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7話 結構多い馬好きたちのこと

結構多い馬好きたちのこと




どんな風の吹き回しか、俺達を受け入れてくれた馬2頭を連れて高柳運送に帰ることとなった。

もちろん手綱なんかは付いていないのでどうしようかと思ったが・・・その心配はなかった。

母馬・・・ヴィルヴァルゲは、そんなものがなくても静かに俺たちの横を歩いてくる。

そして・・・


「懐かれたのう、やっぱりおまーを連れてきたんは正解じゃったわ」


「酢昆布的な意味で好かれてんじゃないですか?これ」


仔馬の方はというと、俺の左手をひたすらしゃぶりながら歩いている。

正確には手を丸々口の中に入れて舐めまわしている感じ。

くすぐったいし、何より手が涎でドロドロなんだが・・・


「ひひん」


当の仔馬はご機嫌なので手をどけるのもためらわれる。

とりあえず移動しなきゃならんしなあ。


「・・・俺の手からなんか飼い葉的な匂い物質でも分泌されてるんだろうか・・・」


いや、サクラとかもよく甘噛みしてくるから飼い葉じゃないな?

真面目に考えるのがアホらしくなってきた。

便利でいいねえ!(学名・思考停止)



「おっきいねえ・・・」「かっこいい~」「でもよこのあかちゃん、かわいいねえ」


高柳運送まですぐに着き、門を開けると駐車場には住人が勢ぞろいしていた。

皆・・・特に子供たちはお馬さんに興味津々らしい。


「はわぁあ~~~!近くで見るとやっぱり綺麗!芸術品ですっ!人類の至宝ですっ!!」


「むぎゅう」


・・・巴さんが一番興味津々だな。

そして葵ちゃんはすっかりぬいぐるみ扱いされている。

嫌がってはいないようだからいいか。


「先輩、それでどうしますか?」


「まずは倉庫の左半分を空ける。馬たちはここにいてもらうけぇ、面倒みとってくれ」


七塚原先輩はそう言うと、ヴィルヴァルゲの首を掌で軽く叩いた。


「立派な家を作るけぇのう、まちーと待っとってくれや」


その声に、彼女は軽く嘶いて頭を下げた。

・・・言葉わかってそうだな。

賢いな、馬って。


「子供らぁも、小さい荷物運ぶ手伝いしてくれぇや。みんなで寝床を作ってやろうで」


「「「はーい!!!!」」」


先輩の指示に、子供たちは楽しそうに両手を上げて答える。

うーん、まるで保育園の行事みたいな雰囲気だな。

・・・七塚原先輩は園長先生っていうより傭兵さんって感じだが。


「・・・わふん」


「お、ただいまサクラ・・・どうしたお前」


作業に移る人員を見ていると、社屋から出てきたサクラがこっちへ来た。

来たが・・・いつも振り回される尻尾は股下に引っ込んでいる。


あ、なるほど。

この子、馬見るの初めてだもんな。

そりゃビックリするだろ。

ヴィルヴァルゲはもとより、仔馬でも余裕でサクラの何倍もあるしな。


「サークラ、新しい家族だぞ~。馬っていうんだ、おとなしくて優しいから怖くないぞ~」


「わふ・・・」


『それマジ?どこ情報よ?』みたいな感じの顔で恐る恐るサクラが近付いてくる。

あ、今なーちゃんも社屋から出てきた。

あっちは・・・うん、むっちゃ走ってきたな。

尻尾の感じを見るに気後れはしてなさそうだ。


「ひん」


俺の手をしゃぶり倒していた仔馬は、近付いてくる2匹に気付いたようだ。

マイアームはやっと解放された・・・


「わふ」


「バウ」


「ひぃん」

・・・

なんか挨拶でもしてるみたいだな。

仔馬は、サクラと追いついてきたなーちゃんにゆっくり顔を近づける。

その目はさっきのように好奇心でキラキラしていた。


