51話 小さな手のこと(※残酷な描写アリ)
小さな手のこと(※残酷な描写アリ)
「田中野ォ!事故に気ぃ付けて平均120キロで走れや!!」
「無茶言わんでくださいよ先輩!!できるだけ急ぎますから!!」
無理難題を仰る七塚原先輩に返しつつ、俺はアクセルをきつく踏み込む。
放置車両しかいない道を、甲高いエンジン音を響かせて愛車が疾走する。
時刻は夕暮れが近い。
「無事でおってくれよ・・・!!!」
ぎり、と歯を噛み締めながら絞り出すように呟く先輩の声を聞きながら、アクセルをベタ踏みにする。
この調子ならあと20分もかからんな・・・
子供の命がかかってるんだ。
急がなければ!!
何故こんなことになっているのかというと、事の起こりは今朝に遡る。
色々あった御神楽高校での一日が終わり、心が疲れた俺はサクラと風呂に入って早々に寝た。
ぐっすり10時間睡眠をしてリフレッシュした俺が1階へ下りると、ちょうど神崎さんが御神楽高校と連絡を取っている所に遭遇した。
昨日の顛末の後処理の説明と、次回の訪問日についての打ち合わせらしい。
「ぬ、2人とも早いのう」
そこへ、早朝の畑仕事を終えた先輩も来た。
巴さんは朝が激烈に弱いらしいので、朝の作業は先輩の担当だそうだ。
ちなみに後藤倫先輩も超絶に朝が弱いので、起きてくるまで起こさないようにしている。
・・・いつだったか道場で合宿めいたことをやった時、起こしに行ったら寝ぼけてボコボコにされたんだよな。
起きなきゃいけない時は普通に起きるという謎の人だ。
もう俺は理解する努力を放棄するね、あの人に関しては。
「おう、そうじゃ・・・神崎さん、ついでに聞いてほしいことがあるんじゃが・・・」
そう言って先輩は、御神楽高校に聞いてみたいことがあるとして話し始めた。
なんでも、自分が警備員をしていた保育園の子供たちが移動した避難所の現状を知りたいのだという。
巴さんとも再会でき、拠点も確保できたのでここらへんで顔を出しておきたいとのことだった。
確かに色々と一段落したしなあ。
子供好きな先輩のことだ、さぞ心配していたに違いない。
御神楽高校と周囲の避難所は、最近連携を取れるようになってきたと森山さんに聞いたので大丈夫だろう。
すぐに連絡が取れるはずだ。
『龍宮ふれあいセンターかい?そこならもうすぐ定期連絡の時間だね、その七塚原さんのことも伝えておこう』
通話相手の古保利さんがそう教えてくれた。
よかった・・・俺は、先輩と顔を見合わせて喜んだ。
「お2人ともすぐに来てください!!」
事態が急転したのは、昼すぎのこと。
昼飯を食って少し休憩した後だった。
安心した先輩と日課の稽古をしていた俺を、血相を変えた神崎さんが呼びに来たのだ。
御神楽高校から緊急の連絡があったのだ。
『・・・襲撃されている、らしい』
古保利さんは、朝とはうって変わって緊迫した口調だった。
俺の隣に立っている先輩が、一瞬で空気を変えた。
・・・まるで燃え盛る火事場の横にいる気分だ。
『こちらもよく把握できていないんだよ。定期連絡の時間になっても音沙汰がないし、こちらから連絡したんだけど・・・』
『向こうも混乱しているようでね、少しの間会話できたけどすぐに切れてしまった。それで、今に至るまで不通のままなんだ』
『・・・こちらから人員を出したいところなんだけど、この前のこともあってしばらくは内部の引き締めを優先したいんだ・・・』
・・・内通者が紛れ込んでいたアレか。
確かに、内外共に今は油断できない状況だよな。
聞けば、まだ前回捕まえた奴らの尋問も終わっていないようだし。
「・・・ちなみに、なんて言ってたんですか?」
俺がそう聞くと、古保利さんは一瞬口籠り・・・
『・・・ゾンビと人間が一緒に襲ってきた、そうだ』
重々しくそう告げた。
色々と気になる点は多すぎるが、俺と先輩はとりあえずそのふれあいセンターとやらに行くことにした。
ともかく襲撃を受けているのは本当だろうし。
地図アプリで確認すると、ここから結構離れた場所だ。
以前行ったリュウグウパーク。
あそこよりさらに奥にある。
・・・こうして調べるまで存在すら知らんかった。
なんでも、運動場とかプールとかがある施設らしい。
運動公園ってやつかな?
