54話 不穏なウワサのこと
不穏なウワサのこと
「今日は、いや今日もいい天気だなあ、ゾンちゃん」
「ひひん」
「おごっ!?」
『出せ出せ』という雰囲気を出すゾンちゃんを馬房から出すと、お礼のつもりか鳩尾にタックルをかまして駐車場へ出ていく。
日に日にタックルの威力が上がっていくんだよな……なんで?
「俺の見てないところで秘密の特訓でもしてんのか?おかあちゃんよ」
「フシュ」
馬房の奥で佇んでいるヴィルヴァルゲ。
彼女は俺の問いに『知らぬ』といった感じで鼻息を出した。
泰然自若としてんな、相変わらず。
「娘は行ったけどお前はどうする?もう放牧地行くか?」
「ブルル」
どうやら今日はゆっくりする気らしく、奥から動く気配はない。
七塚原先輩が来るまで放っておこうか。
別に、今はレースに出るわけじゃなし。
「わふ!わふ!」「バウッ!」「ぶるる!」
ゾンちゃんが出てきたのを発見したのか、社屋方面からサクラとなーちゃんもダッシュで出てきた気配がする。
朝からみんな元気だこと。
高柳運送は、本日も朝から平和である。
「おじちゃーん、おじちゃーん?」
馬房の掃除を終え、裏の井戸で軽く汗を拭いていると……表から葵ちゃんの声がした。
はいはい、どうしたんだろ。
「おーう!どしたー?」
頭を拭きつつ、表へ戻る。
そこには葵ちゃんと……
「服着ますね、すいません」
「いえいえいえそんな、お気に、お気になさらずで、ありますぅう……」
顔を真っ赤にして、顔の前の手がガバガバガード状態の式部さんがいた。
シャツを脱いでいたのが仇となったか……この一朗太、一生の不覚。
急いで持っていたシャツを着る。
うぐぐ……汗が張り付いて気持ち悪い。
最近どんどん暑くなってきたなあ……ウチには風呂もプールも井戸もあるけど、小規模な避難所は大変だろうなあ。
「よし、と。葵ちゃん、どした?」
太腿に突撃してきた葵ちゃんに聞く。
こらこら、汗臭いぞ?俺が。
「あのね、お電話だって!ね、茜おねーちゃん!」
「で、あります……一朗太さん、こちらを」
そう言って式部さんが、無線機を差し出してきた。
俺相手に?珍しいな……?
別にここの責任者ってわけじゃないんだがな?
「はい、田中野です」
「『ああ、田中野くん……元気そうでよかった』」
無線機から聞こえてきた声は、まさか半沢神父?
「半沢神父ですか?」
「『ああ、そうだよ。この無線機はウチの教会に常駐していただいている自衛隊の方に借りたんだ』」
へえ、遂に常駐の隊員さんができたのか。
数少ないマトモな避難所だからな、古保利さんたちも協力しておきたいんだろう。
「そうですか、そちらの子供たちは元気ですか?」
「『ああ、みんな元気だよ。伽羅ちゃんもよく顔を出してくれているしね、こっちは大丈夫だ』」
……そういえば黛さんがいらっしゃったんだった。
自衛隊に、黛さん。
控えめに言って無敵じゃんか、教会。
そういえば自分たちで銃も回収してたし、あそこ。
電気柵もあったよな。
「そりゃよかった。……で、何かありましたか?」
近況を知れたのは嬉しいが、半沢神父が俺に連絡してくる理由がわからない。
知り合いではあるが近所でもないし、お互いの避難所に親戚がいるわけでもない。
「『ああ、実はね……最近避難してきた何組かの親子がいるんだけれど』」
なんと、さすが教会。
この状況で避難民の新規受け入れをしてるのか。
教会の敷地は広くて畑もかなりあったし、建物自体も大きいから可能なんだろうが……
まあ、一番の理由は半沢神父の人徳のなせるところなんだろうけども。
「『龍宮の海沿いから避難してきた母娘がいるんだけどね、その人達が気になることを言っていたんだ。それで、御神楽と……キミの所にも知らせておこうと思ってね』」
龍宮の、海沿い。
海……か。
嫌な予感しかしない。
