63話 ウォーキング無職・多難のこと
63話 ウォーキング無職・多難のこと
「……一応、一応な。用心のためにやっとくか……」
ビルの一室で寝転び、自分に言い聞かせるように呟く。
見つめた右手の中にあるのは、コンセントの基部によく似た白い物体。
コンセントとは違い、電極の所は鋭く研がれたようになっている。
これは、以前に式部さんから貰った『緊急転化防止装置』……だっけ?
まあとにかく、ゾンビ共に噛まれた時に使用する電気ショック発生装置だ。
このビル群を抜け出すべく、ゾンビの群れを避けつつ歩くことしばし。
そこでふと思ったのだ。
『これ使った方がよくない?』と。
大木くんが死にかけたのを助けた時、俺は黒ゾンビに飛び掛かった。
その際に、奴の装甲板が左肩に深く突き刺さったのだ。
素敵な守護天使ことアニーさんが持たせてくれた薬品によって処置はしたが、いまだにジクジクと痛んでいる。
あの装甲、思ったよりも鋭く長かったようだ。
なまじ鋭い分、痛みに反して傷自体は深い。
今は大丈夫だが、血が止まらないと少し不味いな……
「……さあ、やるぞ」
ゾンビに噛まれたわけじゃないが、用心に越したことはない。
折角手元にあるんだ、いざって時に尻込みすると困る。
というわけで、適当なビルに入って……外に音が漏れないような部屋にたどり着いた。
装置の電極に付いているカバーを外して……ええと、中央のボタンを長押し。
すると……おお!側面に青いランプが付いた。
予防接種の百倍は痛そうだぜ……
「――っぐ」
装置の刃は薄く、鋭い。
左肩の傷を広げないような、そして遠すぎない場所に目星を付けてそれを突き刺した。
ひやり、と。
刃物が体内にめり込む感触がぞっとすんな。
「……よし」
何度か深呼吸し、タオルで口を塞ぐ。
万が一にも、外にたむろしているゾンビ共に聞こえないようにだ。
若干の息苦しさを抱えながら、さっき押したボタンを素早く二回タップした。
『ピピッ』
「――ッ!?!?!?」
小さい電子音の後、全身に電気が流れた。
一瞬目の前が真っ白になり、体が伸びる。
「……う、ぐぅ」
荒い息を何回か吐き、深呼吸。
何度かそうしていると、体の痺れが取れてきた。
……こ、これは効くな。
スタンガンが武器になるワケだ、一瞬とはいえ何もできない。
これなら、鈍器で殴られる方がまだマシって感じだ。
大木くんが作ったスタンガンなら、これ以上の出力?だろうし。
「……さて」
寝ころんだまま、腕時計を確認。
時刻は16時25分……不味いな。
予定してたより全然進めていない。
このビル街、ゾンビ多すぎなんだよ。
多分大木くんの爆弾由来の音が聞こえて、遠くからゆっくりと集まった感じなんだろうな。
地図アプリで確認すると、ビル街を抜けるまではあと1キロちょい。
距離としては大したことが無いんだが、裏道がないんだよな。
ここさえ抜けたら、しばらく田んぼと幹線道路が続く区画に入るんだけどなあ。
ちなみに御神楽までは直線で11キロ。
なんてこった、あれだけ時間をかけて4キロ少々しか進んでいない。
今はまだいいが、あと2時間もすればさすがに暗くなり始める。
土地勘のない所で夜を越すのは難しい……というか嫌だ。
今いるビルは内部から施錠できて安全ではあるが、朝起きたら囲まれてました!とかになれば目も当てられん。
……それに、肩の傷が思ったよりも酷い。
さっき電気流した時に確認したら、血が全然止まってなかった。
やっぱり縫合するレベルの傷なんだろうな……動くと絶対に連動する場所だし。
流石に出血多量で死ぬレベルじゃないと思うんだけど……あまり放置もしたくない。
「爆竹、用意すりゃよかったなあ……あ?」
独り言をこぼしつつ体を起こすと、視界にあるものが映った。
これは……そうか、いけるかもしれん!
