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51話 成長しない男と、成長した青年のこと

成長しない男と、成長した青年のこと




「ひっかくことないじゃんか・・・あーいて」


第一職員室を出て、廊下を歩く。

友好的押しくらまんじゅうに巻き込まれた璃子ちゃんを救出し、ライアンさんを探すことにする。


昼過ぎということもあって、廊下には避難民が多い。

その表情はこんな状況下だというにも関わらず明るく、血色もいい。

だが、俺の豪快な傷を見て何人か青ざめている。

なんか・・・すいません。


「・・・たしかに、ちょいと浮ついている気がするな」


小声でつぶやく。


以前にアニーさんが言っていたように、あまりいい意味じゃない『ゆるさ』を感じた。

ここは自衛隊・警察・駐留軍によってガッチリ守られている。

何度もゾンビやチンピラの襲撃があったが、今に至るまで死人はでていないそうだ。

・・・だからこそ、なんというか『危機感』が足りてない感じ。

高柳運送でもここまでふわふわしてねえぞ。

ウチは逆に子供たちが不憫な理由でしっかりしすぎてるんだがね。

ままならんもんだ


「田中野くんじゃないか!」


「うお?・・・ああ!石平先生!」


そんな風に考えていると、丁度トイレから出てきた石平先生とバッタリ会った。

なんか久しぶりだな。


「お久しぶりです、お元気でしたか?」


「ああ、お陰様でね。最近はちょっとした出産ラッシュでね、嬉しい限りさ」


おお、そいつはめでたい。

妊婦さん、ここで保護してもらってよかったなあ。

そう遠くないうちに、もっと賑やかになりそうだよ。


「この前後藤倫さんと話したよ、あの子も元気そうで何よりだよ。大きくなって・・・」


「先輩のことも知ってるんですか?」


師匠と古い付き合いだってのは知ってたが、その言い方じゃ後藤倫先輩のこともか。

さっきから世間がどんどん狭くなっていく。

けがの治療しただけじゃなかったのか。


「彼女の親戚がね、うちの病院で働いていたことがあったんだよ。この前治療した時にそれを聞いてねえ、世間の狭さにびっくりさ」


「はー・・・なるほど。あ、そういえばダイキたちは元気にしてますか?」


『みらいの家』から助けた子供たち。

あれから会っていないが、まあ元気だとは思うな。

ここ、平和だし。


「ああ、すっかり元気になってね・・・最近じゃ遊んでいる途中の擦り傷を治療することが増えたよ、ははは」


「そりゃあよかった!」


怪我するくらい遊べるようになったんだな。

よかった・・・本当に。


「『あのカタナのおじちゃんたちみたいに強くなるんだ!』っていつも言っているよ。いやあ、憧れられているねえ」


「いや、ははは・・・」


うーん・・・状況的にいいことなんだろうが、いささか殺伐としすぎではないのか。

いや、無気力よりかはいいのか?


「キミもこの前は大変だったようだね。あの妊婦さんは無事出産できてよかったよ」


「いやいやいや、先生が指示してくれたおかげですよ・・・俺は湯を沸かしていた記憶しかないですもん」


ああいう場で男にできることって少ない。

いや、石平先生みたいに産婦人科医とかなら別なんだけども。


「今日はどうしたんだい?」


「ああ、ウチの避難所にいる子がここの友達の安否が知りたいって言ってて・・・」


しばし石平先生と立ち話をすることにした。

別に急ぐようなことじゃないしな。



・・☆・・



「体育館体育館・・・あっちか。案内板があってよかった」


『ライアンくんならさっき体育館の方へ歩いて行ったよ』と石平先生に聞いたので、初めて行く場所を目指している。

先生、ライアンさんとは以前に子供を助けた関係で知り合っていたらしい。

2人とも子供好きだもんな、話が合ったのかもしれん。


ここの体育館は校舎と廊下で繋がっている。

マンモス高校だけあって、3階建ての立派なもんだ。

1階が普通?の体育館で2階はダンスとか吹奏楽の空間、3階は柔道場だそうだ。

剣道場は別にあるし、本当にここの敷地広いなあ。


で、俺の現在位置は廊下の入口に差し掛かった所。

さすがに、ここまで来れば避難民の数は少ない。


いい天気なだけあって、廊下の窓越しに見える校庭では走り回る子供たちの姿が見えた。

女子も男子も、楽しそうにサッカーをしている。


・・・あれ?あそこにいるのダイキじゃん!