仔馬がその鼻面をまずサクラに押し付けた。

匂いでも嗅いでいるんだろうか。

サクラはくすぐったそうにしながら、その鼻面をひと舐め。

続いてなーちゃんが体当たりでもするように体を寄せ、やっぱり仔馬の顔をひと舐めする。


しばらく3匹はそうしてじゃれあっていたが、なーちゃんが軽く吠えて身を翻すと、まずサクラが楽しそうに吠えて後を追う。

仔馬は行きたそうな雰囲気を出しつつ、ヴィルヴァルゲに振り向く。

母親からアイコンタクトで許しが出たのか、仔馬は嬉しそうに嘶くと2匹を追って走り出した。


さっきまでしまわれていたサクラの尻尾は、追いかけてくる仔馬を見ても大回転している。

どうやら仲良くなれたようだ。


「おかあちゃん、あの子たちはウチの家族なんだ。いい子だから安心してくれよ」


追いかけっこに勤しむサクラたちを見つつひっきりなしに耳を動かしていたヴィルヴァルゲは、俺の方へ優し気な視線を向けた。

ふう、大丈夫そうだな。

・・・そういえば牧場には牧羊犬とかもいるだろうし、犬くらい見たことあるだろう。

馬からすれば、子犬やちょっと大きいくらいのワンちゃんは脅威に値しないということもあるだろうが。

この国には狼とかいないし。


「お帰りイチロー、随分な美女を連れて帰ってきたんだな」


ライフルを持ったアニーさんがやってきた。

ヴィルヴァルゲがそれを見て一瞬剣呑な雰囲気を出したが、アニーさんはすかさず両手を軽く上げて振る。


「おっと・・・馬肉を食わねばならんほど困窮はしていないよ、レディ」


その声の調子と表情に、ヴィルヴァルゲは警戒を解いたようだ。

何歳か知らないが、賢いな。

馬ってみんなこうなのかな?


「いい馬だ・・・本国でもそうそうお目にかかれるものじゃないな、これほどの牝馬は」


「へえ、アニーさんって馬に詳しいんですか?」


「親戚が牧場を経営していてね、麗しい少女時代にはよく手伝いをしたものだよ」


自分で麗しいとか言うのね・・・まあ、今がこれだけ美人なんだからそりゃあ綺麗な女の子だったんだろうけども。

しかし牧場経験者か、ありがたい。

世話のことなんか1ミリもわからん俺からしたら救世主だ。


「ワオ!ベッピンサン!『日本の有名な競走馬ね!映像では見たことあるけど・・・うーん、これならまだ第一線で走れるんじゃない?』」


なんかエマさんも来た。

彼女は目を輝かせてヴィルヴァルゲに見入っている。

・・・スルーしてたけどなんでパッと見でメスだってわかるのこの人たち。

俺は仔馬が一緒にいないとわからんかったぞ。

この子むっちゃデカいし。

七塚原先輩はヴィルヴァルゲが牝馬にしては規格外のガタイだって言ってたし。


「おや、私よりもよほど役に立つ助っ人が来たな。イチロー、エマの実家は牧場だ」


・・・マジで!?

牧場関係者多すぎじゃない!?


「そちらのお国、牧場多すぎでは?」


「まあ、我々はそういう地域の出身だからな。キャシディは西海岸だから違うがね」


あー・・・なんか南の方?

でっかい畑とかでっかい牧場とかがいっぱいあるあたりか。


「ちなみに私とエマは同じ州出身だが距離は600キロは離れているがね」


「スケールがデカ過ぎる・・・」


そうだった。

アニーさんたちの国は我が国が何個も詰め込めるくらいデカいんだった。

ひたすらひろーい荒野もいいよなあ。

こっちは山ばっかりで狭いもん。

両方にメリットデメリットはあるけどさ。


「ハロー?『初めまして、黒い貴婦人さん。いい毛艶ねえ・・・大事にお世話されてたのね?』」


エマさんがゆっくり近付いてヴィルヴァルゲの肩?や背中を撫でている。

なんというか・・・慣れてる感じ!

