90話 迷子の迷子の・・・のこと
迷子の迷子の・・・のこと
「っふ!・・・はぁ・・・ひぃ・・」
まだ夜も明けきらない時間帯。
うっすらと見える朝日を横目に、俺は屋上に膝を付いた。
ぐおお・・・きっつう。
ぼたぼたと床に汗が落ち、不可思議な文様を作り出す。
しんと静まり返った屋上に、俺の荒い息だけが響く。
「ふぅ・・・はぁ・・・」
しばしその姿勢を取りつつ、呼吸を落ち着かせる。
はあ・・・相変わらずしんどいなこの技。
でも、やらなきゃならんこと・・・だよなあ、これは。
「・・・ふうううぅ・・・」
長く息を吐き、吸う。
それを何度か繰り返すと、やっと呼吸が落ち着いてきた。
鼓動も同じように。
「・・・うし、サクラが起きるまでは時間があるし・・・もう一本、気合入れていくか!」
膝に手を置き、軋む体を立ち上がらせる。
終わったら水風呂でもいいから入りてえな・・・でもここも井戸水だから死ぬほど冷たいんだよなぁ。
肩幅に足を広げ、息を吸う。
しばし集中し、息を吐きながら目を開け・・・
入り口のドアから半分覗く、2つの生首と目が合った。
「ウワーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」
「もうっビックリしたんだからね!おじさん!!」
「そりゃこっちのセリフだよもう・・・幽霊って朝方にも出るのかと思っちゃったじゃんか」
コーンスープを飲みながらぷんぷん怒っている璃子ちゃんに返す。
「朝から大声は体に毒ですよ、田中野さん」
「それを言いますか、生首二号」
パンを齧る神崎さんにジト目を送る。
そう、屋上で俺を見ていた2人だ。
まったく・・・ビックリしすぎて危うく足首をグギる所だった。
俺の叫び声で子供たちも起きてしまったし、朝から災難だぜ。
そうして起きた子供たちに早目の朝食を作り、今は遅め・・・いや通常通りの時間に俺たちが食事をしている。
朝は戦場だぜ・・・まあ、ここの子たちは比較的おとなしめというか礼儀正しくはあるけども。
「おじさんがヌルヌル動いてたからずっと見ちゃってた」
「人をタウナギとかヌタウナギみたいに・・・」
オイルレスリングみたいな擬音はやめていただきたい。
「・・・ももも、むむもむ?」
「行儀悪いですよ後藤倫先輩」
ハムスターの化身みたいな勢いでパンを喰っている先輩が何か言いたそうにしている。
口に入れすぎなんだよ子供か。
「・・・んく。ぬるぬる田中・・・歩法の『霞』?」
水を一息で飲み干し、先輩が言った。
「ええ、そうですよ」
「ふうん・・・苦手じゃなかった?」
「使えそうなもんは、全て使わないといけないような気がしてましてね・・・遺憾ながら」
小手先の技術ばかりで太刀打ちできる相手だけ出てくるわけじゃないもんな・・・
榊とかいたし。
初見殺しの手段は多いに越したことがない。
「カスミー?」
「かすみー?」
璃子ちゃんと・・・遅めの朝食を食べていた葵ちゃんが声を出す。
朝ゆっくり食うんだよな、葵ちゃん。
というより、俺たち大人組と食べたいような感じかな。
「そうそう、霞っていう歩きかt」
「わたし!知りません!田中野さん!!」
やめてください神崎さん俺のシャツを引っ張るのは!!
伸びちゃう!ビロビロになっちゃう!!
「め、飯食ったら説明しますから・・・!落ちついテ!!」
ブレないなあこの人はもう!!
