58話 避難準備と多重膝枕のこと
避難準備と多重膝枕のこと
「ミチヨさーん、これはどうするんですか?」
用途不明の農機具を持ちつつ、どこにいるかわからないミチヨさんを呼ぶ。
すると、畑の一部ががさりと動いた。
「はいはい・・・ああ、それは持っていけないねえ。倉庫に入れておいてくれる?」
「了解でーす」
指示通りに抱えた農機具を持っていくことにする。
しかしこれ、マジで何に使うんだ?
武器にしたら結構強そうなんだが・・・
「ばあちゃん!収穫終わったよ~」
ミチヨさんの反対方向から、顔に土汚れを付けた朝霞が顔を出した。
両手には赤赤としたトマトがどっさり。
・・・なんで鼻の頭がそんなに汚れるんだよ。
モグラかな?
アイツの前世属性がどんどん増えていくなあ。
「朝霞ちゃんありがとうねえ。それは持っていけないから食べちゃいましょう」
「わーい!あーし、ばあちゃんのトマト大好き!」
「あらあら、今食べてもいいわよ?」
許しが出るや否や、朝霞はトマトにかぶりついた。
せめて拭こうよ・・・野性味がえぐい。
「一朗太ちゃん、このくらいでいいわよ。休憩にしましょうね」
「はーい」
倉庫から出てきた俺に、ミチヨさんがそう言ってくる。
うーん働いた働いた、体が凝っているなあ。
お茶が恋しいぜ。
さて、俺たちは何をしているのかというと、ミチヨさんの引っ越し準備の手伝いである。
いや、引っ越しというよりは避難の方が正しいか。
以前古保利さんが言っていた、民間人の避難だ。
にっくき『レッドキャップ』のミサイル陣地を潰したことで、ここらへんの海を我が物顔で航行できるようになった。
そういうわけで、龍宮側から船を出して希望者は避難できることになったのだ。
もちろん、ミサイル以外の遠距離攻撃手段の危険性はあるが・・・今はない。
何故かというと、あれから『レッドキャップ』は中央地区にとんと現れていないのだ。
今も古保利さんの部下の皆様が24時間態勢で監視をしているが、不気味なほどに何の動きもないのだという。
奴らは揃って北地区に引き籠り、何の行動も起こしていないのだそうだ。
・・・ぶっちゃけそれはそれで何やら不安だが、とにかく船を出すなら今ということらしい。
ミチヨさんはその第一陣で、御神楽高校へと移動することになっている。
向こうには孫のきいちゃんもいるし、ここで1人にしておくよりもだいぶ安全だろう。
なんたって向こうは警察、自衛隊、そして駐留軍が守っているのだ。
ミサイルを封じた今、いきなり『レッドキャップ』が突撃を仕掛けるとは思えない。
やつらは有能な特殊部隊、さすがに損得勘定はできるだろう。
「これも持っていけないからしっかり食べてね」
「うわあ、ありがとうございます!」
そう言いつつ、ミチヨさんに渡されたのは大きなぼたもちだ。
縁側に腰かけた俺は、お茶と相性抜群なそれにかぶりついた。
・・・うっま。
やさしい甘さが口いっぱいに広がる。
天国って意外と近所にあったんだなあ・・・
「ももむい、むも」
「朝霞、口にものを入れて喋らな・・・」
ハムスターに進化しかけた朝霞に声をかけると、一瞬で飲み込んでいた。
すぐに指示を聞くのはいいことだが、喉に詰まるぞ。
