12話 劇的なんとかアフターのこと
劇的なんとかアフターのこと
広域指定暴力団『瀧聞会』は、壊滅した。
・・・と、思う。
いや、組長は鍛治屋敷がなんかだいぶ殺したみたいだし、竜庭牧場にいた集団は先ほどをもって全滅した。
合わせれば100名以上の構成員が死んだ計算になるし、さすがにもういないだろう。
「元祖とか本家とか真打とか二代目とか、さすがにやめてくれよな・・・?」
「いきなりなんじゃ?」
「ああいえ、あいつら関係はもういないよなあって考えてまして・・・」
「ああ、まあもうおらんじゃろ。おったところで、叩いて潰せばええだけじゃ」
そんなもぐら叩きみたいに・・・ま、もしそうならそうするけどさあ。
真人間になって畑仕事でもして暮らすならいいが、絶対にそうはならないと断言できる。
なにせ、奴らは世界がこうなる前から非合法集団だったんだから。
俺たちは、まだ竜庭牧場にいる。
ここを占拠していた連中は残らず成仏させたので、使えるものを探している途中なのだ。
元々ここにいた人たちには申し訳ないが・・・高柳運送で待っている馬たちのためだ、許してほしい。
もしもここに以前の人が残っていればヴィルヴァルゲ親子を返還したんだけどなあ・・・ヤクザ以外の生きた人間は今の所いない。
今は、オフィスにあった従業員の詰所的な場所で服を探している最中だ。
俺と七塚原先輩は頭からつま先まで返り血にまみれているので、当座の着替えが必要なのだ。
このまま帰ったら子供たちに心配されちまうからな。
お互いに無傷だが、ビジュアル的に衝撃的過ぎる。
「おう、ツナギがあったで。おまーなら着れるじゃろう」
先輩がそう言って、ロッカーから取り出したオレンジのツナギを投げてきた。
色が派手だねえ・・・まあ、作業に使うんだから別にいいけど。
「先輩に合うサイズはありました?」
「うんにゃ、まだじゃのう。せめて5Lは欲しい所じゃ」
先輩、背が高い上に筋肉で分厚いからなあ。
俺も体つきは結構なもんだと自負しているが、先輩はそれこそ桁が違う。
普通の人間じゃ、中々サイズも合わんだろうな。
「神崎さんに洗濯までさせちゃって・・・悪いなあ」
当然ながら神崎さんはここにいない。
返り血を浴びていない彼女は、自発的に俺たちの血塗れ衣服の洗濯を買って出てくれたのだ。
厩舎の裏に山水を引いている場所があったので、今はそこで頑張っていることだろう。
ちなみに頼んだのは防弾チョッキと上着だ。
さすがに乙女の前でパン1でうろつくわけにはいかんからな、それくらいの空気は読める。
「しっかり感謝せえよ田中野。いっつも世話になっとるんじゃけえな」
「そりゃあもう!神崎さんがいなかったら俺なんてもう100回は死んでますからね!」
「胸張って言うことじゃなかろうが・・・ま、感謝は大事じゃ。愛想尽かされんようにしとけや、褒めて褒めて褒めまくれ、あんの人はそれで大喜びじゃろ」
「ど、どうっすかね?俺なんかに褒められてもそんなに喜ばないんじゃ・・・」
「わしの言い方が悪かったのう。―――絶対に褒めい、やらんかったらわしがぶち回すけえな!」
先輩は恐ろしいことを言いつつ、別のロッカーを漁っている。
何故急にバイオレンスな方向に・・・ま、まあ、神崎さんへの感謝の言葉を忘れるなんてそんなつもりはないので大丈夫だろう。
円滑な相棒関係には感謝が必要なのだ。
「それにしてものう、まちーと(もう少し)ここに気付くのが早けりゃあ、のう・・・」
「・・・それは馬ですか?それともここの人たちですか?」
「両方じゃ。はぁ・・・返す返すも後悔じゃあ」
さっきまで大暴れしていた先輩が、元気をなくしている。
馬好きの先輩からすれば、ここで働いていた人たちは尊敬に値するし・・・馬については言わずもがなだ。
さぞ落ち込んでいるんだろう。
「・・・結局、ヴィルヴァルゲたち以外の生き残った馬はいないんですかねえ」
馬房にいた死体の山を思い出す。
数えたわけじゃないが、それでもかなりの数だった。
ここにどれだけの馬がいたのかはわからんが、あれが一部ってことはないだろう。
「・・・どうじゃろうのう。放牧地の門が何か所か開いとったけぇ、何頭かは山に逃げたかもしれんが・・・」
へえ、そんなところも見てたんだ。
流石先輩、目の付け所が違う。
「でも、今まで俺たち遊んでたわけじゃないっすからねえ。子供たちのこととか、『みらいの家』のこととか・・・ここら辺りまで探索する余裕なんてなかったですよ」
思えば詩谷から龍宮に遠征してからこっち、結構働き通しだったもんな。
俺は途中で何回も怪我で休んでたし・・・拙者、怪我しすぎでは?
