123話 在りし日の中学生のこと
在りし日の中学生のこと
目を開ける。
見慣れた天井と・・・視界を半分塞ぐモフモフが見える。
サクラは相変わらず愉快な寝相だなあ。
「・・・あの子、かな?」
珍しく覚えていた夢の内容を反芻する。
・・・いやあ、あの時は大変だった。
あの日、急にカップ麺が食べたくなって外出した時に、路地裏から言い争う声が聞こえてきた。
金曜の夜だったから酔っぱらいの喧嘩かと思ったが、どうにも様子がおかしい。
酔っぱらいにしては若い声も聞こえてきたからだ。
興味本位で路地の暗がりを覗き込むと、今まさに女の子が車に連れ込まれるところだったのだ。
その子は周囲をあまり育ちのよくなさそうなチンピラに囲まれ、抵抗空しく引きずられていた。
一瞬警察に通報しようかと思ったが・・・間に合いそうにない。
ナンバーを覚えて通報したとしても、助け出された時には『手遅れ』になっている可能性が高いと思ったのだ。
男ならボコボコにされるくらいで済むかもしれんが、若い娘さんだと死ぬより辛い目に遭うことになる。
それに・・・目が合ったしな、その子と。
通報して静観って選択肢は、その瞬間に消滅した。
後はもう夢の通りだ。
適当な石ころを握りしめて動き始めた車に吶喊し、女の子を逃がして暴れた。
それはもう、滅茶苦茶に暴れた。
まず初めに何人かの足首を壊し、あの子を走って追えないようにした。
これで残りも戦意喪失してくれればよかったんだが、そうはいかなかった。
何人か喧嘩慣れした活きのいいのがいたので、俺が突撃したショックから回復すると逃げるどころか向かってきたのだ。
仲間の悲鳴に我を忘れたのかもしれん。
今なら武器もふんだんにあるしもう少しうまく立ち回れたと思うが、当時の俺には無理だった。
とにかく突っ込み、当たるを幸いと殴る蹴るをひたすら繰り返した。
勿論、狙いは全て急所狙いだが。
こっちは1人、向こうの威勢のいいのは5人もいた。
そりゃもうボッコボコ殴られた。
脳内麻薬がドバドバ出ていたようで、痛いとも苦しいとも感じなかったが。
で、なんとか全員を半殺し・・・というか八分殺しにしたあたりで騎兵隊もとい警察がやってきた。
見慣れた赤色灯を見た瞬間、俺は安堵して前のめりにぶっ倒れ・・・2週間意識不明となった。
目が覚めたら大変だった。
体中痛い上にろくに動けない。
両親には説教されるし、妹は大泣きするし、何故か師匠には『よくやった!小僧!!』と褒められるし。
先輩方には、心配されるやら的確に怪我したところをつつかれるやら大忙しだ。
・・・つついたのは誰かわかるね?そう、後藤倫先輩である。
マジであの人はなんなんだろう。
で、なんとか現状を把握した俺に待っていたのは警察の事情聴取だった。
何人もの警察関係者が病室に出入りし、俺がなにをしたのか何度も何度も説明する羽目になった。
いやもう・・・あれは尋問だった。
まあ仕方がない事である。
相手方は全員障害が残るレベルの大怪我。
俺も昏睡状態だったが、傷としては大したことはなかった(※チンピラ比)
何も考えずに大暴れしたが、さすがに前科者になるんだろうな・・・と心のどこかでそう思っていた。
後悔はしていなかったが。
あそこで見捨てる方が百万倍後悔するし。
っていうか多分見捨てたら師匠直々に殺されると思うし。
が、結果は(連日連夜無茶苦茶怒られたが)お咎めなしという結果であった。
不起訴処分って言うんだっけか?まあいいや。
その理由は大きく分けて2つ。
1つは、相手方の行いが用意周到かつ、大型ナイフやスタンガンなど多数の武器を所持していたこと。
被害者の女の子・・・彼女の同級生が、自分の彼氏であるチンピラを通じて今回の犯行を依頼したというのだ。
なお、彼氏は俺が歯をバッキバキに砕いた運転手の男だそうだ、一生総入れ歯とのこと・・・ざまあみやがれである。
『ウザいし目障りなので、自殺するくらいのダメージを与えてほしい。輪姦して写真を撮ってほしい』
という依頼だったらしい。
怨恨というか、イジメの延長線上?らしい。
・・・腐り果てた女だな、その場にいたら男女平等に殴り倒すレベルである。
