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21話 海辺の攻防戦のこと 前編

海辺の攻防戦のこと 前編




「あ、アイツらはこの前、きゅ、急にやってきたんだ・・・」


俺に睨まれ、オッサンが話し始めた。

長かったなあ、ここまで。


集団の中で年かさの連中が、『お前が・・・』『いやお前が・・・』みたいな感じで説明役を擦り付け合ってたもんな。

アニーさんが警官を治療する時間があるから待ってたけど、もうイライラするのなんのって。

怒鳴り付けようかと思った。

だけど、俺が大声を出すより先に、


『ハヤク!セツメイ!オッケー!?』


なんて言いながら、キャシディさんが空中に向けて拳銃を発砲。

サイレンサーも付いていない大型の自動拳銃の銃声は、オッサンたちに凄まじいインパクトを与えたらしい。

んで、こうして話が始まったというわけだ。



「全部で30人以上いて・・・じゅ、銃を持ってた。わしらは、この近くの公民館に住んでたんだが・・・あっという間にその、制圧されて・・・」


銃、か。

今地面に転がっている連中は丸腰だ。

ってことはここにいない連中ってことかな。

ちなみに地面でくたばってるのは、全部で8人いた。

30人以上ね、大所帯だな。


「どこから来たかわかるか?」


「りゅ、龍宮だって言ってた。なんでも向こうで大規模なドンパチがあって、こ、ここに逃げてきたって・・・」


ふむ、おおむね友愛で聞いた通りだな。


「ほーん、それで?」


続きを促す。


「そ、その・・・わしらはアイツらの言いなりだったんだ!だってしかたないだろう!?向こうは銃を―――ッ」


ひゅお、と風鳴り。


右手で軽く抜刀した『魂喰』が、空間を鋭く薙いだ。


「―――言い訳も自己保身もいらねえ、事実だけ話せ」


「っひ!?わ、わかった、わかったからやめてくれ!!」


間合いには全然入っていないというのに、オッサン連中はさらに俺から距離を取った。

おい、後ろの方にいる女性陣が壁に挟まれて潰れそうになってんぞ。

そこまで気を回す余裕もないってか。


「―――アイツらはわしらの拠点を根城に、方々へその、略奪をしに行っていたんだ。それで・・・この先の水産センターも大きい避難所になってるんだが・・・」

 

お、やっと出てきた。

釣りで会った4人のおじさんたちがいる避難所だ。


「一昨日、奴らはそこを襲撃しに行って・・・5人死んで帰ってきた。向こうは、かなり守りが硬いって文句を言ってた・・・」


・・・たぶん漁師さんとか警官の皆様が大活躍したんだろう。

マグロ包丁振り回すような人がいっぱいいるんだし、近接戦では無敵じゃないのか?


「そ、それで・・・どうにも市の中心と連絡を取ってるようだから、まずはその連絡網を潰そうって言い始めて・・・」


「あの人を捕まえたわけか」


・・・馬鹿だねえ。

連絡員はたしかにいるが、水産センターには無線機もあるはずだ。

遅かれ早かれ、異変は伝わるだろうに。


「よくは知らないが、電波を妨害できるような道具があるらしくって・・・それを使っている間に一気に攻め落とすんだって、全員で出て行ったんだ」


「・・・あの人は?」


それに電波妨害装置だって?

そんなもん、そこらへんのチンピラがおいそれと持てるようなもんじゃないぞ。


それこそ、『誰かが提供でも』しない限り。

・・・きな臭くなってきやがったな。

それをやりそうな連中にむっちゃ心当たりがある不具合。


やってるとしたら鍛治屋敷のカミさんめ、四方八方に道具をばら撒いてなにをしようってんだ・・・?

