46話 謎は増える一方だし、前途は多難っぽいこと
謎は増える一方だし、前途は多難っぽいこと
「お世話になりましたーっ!」「色々、ありがとうございますーっ!」
ワゴン車の窓から、後藤くんと根本さんが手を振っている。
後藤さんは後部座席の窓越しに、こちらへ頭を下げていた。
連日の豪雨のお陰か、車体は新車みたいにピカピカだ。
駐車場のワゴン車を前後に挟むように、緑色のバイク・・・自衛隊の車両もある。
「タクトくーん!またね~!」「げんきでね~!!」「おっきくなってね~!」
それに対し、俺の周囲にいる子供たちが手を振り返す。
倉庫の馬房から、『なんだなんだ』とばかりに2頭の馬も顔を出している。
「よかったですね、田中野さん」
「ええ、本当に」
隣にいる神崎さんも、ニコニコと嬉しそうにしている。
ネオゾンビが攻めてきてから、もう1週間。
今日は、後藤さんたちが秋月総合病院へと出発する日だ。
珍しく天気は快晴、門出にはピッタリの日だな。
「見たまえイチロー、赤ん坊の前途を祝福しているようだ」
後ろから肩に頭を乗せてくるアニーさんがそう言うように、詩谷方面の山には綺麗な虹がかかっていた。
・・☆・・
色々とアクシデントはあったが、後藤さんも赤ん坊も産後の経過は順調そのもの。
体調が急変することもなく、あの日以外は平和なものだった。
昨日までは連日の豪雨だったが、おかわりゾンビはナシ。
あの日はたまたま近所まで来ていた群れに察知でもされたんだろうか。
ゾンビ連中、夜とか雨の日には能動的にウロウロするし。
だが、あれほど積極的に攻めてきたのは・・・やっぱり『赤ん坊』の存在が理由かもしれん。
今まであんなことなかったしな。
奴らは明らかに、俺や後藤倫先輩を無視して社屋に突撃しようとしていた。
まあ、最悪俺達が抜かれても玄関にいる七塚原先輩が挽肉にしてくれただろうが。
ともあれ、後藤さんたちは晴れるのを待って秋月から迎えが来ることになっていた。
昨晩のことである。
『赤ん坊の声が、ゾンビを誘引・・・ですか。ふむ、それが本当にしろなんにしろ、晴れれば明日にでも迎えを出しましょう』
通信機越しに花田さんはそう言った。
ここは2階の資料室で、いるのは俺とサクラだけだ。
神崎さんと式部さんは、各方面との連絡を取っているので不在。
俺が迎えの日程について相談するために秋月を呼び出した。
『こちらでは既に5人の妊婦と乳児6人を保護しています。こちらの方が防衛に向いた立地ですし』
「いつの間にそんなに・・・」
元からいる人たちだけを守っているだけじゃなかったのか。
前に行った時は子供はいたけど・・・俺が見ていなかっただけか?
『友愛から移送したのですよ。あちらはここよりも街中ですので、不測の事態が発生するやもと危惧しましてね』
「ああ・・・なるほど」
『ですが、田中野さんの言うことが事実ならば・・・これでよかったのでしょうな。こちらは見通しがいいですし、不要になった上階部分に機銃座を設置していますのでね・・・・新型の特異個体といえど、50口径徹甲弾の斉射なら対処可能かと』
・・・いつぞや俺の愛車に備え付けられていたあのデッカイ機関銃か。
確かに、アレはネオゾンビの装甲にもバンバン効いてたからな。
あの時みたいに弾切れにならなきゃ、アレだけで殺せてたかもしれん。
あと機銃座ってなに!?!?
今どんな感じになってんの秋月病院!?