そうそう、後で聞いたがあの子は中学生だった。
そんな年でかくも恐ろしい依頼を出せる加害者の中学生・・・末恐ろしい。
今はどこかでゾンビに食い殺されていることを祈ろう。
目の前に現れたら即成仏させちゃる。
ちなみに、警察に言われてビックリしたが、俺に3本ほどナイフが突き刺さっていたそうだ。
ぜんっぜん気付かなかった。
急所は外れていたため、大丈夫だったそうだが。
無意識で避けたんだろう、ありがとう南雲流。
それで2つ目の理由だが・・・まあ、ぶっちゃけるとコネパワーである。
当時の警察署長が・・・その、師匠に昔無茶苦茶世話になった人だったらしいのだ。
詳しくは知らんが、死ぬまで足を向けて寝れないレベルの恩があるらしい。
師匠曰く、1つ目の理由だけでも十分俺は無罪らしいのだが・・・駄目押しにもなったのだろう。
留年ギリギリの出席日数と引き換えに、俺は自由の身となった。
当時は大学生だったのだ、俺は。
そして肝心の被害者である女の子であるが、事件後すぐに親戚を頼って引っ越して行ったそうだ。
そりゃそうだ、無事だったとはいえ・・・事実無根のろくでもない噂を立てる奴もいるだろう。
発端の加害者同級生は未成年だから大した罰も受けていない訳だし。
女の子には辛すぎる。
引っ越しもやむなしだ。
というわけで、俺は相手の名前も知らなければ直接話すこともなかった。
警察からは伝言として、『大変感謝している、直接会えないことを許してほしい。あなたのことは決して忘れない、ありがとうございます』と聞かされた。
未成年保護の観点から、警察はそれしか伝えられないと言われたが・・・別に気にもしていない。
あの子が無事ならそれだけで十分だ、と・・・当時の俺は思ったのだった。
「・・・大きく、立派になったなあ」
どこか親戚のおじさん目線で呟く。
あの泣いて震えていたあの子が、式部さんだとは。
あります口調でもなかったし。
必死に記憶の糸を辿ってみれば、なんとなーく顔が似ているような気がしてきた。
・・・いや待てよ、本当に本人なのか?
いやでも、冬に助けたのはあの子だけだったはずだ。
他に思い当たる記憶は・・・ない。
いくら俺の脳がヘッポコCPUだとしても、流石にそこは間違えていないはずだ。
「・・・今度御神楽行った時に、こっそり確認してみよう」
いくら過去とはいえ事件が事件だからな。
古保利さんの耳にも、できれば入れたくない。
トラウマになっていたらかわいそうだからだ。
というわけで通信での答え合わせはナシだ。
古保利さん以外にも聞かれるかもしれんし。
「ふぁふ・・・」
サクラが起きたようで、俺の目に尻尾がバシバシ当たる。
目に毛が入りそうだからやめていただきたい。
「おはよう、サクラ」
そう声をかけると、サクラは眠そうな目をしつつも俺の顔をベロベロ舐めた。
洗顔前はやめてもらいたい。
「わぷぷ・・・うし、飯にすっかあ」
「はふ!」
モヤモヤが晴れたのでスッキリした気持ちを抱えながら、ついでにサクラも抱えて朝食の準備に取り掛かることにした。
いつも斑鳩さんに任せっきりじゃ悪いしな。
「あむ・・・もむ・・・ふあぁあ・・・ふわ・・・」
葵ちゃんが、俺の横で器用に半分寝ながらパンを齧っている。
消化に悪そう。
子供たちの朝食はとっくに済んで、みんな思い思いの場所で遊んでいる。
葵ちゃんはいつもゆっくり食べるので必然的に大人組と食事時間がかぶるのだが、今日はいつにも増してゆっくりだ。
「おいおい、喉につっかえちゃうぞ葵ちゃん」
新しいココアを注ぎつつ、声をかける。
お湯で作っているが、ホットミルクも調達したいものだ。
花田さんのところの簡易牧場が軌道に乗れば分けてくれるらしいので、それを楽しみにしている。
「ふあ・・・うん」
ゆらゆら頭を揺らしながら、葵ちゃんがココアを飲む。
早寝早起きの葵ちゃんらしくもない。
何かあったんだろうか。
「こわいゆめ・・・みたから・・・ねむいの」
「こわい夢?」
それでうまく寝付けなかったのか。
可哀そうに、覚えているのならしばらく影響しそうだ。
『ふれあいセンター』の夢かな?