つくづく邪魔になるな、一生貨物船に引き籠ってろってんだ。


「奴らは殴ったり蹴ったりして、市内の避難所のことを聞き出そうとしていたんだが、あの人は結局何も喋らなかったんだ・・・」


思わず振り返る。

アニーさんによって添え木に包帯を巻かれていた彼は、鎮痛剤の効果で先程よりかは痛くなさそうだ。

・・・しかし立派な警官だったんだなあ、頭が下がる。


ともかく、友愛の情報は連中に渡っていないようだ。

まずは一安心だ。


「なるほど、よくわかった」


『魂喰』を納刀する。

目に見えて、集団の緊張感が薄れた。


聞くべきことは、聞いた。

次はとっとと動くだけだ。


「アニーさん、その人はどうですか?」


集団から視線を外さず、背後に聞く。


「・・・なにぶんロクな検査器具がないからなんとも言えんが、命に別状はない・・・と思う。重傷ではあるが、重体ではない」


「そりゃよかった、動かしても大丈夫ですかね?」


とにかく軽トラの荷台に乗せて移動しよう。

友愛にしろ、水産センターにしろ、とにかくここに置いておくわけにはいかない。

ゾンビが来たらムシャリと頂かれてしまう。


「あと3分くれ、担架に乗せて固定する・・・『キャシー!荷台から担架と固定装具を頼む!』」


「リョーカイッ!」


キャシディさんが走る気配がし、荷台から何か重いものが下ろされる音も聞こえた。

俺の愛車、俺の知らないものが搭載され過ぎでは?