「めめむ・・・みゅ・・・」
朝霞は目を白黒させている。
言わんこっちゃないなあ、もう。
「まったくもう・・・誰も取らねえってのに・・・」
お茶を差し出すと、朝霞は一気にそれを飲み干した。
「っぷは!死ぬかと思ったし・・・」
「〇ーウィン賞も真っ青な間抜けな死因になるぞ。落ち着けよなもう・・・」
「えへぇ・・・」
そう言って頭をなでてやると、朝霞は猫のように目を細めた。
「あらあら、いいお兄ちゃんねえ」
「いささか年が離れすぎてますけどね。手のかかる妹ですよ」
いちいち親戚だと訂正するのも面倒になってきた。
もういいや妹でも。
どうせ1人はいるんだし、もう1人増えた所で何も困らんわい。
「ちょーっと!あーしはにいちゃんの妹だけど、マジの妹扱いはごめんこーむるし!」
「・・・哲学の問題か?」
急に難しい言葉遊びはやめていただきたいものだ。
ま、元気になったのはいいけども。
「えーっと、それで・・・引っ越しの準備はこれで終了ですかね、ミチヨさん」
考えても答えは出そうにないので、庭に視線を移す。
野菜はあらかた収穫を終えたから、何やら寂しくなったな。
「そうね。あの子たちは自衛隊の人が運んでくれるって言うし・・・」
庭先の鶏舎には、以前と変わりなくニワトリちゃんがいる。
今日も元気だ。
「でもいいんですか?御神楽に全部寄付しちゃって」
「私じゃあどうしたって1人で消費できないもの。紀伊子たちのためになる方がいいでしょう?」
ミチヨさんはニワトリちゃんを御神楽にそっくり進呈するようだ。
もったいないとは思うが・・・欲がないねえ。
まあ、だからこそすんなり保護が認められたんだろうけど。
俺が口を利くまでもなかったし。
「畑はこのまま放っておけばいいし、種だけあればいいからね。いつ戻れるかわからないけれど・・・盗まれて困るモノなんてないのよ?」
・・・確かになあ。
現状で一番大事なものは食料だ。
現金や貴金属なんてあっても邪魔になるだけだしな。
「それよりも紀伊子に会えるのが楽しみでねえ・・・それだけで他には何もいらないわ」
「向こうもそう思ってるでしょうねえ」
ほんと、いいお祖母さんだ。
この状況下でいったん離れた肉親と会えるって言うのは冗談ぬきで天文学的な確率だろうしな。
俺みたいにどこでもホイホイ行けるなら別ではあるが。
「あーしも落ち着いたら会いに行くかんね!にいちゃんの車で!」
「うふふ、楽しみにしてるわね」
そしてすっかり高柳運送に移住する気満々の朝霞である。
さらに俺は運転手に指定された。
いやまあ、別にいいけど。
もう既に子供もいっぱいいるし、今更1人2人増えても問題はないだろう。
「かあさんとアニーちゃんも一緒だし、こことあんまし変わらないね!にいちゃん!」
「ああそうだ・・・えっ」
アニーさんも一緒に住むの!?
拙者初耳なんだが!?
「どしたの?にいちゃん」
「あー・・・いや、3人も増えるから田んぼでコメとか作れそうだなって思ってな」
もう突っ込む気力も起きない。
まあ、高柳運送の防衛力が強化されるんだからいいことだ、いいこと。
斑鳩さんも同国人が増えて嬉しいだろう、そうだろう。
・・・高柳運送、女性の比率が高くなってきてない?