それとも・・・家族の夢だろうか。
「おっきいコアラにおいかけられるゆめ・・・」
「・・・おう、そいつは怖いなあ。超怖い」
十中八九昨日の怪獣映画のせいじゃねえか!!
子供の感受性の高さを甘く見ていたぜ・・・
今日はたっぷりと昼寝させてやろう。
「おじちゃんは、こわいゆめ、みたことあるー?」
「あるある無茶苦茶ある。この前山盛りのメンチカツに潰される夢見たし・・・アッツアツのだぞ?」
「こわいねぇ・・・」
そうだろうそうだろう。
アレは恐ろしかった。
目が覚めてサクラの姿を見て、バカでかいメンチカツだと勘違いして悲鳴を上げるくらいには恐ろしかった。
サクラは跳ね起きるし、何故か神崎さんがドアを蹴り開けるし、朝っぱらからカオスだったなあ。
「だけどサクラを抱っこして昼寝したらすっごく調子がよくなったんだ。今日は特別に葵ちゃんに貸し出そう」
「わぁい・・・」
「わふ」
『なんでしょうか?』みたいにこちらを見上げるサクラである。
頼むぞ、超絶高性能アニマルセラピー抱き枕よ。
「よっせ・・・!先輩、10年くらい前に俺が女の子助けたの覚えてます?」
振り下ろした鍬が土に食い込む。
田んぼから取ってきた土とはいえ、初めて耕すのだから結構硬い。
「10年前・・・?ああ、冬の寒い日じゃったのお」
俺の3倍くらいの速さで大地を耕しながら、先輩が答えた。
覚えているのか。
朝食後、俺は七塚原先輩と2人で拡張した畑を耕している。
子供たちも巴さんもいない。
こっちは重労働なので、ヒヨコちゃんたちのお世話をお願いしたんだ。
「ありゃあぶち騒ぎになったけえな。道場にマスコミが来たりでよう覚えとるわ」
「えっ?そんな大事になったんですか?」
全然覚えてないんだけど。
「おまーは集中治療室におったけえのう。起きるころには騒動も落ち着いとった」
「あー・・・なるほど」
迷惑かけたなあ・・・
なるほど、式部さん(暫定)が引っ越したのってそういう理由もありそうだなあ。
まったく、被害者に厳しいよなマスコミって。
そんな暇があるなら、加害者の顔と名前を全国に公開して一生外を出歩けないようにしてやれってんだ。
「初日は大騒ぎじゃったがのう。先生が新聞社に乗り込んだらピタリと来んようになったわ」
「・・・何したんすか、師匠は」
「『なあに、男同士の真剣な話し合いじゃ』じゃと言うとったのう」
絶対話し合いじゃない。
断言できる。
師匠は四方八方に顔が利くからなあ・・・絶対に握り潰してる。
物理的に握り潰している可能性すらあるな。
「で、どがいしたんじゃ急にそんな昔のことを」
「あーいや、昨日夢に見ましてね・・・助けた子って元気にしてるんだろうかって」
いかんいかん、式部さんのことは内緒にしとかないと。
いくら先輩でも、本人の承諾なしにあの話はできない。
「おう、まああの子なら・・・大丈夫じゃろうなあ」
・・・は?
