56話 温泉とは心の洗濯のこと 後編
温泉とは心の洗濯のこと 後編
「後藤倫さん!これ!」
「ん、『あじゃりくんストラップ』……!しかもシークレット!でかした紫」
「かっわいいでありますっ!」
阿闍梨温泉、土産物屋ブロック。
そこで、後藤倫先輩と式部さんがキャッキャしている。
『あじゃりくん』……そんなにかわいいかねえ?
なんというか、微妙にあの鹿の角が生えたゆるキャラに似ていると思う。
たぶん、怒られるから言わんけども。
「田中、そっちは?」
「……『あじゃりくん煎餅』は賞味期限的にOKです。『あじゃりくん饅頭』は……1か月前に切れてますね、どうします?」
乾物は大丈夫だが、饅頭は賞味期限が短いな。
「むう……悔しいけど諦める。最近暑いし、子供が食中毒になったら大変」
さすが先輩、そこらへんはしっかりしている。
他にも食うものは山ほどあるし、無理をすることもないだろう。
「『あじゃりくんキャンディ』は来年まで賞味期限ありますよ」
「最高!根こそぎ持っていこう!」
「了解~」
ぬいぐるみとかを物色している先輩を見つつ、集めた土産物を一つにまとめる。
さすが土産物屋、ビニールテープが山ほどあるので助かる。
箱を積んで……っと、よし。
同じものをいくつか作って、さっそくトラックに持っていこう。
先輩たちはあじゃりくんグッズに夢中だし、邪魔するのも悪い。
ゾンビはもう掃除したし……急に出てきても、あの2人なら問題なく処理できるだろう。
「よっこいせ」
軽い土産物とはいえ、これだけあると結構重いなあ。
ま、食料はいくらあってもいいからな。
特に、こういう日持ちのするものは。
戦利品を一気にトラックの荷台へ運ぶ。
ええっと、ここのレバーを引くんだったかな……よし。
荷台の床部分のロックが外れ、引くとスライドする。
そこは、大木くんによって隠し倉庫構造になっている。
これで、外からは食料を運んでるってバレにくいというワケだ。
「愛車だけじゃなく、いつのまにトラックの改造を……」
大木くん様様だな……っと。
よし、これでいい。
いつかみたいに、面倒なカーチェイスは御免だしな。
「……む」
床を元に戻した所で、車の音がした。
ここは田舎で、さらにこの温泉に来るのは1本道しかない。
この先は、廃寺のある山道へ繋がるだけ。
ここが目的地である可能性が高い。
先輩たちに報告……あ。
正面玄関から、先輩たちが出てきた。
結構な量の荷物を背負っている。
「先輩、車の音が」
「ん、聞こえた。とりあえずグッズちゃんたちを格納する」
荷台のカラーボックス(に、塗装で偽装したもの。実際は鉄の箱)を開け、先輩たちの荷物を積める。
結構な量だなあ……
「『あじゃりくんアクションフィギュア』は初めて見た。お宝」
ドヤ顔の先輩である。
そんなもんまで流通してたんかよ……俺が思うよりもあじゃりくんは人気だったのかもしれん。
「先輩も式部さんも一応顔、隠しておいてくださいね」
どんな連中が来るか知らんが、女を見た瞬間に発情するタイプだと困るし。
「ん、ちょうど『あじゃりくんスカーフ』があるからよかった」
「早速役に立ったであります!」
そして、2人はなんとも面白い柄のスカーフで顔を隠した。
あじゃりくんが色々な仮装をしている絵柄だ……なんか、シュール。
「私は目が潰れるくらいの超絶美女だし、紫も少し劣るとはいえ美人だから危険」
「じぶ、自分もでありますかぁ?」
式部さんは目を白黒させている。
なにを今更。
「高柳運送は顔面偏差値がストップ高でしょ。俺は肩身が狭いですよ」
「まあ、田中は……愛嬌があるかもしれないから、うん」
先輩、それ暗にユニークって言ってない?
まあ、俺もイケメンの自信は全くないけども。
「いっ!一朗太さんは世界一です!世界一格好いいでありますよ!」
式部さん、いくら命の恩人だからってそんなに気を遣わなくてもいいんですよ?