・・☆・・
「どっせい!」
ビルの屋上から、助走をつけて大きく放り投げる。
大木くんボムの影響で半壊したビルの方向へ飛んでいったソレ。
そいつは、ビルの谷間に消えた後……しばらくするとけたたましい電子音を上げ始めた。
「ガアアアアアッ!!」「ギギャアアアッ!!」「オゴオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
一拍置いて、周囲から続々と聞こえるゾンビの声。
声は声を呼び、あっという間にマラソン大会レベルの足音が聞こえ始めた。
……あんなにいたんかよ、おっかね。
さっき投げたのは、卓上のデジタル時計。
前の職場にもあったタイプなので知っていたが、止めないとアラームがどんどん大きくなるんだよな、アレ。
ビルの谷間に反響して、ここまでよく聞こえる。
スピーカー部分を除いてガムテープでグルグル巻きにしたので、落下の衝撃にも耐えられたようだ。
まあ、まだまだ在庫はあったからな。
これで駄目なら設置して使おうと思っていたが……うまくいったようでよかった。
「しばらく息を潜めるか……」
煙草を咥え、階段を降りることにした。
さて、上手く釣られてくれるといいんだが……
ビル一階、隔離された一室で待つことしばし。
死者マラソン大会は大盛況のうちに終了し、今では遠くの方からゾンビの吠え声が聞こえるばかりだ。
かなりいたな……ここの人間、騒動発生当日にはほぼゾンビ化していたみたいだな。
相変わらず初手でゾンビになる原因がわっかんねえ……俺程度の頭じゃわからなくって当然なんだが。
以前の謎文書からして、それなりの専門家でも頭を抱えてることだとは思うけども。
「うぐ……」
左肩が地味に痛い。
傷に加えて、あの装置由来の火傷がな……ま、ゾンビになるよりかはマシなんだが。
ドアを開け、ビルの玄関から周囲を確認……うん、ゾンビはいない。
さっきのアラームが見事に誘引してくれたようだ。
今は効果時間が終わったか、それとも壊れたかで音はしない。
「行くか」
お世話になった『大森ビル』に軽く頭を下げ、無職ウォーキングを再開した。
・・☆・・
「残り8キロ、か」
やっとこさビル街を脱出し、そこから幹線道路をひたすら歩いた。
普段はなんとも思わない兜割と『魂喰』の重さを感じるのは、傷と精神的な疲れによるものなんだろうか。
放置車両もない道路を索敵しながら歩く。
周囲は地方都市にお馴染みの田んぼや畑があるばかり。
県庁所在地とはいえ、田畑が多く残っているのがこういう場合はありがたい。
ぽつんぽつんと点在している家々にも、見た感じ誰かが暮らしている雰囲気はない。
今の環境的には最高だと思うんだが……立てこもっている様子もない。
外出中や仕事先でゾンビに巻き込まれたんだろうか。
高柳運送がなけりゃ、俺もああいう立地の家を拠点にするんだがな。
周囲には畑もあるし、素人仕事でも野菜くらいは作れるだろう。
「おお、懐かしき文明の気配」
虫と鳥の声くらいしか聞こえない中、進行方向に住宅地が見えてきた。
地図によると、あそこを真っ直ぐ抜ければ御神楽に近い大通りに到着するはずだ。
車だと一瞬だけど、歩くと遠いなあ……まあ、ゾンビのせいもあるんだが。
住宅が多い区画なら、最悪ゾンビが出ても塀や屋根伝いに移動すりゃ回避できるしな。
さっきまでのビル街だとこうはいかなかった。