『今回はもとより、今まで田中野さんは大活躍でしたからな・・・その4人のことはこちらに任せて、ごゆっくりなさってください』
「いやあ、こちらこそいつもお世話に・・・」
色々便宜を図ってくれてるし。
『なあに、子供は国の宝ですよ・・・未だに上層部や他府県との連絡は取れていませんが、それでも我々自衛隊が守るべき対象です』
頭が下がるを通り越して地盤に食い込みそうだよ、俺。
こんな状況でしっかり自衛隊やってるんだもんなあ・・・花田さんたち。
武器弾薬も潤沢なんだから『ヒャッハー!力こそパワー!!』みたいになってもおかしくないのにな。
本当に立派な人たちだ。
どっかの腐れ特殊部隊には見習っていただきたいものだ。
『ああそれと、田中野さん・・・そちらの子供たちについても、いつでもこちらで対応可能ですよ』
花田さんはそう言ってくれたが、こちらの答えは決まっている。
「ありがとうございます、でも・・・まあ、もう少しはこちらで面倒見れますよ。食うに困ってないですしね・・・まだ、動かさない方がいいと思います」
『・・・トラウマ、ですか』
「・・・ええ」
ドアの方へ首を向ける。
廊下に気配はない。
『なんですか?』みたいな顔で紐を噛んでいるサクラがいるばかりだ。
「あの子たちの心の傷は、まだ治らないですから。適当な俺はともかく、ここには優しい人や動物が大勢いますからね・・・あ、神崎さんもそうですよ?」
あの子たち・・・特に保育園組と低学年組は、今でも寝る時に明かりを消せない。
それに、必ず誰かに触れていないと眠れない。
あの『みらいの家』との騒動からそれなりに時間が経つが・・・それは変わらない。
日中はとても元気だし、お手伝いも進んでやってくるけどな。
『そうですか・・・そう、でしょうな』
花田さんの声も暗くなった。
『こちらには親と死に別れた子も、はぐれたままの子も大勢いますが・・・そちらの子たち程の修羅場を潜った子供は、こちらにもいません・・・たしかに、時期尚早でしたか』
「ええ、こう言っちゃなんですが・・・『ゾンビに』やられたんならまだ、諦めもつくんじゃないかって思うんですけど、ね」
あの子たちは、同じ人間・・・それも超ド級の屑の悪意に晒された。
ゾンビならまだ、『ああいう化け物』のせいにもできるだろうが・・・
自分と同じ人間が襲い掛かってきたんだからなあ・・・
そして、自分たちを守るために大人たちはみんな死んじまった。
その心の傷は、どれくらい深いのだろうか。
『でしょうな。ああ、それと・・・そちらの子供たちの保護者についてですが・・・』
再びドアを確認。
子供はいない。
サクラはいつの間にか寝ている。
『あの子たちが『龍宮南小学校』と、『龍宮南保育園』の所属だということは、ふれあいセンターに残されていた資料と七塚原さんへの聞き取りでわかったのですが・・・』
両方とも龍宮の施設だな。
保育園の方は先輩が面倒を見ていたんだし、よくわかっているだろう。
『古保利三等陸佐に確認したところ、小学校の方は早い段階で壊滅していたようで・・・それ以上のことは』
「なるほど、こっちもあの子たちに聞き取りもしていませんしね・・・」
あの状態の子供たちに、家族のことはなかなか聞きづらい。
いずれ、話してくれるのを待つほかないな。
フルネームだけは各所の避難所に伝えているので、ひょっとしたら身内が見つけてくれるかもしれんが・・・やはりこちらは待つのみだ。
『わかりました、こちらも物資等でできるだけのサポートはいたしますので・・・どうか、よろしくお願いします』
「こちらこそ、まあなんとか・・・適当にやっていきますよ」
『頼もしいお言葉だ』
この場合の『適当』とはちゃらんぽらんという意味じゃない。
『状況に応じた適切な対応をとる』ということだ。
俺自身は『テキトー』でもいいかもしれんが、子供たちのことだからな。
人に何かを教え諭すほど人間できちゃいないが、それでもここを守るくらいはできるのだ。
俺が望んで、俺が引き取った子供たちだ。
それくらいのことはやらなきゃ、あそこで死んでいった人たちに申し訳が立たない。
―――死ぬ間際まで、必死に子供たちを守ろうとしたあの人たちに。
「死人との約束は、破るわけにゃいかんですからね」
『・・・やはりあなたは田宮先生によく似ていますよ、とてもよく・・・ね』
「いやさすがにそれは―――」
『それでは、また。神崎がご迷惑をかけますが、よろしくお願いします』
「いやちょっ―――」
俺の抗議も空しく、花田さんは愉快そうに通信を終了したのだった。
・・☆・・
「行っちゃったね、にいちゃん」
「行っちゃったなあ」
そして現在。
ワゴン車は2台のバイクに前後を挟まれながら、ゆっくりと正門から出て行った。
橋を渡って右折する最後の時まで、運転席の後藤くんが手を振るのが見えた。
七塚原先輩が正門を閉めると、見送りの為に集まっていた皆が三々五々散っていく。
さて、俺は何をするかな。
「・・・赤ちゃん、かーいかったよねえ」
少し寂しくなったのか、音もなく寄ってきた朝霞が背中に巻き付いてきた。
子供の前でこいつ・・・教育に悪い事この上ない!
