52話 勇者たちのこと
勇者たちのこと
「先輩、2階も・・・2階も確かめないといけません。もしかしたら生き残りがいるかもしれない」
すっかり冷たくなった女の子の遺体を横たえ、涙を拭く。
かわいそうに・・・本当に、かわいそうに。
これから・・・これから何にでもなれたはずの命が、零れ落ちてしまった。
顔を眺めているだけで、襲撃者への怒りではらわたが煮えくり返ってくるが、今は動かなければ。
もう涙は出し尽くした。
今は泣いてる場合じゃない。
『辛くとも、苦しくとも前へ進め。振り返っても、そこには何もありはせんのじゃ』
いつだったか師匠に言われた言葉が、俺の背中を押してくれる。
死ぬほど辛いし苦しいが、ここで蹲っていても何も始まらない。
俺は、女の子の顔をもう一度見つめた。
・・・忘れない、絶対に。
この気持ちと、この子の死に顔を。
「・・・落とし前、つけさせてやる。その薄汚ねぇ命で」
これをやった奴らがまだ生きているなら。
全員ぶち殺してやる。
楽になりたいって言ってたよな・・・
・・・嫌だね、全員ありったけ苦しませてから殺してやる。
油の切れたロボットの如く軋む膝を動かし、立ち上がる。
七塚原先輩も、足元にそっと抱えていた遺体を横たえて立ち上がった。
「・・・すまんのう、田中野」
その声は、今まで聞いたことがないほど弱弱しいものだった。
「わしゃあ、自分にもこいつらにも、腹が立って仕方がなぁ」
・・・俺もですよ、先輩。
ぎちり、というのは拳を握りしめた音だろう。
近付いていくと、その拳から血が滴っているのが見えた。
「先輩、拳が痛みますよ」
「・・・おまーも、そうじゃろうが」
見ると、俺も同じように拳を握りしめていた。
認識した途端に、鈍い痛みを感じる。
ああ、柄糸に血が沁み込んじまった。
黒でよかった。
「・・・まだ2階には剣道場と柔道場があります。そこも、見に行きましょう」
「・・・おう」
俺達は、連れ立って重い足を動かして歩き始めた。
「・・・ここを出る時に、焼きましょう。俺達だけでこれだけの遺体を運び出すのは不可能です」
軽トラには予備のガソリンを積んである。
遺体を集めて火を点ければ、綺麗に燃えるだろう。
あのカス共の死体なんざそこらへんに転がしておきたいが、疫病でも流行ったら困る。
諦めて焼くか。
それか、警察にお願いするって手もある。
「ここの顛末・・・神崎さんらぁには、言うか?」
「・・・言わなきゃならんでしょう、俺が・・・言います」
重苦しい息を吐きながら言う。
先のことを考えると頭が痛いが、とにかく今は2階を探索せねば。
さっきの屑どもは全員近接武器しか持っていなかったが、遺体の中には銃で撃たれた傷もあった。
2階には、そいつらがいるかもしれない。
拳銃を引き抜き、歩きながら各部を確認する。
動作に問題はない。
いつでも撃てる。
事務室まで戻ってきた。
中を覗くが、やはり人の気配はない。
床に飛び散った血痕は、元からここにいた人間か襲撃者か・・・これだけじゃわからんな。
お互いに無言で階段を上る。
2階は階段の上に広いスペースがあって、その先に剣道場や柔道場があるようだ。
拳銃を握りながら階段を上る。
・・・濃い、血の匂いがする。
上に生きた人間の気配は、ない。
「こ、れは・・・」
「こりゃあ・・・」
階段を上り切った俺たちは、目の前の光景に絶句した。
空間に濃く残る血の匂い。
多くの死体。
襲撃者らしいものと、ここを管理していたであろう警官たち。
それぞれの手に銃を握りしめ、至る所で死んでいる。
避難民らしき姿はない。
「遠距離武器持ちは、ここに全員来ていたのか・・・」
凄まじい銃撃戦が起こったことが容易に想像できる。
襲撃者の集団は、階段を上りきったここで十字砲火に晒されたらしい。