あんなに笑って・・・よかったなあ、本当に。

楽しく暮らせているようで、俺は嬉しいぞ。


「・・・うん?」


微笑ましく思いながら廊下を歩いていると、何か聞こえた。

ダイキたちがいるのとは反対側・・・駐車場というか道路側の方からだ。

ここからは、年季の入った焼却炉が見える。

平和な時はご法度だったけど、この状況下じゃバンバンゴミを燃やしてるっぽいな。


「―――!―――!!」


うん、やっぱり聞こえる。

ダイキ達の楽しそうな声とは違って・・・


悲鳴が、聞こえる。


周囲に目をやるが、あいにく運営側の人員はいない。

・・・本来部外者である俺がどうこうするのは避けたいんだが・・・そうも言ってられないか。

影の方で誰か怪我でもしてたら大変だ。


廊下の途中にあるドアを開け、声のする方向へ行ってみることにする。



「・・・なあ、なんでだよ?オレたちこれまで協力してやってきただろ?だから・・・」


「っそ!それとこれとは話が違うじゃない!アタシはアンタのこと、友達としか思ってないんだから!はな、離してってば!!」


声のする方へ近付いていくと、男女の揉める声が聞こえてきた。

うーん・・・痴話げんかって雰囲気じゃないな。

女の方、明らかに半泣きだし。


「まさか、まだタダシのことが忘れられないのかよ!?アイツはゾンビに喰われて死んだんだぞ!?」


「ソレの何が悪いのよ!?タダシは命懸けでアタシを・・・!アタシを助けてくれたんだから!!」


「その後ここまで一緒に逃げてきたのは俺じゃねえかよ!」


「誰が!一緒に逃げてくれって頼んだのよ!!だから離してって!!」


・・・大分切羽詰まってるみたいだな。


ちょっとした休憩ができそうなベンチがある場所に出た。

植木の下で影になっているその場所で、高校生くらいの男女がもみ合っている。

男の方が女の腕を掴み、離そうとしていない。


「・・・お前が、タダシと付き合う前から好きだったんだよ!」


「だから!それが何!?先に好きだったから俺と付き合えって!?しんっじらんない!アタシを馬鹿だと思ってんの!?」


・・・あー、うん。

揉めてる理由がよくわかった。

絶対カップルの痴話喧嘩じゃねえ。

女の子の方、掴まれてる腕が真っ赤になってるし。

・・・仮にも好きな相手なら、嫌がるような事すんなよ。


でも、どうすっかなコレ。

俺が止めに行ったら絶対に揉めるだろ、この状況。

近くに婦警さんとか、女性自衛官とかいないかな。

その方が角が立たなく収められそう―――


「離して!はなせよっ!!アタシ、アンタが大嫌い!!この世で一番きらっ―――うぁっ!?」


「~~~~~~ッ!!」


あ、殴った。

グーで、殴りやがった。

女の、顔を。


「なんでだよ!なんでだよォ!こんな、こんなに好きなのに!こんなにっ!!」


「や、やめっ―――!?」


足元に転がっていた石を、蹴り上げる。

胸元まで上がったそれを、裏拳で弾いた。


「ぁぎゃっ!?」


拳の半分らいの大きさの石は真っ直ぐ飛び・・・もう一度女を殴ろうとした男の横っ腹にめり込む。

男は殴る動作を中断し、掴んでいた腕を離した。


「おい大丈夫か、お嬢ちゃん」


「えっ・・・?」


目の前で蹲った男に目を丸くした女は、こちらを振り返った。

