22話 海辺の攻防戦のこと 後編
海辺の攻防戦のこと 後編
「初手はよかったんだよなあ、初手は」
遮蔽物に背中を預けながら呟く。
「ドシター!?」
横にいるキャシディさんは、ランダムなタイミングで身を乗り出して射撃。
頼もしい銃声が響く度に、遠くから悲鳴が聞こえてくる。
「いやなんでも。役に立ってないなあって思いましてねえ・・・」
腰の『魂喰』も、どこか憮然としているような感じだ。
「・・・初手はよかったんだよなあ」
俺は、そう繰り返した。
水産センターが龍宮産のチンピラに襲われていると聞いて、援護にやってきた。
到着してみれば絶賛戦闘中だったので、キャシディさんの機転によるバイク爆弾で奇襲することに成功した。
成功した、まではよかったんだ。
だが、以前の中央図書館の時と違い・・・この水産センターは立地がちょっとね。
具体的に言えばここは漁港の中、魚市場みたいな場所にある。
つまり、遮蔽物が極端に少ないのだ。
バイク爆弾は大成功したが、奴らはまだいる。
ここからじゃ・・・ちょっと遠いのだ。
さすがに何の遮蔽物もない空間を『魂喰』片手に突撃するわけにはいかない。
俺は銃弾を斬れるわけでもないし、映画や漫画の主人公みたいに何故か致命傷を喰らわない幸運さもないのだ。
あっという間に間抜けの穴あきチーズ出来上がりである。
というわけで、現在。
俺は完全にお荷物である。
勇んで出てきたのに申し訳なさすぎる。
的確に敵を排除するキャシディさんの横で、仏頂面で座り込んでいる状態なのだ。
・・・別に積極的に切り殺したいわけではないが、それにしたって何もしていない現状は心苦しい。
キャシディさんや水産センター側の警官がもう少し敵の数を減らしてくれれば、タイミングを見て突撃って可能性もあるのだが・・・現実は非情である。
「イチロー!シュリューダン、ヨロシク!!」
と思っていたら俺にも仕事ができた。
「ガッチャ!!」
了解、という意味だとアニーさんに教えられた返事をしつつ、キャシディさんの腰に手を伸ばす。
そこに鈴なりの状態で吊り下げられている手りゅう弾を手に入れる。
・・・なんか恥ずかしいが、キャシディさんは絶賛射撃中だから仕方ないのだ。
神崎さんで見慣れた手りゅう弾とは違い、丸い・・・いかにも映画とかに出てきそうなそれを持ってピンを抜く体勢で待機。
「3、2、1・・・オッケー!」
「よっしゃ!!」
射撃を終えてリロードに入るキャシディさんと入れ違いに、素早く遮蔽物から身を乗り出す。
5台あった装甲マイクロバスの内、バイクが突っ込んだ中央のはもうスクラップと化している。
それ以外も、先程からの射撃によってチラホラ死体ができている。
「おい!やべえぞ!ばくっ爆弾ん!?」
俺を視認した男のいる一番右端のマイクロバスの方向目掛け、思いっきり手りゅう弾を放り投げた。
「もいっちょ!!」
もう1個の手りゅう弾は、水産センターに向けて必死で射撃している左端に向けて投げる。
「わっ!わああああっ!?」「捨てろ!捨て捨てす―――」
遮蔽物に引っ込むと、狼狽した悲鳴が聞こえた後に爆音が響く。
聞こえていた悲鳴が、一瞬静かになる。
懐から手鏡を取り出し、確認。
俺の投げた手りゅう弾は両方命中したようだ。
2台のマイクロバスには大したダメージはないが、その後ろにいた連中が燻ぶる白煙の中で倒れたりもがいたりしている。
よし、着実に数を減らしてるな!