「えっ!?知ってるんですか!?」
俺も会ってないのに!?
「おー、おまーが寝とる間に道場に顔出したけえな。すぐに引っ越すし、病院には警察が入れてくれんけぇ道場に挨拶に来たんじゃと」
「ああ、なるほどお・・・」
確かに俺が起きた時にはもう引っ越してたからなあ。
「警察から伝言聞いたじゃろ?アレは先生経由で伝えてもろうたんよ」
はー、そういうことか。
ううむ、3日くらいで目が覚めてたら電話くらいはできたのかな。
そうしたら名前を聞いたらすぐ気付けたんだろうけど。
「先生が知り合いの道場に紹介状を書いとったのう、目が気に入ったとかで。今も鍛えとったら、さぞ逞しくなっとることじゃろう」
・・・凄く逞しくなってますよ、先輩。
式部さんの強さの理由の一端が一瞬でわかった気がする。
古保利さん!自己流じゃないじゃん!!
・・・あ、式部さんが言っていないだけか。
「ちなみにその道場って何の流派かわかったりします?」
俺がそう言うと、先輩は鍬を地面に突き立ててしばし沈黙した。
「ううむ・・・何分昔のことじゃけぇなあ・・・なんじゃったかのう・・・おお!たしか先生は『ゴウマなんとか』と言っとったのう」
ゴウマ・・・?
なんか強そうな名前だな。
いや待てよ。
・・・あ、まさか。
「『降魔不動流』・・・かな?」
「おお!そうじゃそうじゃ!さすが田中野、詳しいのう!」
降魔不動流。
とある密教の一派から、室町時代に分派した修験者を開祖とする流派だ。
名前はそこそこ有名だが、実態の方はあまり知られていない。
俺も名前くらいしか知らない。
戦国時代に諜報、攪乱、暗殺等で大活躍したとかしないとか。
フィクションではそのハッタリから大活躍だが。
まさか式部さんが、そんなレア流派の使い手だとは。
っていうかそんなレア流派を紹介できる師匠・・・
「・・・師匠の顔、広すぎ問題ですね」
「確かにのう。あの人は好き嫌いが激しいが、気に入った人間にはとことん関わるけぇな」
あー、確かに。
お歳暮とかお中元とかむっちゃ届いてたもんな。
『場所ばかり取るわい』なんて言っていたが、どこか嬉しそうにしてたな。
師匠は独身だったから、そういう人たちが家族みたいなもんなんだろうか。
・・・夜遊びむっちゃしてたけど。
とにかくこれでなんとなーくわかってきたぞ。
やはりあの冬の晩に助けた女の子は式部さんだ。
出自と流派がバッチリリンクした。
ふう、これでいつでも答え合わせできるぜ。
「おじさーん!お客さんが来てるよーっ!」
と、そこまで考えた所で璃子ちゃんが呼びに来た。
・・・お客さん?
変な客なら神崎さんたちが通さないから、ちゃんとした客なんだろう。
「はいはーい!・・・すんません先輩、行ってきます」
俺は先輩に断ってから、門まで行くことにした。
詩谷からかな?それとも龍宮からだろうか。
変な依頼とかアクシデントとかじゃないといいなあ。
「昨日ぶりでありますっ!おはようございます!!」
「お、おはようございます、式部さん」
「はいっ!!」
俺の目の前で満面の笑みで敬礼している式部さん。
自衛隊のフル装備に身を固め、いつかのライアンさんのように四輪バギーに跨っている。
・・・ナンデ?
「ふふぅふ、ライアン軍曹の代役であります!現状確認であります!」
俺の疑問顔に答えるように、式部さんが教えてくれた。
「本当は別の人間が割り当てられる予定でしたが・・・古保利三等陸佐が快く交代に応じてくれまして!」
・・・昨日のゴタゴタの影響かな。
独り言を俺に言っちゃったあの件の。
すいません古保利さん・・・いや俺別に悪くないな!?
