129話 ゾンビと水着と果たし状のこと
ゾンビと水着と果たし状のこと
「こんにちはっ!一朗太さん!」
いつものように、式部さんが正門を開けて入ってきた。
この前の女子会の時に合鍵を渡しておいたと、後で聞いたのだ。
「あ、どうもこんにちは式部さん」
いい気分なので片手を挙げて挨拶した。
「ぎゃわぁあ!?!?!?!?」
すると恐ろしい悲鳴を上げて、式部さんが門柱の影に消えた。
いったいどうし・・・ああ、なるほど。
「にゃん!?にゃんで裸・・・裸でありますかっ!?!?」
「いやあの・・・ちゃんと下は着てますから、なんかすいません」
現在俺は、先日璃子ちゃんたちの協力で組み上げた災害用の風呂・・・に井戸水を溜めた簡易プールに入って涼んでいる所だ。
時刻は昼前である。
朝の稽古で大層汗をかいたので、それをさっぱりさせるために入っているのだ。
昨日と同じように暑すぎるので、ひんやり冷たい井戸水がたいへん気持ちいい。
「しょ、しょしょしょ、しょうでありますかぁ・・・」
首までプールにつかり直した後、式部さんは恐る恐る近付いてきた。
・・・別に取って食いはしないんだけどなあ。
っていうか嫌なら近付かなくてもいいんじゃないか。
「災害用の風呂キットを使ったプールですよ。昨日無茶苦茶暑かったもんで」
「にゃる、にゃるほど・・・」
式部さんは両手で顔を覆っているが、指の隙間がガバガバである。
もう目なんか全部見えてるじゃないか。
ちなみにプールの全長は10メートルほどある。
深さは・・・1メーター未満ってところかな。
男用と女用を連結させたのでこれくらい大きくなった。
外周はしっかりとした素材でできているので、ここの子供たちが全員入っても何ともない。
実際、昨日は全員で楽しんでいた。
井戸水だから使いたい放題だし、溢れた水は水路に流れるようになっている。
塩素タブレットも入れているから、水質的にも安全だ。
今はないが、天幕も組み立てて倉庫に入っている。
陽射しが強くなってきたら使うつもりだ。
ゆくゆくはなんちゃって露天風呂にしてもいいかもしれない。
湯沸かし棒も予備がいっぱいあるし。
ちなみに、今の利用客は俺だけだ。
子供たちは昨日はしゃぎ過ぎた反動からか、朝飯の後にもう一回寝ている。
暑さ対策としては百点満点だが・・・今度は入りすぎて風邪でも引いたらヤバいな。
「んみみぃい」
そうこうしているとソラがやって来て、縁の上に飛び乗った。
水に浸かる俺を、じっと見つめている。
興味津々って感じ。
「おう、お前も入るか・・・なーんt」
「みゃ」
うおう!?
マジで飛び込んできやがった!?
「あああっ!?」
これには式部さんも驚いたようで、ダッシュで近付いてきた。
当のソラはすいすいと泳ぎ・・・俺の肩に立つような形で半分水に浸かっている。
このままじゃ危なっかしいので、昨日サクラを入れるのに使ってプールに沈んでいるタライを取り出す。
そこへ入れてやると、なんと仰向けに浮かんでうっとりと眼を閉じている。
完全に温泉に来たオッサンじゃないかお前・・・
「おいおい、溺れたらどうするんだ・・・っていうか猫の癖に水が嫌じゃないのな、お前」
「みぃい・・・みゃおうぅ・・・」
ソラはゴロゴロと喉を鳴らしてリラックスしきっている。
まったく、心配させやがって。
昨日子供たちやサクラが遊んでいたから羨ましかったのか?