「後ろだ!あの壁の後ろに誰かいやがる!」
「撃て撃て!撃ってアタマ押さえろ!その隙に俺らが行く!!」
おっと、どうやらやっとこちらを止めに来るつもりらしい。
爆弾のせいで耳でもいかれたか、こっちに聞こえるくらいの大声で連中が怒鳴っている。
うーん、肝は据わってるけど基本的にアホだな、連中。
一方的な暴力とか殺しには慣れてるけど、格上との戦闘経験はないっぽい。
まあそうか、龍宮から逃げてきてるんだからな。
「キャシディさん!『馬鹿が来るから下がって!俺が働きます!』」
「リョーカイ!『カッコいい所見せてよね!サムライさん!』」
俺の指示に従い、キャシディさんが銃を抱えて俺の後ろへ移動する。
まだ銃声が大きくて正確にはわからんが、何人か走る音が聞こえてくる。
そっちから来てくれるとはありがたい・・・!
中腰のまま『魂喰』を片手で抜き放つ。
これから起こるであろう殺戮に期待するように、稲妻模様が頼もしく光った。
空いた手で棒手裏剣を2本持ち、奴らに備える。
足音がどんどん近付いてくる・・・数は、恐らく4人!
「死ねっぇ!っえあぁあ!?」
「いらっしゃい!そっちこそ死ね!!」
拳銃片手に壁を乗り越えてきた若い男。
その大口に、棒手裏剣が真っ直ぐ飛び込んだ。
「っし!!」「えばっ!?おごぉお!?」
思わず、といった感じで拳銃を持った手で口を抑えたそいつ。
がら空きになったその腹を、するりと薙いだ。
『魂喰』は何の抵抗もなく腹を断ち割り、男が鮮血と内臓をぶちまけつつ地面へ落下する。
それを見ることもなく、前に出る。
足音は・・・今度はこっち!
トドメはキャシディさんに任せる!
「うるあぁっ!くたばれっえ?えええええっ!?」
今度は壁の端から勢いよくこちらへ拳銃が突き出される。
その引き金が引かれるよりも早く、大上段から振り下ろした。
トリガーガードから露出した人差し指が、切断される。
「っゆ、ゆびっ!?オレのゆっ―――ぎゃっあぁああ!?」
指を切断しながら通過した切っ先を止め、踏み込みながら手首を返して反転させる。
鋭く舞い上がった切っ先は、今度はそいつの手首の動脈を食い破りながら天へ向かった。
・・・動脈を斬るだけでよかったんだが、『魂喰』の切れ味は伊達じゃない。
そいつの手首は4割がた切断された。
―――背後から、気配。
「っこのぉ!好き放題しやがっ―――あ、ば、ばぁ・・・」
刀身を跳ね上げたまま片手を放し、握ったままだった棒手裏剣を後ろを見ずに放った。
それとほぼ同時に、銃声が響く。
「『ありゃ、余計なお世話だったかしら?』」
確認すると、目に棒手裏剣が突き刺さった男が落下している。
額には、キャシディさんによると思われる弾痕も刻まれていた。
うーん、早業。
「『素敵ですよ、守護天使!』」
「『イチローの飾らない英語、破壊力抜群ねェ!』」
キャシディさんにサムズアップしながら、最後の1人を待つ。
さあ、どこから来る。
どこから・・・下っ!!
「しゃあっ!!」「っぐ!!」
最後の男は、武器だけを先に突き出してきた。
仲間の死にざまから、少しは考えたらしいな!!
柄の長い草刈り鎌に斬りつけたが、浅い!
切断できていない!
「んの野郎がぁ!!」
男が吠えつつこちら側へ出てきた。
その体付きは、戦い慣れているように見える。
「どこのモンだてめえ!!『竜神会』に手出してタダですむと思ってんのかァ!!」
荒事が不得手な一般人ならビビりそうな恫喝だが、それがどうした?
「そんな聞いたこともないような雑魚集団がなんだって?」
そう言い返すと、男は鎌を片手で構えたままポケットに手を突っ込む。
飛び道具か!?
「抜かせ!!」
が、それはブラフ。
男はポケットに手を突っ込んだまま、足を振る。
地面の砂や石ころが、俺の顔面目掛けて飛んできた。
おっと、中々慣れてるな!
俺がシールド付きのヘルメット付けてなきゃ、効果的だったかもなァ!!