「それでも、ああすりゃこうすりゃっちゅうて悩むのが、人間のサガじゃな。こればっかりはどうにもならんわ」
「まあ、そりゃそうですね」
後悔、か。
そんなもん、今までの人生で無数にある。
「『それでも前に進まねばならん。振り返っても、そこには何もありはせんのじゃ』って、師匠もよく言ってましたねえ」
「懐かしいのう。・・・その通り、じゃな」
先輩はロッカーの中に顔を突っ込んだまま答えた。
「せめて、ここの人らぁが逃がしたあの親子を、しっかりと面倒みにゃいけんのう・・・お、こりゃどうじゃ!」
元気を取り戻したのか、先輩はロッカーから何かを掴んで引っ張り出した。
「・・・だめじゃのう、がはは」
「・・・胸囲的にはいけてますけどね、なんでそんなもんが・・・」
先輩は、何故かロッカーに入っていたでっかいブラジャーを手にして豪快に笑った。
あの、ここ男子更衣室の表示があったんだけど・・・
深く考えるのはよそう、何も得しない。
「神崎さん、洗濯ありがとうございます」
オレンジのツナギを着て外へ出る。
厩舎の裏では、ちょうど神崎さんが俺達の服を干してくれていた。
「いえ、気にしないでください。手が空いていましたので・・・ふふ、お似合いですね田中野さん」
「いやあ、へへへ・・・神崎さんには足を向けて寝れませんよ、ほんと」
「ほ、褒め過ぎですよ!これくらいでっ!」
神崎さん、謙遜するけど基本的に何でもできるんだよな・・・
弱点なんてないんじゃないか?
特殊部隊?所属だし・・・
「わしの服まですまんのう、神崎さん」
「いえ、お気になさら・・・ず・・・」
俺の後ろから来た先輩を見て、神崎さんが動きを止めた。
顔が少し引きつっている。
「アレしかなかったんですよ、サイズが合うのが・・・」
「しょ、しょしょ、しょうでしゅか・・・!!」
神崎さんの顔が赤くなり、小刻みに震え始めた。
うん、破壊力高いよねアレ。
「無理せんでも笑ってくれてええんで?田中野なんぞ笑い過ぎて痙攣までしたけえの」
「そんで普通にぶん殴ったじゃないっすか、先輩」
「おまーは笑いすぎじゃ」
しょうがないじゃんビジュアルの破壊力がデカすぎるんだから・・・
先輩は、あの詰所の片隅から発見された服を着ている。
いや・・・服というか・・・
「電池駆動で換気扇も回るし、意外と着心地はええんで。子供らぁも喜びそうじゃ」
それは、競馬の騎手っぽい服装の・・・二足歩行する馬の着ぐるみだった。
ずんぐりむっくりの愛らしい造形だが、今は頭の部分を小脇に抱えているので面白さがエグい。
・・・なんでだよ!騎手か馬かどっちかにしろよ!!