「海沿いに、まだ避難所があったんですね」
龍宮はまだ隅々にまで行けてないからな。
特に、他府県に隣接している北の部分なんかほぼ手付かずだ。
ウチの道場とかもあるけど。
まあ師匠は絶対生きてるだろうし。
「『ああ、もう壊滅したそうだけどね。ゾンビじゃなく、人間に攻められたようだよ』」
……だろう、なあ。
この話の流れだと、そうとしか思えん。
「なるほど」
「『その避難民が言うにはね、攻めてきたのは……軍服を着た外国人だったそうだ。しきりに子供を探している様子だった、らしい』」
子供……子供か。
わざわざ避難所を襲撃し、子供を狙う外人の軍隊……アイツらしか、いねえだろうな。
――そう、『レッドキャップ』に違いない。
……いや、むしろあいつらじゃないと困る。
じゃないと、この地域に子供を狙うヤバい連中がもう1つ増えるってことになっちまうからな。
「『キミの所は子供が多いって言っていたろう?襲撃場所とは離れているが、一応念のためにと思ってね』」
「いえ、貴重な情報ありがとうございます。そちらの方が中心部に近いので、半沢神父こそお気を付けて」
この人は俺の知ってる中で数少ない『普通の』老人だ、足も不自由だし。
……普通はそうなんだけどな。
ちょいと俺の周り、達人が多すぎて。
「『古保利くんもそれを心配してくれてねぇ……教会がちょっとした要塞になりつつあるよ。いささか複雑だが……神もお許し下さるだろう』」
「それはそれは……その、安心ですね」
『ゾンビが出たァ!?知らん!無抵抗で死ね!!』なんていう神サマはさすがに信心に値せんな。
さすがにそこまでのはおらんと思うが。
……前に考えたこともあるが、この状況が起こってる時点で結構な邪神だと思うけど、もしこの地球に神サマがいるとしたら。
「『釈迦に説法のような感じではあるがね、一応忠告させてもおうと思って連絡したんだよ』」
「ありがとうございます、そちらもお気をつけて。そうだ、考えたくないでしょうけどいよいよヤバくなってきたら原野に引っ越してきてくださいよ。畑も空き家も、なんなら馬も犬もいますからね」
マジでその方がいい。
平時なら気にも留められない田舎だが、こうなってみれば理想郷だ。
「『ははは、それはいいねえ。真剣に考えさせてもらおうかな?キミの所の話をしたら、小さい子供たちが羨ましがってねえ』」
「どうぞどうぞ、といっても……俺の家でも土地でもありませんがね!ハハハ!」
連絡事項が終わったので、しばし歓談してから通信を切った。
……半沢神父のところ、話によると妊婦さんを3人も保護したんだそうだ。
産婦人科で働いていた職員さんがいるから、大丈夫なのだという。
……やはり神の家と言われるだけのことはあるな、俺にはとても真似できん。
どっかの『みらいの家』とかいう放射性廃棄物の化身よりかはマシだと思うがね。
あいつらの残党も、まだ牙島にいるんだろうか。
「おじちゃん、どしたのー?」
例のあのアホ共のことを考えて、顔が曇っていたのだろう。
葵ちゃんが心配そうに聞いてきた。
この子は本当に人の表情を読むのが上手い。
まあ、俺の表情が超わかりやすいってのもあるが。
「ん~……みんなで仲良く楽しく暮らしてえな、ってね!」
「わわっ」
気まずさを誤魔化すように、葵ちゃんを抱え上げる。
そのまま肩車に移行した。
「さあて、今日は何をして遊ぼうか葵ちゃんよ」
「えっとね、今日はジャガイモのおていれと~……トマトの水やり!あと、ヴィルママとゾンちゃんのおさんぽ!!」
……それはね、仕事って言うんじゃないの?
勤労意識が俺よりも凄い、凄すぎる。
もっとアレよ?子供らしく我が儘の一つくらい言ってもいいのよ?
この間大量に回収した駄菓子もさあ、みんなで話し合って少しずつしか食べてないしさあ。
もっとこう……モリモリ食ってもいいんだけど?