その砂の中を、避けずに突っ込む。
「っちぃ!!」
今度は持ってた鎌を放り投げてきた。
刃の部分を避け、裏拳で柄を叩く。
おいおい、唯一の武器を手放してどうするつも―――
「おおおおおっ!!!」「ぬんっ!!!」
翻った『魂喰』の切っ先が、男が後ろ腰から引き抜いたアーミーナイフを弾く。
そいつが本命、か!!
ナイフを弾いたことで、俺の体は開いている。
得物の性質上、ナイフの方が・・・切り返すのが速い!
刀を引き戻している時間はない!!
「おおおっ!!!」
男が逆手に持ったナイフを、俺目がけて突き入れてくる。
思い切りもいい!動きも素人じゃない!!
だが―――ッ!!
「っふ!!」
下がらずに踏み込む。
姿勢を低くして。
「んなっ!?」
頭上をナイフが通過する。
それを感じながら刀を引き戻さず、横回転の軌道へ。
「るううあっ!!」「っぎ!?」
体勢を低くしながら横に1回転。
遠心力で加速した切っ先が、男の脇腹を斬り裂いた。
南雲流剣術、『片喰』
腹を裂かれた男が、俺の後ろで倒れる。
頭が地面につくかつかないかというタイミングで、不自然にその頭が跳ねた。
キャシディさんが撃ってくれたようだ。
さっすが、頼りになるゥ!
「アメーイジング!カッコイ!!」
「さ、さんきゅう」
キャシディさんの称賛を聞きながら、血振り。
地面にびしゃりと血痕が付着した。
これで全員か・・・なんとかなったな。
銃声の隙間に耳を澄ませるが、どうやらおかわりはないらしい。
奴らの絶対数が減って、こっちにまで関わってる暇がなくなってきたんだな。
水産センターからも警官が射撃してるわけだし。
「オツカーレ!『さ、残りは私にも回してもらうわよっ!』」
キャシディさんはそう言うと、ライフル片手に遮蔽物から身を乗り出した。
・・・いやいやいや!?
なんで両手に1丁ずつライフル持ってんの!?
アサルトライフルってそんな二丁拳銃みたいに使える武器だっけ!?
「『んふふ!これじゃあ鴨撃ちねっ!ホラホラ!私にばっかり気を取られてたら、正面から撃たれちゃうわよ~♪』」
・・・扱えている。
キャシディさんは両手に持ったライフルを交互に連射し、広範囲の敵をつるべ撃ちにしている。
ゲームの登場人物かな?
まあ、さすがに全員の脳天を撃ち抜いていますって感じじゃないが。
それでもとんでもない技能には変わりないけども。
・・・でも、やっぱり1丁ずつ使った方が効率はよくない?
とは思うが、なんか理由でもあるんだろうさ、うん。
そして俺はまたもやることがなくなったので、流れ弾に当たらないように観戦中である。
特にこっちへ近付いて来ようとする連中は・・・いないな。
みるみる数が減っていくんだ、そんな余裕あるまい。
っていうかもう降伏した方がいいんじゃない?
・・・許されるとは思わんけども。
俺ならそのまま射殺するわ。
・・☆・・
「決着はついた・・・かな?」
「タブーン?」
待機することしばし。
奴らの発する銃声はしだいに数が少なくなり、ついには消えた。
手鏡を使って確認したところ、マイクロバスの周囲にいた人影はほぼ全て地面に倒れている。
水産センターとキャシディさんからの銃撃の結果である。
・・・俺、あんまり役に立たなかったなあ。
「イチロー、ハイコレ」
「お?」
キャシディさんが何かを手渡してきた。
これは・・・マイクとコードで繋がった小さい拡声器?
