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58話 きな臭い他府県の状況のこと

きな臭い他府県の状況のこと




「『どうもー!高柳運送の田中野で……』」


「『承っています!そのままご入場ください!!』」


 うお、マジか。

話が早い!


「一朗太さん、正面であります!既に医療班が待機を!」


「了解!」


 助手席の式部さんの指示に従い、アクセルを踏み込んだ。


 原野にて、空からのお客様2名をお迎えした。

そして、極力荷台の女の子にダメージがいかないように注意しつつ運転し……御神楽高校に到着した。

途中に何度か小規模なゾンビの群れに遭遇したが、荷台の頼りになるお姉さま方が即座に頭を打ち抜いて沈黙させていた。


 そして到着するなり、物凄い勢いで門が開かれ……式部さんが言うように、石平先生や看護師さんっぽい人たちが待機しているのが見えた。

さすがは古保利さん、段取りがいい。


「オーライ、オーライ……停めてくれ!」


 警察官の誘導に従い、駐車場に頭から突っ込む。

開いた運転席側の窓に、石平先生が寄ってきた。


「田中野くん、お疲れ様!」


「ああはい、石平先生もお変わりな――」


「それで患者の状況に変化は!?」


「ない!止血は済んでいるが意識レベルが低い!神経も切れている! 患部の消毒は完璧だが、そちらでも確認を頼む!」


「わかった!担架を持って! そのまま第一保健室へ!!」


 挨拶しようと思ったが、石平先生は荷台のアニーさんと怒鳴り合うように情報交換。

ついてきた看護師さんたちがあっという間に荷台に乗り込み、意識を失った少女をすぐに運び出した。


「田中野くん、だったね?すまない、私はあの子について行く! また改めてお礼をするが……本当にありがとう!」


「あっはい、その、お気になさらず――」


 そして、岡部さんも機敏な動作で荷台から飛び降りて走り出した。

うーん、みんな動作が素早い。

プロフェッショナルって感じだ、俺も見習わなければ。


「一朗太さん、運転お疲れ様であります。報告がありますので、自分も本部に行ってくるであります」


「あ、了解です」


 そう言って、式部さんも助手席から出て行った。

むーん……俺はどうするかな。

ここで座りっぱなしってのもアレだし、ちょっと外に出て休憩しとこうかな。

神崎さんたちも中に行くんだろうし。


「リンは行ったぞ、我々はゆっくり待っていようか」


「アニーさんは行かないんすね……」


 煙草だけ持って車から降りると、荷台にはやけにセクシーな座り方をしたアニーさんだけが残っていた。

何その恰好……腰を悪くしますよ?


「何を言っているんだ?私はとっくに除隊した『一般人』だよ……お前と同じに、な?」


「たぶんそう、部分的にそう」


 ジャンル的にはそうなんだよな、お互い。

主に戦闘力が度を越しているんだがね。


「ふふふ……オーキが作ってくれた緊急用のボックスが役に立った」


 アニーさんがニコニコしながら、荷台のボックスを開ける。

そこから……梱包材に包まれた瓶っぽいものが出てきた。

まさかそれは……


「そこのベンチで休憩といこうか、優雅にな……おっと、運転手のイチローにはこれをやろう。アカネが淹れたアイスコーヒーだ」


 魔法瓶まで出てきた……どうなってんだ、俺の車は。

まあいいけど、便利だし。

一層大木くんに足を向けて寝れなくなっちまったな……


 車から離れ、近くにあったベンチに腰かけた。

以前は生徒の憩いの場にでもなっていたのだろうか、藤棚っぽいものの下にテーブルとセットで鎮座している。


「乾杯、だ」


「やっぱりウイスキー……!」


 俺の持つ魔法瓶にぶつけられたのは、封を切っていないウイスキーだった。


「ふふん、カロリーとしても酒類は優秀なんだぞ?まあ、飲み過ぎると不慮の接敵には大変なんだがね」


「こんな機会じゃなきゃ、飲めませんか?」


「ここは有能な兵士たちがしっかりと守っているからな。こおんな美人が少し酔うくらいではビクともせんよ、フフフ」


 楽しそうに笑うと、アニーさんは優雅に……酒瓶をラッパ飲みした。

おい!ウイスキーはそんな水みたいに飲むもんじゃねえよ!