「あああ~~~!みんないい子ばっかりだなあ、もう!」
「わわ、はやいはやい!あはは!」
葵ちゃんを肩車したまま、馬房へ走る。
気配を感じたのか、ヴィルヴァルゲは入り口に来ていた。
「へいヴィルママ!乗馬体験一丁!!」
「わーい!」
「ブルル」
そのまま、葵ちゃんをヴィルヴァルゲの背中に乗せる。
乗せられた方も慣れたもので、背中の葵ちゃんを振り返ると『しょうがないわね……』とでも言うように息を吐く。
そして、開けた入り口からゆっくりと出て行った。
朝霞が乗った時と違い、スピードを出すこともなくゆっくりとした歩調だ。
横に立って一緒に歩く。
何度も乗っているが、それでも楽しいのか葵ちゃんは笑顔。
そこらへんの遊具が裸足で逃げ出す……なんたってダービー馬だもんな。
平時なら絶対に乗ることができないような馬だ。
「ヴィルママのたてがみ、きれーい」
「ヒン」
サラサラの鬣を、葵ちゃんが指ですく。
七塚原先輩、大木くん、そしてエマさんが毎日手入れをしているお陰で……ヴィルヴァルゲもゾンちゃんも毛並みは艶々だ。
俺、馬があんなに毛が抜けるって知らなくてびっくりしたわ……ブラッシングの途中でブワブワ出てくるから何かの病気かと思っちまった。
冬毛はもっとモコモコで凄いらしいので、今からちょっと楽しみではある。
「わう!わん!」
なんちゃって乗馬体験をしている俺に気付いたのか、サクラが走って来て足元でチョロついている。
今日もむっちゃ八の字運動するじゃん、絶好調だな。
「ぶるる!」「バウ!」
遅れて、なーちゃんとゾンちゃんがやってきた。
一気に賑やかになったなあ。
「ひひん!ひん!」
ゾンちゃんは何やら興奮しつつ、俺に何度も体当たりしてくる。
どうしたお前……いや、まさか。
「お前も葵ちゃん乗せたいってか?いや~……まだ駄目だ、新馬戦?とやらに出られる年齢にならんとなあ」
大木くんがそんなこと言ってたな。
たしか、2歳だか3歳だかでデビュー?すんだよな。
それはそれとして、いくらなんでもまだ小さすぎる。
大木くん情報によれば1歳未満なんだし。
「いや待てよ……サクラサクラ、来い」「わう!」
尻尾で飛べるんじゃないか、ってくらいテンションの高いサクラを抱え上げ……
「サクラ、そっとな、そっとだぞ……あんまり動くんじゃないぞ~……」
ゾンちゃんの背中に乗せてみた。
「なーんてな、流石に無理……あれェ?」
すぐに下りたがるかと思いきや、なんとサクラはゾンちゃんの背中に伏せるような形でじっとしている。
ゾンちゃんの方も、始めは慣れない感触に戸惑ったようだが……背中にいるのがサクラだと気付いて嬉しそうに早歩きしだした。
「嘘でしょ……生命の神秘だ」
「ず、随分と大仰に出ましたなあ……でも、かっわいいであります!」
いつの間にか横にいた式部さんが、目を輝かせている。
確かにカワイイ、後世に残したい可愛さだ。
「ひぃん!」
『見て見て!』とでも言うように、ゾンちゃんはヴィルヴァルゲの周りを旋回している。
背中のサクラ騎手は、どこかドヤ顔をしている。
お前凄いな。
「ブルル!」
「わー!ゾンちゃんもサクラちゃんもすごーい!」
葵ちゃんは喜び、ヴィルヴァルゲは……『ちょっと見たことがない』みたいな顔をしている。
俺も馬の背中に乗る猫の動画を見たことはあるが……犬はチョットないな。
「バウ!バウワウ!」
なーちゃんが自分もやりたいみたいにアピールしてくるが、お前は無理だよ。
デカいもん。
「よし、じゃあ来いっ!」
「ウォンッ!」
だがちょっとかわいそうなのでしゃがんでやると、なーちゃんはすぐさま飛びついてきた。
うおっ、何か地味に重い!!
幸せ太りだなあ、いいことだ!
そして、葵ちゃんを乗せたヴィルヴァルゲ。
サクラを乗せたゾンちゃん。
なーちゃんをおんぶした俺のよくわからない集団で、しばし駐車場を回ることになった。
よくわからん状態だが、まあ……みんな喜んでいるからいいんじゃないかな!
そしてなーちゃん!首筋がべしょべしょになるからもう舐めないでくれまいか!!