まあ子供たちはすっかり慣れちまったんだけどな!
「朝霞おねーちゃん、だいじょぶ?」
すっかり慣れた筆頭、葵ちゃんがやってきた。
「さみしーから、葵ちゃんもおーいで!」「はぁい、んしょ~」
「むがぐぐ」
俺の意思はガン無視され、何故か葵ちゃんまで巻き付いてきた。
いつの間にこの技を伝授されたんだ葵ちゃんよ・・・!
朝霞流オクトパスドッグホールドとでも名付けようか・・・!
「ねえ、おじちゃん」
日々の遊びとお手伝いで身に付けた体力のお陰か、腹の上までよじ登ってきた葵ちゃんがこちらを見てくる。
「んー?どした」
落っこちないように背中に手を回すと、何故か朝霞も手を回してきた。
何の連動ギミックだ。
葵ちゃんは目をキラキラさせながら、俺にこう聞いてきた。
「赤ちゃんって、どこからくるのー?」
危うく息を呑みかけた。
・・・来てしまったか、この質問が。
小学生あるあるの質問が。
「ええーっとぉ・・・」
葵ちゃんは、たしか小学校3年生。
まだそういう性教育は受けていないんだろうな。
俺は・・・4、5年生くらいで教えてもらったような気がする。
「赤ちゃん!?ええっと、赤ちゃんはね~・・・」
朝霞が振動している。
どんどん面白くなるなお前。
俺まで震えるからやめてくんねえ!?
・・・さて、どうしたもんか。
こういうのって学校じゃなかったら親とかが教えるんだよな。
俺は・・・どうだった?
確か親父に・・・聞いた、ような?
なんて言われたんだっけ・・・確か・・・
『竜神大橋の下で釣ってきたんだよ、お前は。いい引きだったぞ~?スズキかと思ったな!ははは!!』
だったような気がする。
子供心にすっげえショックを受けた記憶があるような。
もうちょっと考えろよ親父。
せめて拾ってきたにしろ。
ああ違う違う、そうじゃない。
これは親が自分の子供に言うタイプのアレだ!
「オレも気になるー!教えてせんせー!」
カイトも参戦してきた!
くっそ、これは不味い展開だ・・・!!
「赤ちゃん、どこからおかーさんのお腹の中に来るの~?」
・・・この子たちは妊婦さんを見ているからな。
キャベツ畑とかコウノトリ方式は通じない!
「あ、朝霞・・・」
「あ、あーし!?えっと、えっとねえ、まずゴムが大事で~」
「ゴム~?」
「スタアアアアアアアアアアアアアアアアップ!!!!」
大声でキャンセルさせる。
・・・馬鹿野郎誰が避妊の重要性を説明しろって言った!?
それは中学生よりも上の知識だ馬鹿野郎!!
朝霞に振った俺も悪いが・・・いやもう俺が全部悪い!全部!!