「なるほど、とりあえず入ってください。お茶でもいかがですか?」
「はいっ!お邪魔するでありますっ!!」
バギーをゆっくり発進させる式部さんの横に移動し、周囲に聞こえないほどの小声で言う。
「(あの中学生が、立派になったようで感無量ですよ・・・お元気そうで、なによりです)」
「はわぁ!?!?」
式部さんはビックリしたようで急にスロットルを上げてしまった。
どるん、とバギーが急発進しそうになり、慌ててブレーキをかけている。
いかん、驚かせちゃったかな・・・訴えないでください!!
「うぇ、あ、あの、あにょ・・・も、もう思い出し、て・・・?」
式部さんはこんらんしている!
飄々とした態度は消え去り、その顔は真っ赤だ。
・・・こうして見ると、年相応だな。
ええと10年前に中学生だから・・・たぶん二十代前半、くらいかな?
「昨日夢に見ましてね・・・あの後は大丈夫でした?マスコミも多かったでしょ?あ、道場に来てくれたみたいですね」
「あう、あうあう・・・あうぅ・・・!」
駄目だこれ。
完全に混乱していらっしゃる。
とりあえずお茶でも飲んで落ち着いてもらおう。
「と、とにかく中でお茶でもうおおおお!?!?!?」
もう一度話しかけようとした瞬間、式部さんはなんとバギーを蹴って俺に飛びついてきた。
混乱していても俊敏!!
そしてそれに反応できなかった俺は、あえなく地面に倒れ込んだ。
なんとか後頭部は守り抜いたが!背中が超いてえ!!!
「ううう・・・うううう・・・!!」
式部さんは俺の胸に顔をグリグリ押し付けている。
ヘルメットが!当たって!凄く痛い!!
視界の隅で、神崎さんが恐ろしい勢いで社屋入り口から飛び出してくるのが見えた。
ライフル持ってるゥウ!?
あっ違いますから!敵襲じゃないですから!!
「うあう・・・じゅ、じゅっと、じゅっとお会い、お会いしたかった、で、ありまずぅう・・・!!」
俺の胴体をギチギチ言わせるほど、式部さんのハグは強い。
いきができない。
「田中野ざんん・・・おにいざんん・・・!!おひ、おひざしぶりでありまずう・・・!!あなだの、あなだのおがげでありまずう・・・!!!」
あの日のように、ボロボロと涙を零しながら・・・その顔は満面の笑顔であった。
「きゅう」
そして俺は失神した。
「まこ、誠に、誠に、申し訳ございませんん・・・!!!」
気が付いたら俺は休憩室に安置され、何故か横で式部さんが土下座していた。
その横には、なんとも表現し辛い表情の神崎さんが座っている。
「・・・いやあの、えっと、お気に・・・なさらず?」
あまりに申し訳なさそうなので、俺はそう言うことしかできなかった。
「・・・事情は陸士長から聞きました。さすが田中野さんですね」
神崎さんはそう言うが、じゃあその冷たい目線はなんなのさ!?
俺なんかした!?心当たりがないでござるぞ!?
周囲を見渡すと、見知った顔が襖からこちらを見つめている。
「むふっふ~、むーさん!春ですよお!春ぅ!」
「ほうじゃのう」
だからもうすぐ夏だっつってんだろ!!
何だこの夫婦は!!
「んみぃあ」
そしてお前はいつの間に俺の懐に・・・ソラ!
喉を鳴らすんじゃない!かわいいな!!