口の端が少し切れて血が出ている。

・・・もう少し早く動けばよかったか。


「ううう、ぐぅ、なん、なんだよおま―――っひ!?」


石の当たった場所を押さえていた男がこちらを見る。

言おうとしていた恨み言は、俺の顔面の傷を見て引っ込んだようだ。


「揉めてる声がしたもんでな、気になって来てみたらコレだ・・・」


男女は・・・たぶん高校生だと思う。

朝霞と同年代ってところだろう。


「あ、たす、たすけてください!コイツ、コイツがアタシを―――」


女の方がこっちへ駆けてきた。

顔は青ざめ、少し泣いている。


「ああ、見てたよ・・・ひでえことするもんだな、クソガキ」


女が俺の後ろへ回り込む。

男の視線を遮る角度に、足を踏み出す。


「殺し合いでもないのに、女の顔を殴るんじゃない」


「っか、関係、関係ないじゃ、ないすか」


少し語気を弱めてはいるが、男の目はぎらついた輝きを放っている。

・・・この目、気に入らんな。


「関係はないがな、目の前で女を殴る男を見てスルーできるほど・・・俺もカスじゃないんでね」


何人も女を殺しておいてアレだけど。

だけどアレは敵だったから仕方がない。

しかし・・・男女間のトラブルが増えてるって、マジじゃん。

こんな明るいうちから盛ってやがんのか。

しかも一方的に。


「お嬢ちゃん、いい機会だから言いたいこと言っちゃいな。こういう手合いはハッキリ言わないといつまでも付きまとうぞ、たぶん」


俺が水を向けると、女は大きく息を吸いこみ―――声を出した。


「大っ嫌い!大っ嫌い大っ嫌い大っ嫌い!!タダシと付き合ってる時も!アンタがアタシのこといやらしい目でみてるのは気付いてたんだよ!!タダシの幼馴染だから気を遣ってやってたけど!!いつもいつもいつも!!寒気がするくらい気持ち悪かったんだからっ!!!!」


「え、あ、あう」


おお、言うじゃん。

いいぞ、この機会にバンバン言ってやれ。


「逃げてる間もそう!!アンタがアタシが寝てる部屋に入ろうとしたこと、1回や2回じゃないもんね!!毎回毎回鍵のかかる部屋、探すの大変だったんだから!!何が『危険だから一緒に寝よう』よ!!ふざけんな!!アンタと一緒の方がよっぽど危険じゃん!!変態!!」


「あ、ち、ちが」


「違わないっつうの!!あ、アタシの下着盗んだでしょ!!それも知ってんだよ!!それどころじゃなかったから!嫌だけど、何も言わなかったけど!!ほんっとに!!嫌だった!!同じ空気を吸うだけでも吐き気がした!!どこに行くにも『心配だから』ってついて来やがって!!こんの・・・ストーカー!!」


「す、すと」


言葉のラッシュを喰らい、男の足元は目に見えてふらついている。

おお、効いてる効いてる。

こういう奴は正面からの攻撃に弱いからな。

おおかたこの女も今までやんわりとは言ってたんだろうが・・・通じなかったんだろうな。


「ここに来てからだってロクに役にも立ってないじゃん!金魚の糞みたいにどこに行くにもついて来て!!アタシはもう1人でやっていけるの!!今までだって!アンタの世話になったことなんてないんだから!!前にゾンビが襲ってきた時、アンタ1人で逃げたことあったよね!?なーにが『逃げ道の確保』よ!!じゃあ武器置いて行きなさいよ!!」