「神崎さん、留守番よろしくお願いします!」
「・・・くれぐれも、くれぐれも、くれぐれもお気をつけて!!」
・・・3回も言われたでござる。
嘘・・・拙者の信頼度、低すぎ・・・?
神崎さんには、防衛のために残ってもらうことにした。
あまり大人数でここを出て、行く途中に変なのに察知されないとも限らない。
また、人数が少なくなったここを襲撃されても困る。
同じ理由で後藤倫先輩も置いていく。
「今日は留守番の気分」と言っていたので丁度良かった。
「むーさんっ!頑張って!」
「おうっ!」
巴さんは基本的に先輩に全幅の信頼を寄せているので、笑顔見送ってくれる。
うむ、これが信頼の差である。
・・・俺も頑張ろう。
「おじさーん!気を付けてねーっ!!」
「うおぉ~ん!!」
手を振る璃子ちゃんと遠吠えするサクラに後押しされ、俺達は出発した。
そして冒頭へ戻る。
「・・・わしが、わしがまちーと(もう少し)ついとったら・・・」
「それだと巴さんと会えなくなってたかもしれませんよ?気にしないでくださいって」
助手席で微妙に落ち込む先輩に声をかける。
俺だっていっつも後悔しっぱなしでひとの事は言えないが、それでも慰めるくらいはできる。
それに、リュウグウパークもあのままだとどうなってたかわからんしな。
俺が見てきた中で一番危うい雰囲気だったし。
あの奈良漬だか名古屋味噌だかっていうカスもいたし、巴さんが酷い目に遭っていたかもしれない。
・・・そもそも、この先輩が巴さん捜索を我慢できるわけがない。
「先輩先輩!懐かしのリュウグウパークです・・・よ・・・?」
話を逸らそうとしてみると、視線に違和感。
あれ~?前に見た時となんか違う気がする~???
近付くにつれ、違和感が一層強まってきた。
山の中腹に建つリュウグウパークは、下の道からその全容がよく見える。
広大な駐車場。
立派なゲート。
そして・・・
まるで破裂した風船のような惨状のドーム。
煙を燻ぶらせる動物園ブロック。
・・・おかしいよな?
前来た時はあんなファンキーな感じじゃなかったよな?