男は俺と七塚原先輩と・・・カイトと保育園児が1人か。
やべえ・・・これは本格的に大木くんを移住させることを考えた方がよさそうだ。
「慣れたら釣りとか漁もできるかんね!にいちゃんにいっぱいいっぱいオンガエシしなきゃ!」
ニコニコとそう言う朝霞に、俺は笑って頭を撫でるのであった。
「お前は本当に光のギャルだよ・・・そのまま大きくなってくれよ・・・」
どっかの闇のギャルとは大違いだ・・・
アレとしか出会ってなかったら、俺は一生ギャルを誤解したまま生きてたなあ。
「くすぐったいよう~!だいじょぶ!おっぱいはもっともっと大きくなるから!」
「・・・俺の優しさと思いやり返してくれる?」
「みぎゃあ!?なんでぇえ!?」
ナデナデはアイアンクローに変更することにした。
そんな俺たちを、ミチヨさんは嬉しそうに見ていた。
「だからベッドは一緒でいいからな、イチロー」
「なにが『だから』ですか」
「私とキミの愛の巣だよ」
「あーもう無敵だわこの人は」
ミチヨさんの手伝いも終わり、家に帰ってきた。
龍宮からの迎えは明日来る予定なので、今晩は島最後の1日をゆっくり過ごしてもらおう。
ちなみに第一陣が非戦闘員の避難、第二陣が野菜や家畜の運搬、俺達は自前の船があるので第二陣と一緒に出る予定だ。
もちろん龍宮に引っ込むのではなく、またこの島に戻ってくる予定だ。
まだ捻り潰さないといけない連中が残ってるしな。
それはそれとして、俺は帰るなりアニーさんを捕まえて色々聞こうと思っていたのだが・・・この通りである。
「高柳運送以外にも周辺には状態のいい空き家が多いですからね。夢の一軒家とかもより取り見取りですよ」
「なんだ?キミは私と一緒に住むのが嫌なのか?・・・私は悲しいよ、あれほど熱く淫靡な夜を過ごしたというのに・・・」
「その記憶バグってるんでデフラグしといた方がいいですよ、脳の」
居間のソファに体重を預けてわざとらしく悲しむ様子のアニーさんに、俺はできるだけ冷たくそう言った。
付き合いきれないというか、まともに対応すると永遠に勝てないと思うのでこのくらいがいいだろう。
「・・・むぅ、余裕ができてきてつまらんという気持ちもあるが、好ましく思う気持ちもある。ふふふ、ゾクゾクしてきたよ」
「風邪だと思うんであったかくして寝といてくださいねー」
この人俺より日本語上手なんじゃねえかな。
なーちゃんと遊んで来ようかな・・・
「おっと、待ちたまえよ」
肩を掴まれた。
いつのまに・・・さっきまでソファでごろごろしてたというのに、なんという機敏さだろうか。
「昨日まで不眠不休で漁船の整備をしていた私を、ねぎらおうとかそういう類の優しさはないのか?んん?」
「寝てたでしょ、この居間で、下着姿で。お腹冷やさないように式部さんがタオルかけてましたよ。ちゃんとお礼言っとかないと駄目ですよ」
なお、式部さんは何故か体をすっぽり覆うようにタオルをかけていた。
お腹だけで大丈夫じゃないかと俺は思ったが、やはり女性特有の何かがあるんだろう。
ああいう細やかな気遣いは俺にはできないからな、頭が下がるよ。
「ええいうるさい!おとなしく膝を貸せ!」
「ウワーッ!?拳銃を出すのは卑怯ですよ!!」
アニーさんはいつか見た奇妙な形の拳銃を俺に突き付け、正座を強要してきた。
弾丸は入っていないだろうが、一応仲間なのに銃とか向けるのはナシですよ!?
「まったく、世話の焼けるサムライだ」
「どうしよう、どこから突っ込めばいいかわかんないや」
そしてアニーさんは超いい笑顔で俺の膝を枕にした。
状況はかなり間抜けだというのに、顔がいい人間はそれだけで得だなあ。
なんか俺が悪いことをしているような謎の説得力が生まれてしまっている。
「どこから突っ込むだと?こんな日も高いうちから・・・」
「はーいおやすみなさーい」
「むぎゅ」
目を輝かせてとんでもないことを言おうとしたアニーさんに、そっと座布団をかぶせるのであった。
・・・マジで、どんどん面白くなっていくなこの人は。
キャシディさんたちの下ネタがうつったのかな?