ビールでもそんなにグビグビいかんぞ?


「……帰りの車で吐かないでくださいよ?」


「ッハ!イイ女は男の前では吐かんのだよ、知らんのか?」


 それはちょっと初耳ですわ。


 とりあえずアイスコーヒーを一口飲み、一息。

あー……式部さんのコーヒーうっま。

ここへ来て緊張が解けたのか、疲れを自覚する。

切った張ったじゃないけど、朝から疲れたもんな。


 懐から煙草を一本取り出し、咥えて火を点ける。

うーん、落ち着く。


「……どうなってんでしょうね、お隣の県」


 落ち着いたら、急に疑問が湧いてきた。


「おいおい、それを私に聞くかね?まだ何もわからんだろう……ま、酒の肴だな」


 それは間違いない。

あの女の子……ヒカリちゃんだっけ?

彼女の治療が終わって、ようやく事情聴取になるんだろうが。


「ヘリの傷から、ある程度は推察できるがな」


「そうなんですか?」


 俺なんかぶっ壊れてんな~……ってことくらいしかわからんかったぞ。

目の付け所の違いって奴だろうか。


「機体の各所に刻まれていたのは、弾痕……ということは、敵はゾンビではない。しかもその弾痕。詳しく見たわけではないが……おそらく口径が同じ、だ。さて?これから導き出される答えはなんだね?」


 なんだね?と言われましても……いや、『同じ』?


「少なくとも、同じ種類の銃で撃たれたってことですかね?」


「フムン、いい推理だ。だがもう一手、だ……この国で『同じ種類の銃を複数所持している敵』……とは?」


 この国?

そんなの、決まって……あ。


「警察か、自衛隊……ですか?」


「もしくは、それらの装備を奪った何者か……ということだ。まあ、こんなのは思考遊びだがね」


 アニーさんが再びウイスキーを煽る。


「どちらにせよ……決死の逃走劇をせねばならんほど、『向こう』はここよりも地獄めいているということだな」


「そういえば『こちらには集団行動を取れるお仲間が~』なんて言ってましたね、あの人。ってことは……向こうはそうじゃない、と」


 うへえ、ここもそんなに平和じゃないけど……さすがに自衛隊が壊滅とかはしていないしな。

現住所がここでよかった。


「んく……まあ、そんな不景気な話はもういいじゃないか?もっと建設的な話をしないか、イチロー?」


「建設的な話って?」


 ずい、と寄って来るアニーさん。

近いよ、オイ。

ここ広いのにさ。


「――今日の私の下着、とかな?」


「あ、お疲れ様であいだだだだ!?」


 すっと体を離したら無言で胸倉を掴まれた。

動作がお早い!!


「こぉの、ボクネンジン!ホラ見ろ!特別サービスで見せてやるから!!」


「やめてくださいよ!こんなに明るいうちから……!!」


「ほぉ~う?では暗くなればいいのかなァ?ゲンチ取った!という奴だなァ?」


「畜生無敵だこの外人!!」


 やっぱり俺はこの人には勝てない!

っていうか身近な女性には絶対に勝てない気がする!

ギリで朝霞!!

璃子ちゃんにはもう負けそう!!


「……あの」


「うおう!?」


 どこに出しても恥ずかしくないジト目をした神崎さんがやってきた!

『ホントしょうがねえなこいつら……』という内面がありありと視線に表れている!!

ごめんなさい!殺さないでください!!


「……えっと、ど、どうしました?」


 アニーさんに胸倉を掴まれているという近年まれに見る情けない体勢で、聞く。

近年っちゅうか、俺こんなんばっかりな気がするな……?