「申し訳ないであります。我を忘れたであります」
それからしばらくして、ここは変わらず休憩室である。
まだ顔が赤く、そして目まで真っ赤な式部さんがお茶を啜る。
他にいるのは神崎さんとサクラだ。
後藤倫先輩は和菓子だけを攫って行った。
ブレねえなあ。
「いやまあ、さっきも言ったけどお気になさらず」
俺は苦笑しながら備蓄品の煎餅を出した。
「わふ・・・スンスンスンスン」
申し訳ないなサクラよ。
お前にはこれは毒だ。
だから骨の形のガムをくれてやろう。
「もがふ!もももふ!!」
おうおう齧っとる齧っとる。
いっぱい齧って丈夫な歯になるんだぞ。
「・・・とりあえず、元気そうでよかったですよ。引っ越した後はどうでしたか?」
「はい!田宮先生の紹介していただいた道場で鍛えていただいたであります!」
でしょうねえ。
あの師匠が紹介状を書くくらいだ。
さぞ素質があったんだろうさ。
「『降魔不動流』・・・使い手を見たのは初めてですよ」
「なんっ・・・!なんと!あの謎に包まれた流派ですか!!」
さっきまでジト目だった神崎さんが一瞬でキラキラ目に!!
ブレねえ!!
「あはは・・・確かに珍しいでありますな。門下生は自分1人でありましたし」
少数精鋭ってレベルじゃねえぞ。
我が南雲流でも門下生は4人もいたのに。
「引っ越した後は平和そのものでありましたよ。普通に学校に通って、普通に自衛隊に入隊しました」
主に修めている流派と戦闘能力が普通じゃない件。
「そして・・・この県に戻ってきたわけであります。その後はこの騒動に巻き込まれ、現在に至る・・・で、あります」
そう言うと、式部さんは美味しそうに煎餅を齧った。
簡素過ぎる。
「あの、戻って来てよかったんですか?加害者もまだここにいるんじゃ・・・?」
神崎さんの様子から察するに、事件のことはもう話しているんだろう。
他に誰もいないし、聞いてみるか。
「ああ、彼女は5年ほど前に痴情のもつれで刺殺されているであります。この手で息の根を止める予定でしたが・・・それでは自衛隊に入れなかったでありますから、結果オーライであります」
なるほど。
そりゃよかった。
いやよくはないが。
やっぱり復讐するつもりだったのか・・・覚悟の決まり方が凄い。
この人もネジ外れてんな。
まあ、そんな感じじゃなければ生き抜けないか、この状況じゃ。
「ちなみに事件の発端てのは・・・?」
「よくあることであります。友人が彼女にいじめを受けていたので止めたところ・・・自分が標的になったであります」
ああ、糞みたいな理由だったな。
加害者は死んでいるのでいいが。
ざまあみやがれ。
「無視や言葉の暴力に純粋な暴力で反抗したところ、エスカレートしたであります。田中野さんが止めてくれなければ、大変なことになっていたでしょう」
・・・なるほど。
「改めて、しっかりとお礼を申し上げるであります。田中野さん、あの時は本当に・・・本当にありがとうございました」
式部さんは姿勢を正すと、深々と綺麗に頭を下げた。
「あなたのお陰で、自分は今もこうして元気にしているであります。受けた恩は、自分の一生をかけてお返しする所存であります」
重い・・・重いよ、式部さん。
「何でも言ってください!なんでも!!なんでもしますので!!さあ!さあさあ!!!」
式部さんはずずいと距離を詰めてきた。
サクラが驚いて部屋の隅に跳び下がるくらいの勢いだ。
・・・これ、とりあえず何かお願いしないと収まりそうにないな。
「じゃ、じゃあとりあえず・・・田中野一朗太です。名前を教えてください」
これしか思いつかねえ!
この人は神崎さんと一緒だ!ほっといたら缶詰2トンくらい調達してきそう!!
そう言うと、式部さんはきょとんとした後・・・嬉しそうに笑った。
「式部・・・式部茜であります!一朗太さん!これからもよろしくお願いするでありますっ!!」
嬉しそうに敬礼する式部さんの横で、何故か神崎さんがビクリと震えていた。
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「(なま、名前呼び・・・この人は、強敵だ・・・!)」
「どうしました、神崎さん」
「にゃんでもありません!自分は大丈夫でありましゅ!!」
「そ、そうですか・・・」