いや、たぶん元からか・・・
「・・・寝るの早すぎでは?〇び太くんじゃん」
少し考え込んでいる間に、アニーさんはすうすうと可愛らしい寝息を立てていた。
どうやら疲れていたのは本当らしい。
俺の膝でどの程度安らげるのかはわからんが、まあそれなら・・・ゆっくり休んでもらうとするか。
「こうして寝てりゃあ、ただのどえらい美人さんなんだがねえ・・・」
普段は年齢不詳だが、こうして寝ていると明らかに俺よりも年下に見える。
そんなアニーさんの、乱れた前髪をそっと撫でた。
「そうですか」
そして背後の声に背筋が凍りついた。
油が切れたように軋む感覚のする首を、ゆっくりと回す。
俺の斜め後ろに神崎さんがいた。
「・・・いつからいました?」
「『ベッドは1つで~』のころからでしょうか」
それほぼ初めからじゃないですかやだー!!!
「いつの間にか随分と仲が良くなったのですね、アニーさんと」
もうすぐ真夏の足音が近付いてくるというのに、神崎さんの方から極寒の空気が流れてくる。
・・・なんだ!?拙者は何をやらかし・・・ムムッ!
なるほどお・・・つまりはこういうことかな?
「ですねえ、ミサイル陣地とかで色々鉄火場くぐりましたからね。神崎さんには劣りますが、仲良くなりましたねえ」
「んんんん!?!?」
相棒ポジだもんな、神崎さん。
この島に来てからアニーさんもそれに近い立ち位置だったけど、俺が元祖相棒の神崎さんをないがしろにするわけないじゃありませんか。
「いやあ、どうにかこうにか大詰めも近いですよ。まったく神崎さんのおかげですねえ。あの時秋月に行ってよかった」
「しょ、しょしょしょ、しょうでしゅか・・・!」
神崎さんは照れているのか、小刻みに震えて顔を真っ赤にしている。
「お世話になってますよ、相棒。これからもよろしくお願いしますね」
橋から落ちたりしてお亡くなりになる寸前だったが、なんとか持ち直した。
俺がここにこうしていられるのも、何から何まで神崎さんや花田さんのお陰様である。
本当にわけがわからないが、今まで神崎さんの周りの人間はろくに彼女を褒めたりしてこなかったんだろう。
親戚ゆえに隊員の前では厳しくせざるをえなかった花田さんは別として、その他の自衛隊員は何をしていたんだか。
神崎さんは俺のことを自己評価が低いなんて言っていたが、なかなかどうして神崎さんもそんな感じはある。
ここは相棒の俺がしっかりねぎらってあげなければ!
「はい・・・はい!」
差し出した手を、神崎さんが嬉しそうに握る。
やっぱりその手は俺なんかよりもずうっと暖かかった。
「あの、その、田中野さん」
握手状態のまま、神崎さんが俯いた。
なんだろう、なにかのお願いだろうか。
「も、もし、もしお嫌でなければですが―――」
「・・・なんでありますか、この状況はなんでありますか」
「あ、式部さんお疲れ様です。偵察大変だったでしょう?」
「いいえ、これが自分の任務でありますから―――ではありませんっ!!」
「うおっ」
居間でのんびりしていると、式部さんが庭から帰ってきた。
今日はたしか朝から中央地区の偵察のはずだったからな、疲れているのかテンションが若干面白い。
あとなんか目がちょっと怖い。
「なんでありますか!この状況は!!」
「あっ式部さん起きちゃうんで」
「あっはい・・・も、申し訳ないであります」
式部さんはシュンとなりつつ素直に謝ってきた。
それにしてもこの状況・・・この状況か。
「それは俺にも皆目見当が付きません。なんでしょうね?」
「ええ・・・」
足が痺れて感覚がなくなってきたが、崩すわけにもいかない。
なぜなら、俺の膝では何故かアニーさんと神崎さんがすやすやと寝息を立てているからである。
2人ともよほどリラックスしているのか、いつもと違って全く警戒した様子もない。
俺の膝には究極の癒し効果がある・・・?
