手を横に振る。
「――は、へぇえ?」
「タカト、お前それ何――」
右の袖口から飛び出した棒手裏剣。
それは、最後尾にいる少しだけ偉そうな奴の眉間に好き刺さった。
横の男はなにが起こったかわからんのか、変な笑顔を浮かべたまま絶句している。
「うご、おぉ……」
手裏剣が突き刺さった男が斃れる。
それをご丁寧にガン見していた連中は、一瞬でパニックになった。
俺が飛び道具を持ってるっての、言ってないしな。
「あ、あああああ!あああああっ!!」
おっと、いち早く逃げ出したのが1人。
狙いやすいったらないな。
「っふ!」
左腰のホルスターから抜いた十字手裏剣を、下手で放る。
鋭く空気を切り裂きながら回転する刃が――武器を捨てて逃げ出した男の延髄に突き刺さった。
「あっ、が、がが、がァ!?」
痙攣しつつ倒れ込むそいつを見ながら、刀を左手に持ち替える。
ホルスターから右手で抜き出した手裏剣を――続けて2枚放つ。
南雲流手裏剣投法、『重』
腕の行きと、戻りで1枚ずつ!
「まみゃっ!?」「いぎっ!?」
思考停止している男2人の顔面にさくりと突き刺さった手裏剣。
そいつらは、目を見開いて倒れ込んだ。
「――悪いが」
それを見つつ、地面を蹴る。
「――気が変わった」
最前列で鉈を持ったまま呆けている男に、肉薄。
「えっ――」
突進の勢いを纏わせた、横薙ぎ。
「――やっぱり、お前ら全員ここで死ね」
右腰から、胴体を刃が通過。
防刃効果が皆無そうなシャツを切り裂き、真一文字に刻まれた傷跡から一拍遅れて――鮮血と内臓が飛び出した。
「わっ、わああ、ああああああ!!!」
最後に残ったナイフ男が、喚きながら突進してきた。
完全にパニックになったな。
「……馬鹿だなあ、最初に逃げときゃ見逃してやったってのに」
いつもなら全殺しコースだが、左肩が痛かったんだよ今日は。
まったく、運が悪いねえ。
「し、死ねぇ!死ねえぇ!!」
そのお願いは聞いてやれんな。
デタラメに振り回されるナイフの軌道を見極めて――下段に構えて軽く、踏み込む。
「――しゃあッ!!」
「あっが!?」
ナイフを振り抜いた手首。
伸びきったそこを、刃が通り抜ける。
手首の内側に赤い線が浮かび、出血。
半ば切断する。
「いぃいい~~~~~~!?!?」
痛みで正気に戻ったそいつが、何かを懇願するような目で見る。
遅いな、20分ばかり。
「――せェ、あァッ!!」
手首を切り抜けた斬撃を頭上で翻し、踏み込みながら振り下ろす。
「ぇんッ!?!?!?」
頭頂部から入った刃は、血の糸を引きながら顎下から抜けた。
「ふう……刃こぼれはナシ、か」
地面でのたうつ生き残りを確認しながら、『魂喰』の刀身を確かめる。
いつもながら異次元の切れ味と頑丈さだ。
このチンピラども、ロクな防具も付けてなかったから当然ではあるが。
ネオゾンビを斬っても無事だった妖刀だからな、コイツ。
「たす、たすげ……」「じにだぐ、じびだぐね……」「おあ、あああ……」
どいつもこいつも、助かりそうな連中はいないな。
たとえ徒歩1分の所に病院があったって無理って傷ばかりだ。
「……これを糧にして、来世ではもう少し賢く生きるこった」
来世があるなら、たぶんミジンコあたりだろうが。
再度血振りをして納刀し、先を急ぐことにした。
援軍まで来やがったら面倒臭い。
「アァアアアア……」「オゴオオオオ……」「ウゥウウ……」
……チンピラがいなくなったと思ったら、今度はゾンビかよ。
あれから何キロ歩いたかな?