「なんてこと、紫は趣味が大変悪い」
「なんと!いくら後藤倫さんとはいえその発言はちょっと看過できないでありま――来たであります!」
式部さんが声を上げたと同時に、駐車場の入口に車が見えた。
黒色のワンボックスカーが1台。
なーんか、世界が滅茶苦茶になってからワンボックスにいい思い出がないなあ。
「先輩、物色終わりました?終わったんなら直接外から温泉にアクセスしましょう」
「ん、もう大丈夫。ダブり品は置いてきたし、甘味も賞味期限切れ以外は回収したから」
「厨房の調味料は手付かずですが……現状困っているわけでもないでありますし」
2人から許しが出た。
よし、それなら行くか。
「じゃあ、あの車が停車する前にとっとと移動しますか」
「ん」
「今度は自分が荷台に乗るであります!」
式部さんがひらりと荷台に上がる。
そこ、ポリタンクまみれなのに素早いなあ。
俺も運転席に乗り込み、エンジンをかける。
式部さんは拳銃を持ってるし、もしも向こうさんが攻撃して来ても大丈夫だろう。
加えて、荷台のふちは頑丈な鉄板だし、いつの間にか大木くんが増設してるし。
「従業員用の駐車場へ行きますね」
「ん、後ろの監視は任せて」
来客用の駐車場から従業員用へ。
地図によると、その奥に露天風呂への通用口がある。
掃除とかの目的か、地図上では車ごと入っていけそうだ。
「やっぱり、思った通りだ」
しばらくすると見えてきた通用門。
そこは頑丈そうな両開きで、このトラックでも楽々入っていけそうな大きさだった。
「後ろの連中はこっちに来てない。武器を持って本館に入った……男が5人、全員20代っぽい」
「了解、どんな感じの連中ですか?」
「チンピラ」
……分かり易い説明をどうも。
こっちにちょっかいかけてこないといいんだけどな。
「自分が開くであります」
車を通用門の前に停めると、荷台から式部さんが飛び降りた。
よし、その間に逃げやすいように……切り返してバックで入ろう。
「武器ってどんなんです?」
「鉄パイプが3、即席槍が1、残りの1はたぶんハンマー」
近接オンリーか、了解。
走る速度によってバラつきがあるだろうから、実際に戦うとなると相手を妨害するように動くのがいいかなあ。
ああ、それにしても……
「人を見るとまず、どうぶっ殺すか考えるようになっちゃいましたなあ……我ながら殺伐としたもんだ」
「油断してでっかい傷を顔面に作ったどこかの田中よりはマシ」
「本人にダイレクトアタックやめてくれませんか?」
せめてもうちょっとボカして。
ともあれ、南京錠をピッキングしている式部さんを横目にトラックを回す。
丁度バックで近付いたくらいに、鍵が開いた。
早いなあ……神崎さんといい、デキる自衛官の必須スキルなのかもしれんなあ。
「オーライ!オーライでありまーす!」
そのまま誘導してくれる式部さんをミラーで確認しつつ、慎重にアクセルを踏む。
しばらく真っ直ぐ進んでいき……施設の横を経由してごちゃっと色々な機械があるエリアへ入った。
どうやら、車で行けるのはここまでか。
先輩とトラックを降りる。
「硫黄の臭いがする……よかった、源泉はまだあるみたいっすね」
「温泉卵食べたい……ヒヨコちゃんには頑張ってもらいたいね、田中」
「確かに」
まだ卵を産めるくらい育ってないからなあ。
何個かは繁殖に回すとして……安定して食えるようになるのはいつのことやら。
こればっかりは自然のことだからなあ……平時なら薬とかも色々あったんだろうけども。
「これは、たぶん源泉を露天風呂に注ぐポンプでありますね」
機械を検分していた式部さんが説明してくれた。
ふむふむ、なるほど。
「電気は……もちろん来てないですよね」
街中でも電気がないんだ、こんな山の中じゃあ望み薄だろう。
「いえ、たぶん……」
そう言って、式部さんは機械の横にある倉庫っぽいもののドアを触っている。
そして、おもむろに針金を取り出してピッキングを開始。
しばらくすると、どうやら開いたようだ。
やっぱり早業である。
「……ホラ!自家発電機であります!」
その倉庫の中には、大掛かりな発電機らしきものがあった。
おお、これは都合がいい……!