「珍しいもん見れましたねえ」
「そうでありますね、一朗太さあわわわわわわっ」
式部さんは再びガバガバシールド状態に戻ってしまった。
ううむ、このままでは話もできない。
サッパリしたし、着替えるか。
「ちょっとソラを・・・あ、この猫です。この子を見ててくれますか?着替えてきますんで」
「ひゃ、ひゃいい・・・ひゃわわわわ・・・!」
慌てる式部さんを尻目にプールから上がり、倉庫へ向かう。
着替えはあそこに置いてあるんだ。
ふう、さっぱりしたぁ。
暑いときは水風呂かプールに限るなあ。
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「せ、せせせ・・・セクシーすぎるであります・・・ドスケベでありますぅ・・・」
「みゃんみゃ、みゃおう」
「あうあう・・・目に焼き付いているでありますう・・・特に困らないでありますぅ・・・」
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「あ!おじさんプール入ったんだ!いいなあいいなあ!!」
倉庫で着替え終わる頃、社屋からやってきた璃子ちゃんが目を吊り上げた。
「ごめんよ、稽古で汗かいたから」
「うううう~!私も入りたいぃい~!!」
地団太を踏む璃子ちゃんである。
そう、璃子ちゃんは無茶苦茶頑張ってプール作成の手伝いをしてくれたが・・・入らなかったのだ。
何故かって?水着がないから、である。
昨日入ったのは子供たちと俺、それに大木くんだけである。
大人勢というか俺と大木くんはパンツ一丁で。
子供たちも下着姿でだ。
保育園の子たちは全裸だったが。
面積的に遠慮した七塚原先輩以外は、下着でプールに入るというのは抵抗があるらしい。
大人の女性陣はそうだろうとは思っていたが、璃子ちゃんもとはな。
璃子ちゃんには天幕を組み立てて外から見えない状態で入ればどうか、と提案したが・・・下着姿というのが嫌らしい。
もちろん俺は一緒に入らないぞ。
むーん、下着も水着もあんま変わらんと思うんだがなあ。
「そんな顔しないで、今日は水着調達に行くからさ」
「ほんとっ!?おじさん大好き!!」
聞くや否や、璃子ちゃんは飛びついてきた。
よほどうれしいらしい。
「おっとと・・・というわけで女性陣のサイズを聞いて、神崎さんに伝えて欲しい」
「あいあいさーっ!!」
璃子ちゃんは元気よく社屋へトンボ返りしていった。
さすがに俺が聞くのはどうかと思うので、申し訳ないが本日の探索には神崎さんもついて来てもらうことにする。
俺もなにかいいものがあれば回収しよう。
「戻りました」
「お、おかえりなさいでありますぅ・・・」
式部さんの顔は今も真っ赤であるが、少しは落ち着いたようだ。
「すいませんね変なモノ見せて・・・訴えないでくださいね?」
「いっいいえぇ!け、結構なモノをあわわっわわ!」
「みみみぃいい!?みゃあああああ!?」
慌てた式部さんは思わずといった様子で水をかき回し、巻き込まれたソラのタライがコーヒーカップめいて回転している。
大丈夫だろうかソラ・・・
「えーと、それで今日はどうされました?」
「あうあう・・・そうでありました!三等陸佐からの伝言があります!」
ほう、古保利さんからか。
どうしたんだろう。
今日は通信も来てないし・・・ひょっとしてこれがその代わりだろうか。
「ええと・・・近日中に『白沢ダム』の確保作戦があるので、協力をお願いできないか・・・とのことであります」
「『白沢ダム』の?なんでまた?」
白沢ダムとは、秋月町からさらに東へ行った場所に存在するダムである。
我が県唯一のダム湖であり、近隣の都道府県でも最大級の貯水量を誇る大型のやつだ。
「水力発電であります。幸いにもこの騒動でも送電システム自体は無事でありますので、電力の確保であります」
「あー・・・なるほど」
普段電気をろくに使っていない・・・というか、蓄電だけでまかなっているからすっかり忘れていた。
ここみたいな施設はともかく、友愛や御神楽みたいなデカい所は電力消費も多いだろうしなあ。
「今はまだなんとか大丈夫でありますが、夏や冬を見越して電力があるに越したことはないであります。特に子供や老人は衰弱すると取り返しがつかないことになりかねませんから」
「確かに・・・それは大変だ」
「他にも火力発電所がありますが・・・正直、この騒動で人間自体が減りましたので。急場は水力発電だけで賄えると思うであります」
・・・今でもこれだけ暑いんだ。
さぞ夏本番はとんでもないことになりそうだ。
そして、猛暑の年には厳冬が来る・・・なんてのを聞いたことがある。
この県は雪が降ることは滅多にないが、今年はわからない。
備えは必要だ。
「もちろん、そちらを巻き込むのですから・・・成功の暁には電力供給も最優先で行うのであります」
「え?いや・・・ありがたいですけど、うちだけひいきしてもらって大丈夫なんですか?」
正直、他にも民間レベルのまともな避難所がいっぱいあると思うんだが。
「成功報酬であります!それに・・・電気は目に見えませんから」
そう言って式部さんは、少しだけ悪戯っぽく笑った。
・・・さいですか。
「・・・了解です。どこまで役に立てるかわかりませんが、協力させてもらいますよ」
「ふふぅふ!一朗太さんがいらっしゃれば百人力でありますよ!!」
俺への信頼がデカすぎる不具合がまた発生している。
・・・行くときは何もなければ南雲流総出で行こう、そうしよう。
俺が駄目でも先輩方がなんとかしてくれるだろ、うん。
「ではでは!詳しい日程が決まり次第すぐに連絡しますので~!」
説明の後、少しの世間話を終えた式部さんは颯爽と帰って行った。
・・・神崎さんに会わなくてもいいのかと、今気付いた。
時すでに遅しである。
「式部陸士長は元気ですね」
噂をすればシャドウ!!