「ウワーーーッ!!映える光景!!田中野さん動画撮りますねッ!!」
急に水路から大木くんが出てきた。
お前なんでそんな所に……
「人間を写すんじゃないぞ~!!っていうか出自的にヴィルヴァルゲは写すんじゃないぞ~!」
動画を公開した時に大騒ぎになるだろうからな。
なんでダービー馬が!?って。
ゾンちゃんはまあ……仔馬だからわからんし、いいんじゃない?
「ゾンちゃんおはよ~!」「サクラちゃんも乗ってる!かわいいっ!」「にいちゃんにいちゃん!なーちゃんの次あーしねっ!!」
賑やかな声を聞いて、社宅から子供たちがぞろぞろ出てきた。
若干大きい子も混じっているが。
まあいいさ、今日も楽しい一日が始まるぞ!
・・☆・・
「っちゅうわけでどうにもきな臭い。大木くんも沿岸部に行くんなら気を付けろよ」
「うへぇあ……」
子供たちは、七塚原先輩の引率で放牧地へ行った組と巴さんと一緒に畑の世話をする組に分かれた。
そこら辺の大人より勤勉である。
で、丁度いいので先程の半沢神父情報を大人勢で共有することにした。
今この場にいるのは、大木くん、アニーさん、式部さん、そして神崎さんだ。
エマさんは放牧地に、キャシディさんは畑に行っている。
後藤倫先輩は……知らん、どっかで寝てんじゃないの?
さっきソラ抱えて歩いてたし。
「やはり、『レッドキャップ』でしょうかアニーさん」
神崎さんの質問に、アニーさんは頷く。
「『子供』を探す『外人の軍隊』……まず間違いはあるまい。コホリにも確認したが、どうやら船ではなく少数での潜水でやってきたようだ……もしくは、小型高速艇か」
「我々も、流石に沿岸部すべてにまでは手が回らないでありますからねえ……闇に紛れ、しかも龍宮ではなく詩谷方面に向かわれるとお手上げであります」
「龍宮の……牙島から脱出してきた港だけは確保していますが、逆にそれ以外となると……」
軍隊サイド3人は、難しい顔で話し込んでいる。
まあな、人も明らかに足りてないし。
「アレですよ、友好的な避難所に無線機を……ってのは駄目っすね。友好的な人間なんて絶滅危惧種だし、ハハ」
大木くんが渇いた笑いをこぼす。
コイツの人間不信、どんどん加速してないか?
探索に出る度に襲われまくってるらしいから無理もないが。
そして俺もそうだが。
基本的に『外』の人間は信用できんし。
「オーキ、仮に友好的な避難所でもそこが襲われたら無駄だ。無線機を奪われれば、御神楽陣営の全容が向こうに伝わってしまう」
「うあ、そうですね……まだ向こうにはバレてないんでしたっけ?」
大木くんの質問に、神崎さんが答えた。
「『敵対している武装勢力』があることは知られているでしょうが、まだ内情については大丈夫かと。もっとも、連中が本格的に進出してくればわかりませんが」
「それに、向こうには一朗太さんとやりあった鍛治屋敷が協力しているであります。自衛隊や警察が避難所を運営している情報は渡っていると思われるでありますよ」
式部さんも補足する。
だよなあ……つくづく面倒臭い死にぞこないがいるもんだよ、向こうには。
「イチローはどう思う?」
「俺ですか?まあ……気を付けるしかないですね。他の避難所を助けて回れるほど、俺たちに余裕があるわけじゃないですし」
消極的だが、ここ単体ではどうもならん。
俺がこう……ごんぶとビームとか撃てるタイプの超人なら何とでもなるだろうが、悲しいかな至近の間合いでしか役に立たんのだ。
「で、ありますね。本隊の作戦遂行を待つばかりでありますなあ……」
「そうですね、火力はいくらあっても困りませんから」
『レッドキャップ』との戦いは、今までみたいに散発的なものじゃダメだ。
なにせ、相手は軍隊。
そこらへんに生えてる一山いくらのチンピラとは訳が違う。
それに、恐らく向こうには新型のゾンビもいる。
完全に制御できているかは知らないが、無作為に暴れさせるだけでも脅威だ。
「まあ、俺は俺にできることをやりますよ。それが何かは臨機応変に考えます」
つまり、行きあたりばったりだ。
今までと同じだな。
つまりそう……適材適所だ!