さすがに、屋上から屋上に飛び移るには高低差がありすぎたし。
「以前なら音楽でも聴きながら移動するんだがね……」
音楽にノリノリになっててゾンビの餌食になるのはちょっと……ロックすぎるなあ。
師匠なら耳を塞がれてても察知できるんだろうが、俺はその域にはない。
……いや、そういえば道場稽古であの爺さんやってたわ。
目隠し&耳栓&小太刀木刀で俺と戦うの。
結果?もちろん俺がボコボコにされたわ。
上段から打ち込んだ一撃を、峰を叩きながら押さえつけられて喉に柄の一撃。
本気でやられてたら即死だったね、ありゃ。
つくづくバケモンだぜ、あの爺さん。
在りし日に思いを馳せていると、田園地帯が終わって住宅街へ入った。
――さあて、こっからは警戒レベルを引き上げないとな。
兜割を抜いて右肩に乗せ、ヘルメットの紐を締め直した。
左肩が、今度は熱を持ち始めている。
「……!」
音も気配もない住宅地を歩いていると、正面に変なものが見えてきた。
それが見えた瞬間に、塀の影に身を潜める。
懐から手鏡を取り出し、そっと確認。
道の先が、車列で塞がっている。
ここは普通車が二台並んですれ違えるほどの道幅だが、道の先には黒いワゴン車が二台。
それも、横倒しになった形で封鎖されている。
事故でああなったんじゃなくて、人為的に倒したっぽいな。
その証拠に、よく見るとワゴン車と塀の隙間が有刺鉄線で塞がれている。
アレは……あの先に行かせたくない、のか?
「ふむ……」
地図アプリを起動。
GPSが使えないのでちょいと手間取るが……うん、100メートル先に公民館があるようだ。
あれが人為的な封鎖なのは確定なので、公民館に避難している人間がいるみたいだな。
ここ周辺にゾンビがいないもの、そこに所属している人間が『掃除』しているようだ。
さらに周辺を検索。
ここから下がってさっき通った交差点を通れば、公民館区画を迂回できそうだ。
俺はゾンビでもチンピラでもないので、他人の避難所には興味がない。
この状況下で『ちょっと通してくださ~い』なんて言いに行くほど平和ボケもしてないしな。
他人を襲って懐を肥やす人間は、今まで散々見てきた。
そうじゃなくても、見ず知らずの人間を易々と通してくれる優しい人間が多いとも限らない。
関わらないのが吉、だ。
踵を返し、迂回路を通ることにした。
「……嘘だろ、オイ」
無人の住宅に侵入し、その庭で溜息をつく。
先程の迂回路を通って公民館ゾーンを無事迂回したんだが……なんとまあ、その先も封鎖されていた。
地図で確認したが、さっきの公民館とはまた別の区画がぐるっと囲まれているようだった。
脱力しながらまた戻り、交差点を別の方向に行ったんだが……おお、神よこの野郎。
まさかの、その先まで封鎖されていたのだ。
頭の中で地図を確認しつつ、この安全区画でアプリ情報と照らし合わせてみたんだが……
なんと、この住宅街。
封鎖された区画が隣接しながら点在するのだ。
なんとか封鎖区画と封鎖区画の間を抜けられないかと試行錯誤してみたが……無理。
どうなってんだこの住宅街、これをするくらいなら公民館エリアを中心にでっかい隔離エリアを作ればいいじゃねえかよ。
……嫌な想像しかできない。
コレ、区画を区切ってる責任者?どうしの仲がクソ悪いんじゃねえの?
だからこんな風に『ここは俺の陣地じゃ~!』みたいな感じで区切り合ってるとか?