ちなみに荷台部分も改造されていて、幌がワンタッチで展開されるようになっている。

大木くんすげえ。


「あ、あんたら・・・これからどうするんだい?」


さっきまで話していたオッサンじゃないオッサンが、おずおず聞いてきた。


「―――それ、お前らに何か関係があるか?」


が、それを切って捨てる。

何か困っているようだが、正直時間もないし助ける気もない。

見た所全員健康そうだし、切羽詰まっているようには見えないしな。

それに、『理由』はもう1つある。


「そ、その・・・あんた、いや君たちは市内の避難所の関係者なんだろう?」


「違う、俺達は龍宮から来た別動隊だ」


馬鹿正直に答えてやる義理はないので、適当に誤魔化す。

嘘は言っていない、厳密には。


「そ、それでも市内の避難所にその人を運ぶんだろう!?頼むよ、わしらも保護してくれ!」


オッサンは地べたに手をついて頭を下げているが、知ったことじゃない。


「―――無理だ、警察の運営する避難所は満員でとても入れない。それに、ここは海に近いし店もいくらでもある・・・自分たちでなんとでもなるだろう?」


ホームセンターで物資を調達したり、釣りをしたり畑を耕したり。

幸運にも詩谷は龍宮に比べてゾンビも弱くて少ない。

単独行動でもしなけりゃ、数の暴力でどうとでも対処できるだろう。


何より俺自身も忘れかけているが、田中野一朗太は一般人なのである。

たまたま色んな所に協力しているだけの、一般人だ。

死にかけの子供でもあるまいに、頼られても困る。


「じゃ、じゃあせめて避難所の情報だけでも・・・」


集団の中から若い男が身を乗り出して言ってきた。

オッサンに説明任せた癖に、結構グイグイくるじゃんお前。


「それを知ってどうする?言っとくが、たとえ避難所の前で土下座しても保護は無理だぞ?最悪その場で射殺される」


変なのはたぶんこれからいなくなるから、ここでも十分生きていけるだろ。

それで状況が落ち着くのを待ってりゃいい。


「で、でも―――」



「―――俺が、警官ぶん殴って拷問した人間を助けると思ってんのか」



そう切って捨てると、その若い男は雷に打たれたように動きを止めた。


「随分殴ったんだなあ、右手にまだ血が付いてるぞ」


「―――なっ!?」


男は慌てて確認するが、もちろん血は付いていない。

間抜けは見つかったようだ。

これが、助けないもう1つの理由だ。


「かなり人を『殴り慣れて』るようだな。とても無理やり従わされていた人間には見えないぜ」


拳ダコ、と呼ばれる特徴がある。

とても1人2人だけを殴りました、って感じじゃない。

ゾンビに素手で殴りかかるとも思えないから、答えは1つだな。


納刀した『魂喰』の柄に手を滑らせる。


「それも、お前だけじゃない。それとオッサン・・・さっきまでの震えな、いくらなんでもわざとらしすぎる・・・優しい警官は騙せても、俺みたいな人で無しは騙せないぜ」


お前の手にも、拳ダコあるしな。


「―――!!」


その瞬間、オッサンどころか全員の目が『変わった』

先程までの狼狽振りはどこへやら、一瞬で目に殺気を滲ませて足を踏み出す。

前列はポケットやシャツの下に手を滑り込ませ、後列の女性陣はスカートに手を突っ込んだ。


前列が、一斉に前に足を踏み出し―――


「ッ!?いぁ!?あっ・・・」


最前列のオッサンの右目に、棒手裏剣が根元まで突き刺さった。

悲鳴を上げようとしたオッサンは、びくりと痙攣して・・・前のめりに倒れ始める。



なんのことはない。

こいつらの話は半分本当で、半分嘘。


『龍宮からやってきた連中に無理やり従わされた連中』じゃない。

こいつらもまた、『龍宮からやってきた連中』な訳だ。


初手の封鎖で俺たちを殺せればよし。

それに失敗したら、哀れな住民の振りをして俺たちを騙して・・・まあ、殺す気だったんだろう。

あの警官にしたように、拷問して情報を聞き出してから。


だが、相手が悪かったな。

俺の方が、お前らより100倍は性格が悪いし、少しばかり察しもいい。

虐げられていた割には、血色が良すぎるんだよお前ら。


それになにより―――殺気が漏れ過ぎだよ、馬鹿が。



「『後列!ライフル持ちを優先して撃て!!近接組は―――愛しのサムライに任せればいい!!』」


「『言われなくてもっ!!』」


俺の手裏剣に続き、後ろの2人も一斉に発砲。

駐留軍の中でも明らかに上位の腕を持った2人は、スカートや後ろ手から銃を取り出した人間を片っ端から射殺していく。


「っひぃい!?やっぱり逃げあばっ!?」


「馬鹿野郎前に出ろ出ろ出ろ!!アイツを人質にぃい!?」


ナイフを持って俺に肉薄しようとした2人。

その喉に、『返し』付きの棒手裏剣が突き刺さった。

だが、まだどんどん後続が来る。

覚悟、キマりすぎてんなあ・・・元々アウトローな連中かな?


「こんのおおおおおおおおっ!!」


もう棒手裏剣を投げる暇はない。

加えて俺の体が邪魔をして、後方の2人は撃てない。


だから、なんだってんだ?



―――ひゅお



「っぎ!?」


鞘から飛び出した『魂喰』の刀身。

陽光を浴びて鈍い光を放ったそれは、まるで空気でも斬ったかのよう軽く・・・

ハンマーを振り上げた男の腹部を、真一文字に切り裂いた。


「―――南雲流」


居合を薙いだ勢いで、前に出る。


「―――田中野一朗太」


腹から鮮血を噴き出した男に肉薄し、返り血を浴びながら肩で体当たり。

出血性ショックで顔面を蒼白にした男が、後ろへ吹き飛ぶ。


「―――参る」


吹き飛んだ『肉壁』がぶち当たり、動きを止めた後続。

その若干仰け反った喉を、返す刀で薙いだ。


銃持ちの2人よりかは、俺がやりやすいと思ったのかね?

だが残念、『人殺し』の場数は―――俺の方が上だ!!


「っひ!?」


正面へ顔を向けたまま、横へ跳ぶ。

まさか自分の方へ来るとは思わなかった男が、悲鳴を上げて鎌を握りしめた。


その視線を感じながら、体を折る。

低く、低く。


獣のように。


「っふ!!」「っぎ!?」


地表スレスレを、薙ぐ。

豆腐でも切るように、男の片足首が半ばまで切断された。

勢いを殺さず、次へ。


「しゃあぁっ!!!」「っぎゃ!?」


思いもよらぬ方向からの攻撃に戸惑っている新手を斬る。

今度はちょい上、ふくらはぎの辺りを。


「っこの!!」


俺に向けて振り下ろされるマチェットを躱し、そいつの横を通過しながらまたも足首を斬る。


「があああっ!?ごのやろっ!?!?」


足首を斬られながらも追撃を入れようとしたのは見事だが、俺の後ろに頼もしい天使が2人いるのを忘れていたな?