「あ、アレは」


「たまたまブロックが落ちてたからアレでぶん殴って逃げれたけど、なかったら死んでたんだからね!!」


・・・おいおいおい、マジで何の役にも立ってなかったのかよ。

それどころか邪魔にしかなってねえ。

この女・・・女の子の方が100倍有能じゃねえか。

しれっとゾンビと近接格闘してるし。


「は、話を、話を聞いt」


「聞くことなんかないっ!!アンタのカスみたいな言い訳なんか聞きたくないっ!!もう消えて!!アタシの目の前から消えてよっ!!なんでよっ!!なんでタダシが死んじゃったのに・・・死んじゃったのに!!アンタみたいなのが生きてんのよぉっ!!!!」


そう言い切ると、女の子は俺の後ろで泣き始めた。

・・・気持ちは、わかる。

理不尽だよなあ。


「なん、だよお、なんなんだよォオ・・・!!」


しばしの沈黙の後、男が顔を上げた。

両目は真っ赤に充血し、鼻水まで流している。

うわ、近年稀に見るブサイク。


ふらりと立ち上がった男は、熱に浮かされたような顔で足を踏み出す。

そうだよなあ、言ってもわかるような手合いじゃねえよなあ。

いや、わかりたくないのか。

耳当たりの良いことしか聞こえない、そんな都合のよろしい耳をお持ちなんだろうさ。


「言い過ぎだろォ!!俺が、俺が今までどんな思いで―――」


「―――来るな」


一歩踏み出し、男にわかるように脇差の鯉口を切った。

兜割と『魂喰』はお留守番だが、コイツは護身用に持ってきてよかったな。

いや、これがないと戦えないって訳じゃない。

だが、こういう奴には『目に見える脅威』を示してやらんと・・・たぶん止まらない。


「これでわかったろ、お前に脈はない。回れ右して消えて・・・二度とこの子にちょっかいをかけるんじゃない」


ゆるり、と抜刀の動作。

陽光を反射して、脇差の刃がギラリと光る。


「気が動転して・・・とか、パニックになって心にもないことを・・・とか、そんな言い訳はしなくていい」


完全に刃は鞘から抜け出る。

殺気立っていた男は、今度は青ざめながらそれを見つめている。


「そもそもなあ、好きな女の顔をぶん殴るんじゃねえよ」


抜き身を持ち、一歩踏み出す。

同じ分だけ男は後退した。


「守りたいなら、殴るんじゃねえよ」


更に一歩。

男はまた下がり、ベンチに足を取られてすっ転んだ。


「―――大事なら、殴るんじゃねえよ!!」


「ぃひっ!?っひぃい!やめ、やめっ!!やめめめえ~っ!?」


腰が抜けたのか、男は地面でよくわからない動きをするばかりだ。

・・・いかんいかん、少々本気で殺気を飛ばし過ぎたか。

こんな雑魚相手に・・・反省反省。


「センセイ!ドーサレマシタカッ!!」


頭を冷やしていると、体育館の方からライアンさんが走ってきた。

おや、俺の方が先に見つけられたか。


「た、たすけてくださァい!このおっさんにころ、殺され―――」


「『倒れている男は!私のストーカーです!!この人は殴られた私を助けてくれたんです!兵隊さん!!』」


とんでもない偽装工作、もとい言い訳をしようとした男を女の子がそれはもう流暢な英語で遮った。

流暢すぎて俺にも何言ったかわからん。

す、すぴーく、すろーりぃ、ぷりーず。


「『わかっているよお嬢さん!その人は私のセンセイなんだ、最高のサムライなんだから当然さ!!』」


ライアンさんも流暢すぎてわからん!

センセイとサムライだけしかわからん!!


ライアンさんはあっという間にやってくると、俺の前に割って入った。

それに遅れて、体育館の方から何人もの駐留軍が走ってくる。

あ!先頭の人は・・・牙島でなーちゃんに死ぬほど肉を食わせてた気のいいお兄さん!お久しぶりです!!

元気になってよかった!


