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66話 里帰り?のこと

里帰り?のこと




「今日はまた・・・降りそうですね、神崎さん」


「ええ、これでは詩谷に着いてもすぐに行動できそうにありません・・・あ、降ってきました」


フロントガラスに、雨粒が落ちる。

うーむ、この空模様・・・結構ひどい雨になりそうだな。


「きゅん・・・」


「サクラも雨が嫌いか?俺と一緒だなあ」


「くぅん・・・」


寂しそうに外を見るサクラを横目で見つつ、俺はさらにアクセルを踏み込む。

神崎さんは、助手席でサクラを優しく抱っこしている。

現在は、詩谷への途上である。



大木くんが手紙を届けた翌日、俺は神崎さんとサクラと一緒に高柳運送を出発した。

目的は・・・秋月でニワトリを受け取ること。

それに、大木くんに付き合って詩谷大学の探索をすることだ。


ニワトリ小屋も完成したし、本格的に梅雨に入る前に動いておきたかったのだ。

あと、ここしばらくは結構修羅場だったしな、ちょいとリフレッシュしたかった。

電気柵も完成したことだしな。


昨日はちょっと悩んだが、神崎さんにも詩谷行きを打診してみた。

その結果は・・・



「行きます!絶対に!行きます!!」



という、まさかの快諾であった。


各方面への連絡用に通信機は予備を持っていくし、高柳運送の無線機はなんと巴さんが使えるらしい。

知らなかったがアマチュア無線免許を持っているのというのだ、あの人は。

バレーが駄目になってから、面白そうな資格を片っ端から取ったとのことである。


守備力としては先輩方という俺以上の近接技能持ちがいるし、斑鳩母娘も銃の腕前は折り紙付き。

ということで、神崎さんも行けることになったというわけだ。

俺たちは、子供たちに見送られながら出発した。


そうそう、残る懸念である『みらいの家』であるが・・・

目下、行方がつかめないのだ。


俺も神崎さん経由で知ったが、ふれあいセンターの一件の後すぐに八尺鏡野さんは奴らの本拠地へ斥候を出した。

あの、バスにでかでかと書かれていた住所にである。

行動が早いなあ、八尺鏡野さん。

むっちゃ怒ってたもんなあ。


だが、斥候が見たのはとうに無人になって久しい廃墟だったそうだ。

どうやら、このゾンビ騒動が始まるまえから使われた形跡がなかったらしい。

となると奴らがどこへ行ったのかが気になるが・・・そこは本職の方々に頑張って探していただきたい。

バスの燃料がほぼ満タンだったことから、拠点はあそこら辺にあるはずだが・・・

ま、高柳運送からは遠く離れているし大丈夫だろう。

もし万が一襲ってきたとしても、先輩方に揃ってミンチにされる未来が見える。


「わふ」


「お、サクラ・・・今詩谷市に入ったぞ」


懐かしのボロ看板を見る。

うーん、久しぶりだなあ・・・


「神崎さん、今日はこのままおっちゃんの所に顔を出していいですか?」


「はい、ご自由にどうぞ。私も久しぶりに美玖ちゃんに会いたいですし」


有難いなあ。


「大木さんとの予定は明日ですから問題ないかと、雨も強くなりそうですしね」


おっと、ちなみに大木くんであるが昨日の夕方に詩谷に帰っている。

ゆっくりしていけばいいのに・・・と言ったが。



「この・・・この愛の塊を早く手放さないといけないんです!なんか所持しているだけで僕の精神力がゴリッゴリ削られていく気がするんですよォ!!」



と叫んでいた。

・・・ということなので、恐らくあのまま中央図書館へ突撃したはずである。

今日は家でゆっくりしていることだろう。

まるで聖水とかで浄化されるタイプのモンスターみたいだな・・・


「今頃、鷹目さんはあの極厚ラブレターを読んでいるんだろうか・・・」


「ふふ・・・素敵ですね!とても!」


冷めた俺と違い、神崎さんは相変わらずお目目がキラキラである。

心なしかサクラを撫でる手もウキウキしているようだ。


「お幸せになってほしいものです!」


「ええ、そうですねえ・・・どっちかの避難所で一緒に暮らせばいいのに」


お互いに好きどうしなんだから。

同じ警察だから、配置転換的な感じで。

明日何が起こるかわからん世界なんだ。

せめて悔いのないように過ごせばいいのに。


「・・・それは、現状難しいかと」