……ありうる、詩谷の河川敷だってそんな感じになってたしな。
『人間というものは、3人も集まれば派閥ができるのだよ。それがこんな世界ならばなおさらだろう?』
脳内アニーさんがそう言った気がした。
……だろうなあ、ちくしょう。
さて、あのビル街からここまでは1本道。
そして、この住宅街を越えなければ御神楽のある地区にはたどり着けない。
……無茶苦茶嫌だが、幹線道路を戻ってビル街に行くか。
んで、そこから高柳運送方面への道を行き御神楽方面へ改めて……いやいやいや、そうするならもう高柳運送まで帰った方が流石に近いか。
仕方ねえ……神崎さんには怒られるが、高柳運送まで歩いて帰るかあ。
ここに来るまではなかったが、確か大木くんを助けに行く時に自転車駐車場を見かけたし。
「ええと……徒歩で8キロ、その後は自転車で……15キロ、か」
……今から競歩レベルで頑張れば、なんとか暗くなるまでに帰れる……か?
ああでも、原野に入っちまえばほとんどゾンビはいないから最悪そこまで行けば大丈夫か。
今日一日でかなり歩くことになったが、これならなんとかなるかもしれんな。
「そういえば神崎さんたちは大丈夫なんだろうか」
ここじゃないルートを通ったんだろうな。
俺は徒歩だから見通しのいい道ばかりを選んだが、あの愛車なら多少のゾンビは撥ね飛ばしながら走れる。
それに、大木くん以外は驚きの戦闘力を誇る人間が2人もいるから楽勝だろう。
先輩が荷台で八尺棒でも振り回せば、馬鹿な喧嘩を売る人間もビビって逃げ出すだろうし。
ま、俺が心配するこっちゃないな。
どちらにせよ、ここにいてもどうしようもない。
スマホを胸ポケットにしまい、一服していた煙草を消して立ち上がる。
さあて、健康的な長距離ウォーキングを始めるとするか。
帰ったら山盛りの飯を食うぞ、絶対に。
『――そこで止まれ!動くな!!』
庭から道路に出て、引き返すルートに入ろうとしたところ……声がかけられた。
電柱に付いている、普段は町内放送的なモノを流すだろうスピーカーから。
っち……電力まで生きてたのか!
しかし、気配も全く読めなかったんだが……ん?
あの遠くに飛んでるの、鳥じゃねえな……ああ!ドローンか畜生!?
最近のドローンって音全然しねえのな、こうして見てもモーター音がまったく聞こえない。
ゾンビとチンピラしか気にしてなかったから、空まで気を回していなかった……ウカツ!
『ここは封鎖されている、避難所はいっぱいで入れないぞ!』
スピーカーから聞こえるのは、壮年っぽい男の声。
ここら辺の治安はあんまよくないんだろうな……警戒態勢は確立させてあるみたいだ。
「ここを通って龍宮の中心に行きたいだけだったんだ!言われなくても避難所には興味はないぞ!」
どこから聞いているかわからないが、ゾンビの気配はなかった。
これくらいの大声は出しても大丈夫だろう。
「ここらが封鎖されてるようだったんで戻る所だ!アンタらの生活を邪魔する気はない!」
そこまで言い、住宅地を抜ける方向へ足を向ける。
『動くなと言ったろう!!』
そういえばそうだった。
でも、帰るんだからよくないか?
「もう帰るんだよ!暗くなる前にビル街の方面へ行くだけだ!ここから去るんだからいいだろう!?」
『駄目だ!お前が戻って仲間を連れてくるかもしれないだろう!?』
ああ、そういうことか。
どうすっかね……ここで何を言っても火に油を注ぐだけだろうがな。
「あのなあ、俺の身なりを見てくれよ!心配しなくても飯にも風呂にも苦労はしていない!ここをどうこうしなくてもいいんだよ、俺は!」
『……信用できるか!仲間がそこに行くまで待っていろ!そこで確かめる!!』
これまでチンピラに攻められまくったのか、猜疑心の塊みたいになってんな。
――っと、エンジン音がした!多分バイク!