数が少なければそれで終わったんだろうが、こいつらは数という肉壁を活用しながら戦ったようだ。
警官たちは、椅子や机を倒しただけの粗末なバリケードで撃ち合い・・・殉職したようだ。
必死の形相を浮かべたままの遺体も多い。
最後の最後まで、諦めずに立ち向かったのだろう。
・・・生存者はいないが、武器は後で回収する必要があるな。
このまま残しておくと後が恐ろしすぎる。
誰かに拾われる前に回収せねば。
しかし、この襲撃者は一体どういう連中なんだろう。
先程の様子から、荒事に馴れているように感じる。
ここで全員死んでいるならいいが・・・もし残っていたらと思うと背筋が寒くなる。
くそう、警戒する相手がどんどん増えていくな。
こいつらはどう考えてもヤクザじゃないし・・・どちらかと言うと宗教っぽい、かな。
「何が楽になりたい、だ。てめえで自殺すりゃいいんだ・・・」
こいつらが子供たちにしたこと。
それは徹頭徹尾、ただの虐殺だ。
どんなお題目を並べても許されることじゃあ、ない。
壁の地図を確認する。
この空間を抜けると剣道場、その奥が柔道場だ。
襲撃者の死体を踏み越えて、俺達は進む。
「た、頼む・・・」
不意に足首を掴まれた。
視線を床に落とすと、襲撃者が辛うじて生きているようだ。
腹に複数の銃弾を喰らっている。
奇跡的に急所を外れているので、出血多量で死ぬまでじわじわ苦しんでいるようだな。
「苦しいんだ・・・と、トドメを、刺してくれ」
ひゅうひゅうと苦しい息をしながら、懇願するように問いかけてくる。
「―――お前、ここを襲った奴らの一味か?少し、聞きたいことがある」
込み上がる殺意を押し殺し、聞く。
背後で先輩が殺気を放出した。
・・・我慢してくださいよ、先輩。
「そう、だ。そうだ・・・」
「何でこんなことを、なんて無駄なことは聞かん・・・お前らは何者だ?ほかに仲間がいるのか?」
少しでも情報を聞き出さねば。
俺は、しゃがみ込んでインタビューを開始した。
「なるほど、よおくわかった」
「じゃ、じゃあ殺して・・・」
「嫌だね」
「えっ」
ペラペラとよく回る舌で色々なことを教えてくれたカスにそう告げ、俺達は歩き出した。
「ま、待って、待ってくれぇ・・・」
息も絶え絶えの状態ですがるように話すそいつに、俺は振り返っていった。
「これだけのことをしといて、楽に死ねると思うな。お前はそのままそこで無様に、震えて、くたばれ、外道」
その後は、もう振り返らなかった。
あの子たちの分まで、存分に苦しんで死ね。
何の供養にもならないだろうが、それでも許せなかった。
剣道場と柔道場への道は、バリケードに守られていた。
事切れた警官や・・・一緒に戦ったのだろうか、避難民たちの遺体と、積み上げられた椅子と机。
・・・これは、破られていない。
もしかしたら!
「先輩!」
「おう!」
再度周囲を確認し、襲撃者の生き残りがいないことを確認。
バリケードの撤去に取り掛かる。
机や椅子に、いくつもの血の手形が見える。
それどころか、バリケードの隙間を埋めるようにして死んでいる遺体さえある。
戦闘の最中に、傷つきながら補強していったようだ。
時には、自分の体で。
その形跡から、何が何でもここは突破させないという決意が感じられる。
死んだ後でなお、バリケードを凄まじい力で握りしめて事切れている。
立派な・・・立派な人たちだ。
心の中で念仏を唱えながら、ひたすら無心で撤去を続ける。
剣道場の扉が見えてきた!
あれ、誰か扉にもたれて座って・・・
「―――動くな。動くと撃つ」
最後のバリケード・・・長机を縦に並べたものを撤去した俺達に、暗闇から言葉と共に散弾銃が付きつけられる。
いかん!ここにも・・・!!
