1話 夢と覚醒のこと
あけましておめでとうございます!
今年も、無職マンをよろしくお願いいたします!!
夢と覚醒のこと
どことも知れない草原に置かれたベンチに、1人で座っている。
あー・・・なんていい天気だ。
丁度いいポカポカ陽気に、吹く風もたいへん心地いい。
うーん、これぞまさに極楽ってやつだな。
しかし、俺以外誰もいないってのはどういうことだよ?
こんな素敵プレイス、休憩しに来る人もいっぱいいるだろうに。
懐から煙草を取り出し、火を点ける。
胸いっぱいに紫煙を吸い込み、吐き出す。
ううん、極楽極楽。
・・・って、いうか。
ここ、マジで極楽的な所じゃない?
だっておかしいもん。
俺は鍛治屋敷とのドンパチで竜神大橋から落ち、船的なモノにしがみ付いたはずだ。
間違ってもこんな草原に出現するはず、ねえじゃんか。
あそこの近所にこんな場所ないぞ。
っていうか傷もないし服も破れてないんだし。
・・・これは、死んじゃったか俺?
あの後力尽きてブクブク沈んでそれっきり・・・ってコトぉ?
なんというしょうもない死に方だよオイ。
む~ん・・・
どこに出しても恥ずかしくない殺戮系無職であるところの俺が、まさか天国に来れるとはな・・・
閻魔大王さまの選定基準、ガバガバ問題。
「参ったなあ・・・神崎さんたちに殺されてしまう」
あれだけ大言壮語してこれかよ。
情けないなあ、俺。
美玖ちゃんたちも何て言うだろうか。
うう、神崎さん・・・うまいこと理由をつけて別行動ってことにしといてくれないかなあ。
行方不明の方が、死んだと聞かされるよりも大分精神に与えるダメージは低いだろう。
大人組はともかく、子供たちの精神衛生上大変よろしくない。
「しかしまあ・・・どうしたもんか」
ベンチの背もたれに頭を預け、空を見上げる。
サクラも心配してるんだろうなあ。
出て行くとき、様子が違ってたし。
うぐぐぐ・・・心が苦しい。
だが、一体どうしろって言うのか。
アレか?
まだ三途の川的な場所を通過していないのか?
臨死体験で聞くような景色ではないし。
これはひょっとして歩けばこの場所から出られるのではないか!?
「よし!そうと決まれば・・・」
ベンチの誘惑を振り払い、立ち上がった。
「無理だこれ・・・」
そして座った。
クッソ広いここ。
四方八方見渡す限りは草原だ。
地平線までずーっと。
・・・歩きでどうこうなるレベルじゃない。
周囲の景色とは裏腹に、陰鬱な気持ちになってくる。
うう、どうしよこれ。
「きゃふん」
・・・?
幻聴かな?
今何か可愛い声が聞こえたような・・・
「きゅん!」
聞こえたねえ!
傍らを見ると、さっきまで誰もいなかったベンチに子犬がいた。
「スンスンスンスン・・・」「きゅん!」「ひゃん!」「きゃん!」
しかも4匹。
見た感じは柴犬の子供っぽい。
どれもこれもまだ産まれてそれほど経っていないような感じ。
サクラよりだいぶ小さいなあ。
可愛さがヤバい。
「・・・よお、どうしたお前ら。そんなに小さいのに死んじまったのか?」
一番近い位置にいた子犬を撫でる。
ふわっふわだ。
「きゅん・・・はふ」
撫でられて目を細める子犬。
うーん、このかわいさプライスレス。
すさんだ心が癒されていく。
「わん!」「はっは」「きゅん!きゅん!」
1匹を撫でていると、残りの3匹が一斉に突撃してきた。
兄弟かな?
子犬たちは俺の膝に飛び乗ったり、撫でている手にじゃれたり、元気いっぱいだ。
なんという幸せ・・・ここに来れてよかったかもしれん。
・・・いやよくないな!?
「わん!」
また別の方向から声がした。
正面に視線を戻すと、さっきまでいなかった犬が座っている。
この子たちより大きいな・・・これが成犬だとしたら、豆柴かな?
「きゃふ!」「わう!」「ひゃん!」「わふ!」
子犬たちがベンチを飛び降り、その犬に寄って行く。
成犬の方は時々愛おしそうに顔を舐めてやっている。
腹に、乳房が見える。
・・・ああ、おかあちゃんか。
「ちょっと待てお前・・・どっかで見たことあるな」
この毛並み・・・ううん、どこだったか。
「わう!」
母犬が寄って来る。
撫でようと伸ばした手を、軽く甘噛みされた。
はは、まるでサクラみたいだな。
サクラ・・・?
