3話 島のあれこれのこと
島のあれこれのこと
「・・・とまあ、そうして竜神大橋の上でややっこしいオッサンと殺し合って落下。んで、今に至るって訳ですよ」
長い長い語りを終えた俺は、ぬるくなったお茶をごくりと飲んだ。
若干乾いた喉に水分が沁み込む。
ジャックさんに言われて、今までの顛末を話していた。
詩谷のこと、龍宮のこと。
ゾンビのこと、黒ゾンビのこと、白黒ゾンビのこと。
一応未成年・・・だろう朝霞ちゃんがいるので、あまり過激な内容は話していない。
特に、子供たちの死のことは。
あれは、純粋に語るのが辛いからな。
「なんとも・・・まるでコミックや映画じゃないか。随分と修羅場をくぐってきたものだな、イチロー」
適度に質問を挟みながら俺の話を聞き終えたジャックさんは、ほうと息をついた。
「パねえ~!おじさんパねえ~!!」
・・・横の朝霞ちゃんは、その目をキラキラさせている。
神崎さんと同じタイプ・・・というより冒険譚に憧れるタイプなのか?
「苦労したのねえ、いっくん・・・」
チイ子姉ちゃんは目を潤ませている。
・・・あんまり苦労した話はしていないけどな?
まあ、この顔の傷を見れば察してもおかしくはない。
「はは、まあ何とか生きてるんでオールオッケーですよ・・・で、ですね」
さて、これからはここの・・・『牙島』のことについて聞いていこう。
ジャックさんのこととかも気になるけど、とにかく現状を把握せねば。
「この島ってゾンビとか・・・出ます?」
「「「・・・」」」
すると、3人は一様に黙りこくってしまった。
・・・え?
なにこの・・・なに?
なんとも言えない沈黙に耐えかね、軽口でも叩こうかと思ったその時。
「いっくん・・・この家があるのは島のどこか、わかる?」
姉ちゃんが口を開いた。
島のどこ・・・?
そういえば、どこなんだろう。
わかるわけないな、漂流してたどり着いたんだから。
いや・・・でも。
「竜神大橋から落下して海流に乗ったとすると・・・東端か南端ってとこか?」
そんなに離れてないしな、距離。
北端でないと思ったのは、牙島の北は流れが荒く始終渦を巻いているからだ。
そんなのに巻き込まれたら生きてはいないと思うし。
「ちょっと待ってね・・・ええと、どこだったかしら」
姉ちゃんは席を立ち、戸棚を漁っている。
「たしかここに・・・ああ、あったわ」
そして何かを手に取って帰ってきた。
何だろうあれは・・・パンフレット?
「はい、これ」
机の上に置かれたのは、『ようこそ!伝統が生きる島へ!!』と書かれた観光用っぽいパンフレットだった。
デカい牙を生やしたデフォルメされた龍が笑っている。
・・・これがマスコットかな?
姉ちゃんはパンフレット開いた。
そこには、島の全景図が載っている。
「ウチはここよ」
そう言って姉ちゃんが指差したのは、島の南の端にほど近い場所だった。
『牙島南エリア』と書かれている。
・・・引っかかってよかったな、俺。
ここを過ぎたら後はもう大海原だ。
そのまましめやかに成仏しただろう。
橋から大分流されたんだなあ。
「こうして見ると結構広いね、詩谷の半分くらいかな?」
地図の端っこに書いてある龍宮と比較した。
パンフレットによれば、この島は東西南北の端にそれぞれ集落がある。
島の中央部には、役場や小中学校の表記。
ああ、そういえばここって高校ないんだったな。
その他には各集落に商店街と・・・あとは港か。
いかにも漁師の島って感じ。
「私達のいる南集落は安全よ、ゾンビはいないわ」
ほう?
それはまたいい所だな。
・・・いや、待てよ?
『南集落』は、と言ったな。
「・・・他の集落は?」
俺がそう聞くと、ジャックさんが会話に入ってきた。
「私が話そう。一番詳しいからな」
そう言って、ジャックさん懐からペンを取り出してキャップを空ける。
見ていると、おもむろに線を引き始めた。
南集落と中央部の境界線を赤い線がなぞる。
「・・・何のラインですか、これ」
「電気柵と・・・一部は壁だ。南集落は、ぐるりとこれで囲まれている」
「へえ・・・随分としっかり防御されてるんですね」
「ああ、ここが最終防衛ラインだ」
「・・・は?」
こともなげに爆弾発言をしたジャックさんに、俺は目を丸くした。
「それは・・・どういう」
「この赤いラインから外は、今どうなっているかわからない。いや、違うな」
一瞬息を吸い、ジャックさんは続ける。
「―――ここから外は、ゾンビと無法者の領域だ」
・・・どうやら、安全地帯だと勝手に思っていた『牙島』も、龍宮や詩谷と同じように鉄火場らしい。
「ふぅ・・・」
吐き出した紫煙が、空に溶けていく。
体に染みわたるほどうまい。
が、深呼吸するたびにまだ痛みが走る。
「ヘビーだぜ・・・」
先程の爆弾発言の後、俺は休憩も兼ねて庭で一服している。
一気に話したし聞いたので、ちょい疲れた。
煙草はどうしたかって?