「ん?・・・ああ・・・なんだ、七塚原くんじゃないか」
「川原、さん」
凄まじい形相で散弾銃を構えた年かさの警官が、先輩の顔を見て表情をやわらげた。
気のいい近所のおじさんといったような、優しい顔だ。
先輩の知り合いだろうか。
「あいつらは、もう?」
「・・・ええ、わしらぁが皆殺しにしました」
「そうかあ・・・」
川原さんは、先輩の答えを聞くなり散弾銃を取り落とした。
「間に合った、かあ・・・」
足を投げ出し、剣道場の扉にもたれたその体には、至る所に銃弾の痕がある。
生きているのが・・・いや、それどころかさっき銃を構えられたのが不思議なくらいの重傷だ。
もう体には何も残っていないんじゃないか。
そう思うくらい、彼の足元は流れ出た血で染まっている。
「川原さん・・・ここで、何が」
「・・・昼くらいにね、保護して欲しいと言って・・・3台のバスであいつらが来たんだ。もうここは満杯だと門番が伝えたら、急に撃ちまくられたらしくてね・・・」
ぽつりぽつりと、川原さんが話し始める。
バス・・・そういえば駐車場で見た気がする。
「その後はもう、滅茶苦茶さ。どんな手品を使ったのか、ゾンビまで攻めてくるし・・・ここに、立てこもるだけで精一杯、だった」
一言ごとに、その体から生気が失せていくようだ。
ずるりと背中を滑らせ、倒れ込む川原さんを先輩が支える。
「川原さん、わしは・・・」
「七塚原くん、すまない」
後悔の言葉を口にしようとした先輩を、川原さんが遮る。
「きみから預かった子供たちも、私たちは、危険に晒した。すまない、すまない・・・」
「・・・そんな、わしの、わしのほうこそ・・・」
「いいや、これは・・・私たち警察の落ち度、だ。きみのせいじゃあ、ない」
川原さんが、震える手を持ち上げて先輩の肩に置く。
「七塚原くん、それに後ろのきみ」
瀕死とは思えないほどの鋭い視線が、俺を見る。
「見ればわかる・・・君たちは、強いんだろう?」
声に、力がこもる。
「頼む・・・私たちのことはどうでもいい、どうでもいいが・・・避難民の、子供たちの、仇を、討ってくれ」
「警官が頼むことじゃないことはわかっているが、あいつらに、やらかしたことのツケを、払わせてやってくれ」
「頼む・・・」
俺も川原さんの近くに駆け寄り、片方の手を握りしめる。
「任せてください。・・・南雲流、田中野一朗太の名にかけて、必ず、必ずやってやりますよ」
俺の手を握り返すその力は、悲しいほどに弱い。
「た、田宮先生の弟子、か・・・はは、これは、最高の・・・相手だなあ」
にこりと微笑んだ川原さんは、手を持ち上げて弱弱しく扉をノックした。
「おうい・・・もう・・・大丈夫だよ」
そう声をかけると、中から鍵の開く音が聞こえた。
川原さんのもたれている逆の扉が、内から引かれる。
「おじ、おじちゃん・・・」「おじちゃあん・・・」
中から恐る恐る顔をのぞかせたのは、小学生くらいの子供たちだった。
やはり・・・生き残りが、いたのか。
「「「おじちゃん!!」」」
弾かれたように、中から子供たちが走り出てくる。
数は・・・10人ほどか。
全員子供だ。
この子たちを守っていたのか、警官や避難民たちは。
自分の、命さえ投げ出して。
子供たちは、川原さんを囲んで座り込んでいる。
服や体が、血に塗れてもかまわずに。
「「むーおじちゃん!むーおじちゃあん!!」」
「お前ら・・・お前ら・・・よく、よく無事で・・・」
小さい・・・保育園くらいの子供たちは、先輩の服を掴んで泣きじゃくっている。
・・・あの子たちは、先輩がここに預けた保育園の生き残りか。
先輩は、涙を流しながら子供たちを抱きしめている。
すまん、すまんと詫びながら抱きしめている。
「こ、この2人はね、おじさんのお友達、なんだ。とっても強いから、一緒に行きなさい・・・きっと、安全な所まで、連れて行ってくれるから」