あっ。
「そうか、お前・・・サクラの・・・」
「くぅん」
いつぞやの布団屋の裏で死んでいた、サクラのおかあちゃんか。
あの痛々しかった矢傷は、もうない。
そのインパクトが強すぎて思い出すのが遅れちまった。
「おかあちゃん、娘は元気に走り回ってるよ。お前のおかげだな」
頭を撫でると、母犬は嬉しそうに目を細めている。
それを見た子犬たちが、再び俺の足元に纏わりついた。
「そうかあ、じゃあお前らはサクラの兄弟か。いっぱいいたんだなあ・・・」
おかあちゃんの矢傷を思い出す。
この子たちも、屑にやられちまったんだろうか。
こんなにかわいいのに・・・そいつはゾンビよりも質が悪いな。
撫でて撫でて!とでも言うように纏わりつく犬たちをあやす。
おかあちゃんのほうは匂いが気になるのか、しきりに俺の体を嗅ぎまわっている。
サクラの匂いでも沁みついているのだろうか。
「おーよしよし、いっくらでも遊んでやるからなあ」
ここが何なのかわからんのだ。
時間もたっぷりあるだろう。
こんなに小さいうちに死んじまった不憫な子たちに、しばらく付き合ってやるか。
「わう!」
しばらく子犬たちと遊んでいると、おかあちゃんが大きく吠えた。
どうしたんだろう?
その声を聞いた子犬たちは、一斉に走り出す。
おかあちゃんの近くまで。
「・・・もう時間か?」
横並びに綺麗に座った犬たちが、俺の顔をじっと見る。
何かを、訴えかけるように。
「・・・アオォオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!」
おかあちゃんが弓なりに反って、空に向かって大きく吠えた。
いつかの、墓の前のサクラを思い出す。
それに続いて子犬たちも、口々にかわいらしい遠吠えのようなものを発した。
長い長い遠吠えが終わった後、おかあちゃんは俺の顔を穴が開くほどじっと見つめた。
怒っているような、励ましているような。
そんな、不思議な視線だった。
「・・・またな、おかあちゃん、それにサクラの兄ちゃん姉ちゃんたち。あの子はう~んと長生きするだろうから、ゆっくり待ってやれよ」
「・・・わう!」
おかあちゃんは大きく、嬉しそうに吠えた。
子犬たちも、可愛らしい尻尾をブンブン振って口々に吠えた。
そして、身を翻すと、彼らは草原の向こうへ駆け始めた。
あっという間に、その姿が小さくなっていく。
なんとなくわかった。
あっちに行けばあの世的な場所だということが。
そして、俺はまだ行けない、らしい。
向こうへ行こうとする気すら湧かないのだ。
「―――よう、隣いいか?」
犬たちの姿が見えなくなった頃、突然横から話しかけられた。
驚いて目を向けると、そこには男が1人いた。
胴着姿の、50代くらいに見える男だった。
片目が潰れている。
刀傷だろうか。
顔は・・・うん、怖い。
なんていうか、岩に掘られた仁王像って感じ。
豪快でかっこいいおじさんだ。
全身が無駄のない筋肉で覆われており、所作に一切の隙がない。
・・・師匠と同じくらい強そうな人、初めて見た。
「・・・ああ、どうぞどうぞ。俺のベンチじゃないですし」
「おう、ありがとうなあ」
ぎっ、とベンチが軋む。
「ここはいつ来てもいい所だなあ・・・若いの、煙草あるかい?」
「え?あ、はい・・・どうぞ」
懐から煙草の箱とライターを取り出し、男に渡す。
「へぇ・・・舶来物かい、洒落てるねえ」
男はパッケージをまじまじと見つめた後、1本咥えて火を点けた。
見るからに美味そうに煙を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
「そんなに固くなるんじゃねえや、取って喰うわけじゃねえからよ・・・へへへ」
「す、すいません」
俺はこの男が怖い。
笑っていても、煙草を喫っていても・・・隙が無いのだ。
殺気がないのが、なおさら怖い。
一瞬先に、首を跳ばされるかもしれないという恐怖が常にある。
「ははは、ここで斬った張ったしてもなんにもならねえよ。よお、気配読みを鍛えるのもいいが、使い分けも大事だぜ。釣られて痛い目見たこと・・・あるんじゃねえのかい?」
・・・ぐうの音も出ない。
っていうか直近でやらかしたし。
「先の先を制すのも、後の先も・・・余裕がなきゃあできねえぞ、がはは」
男は愉快そうに笑い、また紫煙を吐き出した。
「おっと、そう言えば名乗ってなかったなあ・・・南雲春蔵ってんだ」
「ヴェエ!?」
それを聞き、思わず立ち上がって男の前に回り、地面に膝をついた。
そのまま頭を深々と地面にこすりつける。
「た、田中野!一朗太です!!大師匠!!」
「おいおい・・・俺ァ閻魔大王じゃねえんだぞ?座んな座んな」
頭を掻きながら、困ったように笑う男。
「十兵衛の奴・・・なんだかんだ言って弟子には恵まれてやがんのなあ」
信じがたいが、さっきのおかあちゃんの件もある。
南雲、春蔵・・・この人は、師匠の師匠。
つまり、南雲流の先代にあたる人だ。
道場に飾ってある白黒写真でしか知らないからわからなかった!