さすが実家が牧場。


撫でられているヴィルヴァルゲは悠然と構えている。

周囲の人間が自分に危害を加えないと認識しつつあるのだろう。

だが、目だけは定期的にサクラたちと遊んでいる仔馬の方へ向けられている。


「うーむ、彼女は本当に素晴らしい馬だな。エマは知っているようだが、そこらの有象無象ではないだろう」


え、エマさん知ってんの?

日本の競馬までチェックしてるとは中々のマニアですな。


「えーっと、ヴィルヴァルゲっていうむっちゃ凄い馬だって先輩が言ってたんですけどうおっ!?」


「ソレホント!?『今ヴィルヴァルゲって言ったわよね!?言ったわよね!?』」


さっきまで馬を撫でていたエマさんが俺の目前に!?

名前に反応してたな、やっぱ知ってるのか? 

やめてください!そんなに抱きしめなくても話はできますから!!


「ほ、ほんとです・・・ええっと『本当です、知ってるんですか?』」


「ワオ!『あの毛並み・・・あの馬体!やっぱりあの子の娘なのね!!こんな所で会えるなんて・・・!!』」


エマさんは感極まったように目を潤ませている。

そして俺を抱きしめる力がどんどん強くなっている。

ぼ、母性に、母性に殺される・・・!


「『おい落ち着け。イチローを谷間で絞め殺す気か・・・変な性癖でも湧いたらどうする』」


「『あら、男は皆胸が大好きでしょ?』」


「『いや・・・私が見た所コイツは尻派だな、うん』」


アニーさんが何を言ったのか、やっと俺は解放された。

し、死ぬかと思った・・・死に方としては上位に入るかもしれんが、まだ死にたくはない。


「ブルル」


「あで」


ヴィルヴァルゲが鼻面を顔にぶつけてきた。

あんまり痛くはないがビックリするじゃないか。


「なんだ?腹減ったのか?」


そう聞くも、彼女は頭をフルフルと動かしてまた軽く頭をぶつけてきた。

なんだよもう・・・まあ、嫌われてる感じじゃないからいいか。

初めは気を張っている様子だったが、安全地帯に到着して安心したのだろうか。

仔馬がいるからな・・・ずっと1人、いや1頭でよく生きてたよなあ。


「ま、同居人・・・同居馬になったからには心安らかに過ごしてくれよ。レースに出ろとか言わないからさ」


「ブル」


わかっているのかいないのか、彼女はまたも頭をぶつけてきた。

うーん、アレか?

猫が頭をこすりつけてくるのと同じようなもんかな?

身近に馬がいなかったからわからん。


「イチロー」


おっと、アニーさんがエマさんに事情を聞いたようだ。


「彼女が言うには、このお嬢さんは本国で有名な馬の血統らしいよ。それで知っていたとか」


「へえ・・・さすがブラッドスポーツですね」


馬ってのは人間以上に血筋が重視されるってどこかで聞いたな、先輩に言われたんだっけ?

先輩があれほど必死になったのはそういうことか。

血筋を繋いでいくってことは、何かあって断絶したら一大事だもんなあ。


「『うーん!いい子いい子!アナタ、いい男に拾われたんだからね~幸運よ~!さすがダービー馬!!』」


「ヒヒン」


当のエマさんは夢中でヴィルヴァルゲを撫で回している。

本当に馬が好きなんだなあ・・・

撫で回されている方はちょっとめんどくさそうにしている気がするが。


「ちわーっす、三河屋で~・・・馬だ!馬がいる!!」


叫び声に振り向くと、詩谷から帰ったらしい大木くんの姿があった。

荷物を置かずにそのまま来たのか、バイクの荷台には撮影機材らしきものがそのまま残っている。


「青鹿毛に・・・あの流星・・・まままままさか!?」


かと思えば小刻みに振動を始めた。

どうした急に。


「たったたたた田中野さん!!田中野さん!!あのカッコいい馬の名前って知ってますか!?!?」


「・・・ヴィルヴァルゲ」


そう返すと、大木くんは力なく地面に膝を突いた。

本当にどうした急に。


「・・・う、ううう・・・うう、う」


前のめりになった大木くんは、先程にも増して高速で振動を始める。

えっなにこれこわい。



「ウワーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!名牝ッ!!!生きててよかったァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」