「ゴムの話はキャンセルだ!今は関係ない!!」
「に、にいちゃんダイタン・・・」
「そういう話じゃない!」
明るいうちから何言ってんだ!
いや暗くなってからでも駄目だけども!!
「あ、アニーさん・・・」
なんか近くにいたアニーさんに助けを求める。
「すまないイチロー、私はアダルトなバージョンしか教えられなかった可哀そうな少女だったのだよ。あまりいい家庭環境ではなくてな」
・・・突っ込めねえ!!
そういう話題を出されると突っ込めない!!
「だ、誰か・・・」
周囲を見渡す。
俺に抱き着いた葵ちゃんと、太腿に縋り付くカイト。
既に神崎さんはおらず、式部さんは・・・なんで倉庫に逃げるんです!?
今明らかに目が合いましたよね!?
あああ!ゾンちゃんがうなじを舐め回している!!
璃子ちゃん・・・は流石にナシだ!顔がトマトくらい真っ赤ってことは『知ってる』サイドだろうけども!!
エマさ・・・なんですかその卑猥なハンドサインは!?キャシディさんまで!!
ちくしょう駐留軍はもう駄目だ!!
「あらあら赤ちゃん?赤ちゃんはね~」
そこへ、社屋からねえちゃんがやってきた。
ねえちゃんは俺に抱き着いていた葵ちゃんを抱っこし、カイトの頭を撫でる。
「おばちゃん、知ってるの~?」
「ええそうよぉ、おばちゃんは子供が3人いるんですもの」
「あっ!そっかあ!じゃあ知ってるよねえ!」
そう聞く葵ちゃんに、ねえちゃんは優しく言った。
頼むぞねえちゃん・・・!
「とおっても仲のいい男の人と女の人がね、一緒のお布団で寝ると赤ちゃんがやって来ることがあるのよ~」
・・・なるほど!
そういう説明の仕方か!
さすが3児の母・・・やりおる!
「ふわあ、そうなの?でも、私おじちゃんとなんどもねたよ~?」
・・・事実ではあるが!事実ではあるが!
なんか誤解を招く言い方ですね!?
「ふふふ、違うのよ~?『大人の』男の人と女の人じゃないと駄目なのよ~」
「おとな~?」
「そう、大人。この前、赤ちゃんが産まれるのって大変だったでしょう?ねえカイトちゃん?」
「うん!すっごいいたそうだった!」
カイトたちも聞いてたもんな、近くで。
「そうなの、赤ちゃんを産むのはほんっとうに大変なの。だから、体が丈夫な大人になってからじゃないと赤ちゃんはお腹に来ないの、わかった?」
ねえちゃんの説明に、葵ちゃんとカイトは『なるほど!!』みたいな顔をしている。
実際にお産を見ている分、納得がいったようだ。
「わかった!」「オレもー!」
「ふふ、2人ともちゃあんと賢くなったわね~。それじゃあご褒美にお煎餅作ってあげましょうか、みんなで食べましょ~」
「「わーい!!」」
ねえちゃんは2人を連れて社屋へ消えて行く。
去り際に、こちらにウインクを残して。
・・・さすがだ。
母は強し、ってやつだな。
「チエコさんは説明が上手だな。脱帽だよ・・・急に聞かれたら私もアサカのようにコンドームとピルの重要性を話すところだったよ」
大惨事になるところだった。
「命拾いした・・・さすがに時期が早すぎる」
ああいう風にうまく説明できるスキルが欲しいと思う。
まあ、もうないと思うが次に聞かれた時にはアレをパクろう。
「ああそうだ、イチロー・・・私も次の為にお互い情報を共有しておく必要があると思うんだ。上手にレクチャーするためには『本当の』知識を知っている必要があるからな・・・んふ、それで物は相談なんだが一緒に―――」