たしか、事故かなんかで早くに亡くなったって聞いていたが・・・
「しっかしまあ、十兵衛より先に弟子にここで会うことになるとはなあ」
「・・・恐縮です、大師匠」
再三の要求に、俺は再びベンチに座っている。
「やめろやめろ堅苦しい・・・おっさんでいいって」
いいわけないだろ!!
無礼講にもほどがあるわ!!!
「若いのに随分使うじゃねえか、千手の糞餓鬼相手によくやったもんだ」
「ご、ご存じでしたか・・・」
「見てたぜ、上からな」
あの世からァ!?
お天道様が見てるって、アレ本当だったのか!?
やっべ・・・死んだ婆ちゃんあの世で卒倒してないといいけど・・・大分殺してるし。
「繚乱旋風な、ちいと焦りすぎだ。二撃目の拳打はもう少し強く打ち込め・・・打ちが浅いと、その後も浅くなっちまう」
「はひ!」
時を超えた見取り稽古まで始まっちまった!!
「なんだ、まあ・・・もう少し自信を持ちな。その若さで『鋼断』を使える奴なんざ、数えるほどもいねえよ」
「あ、あれは刀がよかったんで・・・あと謎の薬の力も」
「はっは、道具はな、いくらいいものでも使い手の力量までは上げられねえよ。ありゃあお前の力だ、誇っていい」
うう、ここがもし夢でもちょっと嬉しい。
なんたってこの人は近年の師匠をして『この歳になってようやく追いつけたかの』なんていう程のとんでもない使い手だったらしいのだ。
そんな人に褒められて、嬉しくないはずがない。
「そんでな・・・少し肩の力を抜きな。気負うのも悪くはねえが、やりすぎると技が鈍るぜ」
「は、はい・・・」
「十兵衛みてぇに女遊びの一つも覚えとくんだな。もっとも、アイツは少し度が過ぎるがなあ・・・俺の影響かねえ?」
大師匠は豪快に笑った。
お、女遊びか・・・あの、遊べるところ今全滅してるんすけど。
「さあて、と」
大師匠は膝に手を置いてゆっくり立ち上がった。
「かわいい孫弟子に、少し見せてやるかい」
いつの間にか、その腰には質素な大刀が差さっている。
「しっかり見とけよ、一朗太」
俺の前に歩み出た大師匠が、ゆっくり腰を落とした。
空気が変わった。
濃密な殺気が、空間に満ちる。
息が、できない。
張りつめた殺気が収縮する気配。
「さて、と」
足が回り。
腰が回り。
柄に軽く添えられた右手に力が宿る。
と、思った瞬間には。
刀身が真一文字に空間を薙いでいた。
・・・いつ、抜いた?