そしてそのまま地面でブレイクダンスめいた挙動を取り始める。

意外と体幹が強いなコイツ・・・申し訳ないが死にかけのセミみたいで超気持ち悪い。

アニーさんたちも普段見たことのない生き物の出現にドン引きしている。

子供たち?とっくに大木くんの奇行には慣れっこなので放置して片付けしてるよ。

あの子たちの順応性は俺より高い。


「お、思い入れがありそうだな・・・大木くんよ」


「単勝11倍を僕にくれた天使・・・いや女神ですよ!!あの時はほんっとにありがとうヴィルヴァルゲ!!おかげで220万の大黒字だったよおおおおおおおおお!!!!!」


11倍で220万ってーと・・・コイツ20万も馬券にぶち込んだのか!?

先輩とは違って、大木くんは競馬も馬も好きそうだ。


「その金でいいバイク揃えられたんですよ!!ヴィルヴァルゲちゃんには足を向けて寝れませんよォ!!!」


「お、おう・・・」


当の女神は『何この生き物・・・こわ』みたいな感じで明らかに引いているが大丈夫か?

いや、誰だってそう思うがな。


しばらく地面をのたうち回っていた大木くんは、急に落ち着くとスッと立ち上がった。

なんだそのイケメン顔は。

清々しい顔しやがって。


「・・・落ち着きました」


ほんとにぃ?

信用ならんでござるな?


「僕も馬房の整備手伝いますよ。不世出の名牝のためならいっくらでも・・・」


何故か腕まくりをした大木くんは、駐車場のある部分を見て動きを止めた。

そこには、犬たちと楽しそうに走り回る仔馬の姿が!!

・・・だけど、それが何か?


「イマスネ、コウマ」


「なんで急に片言になってんのキミ」


「コウマ、イマスネ」


「なんで繰り返すのキミ」


大木くんの目に今まで見たことのない光が宿っている。

なんだろう。

爛々と光り輝いている。

こわ。


「・・・ヴィルヴァルゲの子供・・・あの体付きなら間違いなく生後1年未満・・・タイミングと牧場通信からして・・・間違いなく・・・間違いなく・・・!!!」


かと思えば、急に大木くんは盛大に涙を流し始めた。

本当に、本当にどうしたお前!?


「ああああ・・・いき、いきててよがっだあああ・・・ぼぐも、うまもォ・・・いぎででえがっだあああ・・・!!!!」


大木くんはどこからか取り出したでっかいバスタオルを顔に押し当てて地面に座り込んだ。

情緒ぶっ壊れてるじゃん・・・今までで一番感情の振れ幅がでっかいじゃん。


「あの、田中野さん・・・お、大木さんはどうされたんですか?」


神崎さんが倉庫の手伝いを切り上げてこっちへ来た。

さすがに緊急事態だと思ったんだろう。


「俺にも皆目見当がつきません、あの仔馬を見てからこうなって・・・神崎さんは馬に詳しいですか?」


「いえ、ギャンブルには興味がありませんでしたから。馬は綺麗だと思いますけれど・・・」


たしかに、神崎さんがギャンブルにのめり込むイメージわかないもんな。

先輩がいればいいんだが・・・残念ながら分解したプールを運ぶ途中なので手が離せなそうだ。

っていうかいくら小分けにできるっていっても1人で持つなよ・・・最低でも30キロくらいはあると思うんだけど・・・


「落ち着きました」


「ほんとにぃい!?」


目を真っ赤にした大木くんがすっくと立ちあがった。

立ち直りが早すぎるぞオイ。


「僕は・・・田中野さんたちに出会えてほんとによかったです・・・」


「オイ死亡フラグみたいな発言止めろ縁起でもない」


これから爆弾抱えて特攻しますって面しやがって。

そんなにあの仔馬が好きか。


「田中野さんは知らないでしょうけど、あの仔馬の父は僕がこの世で一番好きな馬なんです」


「マジで?オヤジさんも有名なんだ」


「当たり前でしょう!?ヴィルヴァルゲに種付けするんですよ!?そこらへんの一般オス馬を付けれるわけないでしょ!?!?」


うわぁ!?急に興奮するなよ心臓に悪いなぁ!