「……古保利三等陸佐が呼んでいます。お二人も中へいらしてください……アニーさん、お酒はもう駄目ですからね」


「おお怖い、わかったよママ……少し目が怖すぎるんだが? 麗しい淑女がしてもいい目ではないぞ、リン」


「い・ら・し・て・く・だ・さ・い!」


「「アイアイサーッ!」」


 思わず、アニーさんとハモってしまった。

目が怖い!とても!!



・・☆・・



「や、どうもどうも。わざわざご足労頂いて……おお、アニーさんいいモノ持ってんね、後で少しちょうだ……いや、なんでもない」


 謎の迫力を醸し出す神崎さんに案内され、俺達は『第一会議室』と書かれた大部屋にやってきた。

入るなり古保利さんがアニーさんの酒瓶を見て目を輝かせ……横の八尺鏡野さんに睨まれてスン……となっている。


「……三等陸佐、彼らもですか?」


 岡部さんが怪訝な表情を浮かべている。

まあね、バリバリの一般人だからね。


「そりゃあもう、この騒動からこっち世話になりっぱなしの立役者だよ……特に彼。そちらにもいるかは知らないけど、彼は単独でゾンビの特異個体を撃滅できる腕の持ち主だ」


「アレを、ですか!?」


「ああ、やっぱりそっちにもいたんだ……」


 室内には、古保利さんと八尺鏡野さん、岡部さんがいた。

式部さんの姿が見えないが、どこかで報告でもしているんだろうか。


「田中野くん、キミはあの黒い個体を本当に……?」


「あ、はい。でもあんなの、正面から脳天をこう、ゴギっとやればそんなに苦労はしませんけども」


 初めに見た時はそりゃあもうビックリしたもんだが、今は昔。

いくら力が強かろうが、頭ゾンビ程度に後れは取らんよ。

……20体とかで来られたら死を覚悟するけども。


「補足しておくと、彼は『南雲流』という高水準な近接格闘技能を修めている。正直、ウチの部下の誰よりも至近の間合いにおいての戦闘力は高い」


「あの、褒め過ぎでは……?」


 古保利さんの評価に背中を痒くしながら、適当な椅子に腰かける。

兄弟子と姉弟子もいますよ~?


「田中野さんの自己評価は、相変わらず低すぎます」


「いぎぃ!」


 神崎さん!肩のツボを思い切り押すのはやめてくださいよ!!

俺が悪かったですから!!


「『南雲流』というと……田宮先生の南雲流か!」


 岡部さんが、驚愕の表情で腰を浮かせた。

ハイ知ってた!師匠の顔広すぎ問題!!


「……師匠をご存じで?」


「ああ!何度か指導に来ていただいたんだよ!懐かしい……お元気でいらっしゃるのかい!?」


 師匠、色々出稽古行きすぎでしょ。

海を越えていても最早驚かんわ。


「いや、この騒動からこっち連絡が取れていませんよ……まあ、その、無事でしょうけどね」


「そうか……うん、私もそう思う。動く死人ごときで、あの人がどうこうなるはずもないからね」


「イチローのマスターはどれだけ化け物なんだ?知っている連中に揃って無事を確信されているんだが?」


 アニーさんの気持ちはわかるけど、あの師匠がそこら辺でゾンビやチンピラにどうこうされてるイメージが湧かないんだよなあ……

その逆なら容易に想像できるんだけどね。


「なるほど、田宮先生のお弟子さんだったか……ということは、キミも先生のように剣から素手まで使いこなせるというわけだ」


「いやいやいや、あんなバケモンと一緒にしないでくださいよ……俺は剣術と徒手が精々で……あれ?よく剣術を使うっておわかりになりましたね?」


 岡部さんは座り直し、手を見せてきた。

おお、立派なタコがある。

ってことはお仲間か。


「剣道をずっとやっていたからね……それくらいは見ればわかる、わけじゃない」


 じゃないのぉ?