『あの・・・朝から少し体調が悪く・・・その、もしよろしければ私もアニーさんと同じように・・・』
あの後。
心から申し訳なさそうな声色で、神崎さんがそう頼んできたのだ。
正直そこらへんの座布団の方が寝心地がいいとは思うが、そこは滅多に俺に頼みごとをしない神崎さんである。
今までに受けた恩の1%くらいだと思うが、返せる時には返した方がいいだろう。
美人2人に膝枕をするという、死ぬほど恥ずかしい状況であるが・・・俺にできることならせねばならんのだ。
神崎さんは当然として、アニーさんにも恩があるからなあ。
こんなことくらいならいくらでもしてあげますとも。
死ぬほど恥ずかしいけども。
「まあ、この2人には散々お世話になってますから。これくらいなら別に・・・」
神崎さんもそうだが、アニーさんにも命を救われているのだ。
漂流無職と化した俺を看病してくれた彼女がいなければ、今頃俺は海の藻屑だろう。
その恩返しなら俺の羞恥心など無視できるのだ、うん。
「あの」
式部さんがいつの間にか近い!
「じ、自分も、田中野さんのお役に立てていますか!?」
・・・は?
「えっと・・・それは聞くまでもないことじゃ?」
「わ、わからないでありますっ!皆目見当がつかないでありますっ!しっかりと言葉にして欲しいでありますっ!!」
うわあ、すげえ圧だ。
目が、目が真剣過ぎる。
今までどちらかというと飄々としている感じだった式部さんが、なんというかこう物凄い必死だ。
『言葉にせねばわからぬこともある。なにより小僧・・・お主は言葉が元から足らなさすぎるのじゃ、くどいくらいが丁度いい』
・・・って、師匠にも昔言われたっけなあ。
言いたいことが伝わらずに後々後悔はしたくないなあ・・・この先何があるかわからんわけだし。
俺はしっかりと言葉にすることにした。
「役に立ちまくりじゃないですか。式部さんがいなけりゃ俺がここにいることも向こうに伝わらなかったし、もっと前なら半沢神父の教会にも行けませんでした。他にも日々の物資とか戦闘の援護とか今回の偵察とか・・・ほんと、足を向けて寝れませんよ」
「・・・ソソソソウデアリマスカ」
「高柳運送の子たちにも良くしてくれてるし、色々便宜も図ってくれますしね。俺に対する恩なんかもう100倍くらいにして返してくれてるんじゃないかと思うわけですよ」
「・・・えへ、えへぇ、えへへへ・・・」
式部さんが無表情になったり急にニコニコしたりして忙しい。
ころころ表情が変わってかわいいなあ。
普段は美人だけど笑うと可愛いとか無敵じゃないか。
俺の周りの女性陣、無敵ばっかりだけど。
「―――ですが1つ訂正を、あの日の恩は自分の命と同価値であります。この一生をかけてやっとお返しできるものでありますので」
急に真顔になった!
視線が強い!顔がすっごい美人!!
どうやらあの一件は彼女にとって譲れないものがあるようだ。
「ですが、一朗太さんが自分に恩義を感じていただけているのも事実であるならば・・・自分からもその~、ひ、一つお願いが~」
「・・・庭付き一戸建てとかじゃなければ大丈夫ですけども」
「いえいえ~そのような大それたものではないであります~、かる~いものであります~」
なんだろう、急にくねくねしてかわいいな。
でもまあ、そんなに大したお願いじゃなさそうだしいくらでも聞いてあげようではないか。
男に二言はないのだ。
俺は式部さんのお願いを待つことにした。
「うわっ!ずるい!みんなずるいし!!」
「・・・うぁ?」
いかん、眠ってしまったようだな。
うーん・・・もう夕方か?