大声を出して落ち着いたのか、大木くんは深呼吸して話し始めた。


「・・・生涯戦績50戦7勝、獲得賞金7億6000万円・・・稀代の癖馬にして、稀代のトリックスター」


急にいい声で語り出すじゃん・・・CMかな?

その顔は、まるで少年のようにキラキラ輝いていた。

・・・よく考えたら少年は競馬でキラキラしねえな。



「シルバーコレクターにして、愛さずにはいられない名馬・・・『シュターレバイター』」



名前カッコいいなオイ。

名馬ってカッコいい名前しかいないのか?

しかし7億円も稼いでんのか・・・ヴィルヴァルゲの2桁には及ばないが、そこら辺のサラリーマンの生涯年収より多いじゃないか。

競馬ってすげえんだなあ。


「本来は『シュターレヴァイター』が正式な発音なんですけど、競走馬の名前は9文字じゃないと駄目って制限があるんでそうなりました」


また1つ明日に使えない豆知識を得てしまった。


「体を壊さずに50戦を駆け抜けて、最後の最後・・・引退レースでG1を勝ち取った最高の馬ですよ」


よく知らんけど50回もレースって出れるもんなの?

アレ1回でも死ぬほど疲れそうなんだが。


「その口調を聞く限り、かなりの人気馬って感じ?」


「ですよ!!特に引退レース中継なんか、情報を正確に伝えないといけないはずのアナウンサーが最終直線でただの競馬おじさんになってるくらいですからね!!」


それは・・・アナウンサーとしてどうなの?

ラジオ聞いてる人からクレームとか入らなかったんだろうか。


「『シュターレバイター、シュターレバイター!!差しきれ!!!』ってね!いやあ・・・思い出すだけでも、なみ、涙がで、出そうですよ・・・」


「出てる出てる」


追加の涙がボロボロ出てるよオイ。

馬含めて皆さんドン引きしてらっしゃるぞ。


「とまあ、あそこの仔馬はその馬のラストクロップなんです」


「らすとくろっぷ?」


「種牡馬が残した最後の仔馬世代のことですよ。シュターレバイターは去年亡くなりましたからね・・・15歳、早すぎますよ・・・」


そしてまた泣くし。

15歳で早いってことは・・・馬は30年前後の寿命ってことか?