「――キミ、ずっと後ろ腰に脇差を差してるじゃないか」


「……でした~」


 すっげえ恥ずかしい。

そら見ればわかるわ。

色々バタついていたから完全に忘れてた。


「彼についてはもう大丈夫だね?加えて後ろの彼女だが……まあ、そちらを呼んだ理由もわかるだろう?」


「ええ、対物ライフルを問題なく構えて脅しに使う女性兵士は初めて見ましたよ」


「フフン、誉め言葉として受け取っておこうか」


 絶対に誉め言葉じゃないと思うの。

戦闘力が高すぎるのはわかると思うけど。


 俺の横にアニーさんが座ると、古保利さんが柏手を打った。


「さあて、お互いの紹介も済んだことだし……頼むよ一等陸尉」


 そして、岡部さんに水を向けた。

あ、コレいままでの説明が始まる流れだな。

俺は部外者なのにいてもいいのだろうk……神崎さん後ろから肩に的確にダメージを与えるのはやめてください。

わかりましたから、おとなしくしてますから。


「はい、それでは――」


 ペットボトルのお茶を一口飲み、岡部さんが口を開いた。

それは、映画が何本も作れるような波乱万丈の冒険物語だった。



・・☆・・



「なんてこった……ここの県民でよかったと心から思う……」


 煙草を咥え、火を点ける。

一回喫うとアニーさんに強奪されたので、新しいものを取り出す。

もう慣れた。


「ここよりもよほどの修羅場だねえ……正直、日本全国が同程度の状況だと思っていたんだけど……考えを改める必要がありそうだ」


 古保利さんも、疲れたように煙草をふかしている。

それについては俺も同感だ。


 岡部さんが語ったことを要約すると、以下のようになる。


・ヘリの訓練飛行をしていたら、街中で暴動が発生していることに気が付いた。

・これは何事かと本部と連絡を取るも、悲鳴と怒号しか聞こえてこない上にすぐに不通になる。

・基地の近くまで飛行してみれば、なんと八剱駐屯地全体が黒煙に包まれており、あちこちに暴徒らしき姿が見える。

・基地に避難はできないと判断し、近くにある総合病院のヘリポートへ避難したが……その病院の内部も暴徒もといゾンビがひしめいていた。

・最上階を封鎖してゾンビを観察し、その生態を研究。

・無線は不通なので、病院を拠点にしながら少しずつ周囲の状況を把握していった。

・その中で病院で生き残っていたヒカリちゃんを発見、保護。

・他の生存者を捜索しながら、物資の回収を行っていた。

・が、昨日になって暴徒(ゾンビではなくチンピラ)が大挙して押し寄せて来て、ヘリを奪おうとした。

・戦闘をしながら撤退し、脱出したがその道中でヒカリちゃんが負傷。

・今に至る。


……という感じらしい。

これでも短くまとめたんだが、地獄過ぎる。

孤立無援ってレベルじゃねえぞ。

結局、チンピラ以外だとヒカリちゃんしか生存者いないじゃん。


「正直、その状況でよく探索に出ようと思いましたね……」


 岡部さんのバイタリティが凄い。

俺なら病院からまず出ないぞ。


「食料がある区画がゾンビで埋まっていてね……排除するよりも外部から封鎖する方法をとることしかできなかったんだ。こことは違って、向こうでは私しかいなかったから苦肉の策さ」


 苦笑いする岡部さん。

……俺が黒ゾンビをアレしたことに驚いていたが、この人も相当だと思う。

その状況で見つからないように動けるんだから。


「一等陸尉、こちらでは……確実ではありませんが、初手でゾンビに『なった』人間は全人口の30から40%と推測されます。ですが、そちらは……」


 八尺鏡野さんが難しい顔をしている。

そうだ、俺もそこが気になってたんだ。

岡部さんの話、マジでまともな生存者がヒカリちゃんしか出てこないもん。

後はゾンビとちょっとのチンピラだ。


 ……っていうか八尺鏡野さんの統計も恐ろしいな。

いきなりそれだけの数がゾンビになってんのか。


「私も限られた範囲しか探索できていませんが、初日に偵察し、その後も確認した限り……50%を下回ることは、恐らくないでしょう。しかも、その後も鼠算式に増えていることを考えると……あそこはもう、ゾンビの巣窟と化しているかもしれません」


 岡部さんの推測、本当に恐ろしすぎる。

お隣の県、ゾンビの国になってんじゃねえの……?