こんなこともあろうかと、ベストの内側に真空パックした状態で入れておいたのだ。
胸を大怪我しているのに・・・と皆に止められたが、吸わねば心が死ぬのだ。
いろんなことが一気にわかってちょいと混乱してるしな。
ニコチンさんに助けてもらおうってことだ。
「平和そのものに見えるんだがなあ・・・」
庭のベンチから海を見る。
俺が打ち上げられていた海岸には、寄せては返す波しかない。
周囲からは波の音が聞こえるばかりである。
どうやら周囲の家とはかなり距離があるようだ。
この家だけがそうなのか、他もそうなのかは知らんがね。
「・・・とにかく体を治さんとなんにもならんな」
現状それしかない。
姉ちゃんを手伝うにせよ、戦うにせよ、なんとかして帰るにせよ。
今の俺では何の役にも立たん。
なにせ刀も満足に振れないのだ。
左手がひどく傷んでいるからな。
右手は・・・あのクソ娘から投げられたナイフの傷はあるが、まあ動く。
あの野郎・・・勝負に水差しまくってくれやがって。
親子ともども、とんでもないカスだ。
まだ見ていないが、嫁さんもそうなんだろう。
まあ、仕方がない・・・俺がまだまだ甘かったってことだ。
「とりあえず、なんとかして龍宮と連絡を取らねば・・・」
そしてもう一つの懸念がこれである。
俺はこうしてピンピン?しているが、この現状を知らせる手段がない。
電話ももちろん駄目だし、あの衛星通信機も持っていない。
いっそのことワンチャンにかけて瓶に詰めて流そうかね・・・いや、海流の関係で最悪お米の国まで行っちまうな。
どうしたもんかなあ・・・みんな心配してるよなあ・・・
「一難去ってまた一難、ってか?」
「ワン!」
「うおお!?」
急に横から吠えられたのでびっくりした!?
なになに!?
「・・・やあ、初めまして」
「オゥウ!」
そこにいたのは。顔も足もすらりと長いフワッフワの毛並みをしたボルゾイだった。
そいつは、綺麗にベンチの横に座って俺をじっと見つめている。
ひえ~、すっごい綺麗・・・毛が真っ白でまるで妖精だ。
しかしでかい。
「姉ちゃんの飼い犬くん・・・じゃない飼い犬ちゃんか」
男にあるべきナニがない。
しかし毛並みいいなあ・・・可愛がられているようだ。
「俺は田中野一朗太・・・姉ちゃんのいとこだよ。撫でてもいいかな、お嬢ちゃん」
すっと手を伸ばすと、彼女は俺の手の匂いを嗅いで・・・べろりと舐めた。
どうやらお許しをいただいたらしい。
柔らかな毛の感触を堪能しつつ撫でると、彼女は気持ちよさそうに目を細めた。
フサフサの尻尾が、勢いよく左右に振られている。
「かわいいなあ、綺麗だなあ・・・それにおとなしいし、サクラとも仲良くなれそうだなあ」
残してきた愛犬を思う。
心配してるだろうなあ・・・早く会いたい。
「激レアじゃん、なーちゃんが初対面の人におとなしく撫でられてるし」
家の方から朝霞ちゃんが歩いてきた。
その目はまん丸く見開かれている。
「昔っから動物には好かれるんだよ・・・なーちゃんか、可愛い名前だなあ、よろしくね」
「ワウ!」
「ホントは『ナカオチ』なんだけど、なーちゃんの方がカワイイかんね」
・・・ナカオチ?
なんとも・・・美味そうな名前だなあ。
誰が付けたか知らんが、独特のセンスだ。
「ユーイチが面白がって付けちゃったんだ、サイアク・・・女の子なのに。あ、ユーイチってのは兄貴ね」
確か、姉ちゃんの子供は3人だったな。
・・・この家にいないってことは、何かあったのか。
それにしても、サクラはサクラでよかった・・・
『確認』せずに赤目とか銀とか付けなくて本当によかった・・・
寄って行ったナカ・・・なーちゃんちゃんをガシガシ撫でつつ、朝霞ちゃんは笑っている。
「隣いい?まあ座るけど~」
そのまま朝霞ちゃんは、俺の横に腰かける。
その足の下に、なーちゃんはするりと潜り込んだ。
よく躾けられてるな、賢い。
「ビックリしたっしょ?ウチの島ヤバいんだよね~、今」
「詩谷や龍宮と違って平和だと思ってたからね・・・びっくりだよ」
「むー・・・あのさ、おじさん」
「はい?」
ころころと表情が変わる朝霞ちゃんが、しかめっ面をしている。
何か気に喰わないんだろうか?