これは……走っても逃げられなさそうだな。
ふむ……仕方ねえ。
体を動かさずに手裏剣の位置を確認、数は……まだあるな。
庭から出たばかりの所だし、一足で逃げ込める位置だ。
……ここなら、戦える。
「わかった、わかったよ。おとなしくしてる」
そう声に出し、近付いてくる3つのエンジン音を待った。
「本当に1人なんだな!?」
「見ればわかるだろ」
50代くらいの、そこそこ鍛えてるオッサンが聞いてきた。
やってきたのは中型バイクが3台。
運転手と同乗者、全部で6人。
俺から5メートル程の距離を取り、半円状に囲んでいる。
全員が、バイクのプロテクターを装備している。
おっさん以外はフルフェイスだな……体型からして、全員男。
風呂に入ってない人間特有の悪臭がないから……この避難所?は結構恵まれてるんだろうな。
そして、武装は3丁のボウガン。
矢は装填され、まっすぐ俺の胸に照準されている。
胸ね……防弾チョッキと鎖帷子を貫通できるかな?
まあ、この距離なら避けられるけども。
「何故ここへ来た!?」
「ここから向こうにビル街があるだろ?そこに用事があって来たんだ。使っていた自転車が壊れちまったから、歩きでここを抜けようと思ってね……」
全部を全部言うつもりもないが、全くの嘘ではボロが出る。
「ここを抜けてどこへ行くつもりだったんだ!?」
「龍宮の御神楽高校だ」
申し訳ないが、名前を出させてもらう。
あそこなら避難所としても有名だろうし、この規模の相手なら攻めることもできないだろう。
「御神楽高校だって!?お前、あそこの住人なのか!?」「黙ってろ!!」
バイクの方から声。
若い男っぽい感じだな、オッサンに止められている。
この言い分、やっぱり避難所になってるのは知られていたか。
「住人というか、協力者だ。あそこには親戚の子が保護されててな……たまに様子を見に行くんだよ」
「じゃあお前は何処に住んでいるんだ!?」
そこまで言ってやる気はないが、ここで無言なのもアレだ。
「詩谷の阿闍梨温泉、知ってるだろ?あそこで暮らしてる」
高柳運送のことは言わんがね。
あそこは無人地帯だったし、仮に探索に来られても困らん。
「そんなに遠い所から……!?」
「遠いったってここまで20キロ少々だ。自転車なら2時間もあれば着けるだろ?山道でゾンビ共もいないしな」
そこまで言い切ると、相手方の空気が少し変わった。
堂々としているし、嘘をついている様子もないからだろう。
「そろそろ暗くなりそうだから帰っていいか?自転車も壊れたし、早くしないと夜になっちまう。アンタらに迷惑はかけないよ」
これは、いけるか?
「……いや、やはり信用できない!」
オッサンが叫んだ。
おいおい、この上どうしろってんだ。
疑心暗鬼になり過ぎだろう。
「じゃあどうしろって言うんだよ。これ以上は何も言えることがないぞ」
お手上げ、とでも言うように軽く手を上げた。
どっちにしろ早く解放してくれんかな……この分だと、ビル街で夜を明かすことも考えた方がよさそうだ。
「……お前、御神楽に伝手があるって言ったな!?」「おいタカシ、やめろ!」
バイクの運転手、さっき発言した男が焦れたようにこちらへ向かってきた。
後ろから止められたが、全く聞いていない。
面倒ごとの気配がする……
「あそこに入るにはどうしたらいい!?知り合いがいるはずなんだ!」
「親戚か?それとも家族か?」
「……中学の時の友人なんだ!そこの生徒だったから、あそこにいるはずなんだよ!」
ええっと、あそこは女子高だから……外部進学生か。
この口ぶりだと、普通に心配してる感じだな。
「それなら、門まで行って理由を話せばいい。その子本人に確認してokなら会えるだろう」
そこまで言うと、男は言葉に詰まった。
あ、この感じ……断られたっぽいな?