俺が通り過ぎた瞬間、そいつは間髪入れずに脳天を撃ち抜かれていた。

見えてないけどな、恐らくそうだろう。



南雲流剣術、『(ころび)



この地面すれすれの攻撃は、それなりの剣術を修めていても対処しにくいぞ!


「っく、くんな!こっちにくんなあああああああっ!!!」


新たな標的が悲鳴を上げる。

あっそう、なら―――また横ォ!!


体勢を低くしたまま、地面を蹴って真横へ跳ぶ。

そして、跳んだ勢いを横回転へ変換。

またも面食らう雰囲気を感じながら、鋭く回る。

刀身を突き出したまま。


「っげ!?」「あがあ!?」


武器を持った男2人。

その間をコマのように回転しつつ抜けた。


左、右と交互に斬る。


頼もしい愛刀は、刀身に脂が回ることなく性能を発揮。

男2人は、それぞれの足首と泣き別れをすることになった。



南雲流剣術、『ニ連草薙』



回転しつつブレーキをかけ、立ち上がる。

この方向に敵はいない。


振り返った時には、さっきまで足を殺した連中が綺麗に死んでいた。

俺が通りすぎると同時にアニーさんたちがトドメを刺したようだ。

後方の銃持ちもそろってあの世へ行き、五体満足なのは・・・3人か。

うーん、マジで有能。


「畜生、畜生畜生畜生ォ!!せっかくここまで逃げてきたってのに・・・逃げてきたってのによぉお!!」


拳にタコがあった若い男が、背中に隠していた日本刀を握って走ってくる。

そうだな、俺に肉薄しないと撃たれるもんな。


「―――知るか、いっそのことあの世まで逃げちまえよクズ」


息を鋭く吐き、片手正眼に構える。

自由になった右手で、脇差を抜く。


「ここが、終点だァ!!」


抜いた脇差を真上に放る。

分厚い脇差は、ゆるい回転をしつつ俺の胸の高さまで落ちてくる。


「―――ッ!?」


見慣れない動作に、男は一瞬動きを止めた。


その一瞬の間に、脇差の柄頭を『魂喰』の柄頭で叩く。


「っひぃ!?あっ!?」


真っ直ぐ飛んだ脇差が、身をよじって躱そうとした男の鳩尾に勢いよく突き刺さった。



南雲流剣術、奥伝ノ一『飛燕・春雷』



血反吐を吐いて倒れ込む男を尻目に、残る2人に飛び掛かろうとしたが―――


「あっ!?」


1人は俺を見たまま側頭部を撃ち抜かれ。


「いッゆ!?」


もう1人は、頭部に空いた大穴から盛大に脳漿をぶちまけて横へ吹き飛んだ。

・・・2人とも早業だなあ。


「―――お疲れ様です、2人とも」


残敵は無し。

全員、仲良く死んだ。

来世は蟻にでも生まれ変わるんだな。


「いつ見ても惚れ惚れするような動きだな。これ以上私を興奮させて何を企んでいるのやら」


アニーさんは、硝煙を上げるリボルバーの銃口をふっと吹き。


「ステキ!アメイジング!!」


キャシディさんは、笑顔ながらも凄まじい速さで弾倉を交換していた。

まったくもう・・・頼れる守護天使たちだ。



・・☆・・



「で、これからどうするイチロー」


可哀そうな生存者ではなく、頭が可哀そうなアウトローしかいなかった。

そんなわけで全員を大地に還し、銃器だけを荷台に回収した。

死体?通行の邪魔にならないように端に寄せておきましたよ?

ほとぼりが冷めたらどっかに埋めた方がいいな。

腐ったらヤバくなるし。


「とりあえず、水産センターに行きます」


現在進行形で襲われるっぽいし。

警官さんも気になるが、あのおじさんたちも気になる。

あの人たちはこんな世界でも数少ないいい人だし、あそこには小さな子供もいる。

折角近くまで来てるんだ、助けない道理はない。


「怪我人はどうする?すぐに死ぬような怪我ではないが、それでも放置しておいていいわけではないぞ」


だよなあ・・・彼は一刻も早く友愛に送り届けなければいけない。

しかし俺の体も愛車も1つしかないのだ。


そこで、俺のポンコツ脳細胞はたったひとつの冴えたアイディアを思いついた。

つまるところ・・・


「おおかた、あそこに転がっているバイクにイチローが乗って、怪我人は我々に任せる気だろう?」


なんでバレてるの・・・?