「・・・おじちゃん、は?」
「おじさんはね・・・もう駄目だなあ・・・ごめんねえ」
浅い呼吸を繰り返しながら、優しく語りかけている。
「し、死んじゃうの、おじちゃん」
「・・・うん、そうだなあ」
縋り付く子供の頭を撫でながら、なんてことはないように呟いた。
「やだあ・・・そんなのやだよぉ・・・!」
「ごめんなあ・・・でも、まあ・・・仕方ない」
「ううう・・・おじちゃあん・・・」
「こーら・・・泣いたら、駄目だぞお、これから・・・頑張ら、ないといけないん、だから・・・」
蒼白な顔を俺に向け、川原さんは言った。
「田中野くん、事務室に無線機がある。御神楽、高校に、連絡を・・・それと、銃器の、回収・・・を・・・」
「・・・わかりました、必ず」
「ああ・・・肩の荷が、一つ、下りた、よ・・・」
俺に声をかけると、彼は安心したように長い息を吐いた。
まるで、仏様のような柔和な顔で。
「な、あ、みんな・・・」
もう、光がなくなりかけている目を周囲に向けて川原さんが言う。
子供たちは、これが最期だと本能でわかっているんだろう。
啜り泣きながらも、しっかりと聞いている。
「強くて・・・優しい、そんな大人になってくれ」
「・・・強いっていうのは、力じゃあないぞ、心のことだ」
「誰かに、寄り添って・・・誰かを、守れる、そんな、大人になってくれ」
川原さんは、子供たちの顔を一人ずつ、目に焼き付けるかのようにじっと見つめた。
ゆっくりと。
「それで・・・それで大人になって、困っている子供を、見かけたら」
「生まれ変わった、おじさんだと思って、優しく、して、やってくれ・・・」
「それだけで、おじさんは、満足、だ。それだけで、いい」
胸元に抱き着く子供の頭を、もう一度愛おしそうに撫で。
「みんなぁ・・・大きく・・・なれよぉ、おお、き・・・く・・・」
嬉しそうに微笑んだ表情のまま、その立派な警官は事切れた。
『そう、ですか・・・わかりました』
1階の事務室。
先輩に子供たちを任せ、俺は無線機で御神楽高校と通信していた。
神崎さんに使い方を教えてもらっていて助かったぜ。
「子供たちは、一旦高柳運送へ連れて行きます。もう時間も遅い、市街地を走るのはリスクがありますので」
『・・・了解しました、到着したらご連絡を』
通信相手の八尺鏡野さんが答える。
いつも冷静そうな彼女だが、流石に子供たちのことを伝えると声を震わせていた。
『銃器の回収と・・・遺体の、処理は、我々にお任せください。明日にでも動きます』
「よろしくお願いします」
『子供たちのこと、よろしくお願いします。受け入れ先は可能な限り早く見つけますので』
「はい、こちらでも当たってみます、それでは」
通信を切ると、周囲に静寂が満ちた。
聞こえてくるのは、外で喚くゾンビの声だけ。
さて、それじゃあとっとと脱出しますか。
悲しみや苦しみをまとめて心の隅に放りこみ、俺は立ち上がった。
泣きわめくのは、全部終わった後でもできる。
「ふむ、あれを使いますか」
「持ち主は癪じゃが、使えるもんは使わんといけんのう」
剣道場は、外に避難階段が付いている。
子供たちを室内で待たせ、先輩と駐車場を見ているとあるものを見つけた。
宗教法人の名前が書かれたマイクロバスだ。
他に2台の大型バスも見えるが、タイヤがパンクして横転している。
子供たち、あれなら余裕で乗れることだろう。
「・・・何が『みらいの家』だよ、馬鹿にしやがって」
「ああまでデカデカと書かれりゃあ、嫌でも覚えるのう」
そう、襲ってきた奴らは宗教の信者だった。
『みらいの家』・・・旧名『終末の家』という名の集団。
俺が子供の時に、ワイドショーをにぎわせた存在だ。
終末思想・・・ってやつか?