「えーっと、『霞』っていうのはですね・・・南雲流にいくつかある歩き方の一つでして・・・」
朝食後、俺はまた屋上にいる。
周囲には璃子ちゃんと葵ちゃん、それに後藤倫先輩と神崎さん。
神崎さんのキラキラした目の圧が強いよ・・・強い。
「えー・・・見てもらった方が早いか」
軽く足首を回し、息を止める。
上体の力を抜き、真っ直ぐ崩れ落ちるように倒れる。
その力を足に伝え・・・前方向に出る。
姿勢を低く、止まることのないように。
動きながらじわっと左に体重をかけ、横に倒れ込むように力を入れる。
倒れるより前に足を出し、左へ曲がる。
止まらないように気を付けながら。
同じことを2度繰り返し、元いた場所に戻る。
ふへえ・・・地味に疲れた。
「ぬるぬるー」
「ね!なんかこう・・・すごいね!おじさん!」
子供2人は目を丸くして驚いている。
見慣れないと変に感じるだろうな。
「最後の左折、微妙に止まった。精進」
手厳しい先輩である。
南雲流歩法、『霞』
地面や水面を滑る霞のように、ゆるやかに止まない歩き方。
周りから見ていても動作の『起こり』が分かりにくいが・・・相対している敵からはより分かりにくい。
カウンターを取り辛いのだ。
それに、上下のブレがない動きっていうのは距離感がバグる。
見た目と速度がかみ合わないのだ。
遅いと思っていても、実際の速度は意外と速い。
接近戦において、一瞬のズレは取り返しのつかない結果を引き起こす。
慣れているならなおさらそうなる。
だがしんどいのだ・・・コレは。
止まらないというのは簡単だが、姿勢を低くして体捌きと足を上げない動きのみで進むのが存外に辛い。
要は倒れる力を横方向へ変換する歩き方なのだ。
俺も今まで要所要所で使っていたが、始めっから最後まで常にこれを維持するのは骨が折れる。
「素晴らしい・・・素晴らしいです田中野さん!!」
神崎さんは興奮して褒めてくれるが・・・
「ほれほれほーれ」
「綾おねーさんすっご!」
「ぬるぬるー!」
その横で後藤倫先輩がもっとレベルの高い『霞』で動いてるんですがそれは・・・
横移動すげえ・・・
どんなインナーマッスルしてんだ・・・
「で、でも・・・素晴らしいです!」
それでも褒めてくれるのは優しいなあ。
「ここをこうして・・・」
そう思っていると、先輩がこちらへ踏み込んできた。
うっわ、ヤバい!!
「こうで」
滑るように俺の懐に!
避けられないように、正中線に向かって牽制の前蹴りを放つ。
「これを」
先輩の両手がぬるりと足首に巻き付く。
あ、これヤb
「こうっ!」
俺の蹴り足を引くと同時に、残った軸足の足首を正面から蹴られる。
ここから導かれる答えは・・・
「グワーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
そう、強制的に足をコンパスめいて限界まで開かれたのだ。
股関節が死ぬゥウ!?!?
「あがが・・・ががが」
股間を押さえて屋上でのたうつ俺。
「柔軟をしておいて命拾いしたね、田中」
たぶん満面の笑み(当社比)なことは容易に想像できる。
「だ、大丈夫ですか田中野さん!?」
「だい・・・だいじょばない・・・」
コキっていったもん・・・
「畜生め・・・」
「ふふ、すごいですね後藤倫さんは」
「殺気を出さずにあんだけの芸当を・・・バケモンですよあの人も」
しばらくのたうち回った後、ようやく落ち着いたので屋上に座って柔軟をしている。
子供たちは俺をひとしきり心配した後、下へ降りてサクラと遊んでいるようだ。
庭から楽しそうな声が聞こえてくる。
「すいませんちょっと押して・・・ああそうそうそこです・・・うぐあ~~~~」
背中にじんわりと神崎さんの体重を感じる。
ああ・・・太腿の裏が伸びて気持ちがいい。
朝から大分酷使したしなあ。
「だ、大丈夫、ですか?」
「ああ~もう最高なんじゃ~」
「そ、そうですか・・・ふふ」
しばしその感覚を堪能した。
・・・そういえば子供以外に柔軟手伝ってくれたのって、神崎さんが初めてじゃないか?