「追い返されたんだよ!本人が会いたくないって言ったから、なんて言って!」
……ああ、そういうことか。
「それならそうなんだろ?あそこは別に生徒たちを締め付けたり監禁しているわけじゃないぞ」
「違う!ミキコがそんな事言うはずがないんだ!絶対に隔離されてるんだよ!!」
あ~…‥うん、なるほどね。
これは俺には何もできんかな。
この男、今までに見てきた勘違いマンの気配がビンビンする。
絶対そのミキコちゃんコイツ嫌いだろ。
「そうか……悪いが力になれそうもない。俺の親戚は中等部だし、高校のことはよく知らん」
まあ、とりあえず刺激するのはよそう。
ここで関わっても面倒臭そうだ。
そこまでの義理もないし。
「……とにかく、お前にはもう少し話が聞きたい。敷地の片隅でよければ寝かせてやるから、一緒に来てもらう」
オッサンがそう言った。
嫌だよ、こんな未知数な集団まみれの場所で夜明かしなんて。
絶対に飯も出ないだろうし。
「それは断る、見ればわかるだろうが肩に大怪我しててな。一刻も早く在所に帰って治療したいんだ」
これは本当だ。
まだ血が止まってないっぽいし。
外から見ても、肩に巻いた包帯に血が滲んでいるのがわかるだろう。
「医薬品を提供してくれるんなら行ってもいいが……そんなつもりはないだろう?」
相手方から返答はないが、オッサンの表情から絶対にソレはしないってよくわかる。
……それどころか、さっきからオッサンの視線が腰の『魂喰』にチラチラ行っている。
手負いの相手に、高級そうな日本刀……よくわかるぞ、アンタが何を考えてるのか。
「じゃあ、俺は帰る。見張っていても構わんが、ここには二度と戻ら――」
「――リョウジ!やれ!!」
兜割を振り下ろすと、矢が空中で弾かれた。
正面のバイクからだ。
続く2射、3射も弾く。
これで、ボウガンの装弾数はゼロだ。
胸ばっか狙うなよ、頭も狙えよ。
「……おい、どういうつもりだ」
オッサンが呆気にとられた顔をしているので、間合いに踏み込みつつ首に兜割を引っ掛け、回転させる。
これで奴らからはオッサンの体に遮られて俺は狙えない。
「っは、離せ!離せ――ッヒ!?」
痛む左手を動かし、棒手裏剣をオッサンの耳に浅く突っ込む。
ちょっとは切れただろうが、鼓膜は無事だからセーフだ。
「俺は質問にも答えた、抵抗もしなかった。それなのにアンタらの対応はコレか?いくらなんでもひどすぎるだろう」
「っま、待て、待て、待ってぇ……」
抱えたオッサンが震え、声が途端に情けなくなってきた。
優位に立ってる時とは大違いだな、怪我人とは言え見くびり過ぎだろ。
ゾンビまみれの地域をソロでうろついてる人間だぞ、俺が言うのもなんだが、ただの一般人では無いと思わんのかね?
「――俺を行かせろ、再三言うがもうここには来ない。おとなしく逃がしてくれれば、これ以上のことはしない」
さあ、最後通牒だ。
これだけ言っても無駄なら……仕方ない。
初手で胸を狙われたんだ、即刻皆殺しにしないだけ有情だろう。
……まあ、この対応は俺の優しさじゃないんだけどな。
傷が痛すぎるから無駄に消耗したくないだけ、だ。
だが、これでもかかってくるなら……容赦はしない。
御仏の慈悲は知らんが、田中野の慈悲は在庫切れなんだ。
「――ボウガンに装填の動作をすれば、その瞬間にコイツは死ぬ」
膠着している連中にそう言う。
ボウガン以外は武器といったら……ナイフくらいか。
問題なく対処できるだろう。
「バイクから下りて鍵を抜き、遠くに放るか俺に渡せ。ボウガンもだ……その上で俺を逃がしてくれるんなら、これ以上何もしない」
よかったなお前ら、俺が怪我人で。
そうじゃなきゃ皆殺しにしてやるぞ。
「――待ってください!!」
そこまで言ったところで、遠くから別の声がした。
……今度はなんだ?