住宅街を歩き続けて、もう少しで抜けれるなって時になってこれか。
眼下のゾンビ祭を見て小さくため息。
むうん……何体か撥ねられた感じの傷が付いてるな。
大木くんを搬送した我が愛車だろうか、やったのは。
神崎さんたちは絶対に無事だと思うけども……ほんと、どうなったんかな。
「いつまでもここにいるわけにもかん、か」
避難していた民家の屋根に立ち上がる。
わが県は殆ど雪が降らんからな、屋根も平たくて移動しやすいのが救いか。
しかし面倒臭い、普段なら必ずゾンビ散らし用の爆竹ボールを持ってるんだが……残念なことに軽トラの荷台だ。
「なんか懐かしいな、この状況……っと」
軽く助走をつけ、屋根から屋根に飛び移る。
探索初めの頃は、大分おっかなびっくりだった。
人間、楽を覚えすぎると駄目だねえ……しょうがない、屋根伝いに行けるところまで行こうか。
スマホを起動して地図を見る……なんだかんだ言って、大分歩いてきた。
御神楽へはこの道をまっすぐ行けば到着するな。
この住宅街を抜け、幹線道路エリアを抜ければもうすぐ……っと。
屋根を踏み切り、新しい屋根へ。
「――ッ!?」
着地しながら体を折り、仰向けに倒れる。
音を立てないように。
「……援軍のお出まし、かな?」
車の音が聞こえる。
さっきのチンピラが呼んだ連中だろうか。
御神楽側からバイクのエンジンっぽい音が聞こえてくる。
しばらくは屋根に伏せてやりすごそう。
こうして腹ばいになっちまえば下からは見えないし。
音はどんどん大きくなり、それを認識したゾンビ共が吠え始めた。
耳だけはいいんだよな、こいつら。
――銃声が聞こえる。
「マジか、こいつは面倒だ」
アレが奴らの援軍だった場合、銃を持ってるってことになる。
むう、ここは屋根上で待機した方がいい、か?
肩のコンディションも悪いし……いっそのこと連中に『掃除』させちまうかね。
その後で俺も『掃除』してやるけども。
「いや、これは……?」
……と、思ったが銃声がおかしい。
チンピラが手に入れやすそうな散弾銃っぽい音じゃない。
連続して聞こえる、タタタタという音。
この音は、いつも『味方側』で聞いたことがある。
露出しすぎないように気を付けながら、屋根の端から頭を出す。
すると眼下に、道の状況が飛び込んできた。
御神楽方面からこちらへ向かって、1台のバイクが走ってきている。
かなり大型だな、アレ。
車体は緑色で、乗っている人の着ている服も緑色。
……というかアレ、迷彩服だ。
自衛隊の。
「おー、ありがたい」
運転している自衛官が、疾駆するバイクの上からアサルトライフルらしきものを乱射している。
その度に、俺の近くにいるゾンビ共がバタバタと倒れていく。
結構なスピードなのにまあ、なんという射撃精度だ。
ギアチェンとかどうやってんだろうか。
あっという間に、近くの路上にいるゾンビは残らず倒れた。
あ、まだ目の前に1匹いるな。
「ガアアアアア!アアアアアアアアアアアアグ!!」
運転手は射撃を停止し、今しがた吠えたゾンビに向かって加速。
「ギァッ!?!?」
体色が黒くなりかけていたそいつを――ウイリーで持ち上げた前輪で撥ね飛ばした。
うわ、頭がひしゃげてる……!
まるで仮面の特撮ヒーローだぜ、ありゃあ。
ゾンビを撥ねたバイクは、しばらく進んで急ブレーキ。
豪快に後輪を流しながら横になって停車。
運転手は片手でライフルを構え、周囲を油断なく見回している。
む、あれって女性自衛官か。
たまげたな、まだまだアクションスターみたいな女性自衛官がいるなんて。
神崎さんや式部さんみたいな人って、俺が思うよりも多いのかもしれ――
――あ、目が合った。
やべ、見とれてて身を乗り出しすぎちまった。
「……」
アイドリングをしているバイクのエンジンを止め、その自衛官はゴーグルを取ってヘルメットにマウントした。
……あれェ?
あの人って、まさか。
「――あああっ!一朗太さんっ! 一朗太さんであります!!」
そう、いかした運転&射撃技術を披露してくれた自衛官はよく知っている人だった。
そのあります口調はまさしく……
「式部さん! 偵察のお仕事ですか!?」
「何を仰います!一朗太さんを迎えに来たでありますよ~!」
はにかみ、バイクにまたがって嬉しそうに手を振る式部さん。
マジか……本当にありがたいなあ。
・・☆・・
「お邪魔するであります~」
バイクを停めた式部さんは、屏を一足で駆け上がって俺のいる屋根へとやってきた。
身軽!