「オンナノコ、ナグルノ、サイテイデス。リョガイモノ!!」


「っひぃ!?」


ライアンさんが結構怒っているのは、女の子の顔を見たからだろう。

・・・あと、たぶんソイツに『慮外者』は通じてないと思う。

『無礼者』の方がまだいいと思う。


・・・まあ、とにかく。

これで丸く収まりそうだ。

とりあえず、脇差は納刀しておこう。


「何の騒ぎです!?」


あ、聞き馴れた声。


体育館の方から婦警さん・・・八尺鏡野さんが走ってきた。

お久しぶりでーす。


「田中野さん!?・・・『軍曹、これは?』」


「『この女の子が暴力を振るわれていて、それをセンセイが助けてくれたようです。本人もそう言っています』」


「は、はい!そうです・・・」


八尺鏡野さんはライアンさんと言葉を交わし、女の子とも話し込んでいる。

・・・よし、冤罪は避けられそうだな!


「やめろよォ!離せ!!離せってェ!!さわっ!さわんじゃねえよォ!!」


「『暴れんじゃねえよ、女々しいストーカー野郎だぜ』」


「『あんまり動くと股間をぶん殴っちまうかもなあ、ジョン?』」


「『そうしてえのは山々だけどよ、少佐に怒られるぜ。コホリサンにも、ミスヤタガノにもな』」


そして、さっきの男は筋肉隆々の兵士3人に神輿よろしく抱えられて連行されていった。

抵抗しているが、全く効いていない。

口だけは達者だなあ。


「なんでだっ!なんでぇ!ああああ!!!あああああむぐっ!?!?」


あ、猿轡された。

これで、全ての抵抗手段は封じられたな。

そのまま地面の下にでも封印されちまえ。


「お久しぶりです、彼女から話を聞きました・・・さすが、南雲流ですね?」


くす、と八尺鏡野さんは微笑む。


「別にウチは人助け専門流派ってワケじゃないんですけど・・・」


「あら、それ・・・よく田宮先生も仰っていましたよ。師弟揃ってよく似ているのですね」


・・・なにしてんだよ、師匠ォ。

たぶんチンピラを転がしてたんだろうけどさ。

誰かを助けたのは、完全にオマケだな。

『悪人を転がすのはよいボケ防止になるわい』なんて、いつか言ってたしな。


「センセイ!オミゴト!!」


何がだ、ライアンさんよ。

あんなの、ゾンビの五億倍くらい弱いぞ。


「あのっ、ありがとうございました!」


女の子に、深々と頭を下げられた。

あ、口元が腫れ始めてる。


「あー、いいのいいの。災難だったね・・・八尺鏡野さん、この子を」


「ええ、すぐに治療します。ヤガミ巡査、この子を第三保健室に」


「はいっ!」


八尺鏡野さんは、一緒に来た婦警さんに声をかけた。

婦人警官を呼ぶとは、さすがだ。

男相手じゃちょっと萎縮しちゃうだろうし。


「八尺鏡野さん、あの男は――」


「ご心配なく、この先決して接触させません。暴れるようなら放り出します」


・・・さすがだ。

アフターケアまでバッチリとは恐れ入るね。


「大丈夫、これなら痕は残らないわよ・・・さ、こっちへ」


「は、はいっ!」


女の子は、ヤガミという婦警さんに伴われて去っていく。


「なあ、キミ!」


声をかけて、振り向いた女の子に声をかける。

柄じゃないが、少し言いたくなった。


「彼氏のこと、忘れなくていいぞ!」


彼女が、目を見開く。


「この先な、いろーんな人が『忘れろ』『忘れて幸せになれ』って言うだろうけどさ!そんなもん世迷言だ!」


その目が潤み、涙が一筋零れた。



「大事な人はいつまでも、いつまでも覚えたまんまで―――それも抱えて、バッチリ幸せになりゃいいんだよ!」



師匠はいつか『振り返っても、そこには何もない』と言った。

『辛くとも、苦しくとも前に進め』と言った。


でも、『忘れろ』とは一回も言わなかった。

つまり、そういうことなんだろう。


俺だってそうだ。

あの子を忘れることなんてできない。