「そうですね・・・っていうかお話しなくてもよかったんですか?」
「屋上から聞いていましたので、問題ありません。私個人に用があれば、陸士長はそう言うと思いますので」
聞いてたのかよ・・・
「それと、田中野さん」
ずずいと距離を詰めた神崎さんが、ジト目になって俺を見る。
な、なんですか?
「ダム奪還作戦ですが・・・もちろん私も参加しても・・・?」
近い近い近い!
鼻がくっついちゃう!!
「あ、当たり前でしょ、どこに出しても恥ずかしくない最高の相棒なんですから、ホントに!頼りにしてますよっ!?」
「そ、そそそそうですか・・・ふふ」
神崎さんは顔を真っ赤にしてニマニマと笑っている。
そんなに嬉しいのか・・・
今までも数々の修羅場をくぐってきたんだ、頼りにしているのは本当ですよ。
「あ、神崎さん。璃子ちゃんから水着のこと聞きました?」
「・・・ぇあっ!?は、はい!バッチリでしゅ!!」
そ、そうか。
しかし、もう聞いているなら話は早いぞ。
「特に何もなければ、今から出たいんですけど・・・どうです?」
「え、ええ。こちらも問題はありません・・・それで、どちらまで行きますか」
神崎さんに見えるように、スマホの地図アプリを立ち上げる。
あらかじめ目星をつけておいたんだ。
「ここなんかどうでしょ?」
「・・・なるほど、スポーツジムですか」
地図に表示されているのは、硲谷から龍宮方面に少し走った所にあるジム。
地図から察するに、結構大きい規模の所である。
「この騒動って春に始まったじゃないですか?スポーツ用品店を探すより、一年中プールのある所の方が可能性が高いと思いましてね・・・それに、狙われることもないでしょ?」
食料だのなんだのを奪い合いしているこの状況下で、まさか水着に目を向ける奴はいないだろう。
泳ぐだけなら水着も必要ないしな。
・・・大木くんも言ってたけど、確かに余裕あるなあ、ここ。
カツカツの人間や避難所に知られたら攻め込まれかねない。
「そうですね、着眼点はいいです。騒動の発生時は午前中でしたから、利用客も少ないでしょうし」
「さらに送迎用のスクールバスなんかも手に入るかもしれませんしね。スポーツドリンクやらプロテインやらも」
上手くいけばおまけも手に入るという寸法だ。
行く場所も、龍宮市街の中では人口の少ないエリアだし・・・問題なかろう。
「では、善は急げって言いますし・・・行きましょ」
「はい」
というわけで、俺達はすぐに出発することとした。
神崎さんは食事時以外は必ず装備を身に着けているので話が早い。
俺も、兜割と刀と脇差、拳銃は大体近くに持ってるしな。
おっと、でっかいリュックだけは追加で持っていくとするかな。
「うん、駐車場に車がほとんどない・・・いてもせいぜいインストラクターくらいでしょうね」
駐車場に停めた軽トラから降りつつ、周囲の気配を探る。
「ええ、油断だけはしないようにしましょうか」
助手席から降りた神崎さんは、油断なく拳銃を構えている。
高柳運送を出発し、走ること30分弱。
特に何事もなく、俺達は目的のスポーツジムにたどり着くことができた。
視線の先には、『タカトキスポーツジム』と看板の掛けられた3階建てのビルがある。
ご丁寧に、入り口の側面に館内見取り図のプレートがかけられている。
ふむふむ・・・プールは地下1階か。
1階は受付と休憩スペース。
2階と3階はトレーニングエリア・・・か。
「こういうとこって、受付の近くで物販とかありますよね。ゴーグルとか」
「そうですね・・・私が通っていた所もそうでした」
ほうほう、神崎さん通ってたのか。
・・・似合いそう。
「な、何か?」
「え?あーいや・・・さーて!行きましょっか!!」
「ちょっと!?田中野さん!?今何を考えましたか!!」
黙秘!黙秘権を行使するでござる!!