いや、後藤倫先輩もいたが・・・アレは柔軟じゃない別の何かだ。
新しい関節が増えそうだったし。
「あの技は・・・白黒ゾンビ用、ではないですよね?」
「うううあ~・・・そうですよ」
さすが神崎さん、気付いたか。
緩急を感じさせない歩法。
そんなもん力で突っ込んでくるゾンビには何の意味もない。
フェイントという概念があちらにないように、こちらの攻撃も意味はない。
アイツら相手には、それこそ七塚原先輩のような叩き潰す攻撃や・・・後藤倫先輩のような内部へ浸透する攻撃の方が有効なのだ。
では『霞』は。
「鍛治屋敷・・・ですか」
「それと、まだ見ぬ手練れ用ですね」
人間相手にしか意味はない。
それも、達人級の相手。
「・・・戦う、おつもりですか」
「いやあ・・・出会わないに越したことはないんですけどねえ」
柔軟ついでに頬を地面につけ、冷たさを楽しむ。
「・・・たぶんアイツは、俺の所へ来る。嫌な予感ほど当たるんですよねえ」
前にも見られていたようだしな。
師匠との二代に渡る因縁。
そして伝え聞くアイツの性格。
まず間違いなく、俺達南雲流にちょっかいをかけてくるつもりだ。
「面白おかしく生きるために、飛んでくる火の粉は払わんといけませんからねえ」
「・・・そうです、か」
俺の背中を押す神崎さんの手が震えている。
どうしたんじゃろ。
「私があなたを・・・田中野さんを巻き込んでしまいました」
「・・・む?」
いきなりどうした。
振り返ると、神崎さんは顔を俯かせている。
「龍宮まで来たことで・・・田中野さんは、酷い怪我をいくつもいくつも・・・その上鍛治屋敷まで・・・」
・・・ははーん。
そういうことかよ。
「はっはっは、何を仰る」
立ち上がって神崎さんの肩をぽんと叩く。
俺を見るその目は、少し潤んでいた。
「以前言った南雲流の約定には、もう一つあるってご存じですかな?」
「・・・え?」
初めて道場に行ったときに、師匠から聞いた言葉。
もうだいぶ昔なのに、ぼやけた記憶の中でもはっきりと、一字一句思い出せる。
「『―――殊更卒爾、粗野、鬼畜の者。また無辜の民に享楽の刃を振るいし者、生きて帰すべからず』」
風が吹き、俺の長すぎる前髪を舞い上げた。
神崎さんの目が丸くなる。
「鍛治屋敷は数え役満ですよ、神崎さん。それにいままでのことだって、俺は後悔なんかしちゃいない」
「・・・あぅ」
「ここに来たことで、先輩に会えた」
「・・・」
「ここに来たことで、斑鳩さんたちも・・・あの子たちも、助けられた」
救えなかった命を、思う。
痛みの走る胸を無視し、続ける。
「悔いはありませんよ、神崎さん」
なにやら黙り込んだ神崎さんに続けて言う。
「楽しいですよ、毎日。明日隕石にぶち当たって死んでも・・・まあ、笑って死ねる程度には後悔はない、です」
そうなのだ。
楽しい・・・これって重要だ。
それに・・・知らずにいればそれでいいが、俺は知ってしまった。
『みらいの家』や『鍛治屋敷』を。
知ったからには、動かずにはいられない。
面倒な性分だが、まあ・・・これが俺だ。
「それに自衛隊にもかなり助けられてますし・・・だから神崎さんは気にしないでも・・・神崎さん?」
あれえ?
一瞬空を見上げたらもういない。
どこ行った?
「た、田中野さん」
声は屋上の出入り口から聞こえる。
いつの間にあんな所まで・・・
「わた、わたしも・・・楽しいです!」
そう言うと、神崎さんは猛烈な勢いで階段を下りていった。
・・・トイレかな?