結構長生きさんだなあ。

これは腰を据えて面倒を見なければならんぞ。


「よし!おが屑集めてきます!!馬房に必要でしょうから!!」


大木くんは赤い目のままバイクへダッシュしていった。


「おーい、詩谷から帰ったばっかでそんなに急がなくても―――」


「ヴィルヴァルゲとシュターレバイターの子ですよ!?なんとしても守らなきゃいけんでしょうが!!!正気ですか田中野さん!?!?」


「アッハイ」


心配したら正気を疑われた件について。

彼にとってあの仔馬はかなり思い入れがあるということだな、うん。

もう任せてしまおう。

何故か木材屋の場所も知ってるみたいだし。


そして大木くんはものすごいスピードで出て行った。


「ブルル」


「おう・・・なんか、キミの旦那さんの大ファンなんだとさ」


呆気に取られていたヴィルヴァルゲが寄ってきた。

相当驚いたのか、大木くんの去った方向をじっと見つめている。

首を撫でると、ちょっと汗をかいているようだ。

そうか、馬って汗かくんだなあ。


「なんにせよすげえな、おかあちゃん。現役時代のファンがそこら中にいそうだなあ」


「ヒン」


多くの人を魅了した稀代の名馬、か。

こりゃ、とんでもない住人が増えたもんだ。


「なあイチロー、さっきの彼が叫んでいた名前を覚えているか?エマが知りたいらしい」


アニーさんが尋ねてきた。


「えっと、たしかシュターレバイターとかなんとか・・・」


この感じはジャガイモが名産の国の言葉だろうか。

響きがカッコいいよな。


「『シュターレヴァイターってことは・・・ワオ!やっぱりそうじゃない!!』」


それを聞いてエマさんは仔馬の方へ走って行った。

ヴィルヴァルゲは一瞬反応したが、危険はないと判断したのか追おうともしなかった。


「『おチビちゃん!!あなたルイガーゾンタークの孫なのね!!こんな島国で会えるなんて素敵よ!!素敵!!!』」


そして何事か興奮しながら仔馬に抱き着いた。

仔馬の方はビックリしたものの、しばらくすると嬉しそうにその顔をべろんべろん舐め始めた。


「・・・お爺ちゃんまで有名なんですねえ」


「ブラッドスポーツだからな。ちなみに祖父はルイガーゾンタークという馬だぞ?」


「爺ちゃんも名前かっけえな・・・」


「故国でのレース成績も凄まじいが、かの馬は種付け馬として特に有名だ。・・・男として憧れるか?イチロー?」


「愛のない種付けに興味はありませんね、ええ」


何が悲しくて好きでもない相手にDNAだけ提供せにゃならんのか。


「ほう・・・愛のある種付けには興味があるということだな・・・?」


アニーさんが急にしなだれかかってきた。

畜生!!馬に気を取られてうかつな発言を・・・!!


「ウワーッ!?藪蛇だ!!ハメられた!?」


「ハメるのはキミだよ、うふふ」


「たすけて!誰か!誰か女の人呼んでえええええええええええ!!」


俺のシャツに手を突っ込もうとするアニーさんからひたすら逃げ回る羽目になった。

神崎さんとヴィルヴァルゲが止めてくれなければ即死だった・・・いや、ヴィルヴァルゲの方は『うるせえ黙れ』って感じだったけど。

しかし、ありがとうヴィルヴァルゲ!今日で一気にファンになったよ!!



「わしらぁが働いとる間に随分とまあ楽しそうじゃったのう」


「返す言葉もございません、ハイ」


倉庫の半分を綺麗にした七塚原先輩に怒られている。

ぐうの音も出ない。


作業が一段落してがらんどうになった倉庫の前では、子供たちが仔馬を撫でたりしている。

ヴィルヴァルゲにはエマさんが付きっ切りで汗を拭いたりしているが、子供たちは大きい馬がちょっと怖いらしく腰が引き気味だ。

璃子ちゃんと葵ちゃん、それに朝霞だけが物怖じせずに撫でている。

馬2頭は嫌がっている風ではないので、まあ安心か。

なんとかここでもやっていけそうだな。


「まあええわい。大木がおが屑集めてくれるんじゃったら、わしらも出かけるで」


「ああ、飼い葉でも回収するんですか?」


「うんにゃ、それだけじゃなあ。他にも回収したいもんもあるし、調べたいこともある」


結構いろんな所に行くみたいだな。

この時間からだと結構遅くなりそうだ。


「了解でーす。軽トラ出しますか?」


「ここの中型トラックがええじゃろう。あるだけ持ってくるけえ」


・・・何を回収するか知らんが、結構な大荷物だな。


「武器はしっかり用意せえよ、できりゃあ神崎さんにも来てもらいたい所じゃのう」


「マジすか、それじゃ早速頼んで・・・」


「問題ありません、いつでも出撃可能です」


神崎さんの準備が早ァい!?

いつのまに完全武装したんですか!?


「あの、それでどこまで行くんすか先輩」


俺がそう聞くと、七塚原先輩は山の方角を見て言った。



「竜庭牧場・・・あの親子がおった所じゃ」



なーるほどね。

確かに、牧草を探して歩くよりずっと効率的だな。

久しぶりの地元探索に、俺はちょっとワクワクしていた。

※現実世界とこの世界では、活躍した馬の年代も結構適当です。

タイムパラドックスが発生していますので深く考えないでください。

あと、馬自体も架空ですので・・・(あからさまなモデルはいますが)

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