見えない・・・全く見えなかった。
「南雲流居合奥伝、『紫電』だ。知ってるだろ?」
・・・大師匠の足元の土が、冗談みたいに抉れている。
いつか師匠に見せてもらったのと、同じ。
それと同等か、もしかしたらそれ以上の鋭さ。
「コツは力の入れ具合だ。ただただ速く抜けばいいってもんじゃねえ」
納刀した大師匠が笑う。
「先はなげえだろうが・・・ま、騙し騙しやりな。生き急ぐほど、お前はまだ生きちゃいないだろう」
俺の頭に手を置き、グリグリと撫でまわす大師匠。
「がっはっは、十兵衛の代で南雲流も仕舞かと思ったが・・・まだ大丈夫そうだなあ」
嬉しそうにそう言うと、大師匠は振り返らずに歩き出した。
「よう、あと・・・そうだなあ、60年くらいしたらまた来な。稽古つけてやるからよ!」
遠ざかるにつれ、その後ろ姿が薄れていく。
「―――子供と女は、泣かせるんじゃねえぞ!」
その声を最後に、まるで初めからいなかったように大師匠は消えた。
・・・豪快な人だなあ。
師匠から聞いていた通りだ。
煙草の箱だけが、大師匠の座っていた所に残されている。
確かに1本減ったそこから、俺は新しいのを取り出して口に咥えた。
その時だった。
「わー、傷いっぱいだ」
息が止まった。
いつの間にそこにいたのか。
目の前に、麦わら帽子をかぶった少女がいる。
片目の潰れた猫を抱っこして、ニコニコ笑っている。
足元には、ちょろつく子猫たち。
「あ、でも顔は一緒だねえ」
俺を覗き込み、にへらと笑う少女。
「・・・あ」
「ん~?」
俺が、生まれて初めて好きになった少女。
夕暮れの教室で絵を描いていたあの子。
「・・・ゆか、ちゃん」
「あは、久しぶりだねえ、田中野くん!」
坂崎ゆかちゃんが、そこに立っていた。
「みやぁおう!」
「おお、ソラのおかあちゃんと・・・兄弟たちか」
ゆかちゃんの抱いた猫が高く鳴いた。
そうか、おまえらもこっちに来てたんだな。
あの時とは違い、健康的に太っている。
足元をチョロつく子猫たちも、まるでふわふわの毛糸玉だ。
「んふふ、ワンちゃんもネコちゃんもいっぱい!なかなかじっとしてくれないのが難点かなあ」
ゆかちゃんは母猫を地面に下ろし、後ろで手を組む。
「ゆかちゃん、俺、俺は・・・」
「すとっぷ~!」
何かを言わなければ。
そう思って口を開いたところ、ゆかちゃんが手で制してきた。
「謝ろうとしたでしょ、田中野くん!」
「・・・!」
「何も悪い事してないのに!謝ったらダメなんだよ!!」
ゆかちゃんは 腰に手を当て、いつかのように眉を吊り上げた。
「あ、ああ・・・そ、そうか」
「おっきくなったね!田中野くん!とってもカッコいい!!」
「そ、そうかな?」
「そうだよっ!!」
・・・俺の脳味噌よ、感謝する。
たとえこれが死ぬ間際の都合のいい幻覚だとしても・・・一番会いたかった人に会えたんだ。
もしこれから死んでも、悔いは多少消える。
「んしょ・・・重いねえ、はいこれ!」
ゆかちゃんは、何かを地面から拾い上げた。
それは、この平和な情景に似つかわしくない日本刀。
『魂喰』だった。
「重いから早く取ってよ~」
手を伸ばし、鞘を掴む。
「・・・ありがとう、ゆかちゃん」
「どういたしましてっ!」
軽く抜くと、刀身がギラリと光った。
まるで急かすかのように、感じる。
早く行け、と。
グズグズするな、と。
「・・・じゃあ、俺は行くよ」
もっとここに留まっていたい、という思いを押し殺し。
ベンチからゆっくりと立ち上がった。
「会えてよかったよ、ゆかちゃん」
「違うよ、田中野くん!」
花が咲いたようにゆかちゃんは笑い・・・俺の手をぎゅっと握りしめた。
「一緒なんだから!いつでも、どんな時でも、わたしは田中野くんを見てるんだから!」
視界がぼやける。
いや、ぼやけているのは草原の方だ。
溶けて消えるように、草原は光の粒子になっていく。
「またね!田中野くん!・・・昔のまんまで嬉しかったよ!」
何か、言わなければ。
まだ、まだ俺には言いたいことが山ほどあるんだ。
ゆかちゃんと話したいことも山ほど、あるんだ。
「あんまり無茶しちゃ駄目なんだからねー!」
口が開かない。
声が出ない。
体も、動かない。
そんな俺を、ゆかちゃんは優しく抱きしめてくれた。
「ふふ・・・田中野くん、だいすき!!・・・みんな待ってるよ、がんばって!」
・・・まったく、いい夢だ。
何故だか涙が出ちまうぜ・・・畜生。
畜生・・・
「・・・が、ぁ」
これは俺の声か?
全身が凄まじく痛い。
なかなか開かない目を無理やり開くと、周囲は闇に包まれている。
ここは、どこだろう。
どうやら水中ではないようだ。
マットレスか何かの上に、寝かされている。
視界に映る天井は、かなり高い所にある。
おまけにデカい。
倉庫か、なにかか?
周囲を確認したいが、首も満足に動かない。
諦めるとしようか。
死ぬほど調子が悪いが、かといってまだ死ぬわけではないらしい。
「―――驚いたな、起きたか」
どこからか声が聞こえた。
口にマスクでもしているのか、くぐもった声。
ぎし、と床が軋む。
その何者かが、俺の方へ近付いてくる。
「生きているか?」
そう言って俺を覗き込んだのは、戦闘服とガスマスクのようなものを身に着けた人だった。
「大丈夫そうだな、待ってろ・・・水を持ってくる」
その人は、そう言ってどこかへ歩いて行ってしまった。