「じゃあ僕は、動画撮影の遠征の時に気を付けておきますよ」
「大木くんこそ気を付けろよ?俺達の中で一番単独行動が多いんだから」
いくらバイクが頑丈だっていってもな……乗ってる大木くんは普通の人間なんだから。
メンタルは普通じゃないけど。
「ええ、そりゃもう。最近バイクの側面にクレイモアを増設したんですよ!これで横に並ばれてもバッチリ!」
「おお……そ、そうか」
「本当は胴体に大砲的なのも付けたかったんですけど、何度計算しても撃った瞬間に横転しちゃうんですよね……残念です」
なんか、昔の戦争でそんな兵器なかったか?
原付に大砲くっつけたみたいなの。
「そう……か、頑張れよ」
「ええ!とりあえず口径を小さくしてPCで計算中です!完成したら田中野さんの軽トラにも取り付けますよ!」
「……ありがとう」
俺の愛車は何処へ向かうというのだろうか。
やっぱり来年の今ごろには空でも飛んでるかもしれん。
・・☆・・
「にいちゃーん、いる?」
「おー、いるいる。マジでいるなあ」
大人組との会議?の後。
俺は、朝霞と並んで水路を覗き込んでいた。
「あ!いたいた!オーキさんってなんでもすんだねー」
「マルチな才能だな、普通に凄いよ」
見下ろした水路には、きらりと光る……魚影があった。
「アレってなんだろな、う、ウグイ?」
「ん~……アマゴだね!ここは水がきれーだから元々いたんだねえ!」
「朝霞が頼もしく見える……お前、魚関係に関しちゃピカ一だな」
今朝大木くんが水路から飛び出してきたのは、ここの整備をしていたからだ。
近所の川に罠を仕掛けておき、生かしたままここへ運んで放したんだそうだ。
ここには侵入者用の電気罠があるから、その際には残念ながらお亡くなりになってしまうが……彼曰く、『あくまで天然の冷蔵庫みたいなもんです』とのこと。
周囲にいつでも確保できる食料を生かしたまま備蓄しておく……俺よりもよほどサバイバルに向いているな。
「んぇへへ~、褒めて褒めて~」
「今褒めたろまさに!ウワーッ!巻き付くのやめろお前!?」
朝霞に巻き付かれた俺の前で、水面からぱしゃりと魚が跳ねた。
しかしどんどん住みやすくなってんな、ここ。
「わふ」
元気にサクラがやってきた。
午前中はゾンちゃんの背中が気に入ったのか、ずっと乗ったまんまだった。
ゾンちゃんの方も楽しそうだからよかったけど。
「見ろ見ろサクラ、お魚さんがいっぱいだぞ~」
「くぅん……わふ、わん!」
泳ぎ回る魚に気付き、サクラはその場に伏せた。
そして、飽きることなくその光景を眺めている。
「みぃあ」
「ようソラ、お魚さんがおるぞ」
ソラもやってきて、サクラの横に伏せる。
猫ゆえに魚が気になるのか、サクラと同じくじっと水面を眺めている。
はは、ちょっとした水族館だな。
こりゃ、子供たちも気に入るかもしれん。
「お前いい加減に離さない?」
「ん~ふふ、あと5時間~……」
そんなあと5分みたいなノリで言うんじゃありません。
「晩飯が食えなくなるから駄目だ……ふんぬっ」
「わわわ、にいちゃん力持ちぃ!」
巻き付かれたまま立ち上がる。
朝霞はすかさず背中側に移動した。
……朝のなーちゃんを思い出すな。
「放牧地に行くか。七塚原先輩と監視役交代しないと」
「あ!んじゃ鞍とか持ってくね!子供ら乗せてウンドウするし!」
するりと朝霞が下り、馬房の方へ走り出す。
子供ら、か……ああいう所は普通に面倒見いいんだよな、アイツ。
ちゃんと普段はお姉さんしてるし。
だからまあ、たまに巻き付かれるのくらいは……我慢して、やらんでもない、かな?
「わわわ、むわーっ!?」
急ぐあまり、鞍と乗馬用品の雪崩に巻き込まれた朝霞を見ながら……俺は少しだけ優しくしてやろうかなと思うのだった。
「キャン!バウバウ!」
あ、なーちゃん大丈夫だから。
今から助けるから。