たしかに、クロスボウで撃ってきた連中のバイクのうち1台がまだ走りそうだなーなんて思ってたけども。


「キミの考えなぞいつでもお見通しだよ」


と、アニーさんは可愛くウインクした。

勝てねえ・・・


「というか、バイクのライセンスは持っているのかイチロー?スクーターと違ってバイクはすぐに乗りこなせるような代物ではないぞ?」


「いやあの・・・なんとかなるかなって」


確かに免許はないが、後藤倫パイセンに何度も(無理やり)2人乗りさせられた経験がある。

何となくはわかっているつもりなんだが・・・


「・・・はぁ」


アニーさんはため息をついた。

なんかすいません。


「そんなことだろうと思っていたよ・・・『今回は譲る。ランデブーを楽しみたまえ』」


「『感謝いたします、中尉ドノ!』」


「・・・キャシディさん?」


軽トラの影からノリノリでキャシディさんが出てきた。

えっと・・・なんですかね、その恰好。

なんか、ライフル2丁とマガジンを大量に装備しているんですが。

あとすっごいゴツいヘルメットとプロテクターも

・・・俺の軽トラの荷台どうなってんの!?


「時間がないからさっさと行くんだな。私も友愛に彼を運んだらすぐに合流する・・・キャシーはこっちで言うオオガタニリン?の国際ライセンス所有者だからな、適役だ」


「『さあ、行くわよイチロー!!』」


・・・どうやら今回も俺は後部座席の住人になりそうである。

もう諦めの心境で、何故かスキップで移動するキャシディさんについていくことにした。

人間、諦めが肝心である。



「『このまま!真っ直ぐ!』」


「ガッテンデスヨー!」


というわけで、現在俺はバイクに乗っている。

より正確に言えば、無茶苦茶楽しそうにバイクを運転しているキャシディさんに後ろからガッシリつかまっている状態だ。


我が愛車も大木チューンによってアホみたいな最高速を手に入れたが、バイクだと体感速度もあってもっと速いように感じるから不思議。

風圧が・・・風圧が凄い!!


ともあれ、キャシディさんの運転は大したものだ。

これならあっという間に到着しそう。

その証拠に、視線の先にはもう港の設備がチラホラ見えてきている。


「イチロー!ギュットスル!モット!アブナイデスカラ!!」


「もっと・・・?どんだけ速度出す気なんですか・・・りょ、了解」


運転手の指示に従い、キャシディさんの胴体に回した手に力を込める。

うーん、これが逆だったら格好も付くんだが・・・まあ、無免許だからしかたがあるまい。


「『んふっ♡ねえ、もっと上でもいいのよ・・・って言いたいところだけど、プロテクターが憎いわね。これじゃどっちも気持ちよくないわ』」


「『ええっと、今なんて?』」


「『私の匂いでドキドキしないかなって考えてたの!』」


・・・なんか全部早口でわからん。

リスニングの成績が最悪だったのが悔やまれる。


住宅地を抜け、港ブロックへ入る。

・・・海の匂いに混じって、なにやら焦げ臭い。

それと同時に、バイクの排気音の切れ目に銃声っぽいものも。


・・・これ、もうドンパチ始まってるな。

ってことは壊滅はしてない、か。

なんとか間に合ったな。


「『イチロー!速度、緩める。アナタ、先に飛び降りる・・・オーケー?』」


「オッケー!トラストユー!」


「ンフフ、カワイイ!」


「今の会話のどこにカワイイ要素が!?」


バイクが交差点を曲がる。

すると、襲撃の状況が見えてきた。


以前にも行った水産センター。

有刺鉄線で囲われたそこの正面に、装甲板を張り付けたマイクロバスが3台、横になって停まっている。

こちらからは襲撃者の背中が見えた。

装甲バスを簡易バリケードにし、それを隔てて散発的に発砲している。

いつぞやの中央図書館を思い出すな。


都合のいいことに、周囲にゾンビの姿はない。

水産センターの人たちが掃除したんだろうか?