「ふむふむ……この発電機にも燃料がまだ残っているようであります!もし駄目でも備蓄があるようですし」
式部さんは、嬉しそうに発電機をいじり始める。
いくつかのスイッチを入れると、音がして発電機のパワーランプが点灯した。
「これでOKであります!外の機械から源泉を直接注入できますよ、一朗太さん!」
「一家に一式部さんだ……有能すぎる」
「しょ、しょんな!?じ、自分は一家庭で十分でありますから……」
まあ、そりゃそうだろう。
普通の人間は分身できんからな……
式部さんが外の機械を点検している間に、トラックの荷台からポリタンクを下ろし始めておく。
今は軽いが、満載になったら結構重そうだな……
「これが、こうで……ここが本筋のパイプでありますから……ああ!水質点検用のパイプがここに……あったであります!」
どうやら見つかったようだ。
「紫が凄まじく有能。いい拾いものをした」
「拾ってないでしょ先輩」
そんな犬の子みたいに言うんじゃありません。
「一朗太さん!こっちのパイプを……ふんぬぬぬ!」
「ああ!手伝います手伝います!」
固いパイプをなんとか動かそうとしている式部さんを手伝う。
あっづ!?熱すぎ!?
うおお……ここの源泉、熱いタイプなんか……明らかに40度以上あるぞ。
手にタオルを巻き、ゆっくり引く。
短いパイプがこちらを向いた。
よし……いやあ、熱かった。
パイプの先端にポリタンクをあてがう。
「これでここを捻れば……」
式部さんが大きいバルブを捻ると、機械の音が大きくなったかと思うと……勢いよくお湯が噴き出した。
一気に硫黄の匂いが強くなる。
うーん、これぞ温泉って感じ。
「でかした紫、これで心の洗濯は約束されたようなモノ」
後藤倫先輩がご満悦である。
ホント温泉好きなんだなこの人……
・・☆・・
「田中、チンピラが来た」
せっせとポリタンクを荷台へ運んでいると、後藤倫先輩がそう言ってきた。
「了解……何人ですか?」
特に反応することなく、新しいポリタンクを置く。
これで……空のタンクは残り2つか。
いざとなったら捨てて行ってもいいな。
「男4人、全員武器を持ってて……性根の悪そうな顔してる」
正直な感想、どうも。
「先輩と式部さんは荷台に隠れてください。女がいると知れたら面倒なことになるかもしれません」
「ん、了解。田中は1人で大丈夫?寂しくて泣かない?」
俺は幼児か。
「一朗太さん、お気をつけて。いつでも撃てるように待機しているであります!」
2人はササっと荷台へ上がった。
荷台の運転席側はデカい箱が鎮座しているので、問題なく隠れられるだろう。
奴らの車が入ってきた時も、死角になっていて2人の姿は見られていないはずだから大丈夫だろう。
腰の『魂喰』と兜割を確かめつつ、俺はポリタンクへの注水を見つめることにした。
「こんにちは~」
だらだらとした複数の足音が聞こえてきて、男の声が聞こえてきた。
「……こんにちは」
最後のポリタンクの注水を開始しつつ、立ち上がって後ろを向く。
そこには先輩の言った通りに、4人の男がいた。
どいつもこいつも、露出した肌にカラフルな塗り絵をしている。
何処で調達したのか、髪までしっかりと蛍光色に染める素敵ファッションだ。
……なるほど、チンピラだな。
「オジサン、それ温泉?まだ出るんだね~。オレらも汲んでっていい?」
「ああどうぞ、俺の分はこれで終わりだしな」
汲むって、ポリタンクも持ってないじゃないか。
全員武器以外は手ぶらなんだが?