何かのPR用だろうか。
ここの牧場は日本全国にあって規模がでかいし、イベントも多かったのかもしれない。
「先輩先輩、もっかい頭被ってくださいよ」
「仕方ないのう・・・」
そして先輩はおもむろにパイルダーオン。
完全体の馬妖怪へと変貌した。
神崎さんの震えがより激しくなる。
「うっく、ぷ、ぷふふ・・・!」
耐える神崎さん。
・・・俺がやれって言っておいてなんだけど、なにこの状況。
そして意外とノリのいい先輩は、その場で愉快なステップめいた動作を始めた。
ゆ、遊園地とかにいそう・・・!駄目だ俺もまた笑ってしまう!
見た目も動きもかわいいもんだが、中の人が先輩だと思うとギャップが・・・!!
「はははは!あはははははははっ!!」
とうとう耐えきれなくなった神崎さんが、お腹を抱えて大笑いしている。
うん、笑うといつもより幼く見えてかわいいな。
毎日頑張っているんだからたまにはリラックスしてほしい。
「っひひひ!ぶわはははははははははは!!ぎゃはははははははははははッ!!!!」
やっぱり俺も我慢できなかった。
小粋なダンスステップは卑怯だと思うの。
「グワーッ!?!?!?」
そして何故か俺だけぶん殴られた。
着ぐるみ着てても衝撃が貫通してくるのってチートじゃない?
一瞬意識が飛んだぞ。
「そ、それでは作業に移りましょう。私はトラックをここまで持ってきますので・・・田中野さん!なんですかその表情は!!」
笑ったりぶん殴られたりすること数分。
俺たちはやっと目的の作業をすることになった。
なにやら恥ずかしかったのか、神崎さんの顔は真っ赤だ。
「あ、ええっと・・・ゴフゥ!?」
「(褒めろ、なんでもええけえ、褒めろ)」
背後の先輩が背中に着ぐるみパンチをぶち込んできた。
地味に痛い。
「いやあ、前から思ってましたけど神崎さんって笑うと一気に年下っぽさが加速しますよね。由紀子ちゃんと同年代だって言ってもいいくらい可愛らしいですよ」
「みゃっ・・・!?」
俺がそう言うと、神崎さんは顔をさらに赤くしてもごもごと何事か呟いた。
「~~~~~~~ッ!!!!!」
かと思うと、声にならない悲鳴を上げながらダッシュで消えていった。
はっや、100メートルを5秒フラットくらいで走り抜けそう。
しかし、からかいすぎたかな?
「嫌われてないといいんだがイタァイ!?」
神崎さんの走り去った方向を見ながらそう呟くと、先輩が着ぐるみパンチを放ってきた。
今度は後頭部である。
うおお・・・景色が揺れる・・・!
「嫌われることだけはないけえ、安心せえ。トラックは神崎さんに任せてわしらは作業じゃ、はよう来い」
そう言うと、先輩はぽてぽてと可愛らしい足音を響かせながら厩舎へ入っていく。
なんだその足音・・・あっちょっと待ってくださいよ!!