電気屋の店員とかが持っている奴だ。
・・・なんでも持って来てるんですね。
とにかく、ありがたくはある。
水産センター側からしたら、俺達も得体のしれない連中だ。
出自をハッキリさせとかないとこっちまで撃たれちまう。
「あーあー・・・『こちらは友愛高校から援護に来た別動隊だ!田中野一朗太という名前を照会してくれ!!』」
スピーカーを壁から露出させ、そう伝える。
叫ばなくっていいのはありがたいなあ。
そのまま待機していると、水産センター側から動きがあった。
拡声器越しの声が聞こえてくる。
「『こちらにキミを知っている人員がいた!しかし、何故か無線機が使用不能で友愛と連絡が取れない!!』」
・・・あ、そういえば電波妨害装置的な物があるって言ってたな。
そいつが原因か?
「『ここへ来るまでに奴らの別動隊と交戦したんだが、その時に妨害装置のようなものがあると話していた!恐らくマイクロバスのどこかにそんなものがあるはずだ!』」
「『・・・わかった!これから生き残りを掃討する!そちらも注意しつつこちらと合流してくれ、情報交換がしたい!!』」
その返事を聞き、キャシディさんと視線をあわせる。
「あー・・・『生き残り、殺す、合流、いい?』」
「ハーイ!」
いいお返事だこと。
「ウシロニドーゾ!」
2丁のライフルのうち、1丁を背中にマウントしたキャシディさんがゆっくりと壁から出て行く。
俺もそれに続き、『魂喰』を抜いたまま歩き始める。
「・・・うわあ」
さっきまで俺たちがいた壁に、嫌になるほどの弾痕が刻まれている。
結構撃たれてたんだなあ・・・頑丈そうなコンクリの壁で助かった。
キャシディさんがライフルを構えたまま、上体を揺らすことなく滑るように歩いている。
歩きながら、銃口を素早く左右に向けている。
・・・映画で見た特殊部隊ソックリだ。
隙が無いなあ。
「格好いいなあ」
「ンフフ、シッテル」
その返しもなんか映画っぽい。
普段は愉快で綺麗な外人さんだけど、エリートなんだよなあ。
水産センター側の入口も開き、ライフルを持った警官2人が出てきた。
年かさっぽいのと、若い人だ。
内部にはまだ武装した警官と・・・クソデカ鮪包丁を持った漁師の皆様が。
こうして見ると大迫力だな、特に包丁の方。
生半可な刀なら、打ち合ったら折られそうだ。
マイクロバスの近くまで来ると、お互いの顔が見えてきた。
「田中野さんですね!以前友愛でお見かけしたことがあります!」
ライフル持ちの警官のうち、40代っぽい方が話しかけてくる。
・・・言われてみれば俺も、相手を職員室辺りで見かけたことがあるような・・・
「どうも、ご無沙汰しています!あ、この人は龍宮の御神楽高校から偵察に派遣された駐留軍の兵士さんです!」
「キャシディ・グレイスン・・・ソウチョー?デス!ヨロシク!!」
キャシディさんはライフルを構えたまま、片手で敬礼した。
最近日本語上手になったなあ、ホントに。
「龍宮からわざわざ・・・!しかし、助かりました!ありがとうございます」
若い方の警官も素早く敬礼。
おや、婦警さんとは珍しい。
「向井巡査部長です」「柏木巡査です」
「田中野一朗太です、よろしく」
オジサンの方が向井さん、婦警の方が柏木さんね。
「えっと、どうします?まだ何人か息のあるのがいるみたいですけど・・・」
「・・・少なくとも2、3人は確保しておきたいところです。しかしまずはその電波妨害装置とやらを探す必要がありますね・・・柏木、最低限の止血をしておけ。抵抗するなら『処理』して構わん」
「ハッ!」
向井さんの指示に、柏木さんが敬礼を返して走り出した。
うーん、荒事に慣れてるなあ。
こっちも相当荒れてきているらしい。
「とりあえずその装置を探しましょうか、俺は右端から行きます」
「助かります!それでは!」
向井さんは水産センターの警官たちに支持を出しつつ、左端のマイクロバスへ向かって走り出した。
行動が早いなあ・・・そりゃあ本部から派遣されるだけはある。