「式部さん、ありがとうございます。とっても助かりました」
「ふふぅふ、一朗太さんの為ならば火の中水の中でありますよ……む、むむ?」
照れくさいことをノーモーションで言った式部さんは、眉をひそめて俺を見た。
なにか気になることでもあったんだろうか。
「すんすん」
そのまま、俺の肩付近に顔を近付けてくる。
無茶苦茶恥ずかしい……朝霞と違って真面目な顔してるから余計に恥ずかしい。
「――左肩にお怪我をされておいでですか。すみませんが患部の状況を確認したく思います!」
……鼻がいいなあ、この人。
ちょいとした痛みに耐えながら上着を脱ぎ、インナーをまくり上げる。
式部さんは道に飛び降りて、救急箱を持ってすぐに帰ってきた。
「失礼いたします……ふむ」
あいてて、ガーゼが血で固まってて痛い!
さっきのチンピラ相手の大立ち回りでちょいと傷が開いたか。
「綺麗に縫合されていますね。これはご自分で?」
「ああいえ、昨日泊めてくれた避難所っていうか避難区域の人にやってもらいまして……そこは民間人だけで運営してるとこなんすよ。リーダーは信用できそうな感じでした」
あそこ、高木くんもそうなんだが子供たちが元気だったからな。
それに……ややこしそうなのはみんな死んだし。
「この道を詩谷方面へ行ったところでありますか? ふむ……そういった場所ならばゆくゆくは連絡要員を派遣した方が良さそうであります! ではでは、消毒と化膿止めを~……」
いつつつ、しみる!
だけど化膿したら大変だから、我慢するか。
……あ、そうだ!
「式部さん、前に貰ったゾンビになるのを防止する機械、使わせてもらいましたよ。ゾンビの甲殻で刺されただけですけど一応の用心で」
「ああ、この火傷はそれでありますか……むぅ、傷が残ってしまいましたね」
式部さんはちょっと痛ましそうな顔をしている。
何を仰るか。
「ははは、ゾンビになるよりかは100万倍マシですって。式部さんのお陰で安心して行動できたんですから、お気になさらず」
「じぶっ!自分のお陰でありますか~……照れるであります、えへへ」
照れながらも手つきはしっかりしている。
あっという間に俺の左肩は清潔な包帯に包まれた。
気のせいか、痛みもマシになった気がする。
「あの、大木くんの容態って……」
そして、自分が安全になると途端に気になることを思い出した。
まあ、この様子なら大丈夫だろうが……
「応急処置と速やかな搬送が功を奏したであります。昨日到着するなり緊急オペが行われて……危険な状態は脱したであります。もっとも、しばらくは静養していただくことになるますが」
「おお、よかった……鉄パイプが貫通してたから心配だったんですよ」
どうやら大木くんは無事?みたいだ。
「大木さんは運がいいであります。綺麗に臓器を避ける形で貫通していましたので」
「本当によかった……それなら全治1週間くらいですか?」
そう聞くと、式部さんは困ったように笑った。
「ふふぅふ。一朗太さんならそれくらいでしょうが……最低でも1月は安静にしていただく必要があります。彼は一般人ですので」
俺も一般人なんですど?
……大木くんもそこそこ動けるハズなんだがな。
一般人というには戦闘力が高すぎやしませんかね。
「さて、処置は完了であります! 周囲にゾンビはいないようですので、すぐに出発するでありますよ!」
「そういえば神崎さんたちは?」
「ふふぅふ……お2人とも御神楽で待機中でありますよ。今回の迎え役……二等陸曹との真剣ジャンケン28番勝負の結果、自分が来ることになったでありますよ」
……27回もアイコが発生するジャンケンってなんじゃろか?
「そうですか……じゃあ、出発します?」
「はぁい!」
とにかく、こんな所からは一刻も早く逃げたい。
たぶんまだチンピラもいるし。
「ささ!こちらへ!なんなら自分が受け止めるでありますよ~」
あっという間に道に降りて両手をぶんぶん振る式部さん。
それを見ながら、苦笑しつつ自分の足で降りることにした。
御神楽に到着したら、大木くんのお見舞いにいこっと。
単独行動で凝った肩を回しつつ、道に飛び降りた。