山脈で区切られてて本当に良かった……南の端には気付かないでくれよ、お願いだから。

いや、他の場所はどうなってるかはわからんけども。


 だが岡部さんが逃げてきた八剱駐屯地のある『八剱市』

そこは、詩谷市の二倍以上の人口がある。

仮に八剱市だけがそうなっていると言っても、恐ろしいことになっていると思う。


「ってことはアレか……ノーマルが黒、黒からネオって増えていることは想像に難くないね……」


「待ってください三等陸佐、その『黒』というのはわかりますが……他にも進化形があるのですか!?」


「えっこっちもちょっと待って!?マジで!?そっちはゾンビまみれなのに黒以上には進化してないの!?……うああ!どうなってんだゾンビの生態はァ!!」


 古保利さんは頭を抱えて机に突っ伏してしまった。

その気持ちはわかる、その立場なら俺も絶対そうなりそう。

ゾンビ、一体どうなってんだよ。


「岡部さん……ええっとその、こっちのゾンビは共食いして進化というか体がデカくなったり賢くなったりするんですよ。そっちはどうなんです?」


「なんだって……どうなってるんだ……こちらで確認した黒い個体は初めからそうだったよ。見ていない部分でそうしていたのかもしれないが、私が観測している限りではそういう動きはなかった」


 ……マジかよ。


「フムン、地域によって生態がまったく違う……という結果になっていても私は驚かんがね?そもそも人間の脳に丸ごと『成り代わる』微生物のような存在だ、通常の科学が通用する存在ではあるまいよ」


「『成り代わる』ですって!?」


 岡部さんは驚愕している。

ああ、そうか……孤軍奮闘の彼にとっちゃ、研究している暇なんかなかったんだ。

新情報の氾濫で混乱している。


「おっと、次々と新情報を出しても混乱するだけだね……まあ落ち着いてよ一等陸尉。保護した少女……ヒカリちゃんだっけ?彼女が元気になるまではまだまだ時間がかかるから、ゆっくり情報のすり合わせをしよう」


「……そう、ですね。感謝します、三等陸佐」


 椅子に体を預け、深く息をつく岡部さん。

いきなり色々知っても困るもんなあ。


「あ、そうだ古保利さん。あの子は大丈夫なんですか?」


 俺も気になっていたからな。

運んだし。


「大丈夫……なんだよね?八尺鏡野さん」


 この話しぶり、治療は警察が担当したんかな?


「ええ、緊急手術中ですが……モーゼズさんの応急処置がよかったお陰で危機は脱したと報告が入っています。ここには輸血用の血液もありますし……ですが、以前のように右腕が動くかどうかは未知数です」


「やはり、か。神経の損傷が気になっていたんだ」


「薬品の類は余剰も十分ありますが……やはり、設備的な問題がありまして。しかし、命の危険はありません」


 神経、神経か……

それは心配だなあ。

命が助かったのは嬉しいけど……これ以上は贅沢なんだろうか。


「こちらとしては、命が助かっただけでも御の字です……本当に、ここで保護していただけて良かった……」


「なあに、困った時は助け合いだよ一等陸尉。こんな状況なんだ、『話が通じる』味方は多い方がいいからね」


 切実な問題なんだよな、それ。

こちらは生き残りの人間が多いが……いかんせんチンピラの量も多すぎる。

向こうでもいたらしいし、〇キブリの次くらいにはしぶといんだよなあ……チンピラ。


「随分と心配しているが、知り合いだったのかね?おっと、年の離れた恋人ならば……うん、まあ、恋愛は自由とはいえ少し軽蔑はするがね」


 咥え煙草のアニーさん。

歳離れ過ぎだろ、多分あの子中学生だぞ。

そんなわけあるかよ。


「……ヒカリは私の娘です」


「OH、これは失礼をした……それはよく頑張ったな、最高の父親だ」


 マジか、娘か。

凄い偶然だな、ソレ。

たまたま乗りつけた病院で、たまたま娘を助けたのか。

天文学的な確率じゃないか?