でも、それも・・・それも抱えて、前に進むんだ。

そうするしか、ないじゃないか。


「それで・・・いいん、でしょうか」


女の子は、さっきまでの勝気な表情を消して・・・弱々しく聞いてきた。


「いいに決まってるだろ!キミの人生なんだから!・・・そして、彼氏が命懸けで救った人生でもあるんだからな!」


「・・・は、はい!はいっ!!」


女の子は、涙を流しながら笑って・・・婦警さんと校舎へ消えて行った。

うん、あの様子なら大丈夫そうだな。

・・・なんか恥ずかしいや。

こんな道徳めいたこと、慣れてないし。


「・・・センセイ」


俺の過去を話したことがあるので、ライアンさんが心配そうに肩に手を置いてきた。


「ノープロブレム!アイアム、ベリーストロング!」


そう答え、肩に置かれた手と握手した。

ふふん、年季が違うんですよ俺は。

今更クヨクヨしている時間はないんだ、残念ながら。


抱えて進んで―――領国の野郎をぶち殺さないといけないんだからな!



・・☆・・



「何してんだ、朝霞」


「あ!にいちゃんおっかえり~!ライちゃんも!!」


「ハーイ!アサカチャン!」


ゴタゴタが終わり、ライアンさんと話しながら歩いていると・・・運動場で鍬を持った朝霞を見つけた。


「ばーちゃんの畑、手伝うんだよ!璃子っちもみんなもいるよ~」


「あ、そういうことね」


こんな明るいうちから畑泥棒でもないだろう。


「手伝ったらトウモロコシ、くれるんだってさ!コホリサンがオッケーだって!」


「マジか!俺も手伝う!!」


トウモロコシ!

高柳運送にはない素敵な野菜じゃないか!!

これは是が非でもいただいて帰らねば・・・醤油塗って焼きたい!!


「朝霞!さあ行くぞ・・・!トウモロコシが待っている!!」


「ひゃわっ!?」


朝霞の持つ鍬を受け取り、ダッシュ。

多少面倒臭いことはあったが、トウモロコシのお陰でプラマイゼロところか、大幅なプラスだ!!


「オテツダイ、シマス!」


「オッケーサージェント!トウモロコシを絶滅させますよ~!」


「わはーい!にいちゃんがなんか楽しそうだし!」


謎のテンションを保ったまま、俺達は3人そろって畑に向かって走り出した。

待ってろよ!トウモロコシ!!



「こうですか~?」


「そうだ、上手いね。そこをしっかり持って・・・そう!」


「あの~、花田さん、これ~・・・」


「ん?ああ、鍬がグラついてるんだね・・・ちょっと待って、ハイこれでいいよ」


「ありがとうございます~!」


たどり着いたトウモロコシ畑で、懐かしい顔を見つけた。


花田さんの息子である、亮介くんだ。

璃子ちゃんの友達たちに、鍬の使い方を教えたり・・・農具の簡単な整備をしている。


「リョースケにいちゃん!ミミズ!ミミズ出た!!」


「土が元気な証拠だな!ここの野菜は美味しくなるぞ!」


「わーい!!」


・・・ファーストコンタクトの時はどうなるかと思ったが、なんだ・・・いい青年になったじゃないか。

さっきの男との落差で風邪を引きそうだよ。


「あ、アンタ・・・こ、こんにちは!」


「や、こんにちは」


俺を見つけて一瞬顔をひきつらせたが、それでもしっかりと頭を下げる亮介くん。

それを見て、なんだか嬉しくなったのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 知ってる顔の多い場所だといいなァ… 顔の傷とか考えたら、刃物持ってる不審者だもんね田中野さんて。 [一言] マッチョな軍人さんの中にはソッチの趣味の人もいるかもしれないからね、なんならその…
[一言] 田中野くんも女性関係込みで幸せにならにゃならんのよ?おまゆう案件よ?
[一言] ただの性犯罪者で草
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