「へえ?何か不都合でもあるんですか?」


「八尺鏡野警視からお聞きしましたが・・・森山巡査長も鷹目巡査も、射撃の名手だそうなんです。それも、かなりの」


ほう、そうなのか。

鷹目さんに関しては聞いていたが、森山さんもか。

・・・ああ、たしかそんなことを言っていたような気がする。

人は見かけによらんもんである。


「現状、1つにまとめるよりも別々の場所で活躍してもらう方が効率がいい・・・ってことなんですかね?」


「おおむねその通りです。こんなことが早く終わればいいんですけれど・・・」


ふうむ、ままならんもんだなあ。

平和が恋しい事である。

・・・俺は若干順応できそうになさそうで自分がコワイが。


ま、今はそんなこと考えても仕方ないな。

おっちゃんの家に向かうか。

お土産のお菓子なんかもいっぱいあるし、喜んでくれるといいなあ。




小雨が本降りになる頃、軽トラは懐かしのおっちゃん宅にたどり着いた。

軒先ギリギリに車を停め、荷台から素早く荷物を回収。

シート掛けといてよかったあ。

サクラは神崎さんに抱えられている。


「たのもー、田中野ですよー」


入り口の戸をとんとん叩きながら声をかけると、店の奥から誰かが走ってくるのが見えた。


「おじさんだ!」


美玖ちゃんが戸を開けて俺を見るなり、目を輝かせた。


「はい、おじさんだよお」


「凛おねーさん!サクラちゃんも!」


「久しぶりね、美玖ちゃん」


「わん!わん!!」


サクラは今にも神崎さんの腕から飛び出さんばかりにはしゃいでいる。

あ、飛び出した。


「わぷっ・・・あははは!」


「きゅうん!ひゃん!」


サクラを受け止めた美玖ちゃんが、嬉しそうに笑う。

・・・いつか、こんな夢を見たような気がする。


「おうボウズ、生きてたか・・・早く入んな。神崎の嬢ちゃんも疲れたろう」


「ういうい」


「お、お邪魔します・・・」


のそりと暗がりから顔を出したおっちゃんが言う。

お言葉に甘えよう。

びしょ濡れになっちゃう。


「・・・ふぅ」


店に入り、タオルで顔を拭く。

・・・やっぱり髪、切った方がいいかな。


「また・・・随分とまあ、男前になったもんだな」


「まあ、色々あってねえ」


新しくできた左目の傷を見たおっちゃんは、少し心配そうだ。


「おじさん・・・痛くない?」


サクラを抱っこした美玖ちゃんは目を見開いている。


「はっは、ぜーんぜん」


「んみゅ・・・」


誤魔化すように乱暴に頭を撫でると、少し恥ずかしそうに美玖ちゃんははにかんだ。

顔はなあ・・・俺的には迫力が出ていいけど、心配させちゃうなあ。




「無尽流の榊・・・なるほど、洋二郎か」


「やっぱ知ってんのな、おっちゃん」


おっちゃんと縁側に並んで腰かけ、降りしきる雨を眺めている。


たかだか傷がちょっと増えただけというのに、由紀子ちゃんたちにはかなり心配されてしまった。

顔の傷は目立つからなあ・・・撃たれたことは黙っとこう。

風呂にでも入らなきゃわからんし。


「そんなことがあったんだあ・・・龍宮怖いなあ」


「ウチ、ここにいてよかったですぅ」


「・・・よく、ご無事でいらっしゃいましたね」


「一太も少しは強くなったんだねえ」


「い、いいええ!田中野さんがいなかったら私なんて・・・!」


そして当の彼女たちは、俺が持ってきたお菓子をつまみながらプチお茶会の真っ最中である。

みんな元気そうでよかった。

神崎さんも楽しそうだし、サクラは久しぶりに会ったレオンくんとじゃれて遊んでいる。

かわいいすごくかわいい。


一方、俺はおっちゃんにふれあいセンターでの顛末をかいつまんで話していた。

勿論、女性陣に聞こえないように声は落としている。

刺激が強すぎるからだ。

何故おっちゃんに話してるかって?切っ先が痛んだ『松』ランクを見せたからだ。

研げるなら研いでもらいたいし。


「・・・あいつの兄貴、洋一郎とは古い知り合いでよ」


「あー・・・名前洋二郎だもんね、兄貴がいるよねそりゃあ」


武術関係に顔が広いおっちゃんである。

知らないはずはないと思っていたが、やはり知っていたか。


「そのお兄さんってのは、今どこに?」


「・・・20年くらい前に、死んじまったよ」


・・・あらら。

それは・・・お気の毒に。


「いや、殺されたんだ」