「まずは飼い葉じゃ。幸か不幸か消費されとらんけえ全部持っていくで」
「うーす」
着ぐるみに続いて飼い葉の束を運ぶ。
ううん、青臭い。
けど嫌な匂いじゃないな。
神崎さんが運転してきたトラックまでせっせと運んだ。
いくらあっても困ることはないので、とにかく持てるだけ持っていくことにする。
「規模がデカいけえ、種も豊富じゃな。高柳運送の脇で馬用に育てるで」
「うーす」
今度は野菜の種やなんかの袋だ。
馬が好む野菜はニンジン、カボチャ、大豆あたりらしい。
さすが大規模な牧場、備蓄は十分だ。
これならいくら作っても余ることはないだろう。
人間も食うし。
「細かい好みはあるじゃろうが、リンゴも鉄板じゃな。育てるのは無理じゃろうが・・・」
「それは避難所との物々交換で手に入れた方がいいっすねえ」
さすがに1からリンゴの木を育てるのは難しかろう。
御神楽や秋月の敷地に生えていたはずだから、そこは交渉次第だな。
主食というより特別なオヤツ的な位置づけになるだろう。
「これで足りんことはなかろう。日中は食える雑草のあるエリアに放牧するけえ、2頭なら十分すぎるじゃろうな」
「雑草取りと食事問題が同時に片付くなんて、馬すごいんですねえ」
一家に一台・・・じゃない、一頭ってとこか?
除草剤いらずじゃないか。
「なんでもええわけじゃなあぞ?毒になる草もあるけえ、こっちで気を付けにゃあいかん」
マジか。
上手い話ってのはそうそうないもんだなあ。
「高柳運送の近所は大丈夫じゃけどな。わしが確認しとるけえ」
・・・先輩って地味にチートだよな。
強いし、何でもできるし、あと強いし。
神崎さんもそうだけど、俺の周りはマルチな才能の持ち主が多くって困る・・・困らない!!
「・・・?なんですか田中野さん」
トラックの荷台で荷物を整理していた神崎さんが、俺を不思議そうに見ている。
「いえ・・・神崎さんに見捨てられないようにもっと頑張らなきゃなって思いまして」
「駄目です!無理はなさらないでください!もうこれ以上何もしないでください!大丈夫ですから!!」
むっちゃ怒るじゃん・・・俺にニートになれと申すか。
せめて20年後くらいにお願いしたい。
無職ではあるが、何もしないというのは苦痛なのだ。
「ほれ手伝え」
「むわっぷ」
なにやら大きい段ボールを渡された。
意外と重い・・・!
なんだこれ?
「手入れ道具やらなんやらじゃな。レースに出すわけじゃなあが、それでも日々の身だしなみは重要じゃけえの・・・あれほどの馬をみすぼらしくしとるわけにゃ、いかん!」
ふむふむ。
あー・・・ブラシとかそこら辺の道具かな。
なんて言ったっけ、蹄にはめる鉄の・・・蹄鉄?の手入れとかも必要なんだっけ?
まあそこらへんは詳しい人に任せよう。
具体的には先輩夫婦とか大木くんとかに。
そんなこんなでせっせと荷物を運び、2時間ほど経った。
中型トラックの荷台はパンパンとなっている。
「まだまだあるが、腐るようなモンでもないし急に必要になるわけでもなあ。今日の所はこれくらいでええじゃろ」
とのことなので、本日の作業は終了・・・ではない。
「いいんですか?」
「・・・荷物は運び出したし、延焼の心配もなあ。埋めてやるのが一番じゃが、重機がないけえな・・・」
俺たちは、厩舎にいる。
あの、馬たちの死骸の山の前だ。
先程とは少し周囲の状況が変わっている。
放置された山の周辺を、先輩が八尺棒でぶっ壊して空間を広げたのだ。
周囲の床も、四角形の形に堀を巡らせたようにしている。
コンクリの床を破壊したのは、もちろん先輩・・・ではなく、神崎さんが持ってきた爆薬を少量ずつ使ったのだ。
さらにはこの区画だけが燃えるように、高い天井にも穴まで開けている。
さすがに厩舎全部を燃やすのは山火事の心配があるしな。