いつものように入り口の自動ドアを斜めに持ち上げ、鍵を破壊する。
見える範囲にゾンビはいないが、後ろではいつでも撃てるように神崎さんがスタンバってくれている。
「んぎぎぎ・・・ぬぬぬぬ~!!」
めきり、と音がして鍵が壊れる。
ふう、我ながら手慣れてきたなあ。
ドアをスライドさせると、埃っぽい臭いが鼻を突く。
・・・どうやら俺たちは久しぶりの来客らしい。
「(侵入します)」
「(いつでもどうぞ)」
兜割を引き抜き、足音を立てないように内部へ侵入。
正面に、受付のカウンターが見える。
・・・いるならここで迎え撃ったほうがいいな。
「(釣りますね)」
振り返って神崎さんにそう告げ、ポケットに入れていた石ころを取る。
振りかぶってそれを、受付目がけて放った。
石は受付に置いてある枯れた花が入った花瓶に当たり、かあんと澄んだ音を響かせた。
「ウウウウウウ!!!!」「ガアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」「アアアアガアアアアアアアア!!!!」
よし、釣れた釣れた。
ゾンビの声は、階段の上と下から同時に聞こえてくる。
受付の方からは何も聞こえなかった。
ここからは声を潜めなくてもいいな!
「じゃあ俺は上で!」
「はい!」
神崎さんの声を聞きながら、階段へ走る。
俺は上方向。
神崎さんは下方向を警戒する。
「ガギャアアアアアアッ!!!!」
お、こっちの方が先においでなすった!
元はインストラクターであろう、ぴっちりしたトレーニングウェアを着たゾンビが走ってくる。
数は・・・3体!!
「っふ!」
手首のホルダーから引き抜いた棒手裏剣を、真っ直ぐ放つ。
空中を真っ直ぐ飛んだ手裏剣は、真ん中にいるゾンビの膝に命中。
「ギャガガガガガガガガ!!」
それによってバランスを崩したゾンビは、前後の2体を巻き込んで階段を転がり落ちてくる。
うし、命中!
ゾンビたちは一塊になり、俺の目の前に落下。
「っし!!」
兜割を振り、無防備な後頭部を思い切りぶん殴る。
お互いの体が邪魔をして、何もできないまま3体は成仏した。
それと同時くらいに、神崎さんの方向から消音された銃声が数度。
パパス、パパスと規則正しい銃声の後は、階段に落ちた空薬莢の涼やかな金属音だけが聞こえた。
「・・・3体、無力化完了!」
あっちも楽に片付いたようだ。
流石の射撃技術である。
しばらく、2人とも動きを止め・・・音と気配を探る。
・・・上にまだいるな。
ダバダバと走る音が聞こえる。
後で横槍入れられても面倒だからな、ここで綺麗に成仏させとかないとなあ!
踊り場に現れたゾンビを確認しつつ、兜割を構え直した。
「・・・結構いたんすね」
「ええ・・・」
目の前に、ご年配のゾンビが山を作っている。
どうやら、朝っぱらからジムに来ていた客らしい。
上からばっかり来やがって・・・まったく、人気すぎだろここのジム。
まあ、ご年配ゾンビらしく動きは遅かったので楽勝ではあったが。
・・・前にも感じたが、なーんか老人虐待をしている気分になるんだよなあ。
「ここまで暴れてもう来ないってことは、プールの方にはいなかったってことですね」
「朝一番からプールに入る人は、いなかったようですね」
いくら温水プールとはいえ、さすがになあ。
しばらく耳をすませるが、後続の気配も音もない。
これでカンバン・・・かな?
職員はもっといただろうから、逃げたか食われたかどちらかだろう。
「じゃ、お目当てのモノを探しますか」
当初の目的に従い、水着を探すことにした。
受付のカウンターまで行くと、その横に物販コーナーがあった。
ゴーグルに水泳帽、水着に・・・なんて言うんだっけ、着たままプールに入れる上着。
どうやらお目当てのモノはここで揃いそうだ。
「むーん、男性用と子供用はこっちか・・・神崎さん、女性用はお任せしますね」
「はい、女性用は・・・どうやら職員エリアにあるようですね」
その言葉に目を向けると、受付の奥に水着のエリアが見えた。
男性用は剥き出しなのに、何故女性用だけが・・・?
なんだろう、万引き対策とかかな?
まあいいや。
女性用は神崎さんにお任せし、俺は男性用と子供用の棚に行く。
うーん、水泳帽・・・いるかなあ?