「そいつはちょっと・・・穏やかじゃないね」


おっちゃんはお茶をぐいと呷り、重苦しいため息を吐く。


「家の中で、真正面から袈裟斬りにされて見つかったんだよ。警察も捜査したんだが・・・いわゆる迷宮入りだ」


袈裟斬り・・・このご時世には中々ない死に方、いや殺され方だな。


「だが俺ぁ・・・十中八九洋二郎が殺ったんだと思ってる」


「随分と物騒な兄弟喧嘩だね、そりゃあ・・・証拠でもあるの?」


20年前と言えば、榊が自殺幇助をしまくって捕まったあたりの年か。


「洋一郎は天正双輪流の免許だった。そこら辺のチンピラにどうこうできる相手じゃねえ」


天正双輪流・・・たしか、二刀流の流派だったな。

二刀流の免許皆伝・・・そりゃあ確かに、どうこうするのは骨が折れるだろう。

この世に二刀流派は数あれど、使いこなすのが難しいのは共通している。

高水準な使い手だったはずだ。

それを殺す・・・あの榊が若い頃なら、できそうだ。


「警察もその線で捜査してたんだけどよ・・・そこであの宗教の騒動だ。多分、そこに匿ってもらってたんじゃねえかな」


「なるほど・・・たぶんそうじゃないかな。今でも所属してたみたいだし」


胸糞の悪い話だ。

犯罪者を匿うなんざ、もう犯罪者みたいなもんだな。


「よくまあ・・・ほぼ五体満足で勝てたもんだな、ボウズ」


「運がよかったのと、榊にやる気があんまりなかったのが功を奏したのかもね」


「それに、腕前を上げるには実戦が一番って言うしなあ。修羅場くぐってたのがよかったんじゃねえか?」


・・・確かにそうかもしれない。

この騒動が始まって今に至るまでに、俺も結構強くなったということだろう。

肉体的にというより、精神的にだろうが。


「・・・きみとお義父さんの話を聞いていると、江戸時代にでもタイムスリップした気分だよ・・・はいお茶」


「あ、ありがとうございます」


敦さんがその巨体に似合わない小ささのお盆を持って歩いてきた。

その上には急須がのっている。

ありがたい、丁度おかわりが欲しかったところなんだ。


「田中野くんは、ここに来るたびに怪我が増えてるねえ」


「はは、いろんな人に言われている気がするなあ」


「そんなに言われてんのかよ・・・」


女性陣にはちょいと混ざりにくいので、こっちは男性で固まっておこうか。

敦さんと話すのも久しぶりだし。


「敦さん、手の具合はどうです?」


「うん、もう何ともないよ。作業するにも慣れたし、なにより利き手じゃないからね」


そりゃあよかった。

・・・俺も大概であるが、この人の回復力も凄いもんがあるよな。


「香ちゃんと山に入って、鹿だの猪だのを狩りまくってくれてるしなあ。2人のお陰で保存用の肉が大量だ、俺ぁいい婿を持ったね」


「いえそんな、お義父さん・・・」


肉。

いいなあ。

・・・いいなああ!!


「そんな顔しなくてもやるよいくらでも。うちだけじゃ消費しきれねえし、猟友会も壊滅したから獣が増えすぎて困ってんだ」


「・・・マジでェ!?」


「むしろこちらからお願いしたいくらいだよ、ただ殺すのも忍びないからねえ」


「そっちにゃあ無我夫婦に綾ちゃんに・・・人数が多いんだろ。小さい子供もいるっていうじゃねえか、いるだけ持っていきな」


「・・・やったああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


俺は思わず立ち上がって両手でガッツポーズをとってしまった。

全員の視線が突き刺さるのがわかるが・・・止まらねえ!!


いやだって、肉だぞ肉!

塩漬けだろうが燻製だろうが、缶詰よりも新鮮だ!

ううう・・・これで璃子ちゃんや子供たちにいいもん食わしてやれる・・・!!

もちろん俺にも!!


「わふ」


俺の奇行を目にしてか、サクラがとふとふとやって来た。

後ろからはレオンくんも。


「サクラぁ!肉だぞ肉ゥ!にっく!にっくぅ!!」


サクラを抱き上げ、子供にするように高い高いのポーズ。


「ひゃん!わん!」


一瞬ビックリした顔をしたが、すぐにサクラは楽しそうに吠えた。

俺はそのままサクラと一緒に縁側ではしゃぎまわった。


・・・あいたぁ!?


レオンくんが俺のふくらはぎに立派な爪でしがみついている!?

えっ?サクラをイジメていると思われたの・・・あ、違うこれ。

自分にもやってって顔してる・・・多分!