「・・・心苦しいですが、このまま放置する方が可哀そうです。燃え残った後で灰を回収して、改めて埋葬しましょう」
神崎さんもついて来てくれている。
「・・・南無阿弥陀仏」
手を合わせて冥福を祈る。
馬の死骸はここにあるが、人間の死体はない。
たぶんだが、周囲の山のどこかに雑に埋められているんだろう。
あいつらも、人間の死体を生活空間に放置まではしていないようだった。
「今度産まれてくる時は、レースに・・・いや、そんなもんに参加せんでも、好きに走り回れるといいのう・・・」
目に涙を浮かべ、先輩がマッチを擦った。
しばらく逡巡した後、それを放る。
「成仏・・・せえよ」
先輩が消え入りそうな声で呟くと同時に、マッチが床に落ちた。
あらかじめ撒いていたガソリンに引火し、古くなった飼い葉や燃えやすい廃材に囲まれた死骸が炎に包まれていく。
その煙は天井の穴を抜け、青く晴れ渡った空に吸い込まれていった。
俺たちは火が大きくならないようにしばらくその場で観察し、厩舎から出た。
この分なら延焼の心配はないだろう。
「帰りますか、先輩、神崎さん。みんな待ってますよ」
「おう・・・」
先輩はいつもより元気がない。
まあ当たり前か。
好きな馬たちが無残に殺されてたんだもんな・・・そこらへんの知らない人間が死ぬよりもキツイだろう。
「・・・いかんいかん、元気を出さにゃあ、子供らあに心配されるのう」
そう言って顔を叩こうとするが、今は着ぐるみ状態なのでぽふぽふと可愛い音が出るばかりである。
・・・いつまで被ってるんだろうか。
どうも気に入ったので持って帰るらしい。
子供たちは心配しないと思う、むしろ大人気だろう。
「・・・そういえば何か忘れているような気がする」
俺がそう呟いた瞬間、遠くから爆音が響いた。
一瞬体を固くしたが、すぐに原因に思い至った。
あー・・・生かした情報源の所に置いてきた時限爆弾か。
全然爆発しないから完全に忘れていた。
「・・・タイマーの設定時間、長すぎじゃありません?」
「すっかり忘れていました。この音の感じからすれば、結局脱出できずに室内で死んだのでしょうね・・・勿体ないのでブービートラップは破損していなければ回収しましょう」
というわけで、この爆発をもって瀧聞会は(たぶん)完全に壊滅した。
色々と思う所はあるが、世界がほんの少しだけ安全になったな。
それはそれでヨシ!!
俺たちはトラックに乗り込んで帰還することにした。
・・・面積の関係上、先輩は荷台である。
外から見るとシュールな光景だろうな。
「ひゃああああっ!待って欲しいであります!自分は食べても美味しくないでありますう!!」
特に何事もなく高柳運送に到着した。
門を開けて中に入ると、何故か式部さんが仔馬に追いかけ回されている。
気に入られたんだろうか。
「にいちゃんおっかえりぃ!オミヤゲいっぱいだねえ!」
「おかえり~おじさん!」
そのシュールな光景に目を奪われつつトラックから降りると、朝霞と璃子ちゃんがやってきた。
「おうただいま・・・どしたのアレ?」
「茜おねーちゃん、なんかあの子にむっちゃ気に入られたっぽいよ?さっき来たんだけどずうっと追いかけられてんの」
へえ・・・久しぶりに見たけど元気そうで何よりだな。
本人は必死っぽいけども。
「にいちゃんツナギも似合うね!あーしもオソロ探してこようかな~」
妙な部分に喰いつく朝霞である。
「あっ!いっ!一朗太さああああああん!!お久しぶりでありますうううううううっ!!助けてくださいいぃいいいい!!」
俺たちを確認した式部さんが、猛然とこちらへ走ってくる。
仔馬のおまけつきで。
「うおっとっと!」
走り込んできた式部さんは、即座に俺の後ろに回って背中に抱き着いてきた。