あー、なんか全身が暖かい。
「にいちゃん!あーしも!あーしもうぎゅ!?」
「はいは~い、朝霞はたまにはお姉さんたちに譲ってあげましょうね~」
2階で引っ越しの準備をしていたらしい朝霞が俺の状態を見て飛び掛かって来ようとした・・・が、ねえちゃんに後ろから羽交い絞めにされて止まった。
ねえちゃん、特に武道はやってなかったハズなんだが素早いな。
「かーさん!オンナには負けられない戦いがあるし~!」
「いいのよ~、これは勝ち負けとかじゃないのよ~。み~んなで勝てばいいのよ~、さ、なーちゃんのお散歩に行きましょうね~」
「うゃあん!コレで勝ったと思わないでほしいし~!!」
何やら訳の分からないことを言いながら、朝霞は結構な勢いで引きずられていった。
遠くから『散歩ですか!?散歩ですね!!』みたいな感じのなーちゃんの雄たけびが聞こえてくる。
今日は散歩バッチコイの気分らしいな。
「・・・マジで贅沢な悩みなんだろうが、起きてみれば落ち着かない。俺、前世でそうとういい事したんだなあ・・・国でも救ったんだろうか」
右の足に神崎さん。
左にはアニーさん。
そして背中にじんわり熱を感じるのは、式部さんが寄りかかって寝ているからだ。
なんだこの布陣。
どこを見ても美女しかいねえぞ。
石油の出る国の王様並みの状態じゃねえか。
「国どころじゃねえなこりゃ。たぶん世界を救ったんだろうな、前世の俺すげえ」
「ふむ、美女かね?」
「ええ、美女ですよ・・・起きた瞬間天国かと思・・・あ」
俺の太腿に顔を乗せたまま、アニーさんが目を開けている。
心から嬉しそうに、目を細めて微笑んでいる。
「飾り気のない下手くそな誉め言葉の方が嬉しいものだな。ふふ、流石は我が弟子」
入門したつもりはないんですけど。
「おはようございますアニーさん、そろそろ足が死にそうなんで起きてくれませんか」
「訂正だ、もう少し歯に衣を着せろ」
「あぎぎぎぎぎぎ!」
的確に痺れた足を攻撃するのをやめて!
「まったく、せっかく駄賃を払ってやろうと思ったのにな」
ひとしきり足をつつき、アニーさんは身を起こした。
そのまま大きく伸びをしている。
「んん~っ!素晴らしい!久方ぶりに安らかな睡眠だったな・・・気が変わった、やはり駄賃を払おう」
「いりません」
「遠慮するな、良い働きには報酬がつきものだよ、サムライ」
「超いりません」
「残念ながら返品はできんし許さん」
「クーリングオフさせておねがい」
「おや、では一度は受け取るのだな?」
「ちくしょうこの人日本語上手すぎ」
アニーさんはそのまま俺の体に手を回し、顔をゆっくりと近付けてくる。
何をする気なの何を!?
あっくそ!痺れて動けないし神崎さんたちがいるから体が上手く動かせない。
「まあ気にするな、挨拶だ、挨拶」
「絶対違う!絶対挨拶じゃないもん!目がライオンのそれ!」
「ほう、よく知っているな・・・メスライオンは色々と欲が深いのだよ」
アニーさんは俺の説得にも耳を貸さず、鼻が触れるほど至近距離に来る。
そしてそのまま、身動きの取れない俺の・・・一瞬閉じた瞼に唇を押し付けた。
ひええ!?眼球が吸われる!?
「ふふふ、唇はまた今度だな・・・少し散歩をしてくるとしよう」
あまりのことに思考停止した俺をそのままにし、アニーさんはニコリと笑うと庭へ出て行った。
後には、2人分の寝息だけが残った。
「・・・瞼はセーフだろうか、アウトだろうか」
「・・・ゆるしゃれませんよお・・・たなかにょさぁん・・・」
ねむねむ神崎さんによれば、判定的にはアウトらしい。
「ゆるして」
「・・・ぐんぽう、かいぎであります・・・」
夢の中の式部さん的にも、どうやらアウトらしい。
うーん、これは進退窮まったな。
「とりあえずそろそろ起きてくんないかなあ・・・」
俺の呟きに答えるものは、どこにもいなかったのだった。