いらないとは思うが・・・一応念のために持っていくか。
ええと、ゴーグルはいるな。
子供用・・・ジムにあるだけあって、シンプルなモノばかりだ。
サイズが合うかわからないので、適当にいっぱい持って帰ろう。
どうせ誰も欲しがらんだろうし。
さて、俺と・・・大木くんは普通サイズでいいが、七塚原先輩はなあ。
とりあえず伸びそうな生地の一番デカいサイズを持っていこう。
これで駄目なら・・・市内の大きいスポーツ用品店に行くしかない。
だがまあ、さっきの年配ゾンビに結構な腹回りのおじちゃんもいたし、対応するサイズはあるはずだ。
浮き輪なんかは流石にないか。
スイミングスクールに通う子なんかにはいらないだろうし。
・・・あ、手足に付ける小さい浮き輪みたいなのはあるよな、プールに。
どうしよう、地下まで取りに行こうか・・・
と、考えたその時。
ちり、とうなじの毛が逆立った。
これは。
殺気!!
「―――ッ!!」
半ば無意識で抱えていた水着類を捨て、兜割を抜きながら振り返りつつ空間を薙ぐ。
硬質な金属音が響き、兜割は何かを弾いた。
ナイフ、か!?
入り口に、人影。
また、投擲の動作に入っている。
「っふ!!」
立て続けに飛来する刃物を、最小の動作で弾く。
体の対角線上に、ほぼ同時に投擲・・・!
手練れ、だ!!
「―――ぁは」
何度かの投擲を弾いたころ、襲撃者は笑った。
逆光になっていてよくわからんが、恐らく声からして女!
髪も長いし!
「・・・随分なご挨拶だな、おい!」
次の投擲に備えて兜割を構えつつ、片手で十字手裏剣を投擲。
時間差をつけた2枚の手裏剣は、襲撃者の手によって容易く弾かれた。
音が、硬い。
素手じゃない・・・何か持っている風でもない。
「―――手甲、か!」
「っ!!!」
俺が呟くとほぼ同時に、カウンター越しに神崎さんが拳銃を発砲。
襲撃者は、素早い動作で死角に入った。
・・・撃たれることを見越していた動き。
手練れ・・・だな、やはり。
「こわぁいおねーさんがいるから帰るね。田中野ちゃん」
鈴が鳴るような声がそう呟き、すぐさま何かが俺たちの足元へ。
「―――ッ!!」
野球ボールほどのそれを視認した瞬間に、地面を蹴ってカウンターに飛びつく。
「神崎さん伏せ―――!!」
カウンターの向こうにいた神崎さんを抱え込んだ瞬間。
鼓膜が破れるほどの轟音と、衝撃波が同時に襲ってきた。
「・・・うぅ」
目を開ける。
粉塵を吸い込んだのか、喉が痛い。
視界はぐらぐらと揺れている。
耳鳴りが酷い。
「・・・か、かんざき、さん」
胸の中の神崎さんは、失神しているようだ。
・・・呼吸は正常、怪我も見当たらない。
ひとまずは大丈夫、か。
「・・・ぁ」
神崎さんの目が震えるようにして開き、その瞳に俺が映る。
「大丈夫・・・ですか?」
「わた、し・・・どうし・・・あ、あぅう・・・」
きつく抱きしめる体勢になっていることに気付いたのか、神崎さんの顔がみるみる真っ赤になった。
いかん、セクハラで殺されてしまう。
「頭がガンガンしやがる・・・畜生」
神崎さんを床に下ろし、立ち上がる。
「・・・この威力、そして手甲・・・か」
ジムの正面玄関は盛大に破壊され、ガラスはどれも粉々に吹き飛んでいる。
咄嗟にカウンターに隠れなければ、無事には済まなかっただろう。
「た、たたた田中野しゃん・・・お怪我は!?」
「いえ、大丈夫です」
慌てた声の神崎さんに心配されつつも、カウンターを出て歩く。
「・・・ふうん?」
俺が弾いたナイフが、壁に突き刺さっている。
なんてことのない普通の?ナイフだ。
グリップに、紙が結ばれていること以外は。
「物騒な矢文だな。親子そろって、ネジが外れてやがる」
ぼやきつつ紙を取り外し、広げる。
「それは・・・?」
遅れてカウンターから出てきた神崎さんが、俺に問いかける。
その声に、紙をヒラヒラさせて渡した。
「これ、は―――」
神崎さんが、目を見開く。
「どうやら、呼び出しらしいですね」
その内容は、至ってシンプルなものであった。
『3日後の正午、竜神大橋にて待つ。逃げたら、住処を吹き飛ばす。 鍛治屋敷 徹』
さっきのは十中八九娘だろう。
嫁さんにしては若すぎるし体型も違う。
・・・やれやれ、過激なことで。
俺は、知らずに兜割をぎちりと握りしめていた。