とにかく、これであいつらに集中できるな!


・・・おっと!もう接近に気付かれた!

何人かがこちらを指差し、何事か大口で叫んでいる。


「『イチロー!突っ込むわ!!揺れるわよ!!』」


「『了解ッ!!』うわっ!?うおおおおおお!?!?!」


キャシディさんが叫び、スロットルが全開に。

バイクは今までよりも何倍も速く走り出した。


「『ふん!どこ狙ってんのよヘタクソ!甘い・・・甘いっ!ハロウィンパーティーにはまだ早いわよっ!!!』」


「うおっ!?あわわわっ!?」


こちらを視認した何人かが銃を向けてくるが、キャシディさんは巧みな高速蛇行運転で照準を絞らせない。

俺は落ちないように必死でしがみつく。

ひいい!?なんでそんなに傾けるの!?うあ!膝のプロテクターから火花が出てる火花が!?

とにかく必死でしがみつくしかない!下手に動くと重心が狂って超危ないって後藤倫パイセンにぶん殴られたことがあるからな!!

・・・ならなんで乗せたんだあの人。

謎である。


「『イチロー!停めるわよ!カウントダウン・・・5秒!!』」


「はひい!!」


障害物を盾にしたかと思えばその上を跳び越し、加減速を繰り返してバイクが暴れ回る。

もう俺の三半規管はボロボロである。


「『5・・・4・・・3・・・』」


カウントダウンしつつ、大回りしながらバイクが目的地に向かって疾駆する。

舌を噛まないように口を閉じながら、耳を澄ます。


「『2・・・1・・・』イマッ!!」


急ブレーキに続き、バイクが大きく前輪を跳ね上げる。


それと同時に、バイクを蹴って後方へ跳ぶ。

足首を挫かないように、注意しつつ着地。

そのまま、障害物の影に飛び込んだ。


「キャシディさん!?」


が、当のキャシディさんはまだハンドルを握っている。

何かトラブルか!?

あのままじゃいい的になっちまうぞ!?


「『下品な装飾は趣味じゃないけど、まあ楽しかったわ!行ってらっしゃい、おチビちゃん!!』」


助けに行こうかと思ったが、キャシディさんはウイリー状態のバイクのスロットルをもう一度ふかし、後方へ跳んだ。

・・・ん?なんだあれ。

ハンドルの所にあんな箱みたいなの、付いてなかったよな?


跳んだキャシディさんは、ライフルを背負っているのに器用に後転しつつ着地。


バイクはウイリー状態のまま慣性で加速しつつ、1台のマイクロバス目掛けて突っ込んでいく。

バスの後方にいる連中が必死で銃撃しているが、車体から火花が散るばかりである。


「『―――うん、ドンピシャ♪』」


体勢を立て直したキャシディさんは、背中からライフルを1丁取った。

地面に立膝になり、流れるよう狙う。


走り続けるバイクを。


「Jack pot!!!!」


バイクがマイクロバスに突っ込もうとした瞬間、キャシディさんのライフルが火を噴いた。


閃光と、爆音。


「うおおおお!?マジか!?」


バイクが爆発したァ!?

なんで!?あんな映画みたいに爆発するわけ・・・ああ!さっきの変な箱は爆弾か!

それをライフルで撃ち抜いたってのか・・・はあ、すっご。


「『キャシディさん!すごい!かっこいい!!』」


「『んふふ♡もっと褒めていいのよ?もおっと褒めていいのよ?』」


マイクロバスの方から響く悲鳴や怒号を聞きながら、俺は手放しに称賛した。

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― 新着の感想 ―
[一言] チンピラからしたら、難易度イージーで調子に乗って無双してたら、知らん間に難易度がルナティックに変えられてボスが出てきたようなもんだよなぁw
[良い点] 悪意に鋭い田中野。それに魂喰もいるしね。 [一言] 気の良い釣り組のおっちゃん達、無事でいろよ…!
[良い点] キャシディさんすげぇ・・・ [気になる点] 身なりと殺気と龍宮からと・・・何とまあ何してんのあの親子まじで。 [一言] 釣り人おっさんたちはまだ無事か。 良かった、今カチコミの時間だぞ田中…
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