「なんつーか、こう・・・他人ギョーギじゃね?もっと気安くしていいよ・・・なんかさ、ムズムズすんの」
距離が近いなあ・・・
なんでじゃろ?
リュウグウパークでえらく好印象を持たれたんだろうか。
それとも元からこういう子なんだろうか・・・陽キャっぽいし。
だがまあ、それなら・・・
「うん・・・まあ、チイ子姉ちゃんの娘なら姪っ子みたいなもんだな。よろしく、朝霞ちゃん」
「ちゃんはいらねーし!」
呼ばれ慣れてないのか、顔が赤い。
「わかったわかった、朝霞・・・コンゴトモヨロシク」
「ういー!よろよろー!」
朝霞ちゃ・・・朝霞は何が楽しいのか、なーちゃんの顔をガシガシ撫でている。
テンションの上げ下げが激しいなあ・・・これがいわゆる陽キャ?というやつだろうか。
「あー・・・その、聞くけどさ、親父さんや他の兄弟は・・・どうしてるんだ?」
さっき聞きそびれたから聞いてみる。
ゾンビパニックの件ですっかり頭から消えていた。
「んー?オヤジは漁に出たっきり帰ってこない、兄貴も一緒の船に乗ってた。もう1人兄貴いんだけど・・・そっちは車で隣の県に行ったっきりー」
口調は軽いが、目に悲しみを宿している。
なんと・・・ものの見事に男性陣がいないじゃないか。
ここが比較的安全区域でよかったなあ。
「でさあ、なーちゃん以外の3匹も・・・下の兄貴と一緒。トリマーさんとこ連れてったんだよ」
「そうなのか?じゃあなーちゃんは?」
「一緒に行くハズだったんだけど、朝からしんどそーだったんでお留守番」
なるほど。
良かったのか悪かったのか・・・
「あのさ、もう一個あるんだけど・・・ジャックさんはどういう人?」
俺が意識を取り戻してからこっち、ずうっと戦闘服とガスマスク、おまけにヘルメットだぞ。
肺活量でも鍛えてるのか?
元々の親族ではなさそうだし・・・っていうかウチの近い親戚に外人さんはいないし。
「あーしもわかんない!」
・・・さいですか。
「ちょい前にさ、ふらっとやってきたんだよ。母さんは悪い人じゃないからって受け入れちゃったし・・・あーしも顔見たことないんだよね」
「マジで?」
「風呂とかでは流石に外してるだろうけど・・・あーし、男の風呂覗く趣味ねーし」
「まあ、そりゃなあ」
「しかもさ『ひどい傷がある』って言ってたし、そう言われちゃったら見たい見たいって言うもんじゃないっしょ?」
確かに。
ふむ・・・傷か。
「てーか、おじさんもいかちー傷あるね・・・いつついたのそれ?リュウグウパークん時はなかったし」
「全部この騒動でさ。一番でっかいのは槍で、目のは刀で、ほっぺのはナイフでかな?」
顔に歴史あり・・・いや、違うか?
「本土ぱねえ・・・こわ。あーしの高校ダイジョブかなー・・・」
朝霞ちゃんはぐいと伸びをする。
高校・・・ね。
「どこ通ってたんだ?」
「龍宮北~、そこの商業科~」
「・・・後輩じゃん、朝霞」
懐かしの我が母校よ。
龍宮市の北エリアにあるので、まだ探索はできていない。
ちなみに、ウチの道場の目と鼻の先である。
なお、俺の時代に商業科はなかった。
普通科オンリーだったんだ昔は。
「まーじ?縁があるね~おじさん」
「親戚だからなあ」
「なにそれ!ウケる!!ねー、なーちゃん?」
「ワフゥ」
この状況下でなんと明るい事か。
姉ちゃんと旦那さんの教育がよかったんだろうな。
「あーそうそう、忘れてた・・・はいこれー」
朝霞ちゃんはTシャツを取り出して渡してきた。
「おじさんの着てた服、駄目になっちゃったかんね・・・兄貴のだけど入るっしょ?」
「おー、ありがと」
そういえば上半身包帯オンリーっだったな。
このままではセクシーすぎるし、有難くいただいておこう。
受け取ると、結構大きいサイズだ。
上の兄ちゃんはガタイがよかったらしい。
洗剤のいい匂いのするTシャツを着る。
うん、若干胸の部分がきついが及第点だろう。
「パッツパツじゃん!ウケる!!」
朝霞はゲラゲラと笑い転げている。
はしが・・・なんだったっけ?
橋が吹き飛んでも笑う年頃・・・ってやつだっけな?