「正確には、離婚した妻に引き取られた娘でしてね……あの病院に、元妻が入院していたんですよ」


「それは……では、元奥様は?」


 八尺鏡野さんの質問に、岡部さんの顔が曇る。


「……私が『処理』しました」


「……辛いご決断でしたね」


 これは、コメントできない。

離婚したとはいえ、元の嫁さんを自分で……そのショックはかなりデカいだろう。

それくらいは想像できる。


「……三等陸佐、先程の『成り代わり』は本当ですか?」


「ああ、詳しく研究したわけじゃないが……脳が丸ごと入れ替わっているのはほぼ確定だよ。ゾンビは、人の形をしているが人ではない」


 それを聞きつつ、岡部さんが懐に手を入れる。

そしてくしゃくしゃになった煙草のパッケージから、曲がった煙草を一本取り出した。

古保利さんが、ライターを滑らせた。

岡部さんは震える手で煙草に火を点け、ゆっくりと吸い込む。


「……そうです、か。アレはもうユウコではなかったのか……そう、か、よかった……」


 そう絞り出し、岡部さんは涙を一筋こぼした。

『処理』した時の光景を思い出しているのだろうか。


 会議室は、しばらくの間静寂に包まれた。



・・☆・・



「神崎さん、周辺の都道府県の状況が気になりますねえ」


「そうですね、現状では確認する手段がありませんが……」


 会議室での話はアレで終わった。

俺達は解散し、式部さんが戻ってくるまで例のベンチで待つこととなった。

アニーさんは酒瓶片手にどこかへ消えていったが、たぶん駐留軍の人たちの所だろう。


 岡部さんは、ヒカリちゃんの治療が終わるまで……というか、このままここで生活することになるようだ。

俺の知らない間に、御神楽の食糧事情はかなり改善されているらしい。

ちょこちょこ『まともな』避難民を受け入れたりしているようだ。

岡部さんは自衛官で、ヘリパイロットともなればその価値は計り知れないだろうから、そんな事情が無くても受け入れられたとは思うけど。


「そういえば、ヘリってどうなるんですか?」


「私達と入れ違いで、回収の部隊が出発しました。修理できるかはわかりませんが、まずはここで確保するようです」


 行動が早いなあ、みんな。

まあ、『レッドキャップ』に見つかる前に回収してもらえるのはありがたい。

原野に攻め込まれでもしたら大惨事だし。

子供が多いからなあ、危険は避けたい。


「よかった……いります?」


「いただきます」


 神崎さんに煙草を差し出す。

彼女はいつものようにそれを取り、火を点けた。


「……なんにせよ、味方が増えたのは喜ばしいですねえ……」


「ええ、本当に」


 まあ、それだけはよかった。


 神崎さんが目を細めて紫煙を吐き出すのを見ながら、俺は安堵の溜め息をついた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 素人の銃撃でOH-1にダメージが来た? 運悪く弾丸がエアインテークに入りファンブレードを 損傷させたかな?普通エアインテークは チタン板で保護してるので本当に素人のラックだね! オメガは後部…
[一言] 数が少なくてゾンビが追い詰められるほど進化が加速してるのか…? 首都とか恐ろしい初手8割とかありそうで怖いな
[一言] ここが修羅の国だと思ってたら、隣県こそが修羅の国だった… ゾンビかチンピラならゾンビの方がまだマシかなあ。なんでゾンビ率クソ高い県でチンピラが元気なんだか。
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