「キャシディさん、護衛頼みます」
「ガッテン!」
というわけで、俺もマイクロバスへ足を向けることにした。
「むーん・・・これかな?」
左端から2台目のマイクロバスの車内で、俺はそれらしきものを発見した。
両手で持てるくらいの謎機械だ。
見た感じは・・・ネカフェとかに置いてある無線ルーターみたいに見える。
電源は・・・ははあ、バスのコンセント経由ね。
停車していても動くってことはバッテリー駆動なのかな。
このままぶっ壊してもいいけど、そこは(恐らく)鍛冶屋敷製品。
なんか爆発とかしても困るので、警察に丸投げしよう。
状態もこのままにしといたほうがいいな、コンセントから抜いたらドカン!とか目も当てられないし。
マイクロバスから出ると、丁度いい所に向井さんがいた。
「あ、向井さん、怪しい機械を見つけました!爆弾とかだと困るんでそのまま放置しています!」
「ありがたい!こちらの処理班で当たります・・・カリガネ!ムトウ!処理班をここへ!」
向井さんがどこかへ指示を出すと、水産センターの方から返事があった。
爆弾処理班なんてのもいるのか・・・至れり尽くせりだな。
「返す返すも、お世話になりました。お話も聞きたいので是非中へ入ってください」
「あー・・・では、お言葉に甘えて。・・・禁煙ですか?」
「ご心配なく、内部には喫煙スペースも完備していますので」
なんてすばらしい避難所だ素晴らしい。
あの4人のオジサンたちも気になるし、ちょっと寄って行こうかな。
「それにしても、急な襲撃でした・・・今日は漁に出る日だったのですが、フイになりそうです」
「あー・・・それは残念ですねえ」
「ええ、干物はまだ備蓄がありますが・・・子供たちのためにも安定した食料は必要不可欠ですから」
キャシディさんと一緒に、向井さんに続いて歩く。
水産センターの方からは、なんというかすごくゴツい装甲服みたいなのを着込んだ集団が出てくるところだった。
うわあ、まさに爆弾処理班って感じ。
しかし、向井さんも子供好きなようだ。
ここの避難所にはけっこう子供がいるからなあ。
友愛もそうだが、ここでも過ごしやすくしてくれているといいな。
子供は幸せになってなんぼだし。
「しかし漁の日ですか、ここの漁港は船が多いからいいですねえ」
「ええ、加えて漁師の方も大勢いますから。我々警官はもっぱら力仕事でのお手伝いですよ」
餅は餅屋ってやつか。
やっぱり海が近くにあると便利だなあ。
―――その時不意に何故だか振り返りたくなった。
マイクロバスの周辺に、倒れた襲撃者。
間を縫って動き回る警官隊。
装甲服を着込んだ処理班。
その向こうに、人影。
俺とキャシディさんがいた方向から、歩いてくる人影が―――1つ。
大柄の、男だ。
「―――ッ!!」
「田中野さん?」「イチロー?」
キャシディさんたちの声を後ろに聞き、最高速まで一気に加速する。
『アイツ』の方へ向かって。
「全員逃げろ!処理班ッ!例の機械のことは忘れて水産センターまで逃げろォ!!」
かたかたと震え始めた『魂喰』を抜刀。
峰を肩に乗せ、ひた走る。
警官たちの間を縫い、抜ける。
「―――ッ!!」
走りながら虚空を薙ぐ。
ぎん、と金属音。
投げナイフ・・・ってことは!
あそこか!俺達が隠れてた壁!
「っし!っは!!」
続いて2回振る。
またも金属音。
走りながらゆるく方向を変え、壁と『男』を挟むように。
これで、投げナイフは飛んでこない。
そして、足を止めた。
「やっぱり、生きてやがったなァ―――田中野ォ」
『男』が、地の底から響くような声を出した。
相変わらず、癪に障る声だ。
俺が走り寄る間も、そいつは特に反応していなかった。
それは余裕か、それとも別のものか。
「往生際が悪いのは、南雲流の特権だぜ―――鍛治屋敷」
竜神大橋で戦ってから、随分経ったように思える。
ともかく、俺はまた・・・鍛治屋敷と相対することになるようだ。
右手を通じて震える『魂喰』を感じながら、俺は歯を剥いて笑った。