長々引き留めて悪かったな、そりゃあ。
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「あ、凛おねーさん、おじさんh・・・どうしたんだろ、むっちゃ速い」
「あし、はやいねー?」
「ねー?」
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神崎さんが消えてから、俺は休憩をしている。
神崎さんも・・・あれだけ言えば気に病まないだろうな。
もう少し肩の力を抜けばいいのになあ。
今度肩でも揉んであげようかな?
・・・訴えられなさそうなタイミングを見計らいつつ。
ごろりと仰向けになり、空を流れる雲を見上げる。
うーん、相変わらずいい天気だ。
運動もしたし、昼飯までここでひと眠りしようかな。
あの雲、カバみたいな形してんな・・・
あっちは・・・エビフライかな。
そうこうしていると瞼が重くなってきた。
ああ、なんて幸せなんだろう・・・
最高の昼寝、いや朝寝?だ。
「おじさぁん!!」
庭からの声に一瞬で跳び起き、手すりまで走る。
「どうした璃子ちゃぁん!!」
俺を見上げる璃子ちゃんが、血相を変えている。
どうしたんだいきなり。
「サクラちゃんが・・・サクラちゃんが出て行っちゃったぁ!!」
・・・ほう。
ほうほう。
成程サクラがね。
サクラが・・・
「なああああああああにいいいいいいいいいいい!?!?」
俺はすぐさま走り出した。
「さっきね、さっきね。遊んでて急に真顔になったと思ったら・・・ビューって走って行って・・・」
涙目の璃子ちゃんが説明してくれている。
「す、水路のほうに飛び込んで・・・どんなに呼んでもかえ、帰ってこなくてぇ・・・」
その目から涙がこぼれた。
「ご、ごめんなさい・・・しっかり見てなかったからぁ・・・」
しゃくり上げる璃子ちゃんを抱きしめ、背中をさする。
「気にしなくてもいいよ璃子ちゃん。ゾンビは犬を襲わないからさ」
「で、でもぉ・・・」
俺の胸にぐりぐりと顔を押し付け、言葉にならない様子だ。
「何か気になることでもあったんだろ?後は俺に任せな」
泣く璃子ちゃんを斑鳩さんに任せ、手早く着替えて兜割を装備する。
今まで脱走なんてしなかったが、サクラも犬だもんな。
友達が飼ってた犬もたまに脱走してたらしいし。
ここが龍宮なら変や人間にでも捕まったら大変だが、ここではそんな心配もない。
ゾンビの数も少ないし、俺でも楽に動けるだろう。
「あの、田中野さん・・・お気をつけて」
璃子ちゃんを抱いたまま、斑鳩さんが心配そうに声をかけてきた。
「なんのなんの・・・リハビリがてらの散歩ですよ、散歩」
そう軽く返し、水路方面に歩く。
「璃子ちゃん!気にすんなよなあ!!サクラが帰ってきたら顔をもうムニムニしまくってやれよ!!」
未だに泣く璃子ちゃんに声をかけつつ、俺は水路に飛び降りた。
さーてと、どっちに行ったのかなサクラは。
水路に水はあるが、大木くん特製の水門のお陰で深さは10センチほど。
これなら問題なく動けただろう。
水路から地上に上がるには、正門方面か裏門方面しかない。
正門は・・・うん、何も痕跡はない。
とすると裏門か。
「かわいい痕跡、見っけ」
裏門の下部分。
水路からスロープで地上へ上がる道に、見慣れた足跡があった。
コンクリートに残る足跡は・・・右方向へ続いている。
あっちは民家が何軒かあって、その先にスーパーがあるな。
とりあえずあっちに行ってみよう。
「サークラ、サクラや~い」
小声で呼びながら歩くが、返答はない。
うーむ、どこまで行ったんだろうか。
餌は毎食食べているし、遊び相手は山ほどいる。
そんな場所を自ら離れるとは、よほどの理由があるんだろう。
民家の裏手の草むらをかき分けつつ、先へ進む。
ここら辺には犬を喰うような生き物はいないし、大丈夫だとは思うが・・・
「サ~クラ~!お父ちゃんだよぉ~」
「・・・!」
ぬ。
聞こえた!
確かにサクラの声が!!