っていうかもう強制おんぶみたいな感じになってる。
飛びついてきたが正しいな。
「ぶるるっ!ひひん!!」
「おーおー、ただいまボウズ。おねえちゃんが怖がってるぞ、優しくしてあげろよな・・・あばばばばば」
興奮した様子の仔馬が、鼻息荒く俺の顔を舐め回してきた。
相変わらず青臭い。
しばらく舐められながら首を撫でたり叩いたりしていると、ようやく落ち着いてきたようだ。
新しいお客さんを見て興奮したんだろうか。
「元気いっぱいだな、おかあちゃんは・・・あそこか」
仔馬を撫でながら視線を巡らせると、倉庫が目に入った。
「半日も経ってねえのに・・・立派な家ができたもんだなあ。デラックスじゃんか」
「ひぃん!」
半分に区切られた倉庫が、立派な馬房に変貌している。
コンクリの床にはおが屑がやわらかく敷き詰められていて、前の部分には脱走防止用の柵と簡単な門がある。
柵には餌を入れられるようにポリバケツが固定されていて、さっき見た竜庭牧場の馬房と比べても遜色がない。
これは・・・大木くんが頑張ったんだなあ。
「大木さんがむっちゃ頑張ったんだよ!私達も手伝ったけど・・・もう、すっごく働いてたんだ!ビュビューッって!!」
璃子ちゃんの発言はわかるようでわかりにくいが・・・まあ、その通りの働きだったんだろう。
その居心地はなかなかいいようで、ヴィルヴァルゲがくつろぐように寝転んでいる。
それでも絶えず視線と耳はこちらへ向けられているが、ここには危険な人間がいないと理解しているのかさほど警戒はしていないようだ。
「おう、大木・・・ええ仕事したのう!」
その出来栄えに興奮したのか、荷台から先輩が飛び降りてきた。
着ぐるみのままで。
衝撃吸収に優れているらしく、その着地音はかわいらしいものだった。
「ひょっ・・・ひょっとしてナナおじさん!?」
「へえ~!かーいい!かーいいし!!」
朝霞はこういうのが好きなのかぴょんぴょん跳び跳ねているが、璃子ちゃんは目を丸くしている。
そこかしこにいた子供たちも一斉に視線を集中させた。
まあ・・・そりゃ、見るよな。
俺も見ちゃうし。
「!?」
うおっヴィルヴァルゲが一瞬で立ち上がった。
見慣れない馬の妖怪にびっくりしたようだ。
仔馬の心配というよりも『何この生き物・・・?』みたいな感じだけど。
「ひゃあああ~~~~~~!!!」
かと思えば、社屋の方から巴さんが物凄い勢いで走ってきた。
「むーさん!むーさんかーわいい~~~~~!!!」
そしてその勢いのまま、地面を踏み切って全力ジャンプ。
思いっきり抱き着いた。
先輩の方もかなりの衝撃だろうが、微動だにしていない。
「おうまさんだー!」「へんなのー!」「おじちゃんたち、おかえり~!」
巴さんに続き、子供たちまでわらわらと寄ってきてしまった。
これは・・・先輩に手伝わせるのは後だな。
俺達で荷下ろしを始めちまおうか。
「神崎さん、俺達で・・・」
「はい!お手伝いしますね!」
「自分も!自分もお手伝いいたします!」
「あーしも!」「わたしもー!」
おっと、予想以上に手伝いが多かった。
こりゃあ積み込んだ時よりも楽に済むかもしれんぞ。
「ぼ・・・く・・・も・・・」
「キミは寝てなさい、寝ろ」
駐車場の影の部分でミイラになっていた大木くんには、ノールックで毛布を投げつけておいた。
死にかけじゃんか、キミ・・・どんだけ頑張ったんだよ、目に生気が全くないぞオイ。
というわけで、いちゃつく先輩夫婦は置いといて・・・俺たちは荷下ろしを始めることにしたのだった。
追伸。
後藤倫先輩は着ぐるみがツボにハマったのか、しばらく地面で笑い転げていて使い物にならなかった。
更に追伸。
仔馬は着ぐるみが大層気に入ったようで、その顔面が涎でベットベトにされていた。
先輩は大喜びだった。