目がキラキラしてるもん!


「よっしゃこい!にっく!にっく!!」


「わふ!わふ!」


「ぎゃう!ぎゃう!!」


片手にサクラ。

片手にレオンく・・・地味に重いな!?

しかしその顔・・・やはり正解だったようだな!

ふふふ、俺も〇ツゴロウさんになる日も近痛ァイ!?

レオンくんの爪すっげえ痛い!

流石レッサーパンダ、強靭な爪でござるなあ!


まあそんなこんなで、俺は謎の肉ダンスを踊った。

皆からはかわいそうな生き物を見る目で見られたが、美玖ちゃんだけは楽しそうに一緒に踊ってくれた。

敦さんは恐ろしい勢いで写真を撮っていた。




「大魔王からは逃げられない・・・ってかあ」


おっちゃん宅の風呂に入りながら、俺は誰に言うともなしに呟いた。

あ~・・・やっぱここの風呂、最高。


例によって、今日もまたここに泊めてもらうことになった。

神崎さんと2人で恐縮したが、あれよあれよという間に流されてしまった・・・

まあ、大木くんとの約束は明日の昼頃、古本屋に集合だからいいんだけど。


しかし、夕食の燻製肉は最高だったなあ・・・

おばちゃんが育てた野菜も美味いし、マジでここは恵まれた環境だな・・・

変なのに目を付けられなきゃいいけど。

戦力からいっても大丈夫だろうが・・・


「おーじさん!」


「わん!」


・・・幻聴かな?


「はいるね~っ」


入ってもいい?

じゃなくて入るねだとォ!?

きみたち 、神崎さんと一緒に入るんじゃなかったのォ!?

いかん、俺の体には美玖ちゃんが知らない傷がモリモリある!

小学生にはグロすぎるぞ!


「美玖ちゃん俺もう上がるからちょっとm」


「おじゃましまーす!」


「ウワーッ!!!!!!!!!」


傍若無人ん!!!

唯我独尊んん!!!!


「きゃあ!?お、おじさん・・・!!」


しかも正面向いてるから一番グロい銃創が丸見えだァ!?


「だ、だいじょぶなの!?」


「美玖ゥウ!!どうしたァ!!!」


おっちゃんまで突撃してきた!!

ああもう無茶苦茶でござる!!

助けてサクラ!!


「わふ!わん!」


・・・こんな時でもサクラはかっわいいなあ!!



「ま、よく生きてたな・・・ホレもうちょい強く」


「はいはい・・・」


なし崩し的に一緒に入浴することになったおっちゃんの背中を流している。

・・・痩せてる癖に、筋肉がしっかりあるなあ。

ちゃんとした稽古でしか付かない、実戦用の筋肉だ。


美玖ちゃんは、サクラと楽しく入浴中である。

湯船の中で、風呂桶に入ったサクラと戯れている。


「おじさん、ケガ増えてる・・・」


「さ、サムライだからね・・・へへ」


「・・・便利な言葉だなあ、そりゃ」


・・・否定はしない。


「気を付けてね?」


「大丈夫、おじさん強くなったから」


「それでも!気を付けてね!!」


「ハイ」


「がはは!いくら修羅場くぐってても美玖の前じゃ形無しだなあ!!」


・・・うるせえやい。

背中削ってやろうか、もう。


「・・・ものの見事に急所をギリギリ外れた傷ばかりかよ・・・南雲流ってのは末恐ろしいぜ、全く」


「師匠ならまず当たらないんじゃないかなあ」


「あの人はもう人間じゃねえよ、バケモンだ」


「それには心から同意する」


師匠は避ける避けないじゃなくて、まず『撃てない』状況を作り出しそうだ。

俺がその域に達するには・・・あと200年はかかるな、たぶん。

来世に期待しよう。


「お父さんがケガばっかりで、サクラちゃんも心配だねえ~?」


「きゅぅん!くぅん!!」


『本当ですよォ!』みたいなサクラの声が心に痛い。

気を付けないとなあ・・・いつまでも運は続かないと思うし。

俺はそっとため息をついた。




風呂から上がると、何やら昼間働いて疲れたらしい美玖ちゃんはサクラを連れて早々に寝室へ行った。

火照った体を冷やすために、俺は縁側で夜空を見上げている。

満点の星空だ。

昼間の大雨が嘘みたいだなあ。

排気ガス的なものを出す人間が減ったせいか、最近は夜空が綺麗に見える・・・気がする。

やはりこの星にとって人間は不要・・・人類不要!