・・・いや、確信は微妙にないが・・・でも犬の声だし!
声の聞こえた方向には・・・庭に蔵のあるデカい家が見える。
あっちか?
野良ゾンビがいるかもしれんので、兜割を抜く。
肩に乗せながら、再び草をかき分ける。
「サクラ~?」
「・・・ん!きゃん!わふ!!」
敷地内・・・蔵の裏の方から聞こえるな。
よかった、見つかった。
左右を気にしながら庭を突っ切り、蔵を回り込む。
「サクラぁ、心配したんだ・・・ぞ・・・」
蔵の裏手はちょっとした広い空間になっており、そこには俺を見て目を輝かせたサクラと・・・
「・・・なるほどなあ」
「わん!わんわん!!」
ボロボロの毛布に横たわった、何匹かの猫がいた。
デカいのが1匹と、小さいのが5匹。
母猫、だろうか。
ガリガリに痩せた猫が、俺を睨みつけている。
正直こんなに痩せるの?ってくらい痩せた死にそうな猫だ。
だがその眼光は、鋭い。
「・・・フゥウウウウ・・・」
威嚇している。
サクラは困ったように、俺と母猫を交互に見つめている。
「・・・あぁ」
母猫の周囲の子猫は、動いていない。
「みぃ!みぃ!」
母猫の腹に顔を埋めた黒い子猫以外は、物言わぬ屍と化している。
カラスにでも襲われたのか・・・体に傷がある。
母猫も全身に傷を負っている。
角度で見えなかったが、その片目は潰れていた。
これほどの怪我に加え、こんなに痩せていては、母乳も出ないんだろう。
かといって食料を探しに行く体力も・・・もう、なさそうだ。
「おい」
しきりに威嚇されながら、ゆっくり近付く。
「よく頑張ったな、おかあちゃん」
しゃがみ込んで、目線をできるだけ同じ位置に。
「うちに来いよ、面倒見てやるから」
「ウウウウ~・・・」
「餌もあるし、寝床もここより豪華だぞ・・・他の子たちも、眠らせてやれる」
ゆっくりと、下手で手を伸ばす。
「フゥ!!シャアアアァ!!!」
どこにそんな力が残っていたのか。
母猫の繰り出した猫パンチで、掌が薄く斬れた。
痛みが走るが、無視する。
「・・・な?もう大丈夫だ」
母猫は唸りながらもう一度猫パンチ。
結構痛いな。
「・・・な?」
俺がそう言うと、母猫はじっと俺の目を見つめた。
どれほどそうしていたか。
母猫はよろよろと、全身全霊を込めているように立ち上がる。
腹の子猫はその勢いで転び、みいみいと悲痛な鳴き声を発していた。
この子には傷がない・・・運がよかったのだろう。
転がった子猫の頭に、母猫が愛おしそうに顔をこすりつけ・・・首筋を噛んで持ち上げた。
よたよたとそのまま歩き、母猫は俺の足元に子猫を落とす。
思わず手を伸ばし、受け止めた。
・・・軽い。
え?こんなに軽いの子猫って。
みいみい大騒ぎしている子猫に四苦八苦していると。
「みぃい・・・やぁ・・・あ」
俺の顔をじっと見つめていた母猫が、絞り出すように鳴いた。
何かを訴えるように。
「おい、おま・・・」
それが最期の力だったかのように、母猫はくたりと倒れ込み。
「・・・きゅぅん」
―――それきり、二度と動くことはなかった。
「・・・かあちゃんってのは、強いなあ・・・サクラ」
何かを思い出したのか、母猫を見つめてキュンキュン鼻を鳴らすサクラに声をかける。
「みんな心配してるぞ、早く帰ろうな」
「きゅうん・・・」
手の中でもぞもぞする子猫を、目の前に持ってくる。
何かの拍子に、その目が開いて俺を見た。
青い・・・水晶のような綺麗な瞳だった。
「よろしくな、おチビさん」
「みぃ!」
その子猫は、元気に鳴いたのだった。