「ヴィルママー!!ゾンちゃーん!!放牧行こうぜ放牧ー!!!今日は最っ高のピーカンだからな~!!」
「にいちゃん力つっよ!?あ、あわわわ」
とてつもなく嫌な予感がしたので、朝霞を巻き付けたまま強引に馬房方面へダッシュすることにした。
危機管理、大事。
「『まったく、つれないサムライだよ・・・焦らしているのか?』」
「『誘ってるんじゃないの?』」
「『誘われたいわねぇ』」
背後から聞こえる外国語に何故か身震いしつつ、俺は馬房へ急いだ。
「お、お手伝いをするであります・・・」
「・・・式部さんはまずお風呂へどうぞ」
顔がベッタベタになった式部さんのお手伝いは辞退することにした。
舐められすぎでしょ、よっぽど好かれてるんだな。
・・☆・・
七塚原夫婦によって整えられたお手製放牧地。
そこを、ヴィルヴァルゲが結構なスピードで走り抜けている。
連日の豪雨で運動できなかったのがストレスだったのか、いつよりもスピードが速い。
「はっやいねえ、にいちゃん」「ひひん」
いつものように俺の腕をベロベロ舐めるゾンちゃんの頭を撫でつつ、朝霞が呟いた。
「さすが牝馬なのに日本ダービーを勝った馬だ・・・迫力が違うなあ」
足元の土が冗談みたいな高さまで巻き上がり、後方に向ってバンバン飛び散っている。
・・・そういえば、いつだったか見た競馬中継で顔面がお岩さんみたいになった騎手がいたなあ。
あれが直撃するんだから怪我くらいするよな。
「お前の母ちゃん、すげえな」
「ぶるる」
風を斬り裂いて飛ぶように駆ける母を、どことなく尊敬の眼差しで見つめているゾンちゃん。
声をかけつつ撫でると、舐める作業を再開された。
なんでさ。
そこはしっかり見とけよ、母の雄姿を。
「きゅ~ん!はふ!」
「ヴァウゥ・・・バッフ・・・」
「お、お帰り。さすがにサラブレッドには勝てなかったか」
ヴィルヴァルゲを追いかけ・・・何回目かの周回遅れになったサクラとなーちゃんが疲労困憊の姿で帰還した。
瞬発力ならボルゾイのなーちゃんでも勝負になるかもしれんが、さすがに航続距離では手も足も出なかったようだ。
サクラ?うんまあ・・・まだ子供だからね、仕方ないね。
そして豆柴だからね、もっと仕方ないね。
「大丈夫大丈夫、大人になったらもっと走れるさ」
「きゅん・・・わふ」
『正直しんどい』みたいな顔のサクラを抱え上げ、抱っこする。
おお、ベロが出っぱなしだ。
かなり疲れたみたいだな。
後で水をいっぱい飲ませてやんなきゃな。
「ヴィルママー!おっかえり~!」
何周かして満足したのか、ヴィルヴァルゲが疾走から競歩くらいの速度になってこちらへやってきた。
走り寄るゾンちゃんをいなしつつ、息を整えながら歩いてくる。
「うっわ!すっげえ汗!帰ったら水浴びしようね~!」
朝霞が手に着いた汗に驚いている。
だが、気にせずそのまま首に抱き着いている。
・・・うーん、野生児。
「・・・ねーね、ちょっと乗っけてもらってもいい?あーし!」
その野生児が何か言ってる。
・・・マジかよ朝霞。
お前乗馬の経験があったのか?
「おい待て待て、鞍もないのに無理だろ・・・お前、裸馬に乗ったことあんのか?」
ヴィルヴァルゲの首に手を回して乗ろうとしている朝霞に声をかける。
なんというためらいのない動作・・・マジで経験者か?