俺に話している20そこそこくらいの男は、顔に軽薄な笑みを貼りつかせている。
それ以外の3人は、トラックの周囲を値踏みするようにうろつき始めた。
……ここまでアレだと、いっそ清々しいわ。
「あんさあ、オレら入れ物ないんだよねえ」
「そのようだな、で?」
男の重心が前寄りに変わって、肩に担いだ鉄パイプを握る手に力が入った。
普段から、人を殴り慣れている動きだ。
「オジサンさあ、そこにあるポリタンクくれない?」
「……一個でいいのか?」
まあ、一応聞いてやる。
返答次第で遺言に変わるがな。
「そんなわけないじゃん!全部ちょうだいよォ!」
「へえ……嫌だと言ったら?」
そう俺が言った瞬間、男が動く。
片手で持った鉄パイプを、俺目がけて全力で振り下ろす――
その動作の途中で、喉に手裏剣が生えた。
「――ぁあ?」
振り下ろされる鉄パイプから、力が抜ける。
空気の抜ける音を漏らしつつ、男は中途半端に鉄パイプを振り下ろしながら体ごと倒れた。
「……は?」「おい」「なに」
トラックを見ていた男たちが、目を丸くしてこちらを見ている。
その光景を見ながら、俺は……倒れ込んだ男の頭をブーツで踏み抜いた。
喉に刺さった手裏剣が、その勢いで首を貫通した。
男は痙攣し、永遠に動きを止める。
「俺たち向きの相手だな」
そう呟き、『魂喰』の柄に手を置く。
相棒は『そうだな』とでも言うように涼やかな音で鳴った。
「て、ててて、てめえ!!」
一番早くに復帰した男が、両手で槍を持ってこちらに走り出す。
「くたばれッ!このッ!ひとごろしぃい!!」
「――言われ慣れてる。もうちょいバリエーションが欲しい所だな」
走り込んでくる男に合わせ、踏み込む。
踏み込みつつ鞘を引き、右手を前に。
「――っし!」
ひゅお、と風鳴り。
鞘から飛び出した刃は、俺を突こうとしていた槍を真ん中から斬り飛ばす。
そのまま、男の左手を半分切り裂いて――首に切り込んだ。
「っぁ!?お、おぼ!?おぅうお~!?!?!?」
首の片側から噴出する血を止めようと、男が無事な手を使って必死で押さえている。
「無理だ、そのまま死ね」
ここが病院の集中治療室でも、縫合できないだろう。
地面に倒れ込んだ男の背中を、踏み越えながら突き刺した。
「き、キョウヤ!トオルぅ!?」
「てめえ!ぶっ殺すゥ!!」
残った2人のうち1人が、ハンマーを構えて突っ込んでくる。
それに合わせ、十字手裏剣を放ちつつ踏み込む。
「――ぃひ!?」
男はハンマーを振り上げたところだったので、腹の真ん中に『返し』付きの手裏剣が突き刺さる。
それによって意識が逸れた男に向かい、大上段に振り上げた刀を振り下ろした。
「や、やめべぇ!?」
唸る『魂喰』の刃は、男が咄嗟に掲げたハンマーの持ち手を両断。
そのまま、頭頂部から入って顎下から抜けた。
出来損ないの福笑いめいてズレた顔面になり、男は前のめりに倒れる。
「っひ、ひぃひ、は、ああ……!ああああ!!!ウワアアアアアア!!!」
最後の1人は、3人よりも少しだけ利口なようだった。
俺に向けて手作り感満載の槍を投げ付けつつ、その結果も見ずに脱兎の如く逃げ出した。
おお、賢い。
賢い、が――
「タケシ!!タケシ助け!助けてぐでゃ!?!?!?」
さすがに、手裏剣より速くは走れなかったようだ。
棒手裏剣がその延髄に突き刺さると、手足をばたつかせながら倒れ込んで出鱈目な痙攣を繰り返している。
よし、これでおしまいだな。
「帰りますか先輩、式部さん」
「ん」
「了解であります!いつもながら見事なお手並みでありますっ!」
荷台から飛び降りてきた式部さんは、そのまま運転席へ。
「では帰りは自分が運転を――」
「おい!仲間に何しやがった!!ぶっ殺してやる!!」
式部さんが運転席のドアに手をかけると同時に、施設側から男……推定タケシが1人走ってきた。
ありゃりゃ、さっきの悲鳴が聞こえてたのか。
「――襲ってきたんで全員ぶっ殺した!お前も仲間入りするか!?」
「んだらこのゴミやらあ!!!!」
なんか、謎の言語が返ってきた。
申し訳ない、動物語はちょっと履修してないんだ。
俺国文系だし。
「田中、手裏剣ちょうだい」
「はいどうぞ」
ちょいちょいと手を伸ばしてきた後藤倫先輩に、十字手裏剣を渡す。
「ほい、っと」
先輩はそれを上に放り投げ、残像すら見えるほどの速度の右正拳で打ち抜いた。
「――ェアォ!?!?!?」
そしてその手裏剣は、いきり立ってダッシュしてきた新手の顔面に激突。
左目を中心に、全体の半分以上が埋まった。
愉快な悲鳴を上げたそいつは、走ってきた勢いのまま地面に倒れ込んだ。
「これぞ南雲流徒手、『燕』」
「そんな技ありましたっけ」
「今作った、格好いいでしょ?」
まあ……うん。
オシャレではあると思う、うん。
少なくとも俺よりかはネーミングセンスあるな、先輩。
「今度こそ帰りましょっか、なんか相手も全滅したし」
「ん、帰ろ帰ろ」
先輩は助手席へ歩き出した。
ってことは俺は荷台ね、了解。
「直情型のアホで助かったなあ」
「頭の回る相手なら、そもそもこの状況で他人を襲わないと思う」
……確かに。
俺たちを襲わなくても物資はまだまだ残ってるんだしなあ。
「自然淘汰ってやつ、これがそう」
「微妙に合っている気がしないでもない……」
しょうもない話をしながら、荷台の縁を固定。
ポリタンクの隙間に体をねじ込んだ。
うわ、むっちゃあったかい……むしろ暑いんだが!?