ちなみにTシャツの胸には大きく『 巨 乳 』と書かれている。
・・・なんだこのセンス。
なーちゃんの名付けした兄貴の持ち物だろこれ。
もらっておいて心苦しいが、姉ちゃんにもっとマシなのがないか後で聞いておこう。
こんなんで外歩いたら終身名誉変態襲名不可避だ。
・・・少し、肌寒くなってきたな。
煙草も喫ったし、そろそろ話の再開といこうか。
現状、これしかやることはないわけだし。
「・・・で、さっきここから北はゾンビとチンピラの巣窟って言ってましたよね」
再び地図を前にして、ジャックさんに質問した。
姉ちゃんはお茶を淹れに行っている。
朝霞はまだ庭だ。
過激な話をするには丁度いい。
たぶん、このジャックさんは・・・『こっち側』の人間だ。
俺と同じ、戦う側の。
・・・いや、戦闘服にガスマスクだぜ?
これで非戦闘員だったらひっくり返るわ、俺。
「ああ言ったな。正確には・・・」
再びペンを持ち、何かを書きこむジャックさん。
南側・・・俺たちのいる場所と、北側を分断するように線が引かれる。
中央部を境にして。
「北側が無法者のテリトリーだと思われる。そしてこの中心部分が・・・ゾンビだ」
なるほど、ゾンビが緩衝地帯になってんのかこの島は。
そりゃそうだよなあ?
チンピラが隣接してたら即攻めてくるじゃん。
ゾンビに助けられたってことかな?
感謝はしないけど。
「ジャックさん、ゾンビなんですけど・・・黒くて硬いのと、白黒のバケモンみたいなのっています?」
「―――そちらにもいるのか」
こっちにもいるのかあ・・・嘘でしょ。
ここ、人口はそんなにいないはずなのに・・・なんで進化してんだよ。
「ええ、何度もやり合いましたよ・・・両方頭砕かないといけないんでめんどいですよねえ」
「冗談はやめ・・・どうやら真実のようだな。アレとインファイトしたのか、イチロー」
「銃の腕はからっきしなもんで。それに、アイツら頭ゾンビだから意外とそっちが楽ですよ?」
そう言うと、ジャックさんはソファーにぼすんと背中を預けた。
「どうりで・・・体の傷はそのせいか」
「あーいや、コレはだいたい稽古でできた傷ですね。チェーンソー二刀流のゾンビにやられたのもありますけど」
「冗談は・・・嘘だろう?一体どうなってるんだそちらは」
俺の顔を見て、真実だと思い知ったらしい。
・・・顔に出まくる男、田中野です!
メタルニンジャ仮面、持ってくるんだったなあ。
「だが、これはいい拾い物をしたようだ」
そうしてジャックさんは俺を見つめた。
たぶん。
・・・だってマスクで目線わかんないんだもん。
「イチローが治ったら・・・手伝って欲しいことがある」
「非戦闘員や子供の虐殺以外なら、お好きに。命の恩人ですからね」
「そんなことを頼むわけないだろう。キミにとって駐留軍は外道の集まりか何かなのか」
「いやいやいや、その逆ですって・・・いい人ばっかりでしたよ、ええ」
ライアンさん、元気してっかなあ。
今も英会話教室は健在なのだろうか。
「とにかく・・・今は体が本調子になるまで待ってください。ゾンビが攻めてくるってんなら無理にも戦いますけどね」
残念なことに兜割はないが、ゾンビ相手なら鉄の棒か鉄パイプでもあればなんとかなるだろう。
『魂喰』?
ちょっともったいないかなって・・・あとゾンビに斬撃はあんま効かないしな。
後藤倫パイセンみたいに首でも落とせばいけるだろうが、毎回やるのはしんどい。
「最近は情勢も安定している・・・大丈夫だろう」
安定っていうか、ゾンビが元気で人間同士で殺し合いする余裕はないってことなんだろうな。
「ともかく・・・これで契約は成立したな、イチロー・・・」
ジャックさんが手を伸ばしてくる。
それを、握り返した。
「よろしく頼む、相棒」
「いい響きですねえ・・・了解です」
そうして俺たちは、ガッチリと握手を交わしたのだった。
所変わっても、俺の役目は変わらないものらしい。
ま、ボチボチやりますかねえ。
「しっかし、なんとか本土と連絡が取れんもんかなあ・・・せめて無事だけでも伝えたい」
「なんだ知らないのか?」
「何がです?」
「キミのスタンバトンだ・・・ほらここ、何か付いているだろう?」
「あれ?ほんとだ・・・なんじゃこれ。最後に使った時にはなかったぞ」
「これはGPSの発信子機だ。恐らくキミの生存は向こうに伝わっているぞ」
「・・・式部陸士長殿に敬礼ッッッ!!!!!!!」