「ないけど、にいちゃんの映画で見たからいけるかなって思って!ホラホラ、あのセーブゲキ!」
「馬鹿じゃないの」
それで乗れるなら俺は今頃ベトナム返りの帰還兵よろしく素手で人間を解体できるわ。
見取り稽古ですらねえだろ。
「いけるって!ご先祖様はみーんなそうして乗ってたんだからいけるって~」
「軽く2000年前の人類をご先祖様呼ばわりはロックすぎんだろ・・・怪我するからやめときなさいって、せめて鞍と鐙をつけてからじゃないと・・・っておいおいおい」
が、当のヴィルヴァルゲは『あ?乗る?しょうがねえな・・・』みたいな感じで軽く足を折って体勢を低くした。
お母ちゃん!ちょっとサービス精神が旺盛すぎるんじゃないか!?
「わー!あんがとヴィルママー!よっこい・・・せっと!!」
運動神経は抜群の朝霞なので、そのまま反動を付けてひらりと背中に跨ることに成功した。
マジかよ・・・すげえ、この子。
「ふわー!たっかい!たっかいよにいちゃん!おとと・・・ととと」
朝霞は背中の上で何とか体勢を保とうと四苦八苦している。
体幹が強いからな・・・ぶっつけ本番でなんとかなっちまったのか。
「うーし!じゃあいこっかヴィルママ!上手くできたらにいちゃんも乗せてあげるね~!はいよ~!」
そして、朝霞は映画で見たのを真似するように足で軽く腹を叩く。
結構堂に入った動作だな、これはひょっとすると・・・
「ブルル!」
ヴィルヴァルゲが走る体勢に入る。
まずはちょいと速足・・・ってところか?
「あ!に、にいちゃんにいちゃん!あーし、これどこに掴まったらいいんだっけ!?紐!紐ないよ紐!!」
・・・お前さあ、なんでそのタイミングで気付くんだよ。
それも込みで乗る感じじゃなかったのかよ。
「うわ!速い速い速い!?無理無理無理無理!滑るすべっ―――」
朝霞はヴィルヴァルゲの背中で何度もロデオよろしく上下に振動し・・・
「にゃあああああああああああああああああああああああっ!?!?!?」
ぬるりと尻経由で後方に射出された。
・・・世話が焼ける親戚だよ、ほんとに!!
「みゃぎゃん!?いっだああああああ・・・く、ない?あれぇ?」
「あれえじゃねえよ、まったくもう」
なんか嫌な予感がしたので追いかけててよかった!!
そのまま慣性に従って飛んでくる朝霞を、なんとか受け止める。
・・・しかしコイツ、悲鳴上げてても受け身の体勢は取ってたな。
さすがの運動神経だ。
「下は休耕田なんだから、捻挫でもしたら大変だぞ・・・ったくもう」
コイツが軽くてよかった。
これが七塚原先輩なら俺だけ大怪我してたかもしれん。
先輩ならこんなアホみたいなことせんけども。
「ホレ、さっさと降り・・・降りろっつってんのに巻き付いてくんじゃねえよ!?」
「びっくりしたけどこれはこれで結果オーライだし!んふふ~!!にいちゃんやっさしぃい~大好き~!」
朝霞は横抱きの体勢から両腕を俺の首に巻き付け、がっしり抱き着いてきた。
転んでもただでは起きぬとは、まさにこのこと。
「んふふじゃないよもう・・・今度は鞍ついてねえと乗るんじゃねえぞ・・・ああ、お母ちゃん、コイツがアホだから気にすんな」
巻き付いて降りてこない朝霞を無視しつつ、なんか申し訳なさそうな顔で戻ってくるヴィルヴァルゲに手を振る。
自信満々だった乗り手が一瞬で落ちたんだもんな、そりゃびっくりしたろう。
現役時代は一流のジョッキーばかり乗せてただろうし、まさかこんなポンコツだとは思うまい。
「ヒヒン・・・バフッ!」
「あはは!ヴィルママごめんね~!でもありがと!今度はちゃんと乗るからね!あーし!」
『大丈夫かしらこの子・・・』みたいな感じで顔を寄せてくるヴィルヴァルゲに、朝霞は笑って手を伸ばすのだった。
・・・降りろよお前。
俺はサラブレッドほど乗り心地よくねえんだぞ。