『終末の大予言で地球が滅ぶので、UFOに助けてもらおう』だかなんだか、そんな阿呆な教義を持っていたらしい。
その予言とやらの日、地球は滅ばなかったが奴らは集団自殺騒動を起こした。
UFOが迎えに来なかったから絶望でもしたのかな?
朝からニュースが大騒ぎしていたのを覚えている。
それからは全く話に聞かなかったが・・・どうやら細々と生きていたらしいな。
名前を変えたって話は聞いていたから、なんとなく覚えていた。
ご丁寧に電話番号まで書いていやがる・・・探す手間が省けたぜ。
後で地図アプリに打ち込んで検索しよう。
・・・きっと、皆殺しにしてやる。
・・・必ず、落とし前をつけさせてやる。
「じゃ、行ってきます。ここの真下まで持ってきますんで、先輩は子供たちの引率をお願いします」
「おう、気ぃつけえよ」
「合点承知」
駐車場にはまだまだゾンビが見える。
だが、それがどうした。
今日の俺は最強だ。
ゾンビごときでどうこうなってやらん。
「っし!」
横に振るった兜割が、ゾンビの頭蓋を砕く。
呻き声を上げて倒れるゾンビの喉を踏み抜き、成仏させた。
非常階段から駐車場に下り、バスまでの道筋にいるゾンビを片っ端から片付けた。
破壊された車がいい感じの防壁になってくれているので、比較的楽に進めたな。
辿り着いたマイクロバス。
運転席のドアを開けると、そこに座ったまま死んでいる信者がいた。
手には、拳銃が握られている。
・・・顎の下から脳天をぶち抜いている。
天井がカラフルになってやがるな。
「どけよ」
満ち足りたような顔で死んでいるのを見て、たまらなく腹が立った。
これだけのことをやらかしておいて、何幸せそうにしてやがんだ。
「使わせてもらうぜ、屑野郎」
死体の首を掴んで車外に引きずり出し、渾身の力でゾンビのいる方に投げ飛ばした。
音に反応したゾンビ共が、我先にと喰らいつく。
「てめえらなんぞ、墓に入れるのももったいねえや」
吐き捨てると運転席に乗り込み、刺さったままのキーを回す。
軽トラより重いエンジン音が響いた。
ガソリンは・・・ほぼ満タン。
ってことは、こいつらの本拠地はそう遠くないってことだな。
アクセルを踏み込むと、バスは問題なく発進した。
キーは持っているし、貴重品も積んでいないから軽トラはここに置いておこう。
警察がここに来るときに、一緒に回収しようかな。
今日の所は何があるかわからんので、このままコイツで帰ろう。
・・・帰ったらヤスリでも使って、デカデカと書かれたこの糞ったれな名前は消そう。
「おし、これで全員じゃな。出してええぞ田中野」
「よーそろー」
先輩と子供たちを乗せ、出発する。
生き残りは、14人だった。
小学生が10人、先輩が保育園から連れてきた子が4人だ。
不測の事態に備え、先輩には後ろに乗ってもらうことにした。
助手席には、川原さんにすがって泣いていた女の子に座ってもらう。
「じゃあ出発だ。みんなシートベルト締めてね」
明るく話しかけるも、みんな無言である。
・・・仕方ないよなあ、あれだけのことがあったんだから。
回頭し、入り口の方へバスを向ける。
・・・いっつも軽トラだったから、なんかこう勝手が違うな。
一様に暗い顔をする子供たちを、ミラーで確認。
この子たちの心の傷が、少しでも早く癒えますように・・・そんなことを考えながら、俺はアクセルを踏み込んだ。