などとどこぞの悪役のようなことを考えつつ、タバコに火を点ける。


「きゅるるぅ」


半分ほど喫った所で、レオンくんがやって来た。

慌てて火を消すと、彼はするりと俺の膝の上へ。

きゅるきゅるとよくわからない声を出しながら、でーんと体を投げ出している。


「こっちの生活はどうだ、レオンくんよ。みんな優しくしてくれているか?」


「きゅるるるるるる♪」


・・・まあ、嫌がってはいなさそうである。

相変わらず不思議な鳴き声であるなあ。


「アンタってば本当に子供と動物には好かれるわねえ」


酒瓶片手に美沙姉がやって来た。

一升瓶を持つな一升瓶を。

親子そろって酒豪だなあ。


「七塚原先輩には負けるよ」


「無我くんかぁ、懐かしいわねえ」


美沙姉は酒を注いだコップをぐいと呷り、美味そうに息を吐く。

・・・男らしすぎる。


「アンタも来るたびに傷が増えちゃって・・・10年後にはミイラ男みたいになってんじゃないのぉ?」


夫婦そろって言うことも同じですか。


「ま、傷は戦士の勲章だって言うけど・・・死ぬんじゃないわよ」


いつになく心配そうな声である。


「冗談、まだまだ楽しいことがあるってのにこんなとこでくたばれないよ」


「いつも通りねえ・・・ねえ、一太」


美沙姉が声を落とす。


「これ以上自衛隊やらに付き合う必要、あるの?そりゃあ恩もあるだろうけど・・・一応一般人のあんたが何でそこまでしなくちゃいけないのよ?」


美沙姉は俺を見ず、庭先の虚空を見つめている。

真剣な横顔だ。

俺のことを心配してくれているらしい。


「凛ちゃんはいい娘だけどさあ・・・このままじゃ、いつかアンタ死んじゃうわよ。世の中にはネジの外れた強い奴がそりゃあもういっぱいいるんだから・・・」


・・・刑務所のこともあるしな。

そりゃ、そうだろう。


・・・だけど、だけどな。


「その気持ちだけ受け取っとくよ、美沙姉」


「そう・・・」


手を、きつく握る。

なにかを察したのか、レオンくんが俺の方を見る。


「神崎さんとの約束もあるけど・・・奴らは子供を殺した」


ぎちり、と音が鳴った。


「美玖ちゃんよりも小さい姉弟を、まるで襤褸切れみたいに殺した」


隣で美沙姉が息を呑む気配がする。


「戦えない人を、戦う必要がない人を殺した」


「それを守ろうとしたいい人たちを、手前勝手な妄言で殺した」


脳裏にあの姉弟が、折り重なった大勢の遺体が浮かぶ。


「・・・それが俺には許せない。絶対に、許したくない」


言い終わると、辺りに静寂が満ちた。


「・・・そっ、か」


美沙姉が俺の肩に手を回し、ぽんぽんと慰めるように叩く。


「あんたはいっつも、他人のために本気で怒って・・・泣くのよね」


言われて、頬を伝う涙に気が付いた。

・・・情けない。


「わかった、もう何も言わないけど・・・死ぬんじゃ、ないわよ。美玖が大泣きするからね・・・死んだら墓を掘り返してビンタしてやるんだから」


おそろしい刑罰であるなあ。


「ボウズ」


後ろからおっちゃんの声がした。

・・・いつの間に。


「やっちまえ。そんな外道は全員地獄に叩き込んでやれ・・・田宮先生の弟子なら、できるはずだ」


静かな怒気が伝わってくる。


「っは、言われなくてもそのつもりだよ」


「吹くじゃねえか、ボウズ」


「南雲流剣術、仮免合格の身ですから」


「がはは、なんだそりゃあ」


おっちゃんにつられ、美沙姉と俺も笑い出す。

物騒な話題に似合わない明るい笑い声が、夜の庭先にしばらく響いた。


・・・レオンくん、美味しくないから涙を舐めるのはやめようね。

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― 新着の感想 ―
[一言] 多分江戸時代どころか戦国時代以前並みの殺伐さだと思うんですけど
[一言] この小説の場面場面で、よく泣かされます。今回のぎちり、辺りからも……願わくば、マイナス側へ落ちて行きませんように。
[一言] まあ、さくら用に鹿の角、10Cm位に切り揃えた奴貰おう!犬ガムより喜ぶよ?現在鹿駆除猟師の副収入で犬のストレス解消用にネット通販で売ってますよ?子犬の歯固めにもいいそうです!どうも臭いで誘わ…
感想一覧
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