冬ならいいが、この気候ではちょいとしんどいぞ……?
まさか先輩、これを見越して……!!
……いや、よく考えたら先輩バイクじゃん。
命拾いした……
かと思ったら先輩は『疲れた』と言って荷台にバイクを格納。
俺はさらに身動きが取れなくなった。
大木くん!!なんでバイクが乗り入れられるようなスロープを付けたのさ!!
有能なキミが憎い!!!!
・・☆・・
「いい湯じゃのう!」
「最高っすねェ~……」
「死んでないけど生き返るなぁ……」
高柳運送、馬房横温泉。
思わずそう名付けたいほどのいい湯だ。
あれから、結局汗だくの脱水症状ギリギリで帰還した。
ある意味男どもとの戦闘の何倍も辛かった……
それからはいい時間だったこともあり、早速プールに温泉をぶち込んだ。
結構積んできたと思ったが、なんと半分もなくなってしまった。
まあそれはいい、今気持ちいいし。
で、まずは女性陣と子供たちが入り……俺達男性陣の順番となったのだ。
俺と大木くん、そして七塚原先輩の3人だけなので広々と使えて最高だ。
「ぶるる!ひぃん!!」
「はは、気持ちいいか?」
が、俺の横にはすこぶる嬉しそうなゾンちゃんがいる。
端の方にはサクラとなーちゃんが水死体くらい動かずに浮かんでいる。
その手前には、桶に入ったソラも。
そう、今の時間は男+動物湯状態なのだ。
「サクラたちはともかく、ゾンちゃんも温泉に入るとはなあ……」
サクラたちが飛び込んだ後に興味深そうな顔でやってきて……当然のような顔で入浴したのだ、ゾンちゃんは。
別に構わんけどな、俺達が入ったらどうせ掃除するし。
「競走馬も温泉療法とかするけえな」
「ですねえ、かの伝説の葦毛馬も温泉大好きだったらしいですし」
「へぇ……」
馬好き2人のトリビアに感心しかしない。
馬も温泉入るんだぁ……有名ってことは、しっかり効くんだろうな。
「フシュ」
「おかあちゃんも入るか?」
風呂の周囲を歩き回っているヴィルヴァルゲに声をかけるも、彼女はその素振りは見せない。
匂いとかはしきりに嗅いでいるが、入る様子はなさそうだ。
水浴びは好きなんだが、温泉は勝手が違うらしい。
しばしウロウロしたヴィルヴァルゲ。
彼女は結局入ることはなかったが、なんとおもむろに水面に口を付けて飲み始めた。
嘘だろ。
「えぇえ……ま、まあ阿闍梨温泉は飲んでもなんか体にいいらしいから……いいんだろうか?」
「式部さんから聞いて成分は把握してますからね、飲んでも問題ないですよ」
「大木はマメなのう……」
いいらしい。
なら止めることはないか。
「いろんな出汁が出てるけどいいのか、おかあちゃんぶわわっ!?!?」
質問した俺の顔に、ヴィルヴァルゲがお湯を吐き出した。
これは、ちょいとデリカシーが足りなかったか……?
「ぷるる!」
ゾンちゃんに温泉体当たりをかまされつつも、まだしばらくは温泉を楽しむことにした。
・・☆・・
「さあ、イチローの体を拝みに行くぞ!……なんだ、そんな目で見るんじゃない。ジョーク、アニージョークだ、そんなに私を変態だと思っているのか」
「『日頃の行い、かしらね』」
「『興味がないと言えば嘘になるけど、ねえ?』」
「また斑鳩さんにお尻を叩かれますよ、アニーさん」
「で、あります」
「私は、後でむーさんと一緒に入ろうかなあ……」
「なんだとトモエ!?くそう、コレが夫持ちの余裕か……死ぬほど羨ましい……!」
「璃子おねーちゃん、アレなんのお話~?」
「タブン聞かなくてもいい話だって思うな、葵ちゃん」
「ねーちょっと!あーし、もう絶対行こうとしないから縄ほどいてくんない~!?」