いかに夕暮れが近いとて、流石に見間違えようがない。
「・・・燃えるか、爆発したようじゃのう。わしらぁが帰った後に、なにがしか面倒ごとがあったんじゃろう」
・・・やっぱりそうか。
以前の姿どこへやら・・・我が県内唯一の遊園地兼動物園は、見事な世紀末系廃墟と化してしまった。
何があったのやら・・・
あの時点で避難民と動物園側の関係は冷え切っていた。
それが原因なのか、はたまた外部からの襲撃によるものか。
ともかく、リュウグウパークが以前のような賑わいを取り戻すことはなさそうである。
・・・やっぱり先輩の行動は正解だった。
巴さんも、山中さんも・・・こうなってしまったら生きているかどうかわからなかっただろう。
「・・・田中野、行くか」
「ご心配なく、車はずっと走ってますから」
モヤモヤとした気持ちを抱えながら、軽トラはリュウグウパークを横目に走り去った。
「そろそろじゃろうか?」
「カーナビだともうちょいだと思うんですが・・・」
リュウグウパークを通り過ぎてさらに10分ほど。
普段なら絶対出さないほどの速度で走り続けている。
うーん、田舎は道が無駄にデカくて走りやすいな。
対向車もいないし。
さて、この丘を下りたらすぐに見えてくるっぽいんだけど・・・
「・・・田中野ォ!!」
「了解っ!!」
丘を登り切った瞬間、先輩が叫んだ。
ほぼ同時に俺もアクセルを踏み込む。
エンジンが唸りを上げ、若干ジャンプした軽トラのフロントガラス越しに先の景色が見える。
丘を下った先。
周囲をフェンスに囲まれた運動公園だ。
なるほど、陸上トラックに野球場・・・テニスコートまで見える。
あのでっかい農業ハウスみたいなのは多分プールだな。
中心には、広い駐車場と2階建ての体育館がある。
平時ならどこにでもある風景だ。
壊滅していなければ。
駐車場に停まった車は、黒い煙を上げて炎上している。
フェンスはところどころ倒れている。
体育館の玄関には簡易的なバリケードがあるが、もう破られている。
窓という窓には目張りがされているが、やはりぶち破られている箇所も多い。
そして、至る所に蠢くゾンビ。
襲撃者かどうか知らんが、倒れたり齧られている人影もチラホラ。
・・・畜生!遅かったか・・・!?
いや、諦めるにはまだ早い!!
「・・・先輩、突っ込みますよォ!!」
「応!避難民は体育館じゃろう!まだ助けられるかもしれん・・・行け田中野ォ!!」
先輩のお許しも出たので、トップスピードを維持しながら丘を下りる。
体育館の入り口も破られている!
早く行かなければ!
「アアアアアアア!」「ガアアアアアアアアアアア!!」「ゴオオオアアアアアアアアアアア!!!!」
「うるっせえ!!どけや死にぞこない!!!」
駐車場入り口のフェンスを、ゾンビごと撥ね飛ばして入場。
ふふん、この軽トラは初代から強化バンパーを移植してるんだ!
黒ゾンビ以外じゃびくともしねえんだよ!!
ゾンビを撥ね飛ばし、放置車両を躱しながら体育館を目指す。
丘の上の時点から観察しているが、今のところ周囲にはノーマルゾンビだけだ。
だがどっかに黒ゾンビや襲撃者が潜んでいるかもしれないので、急ぎつつも周囲の観察は怠らない。
「よっしゃ抜けた!横滑りさせて停めます!!」
体育館入り口に、ドリフト気味で停車。
玄関を軽トラで物理的に塞ぐ。
これでゾンビはこっからは入ってこれないだろう。
先輩に続き、助手席から飛び出す。
兜割と刀を両方持っていく。
何が飛び出すかわからんからな。
やはり入り口のバリケード・・・椅子や机を積み上げたもの・・・は、すっかり破壊されていた。
どう見てもゾンビの仕業じゃない。
ハンマーでぶん殴ったような跡が見える。
何かが爆発したような形跡も。
「誰かおらんかあ!?助けに来たぞォ!!」
玄関をくぐりながら叫ぶ先輩。
すると、横にある下駄箱の陰から誰かが出てきた。
「じゃああぁっ!!」
「っぎ!?」
間髪入れずに先輩の六尺棒が唸り、鈍い打撃音が響く。
吹き飛ばされたゾンビ・・・じゃなくて人間が、そのまま吹き飛んで玄関先のなんかトロフィーとかを入れておく棚に激突。
中のトロフィーをなぎ倒しながらめり込んだ。
・・・確認するまでもなく、絶命している。
首がすっげえ伸びてるもん。
「・・・襲撃者じゃ、こいつは。殴りかかってきよった」
息絶えた男の手には、血に濡れた鉈が握られている。
・・・錯乱した避難民とかじゃないよね?
まあ、甘んじて殺されてやるわけにもいかんのでしょうがないが。
「・・・来ますね、まだ」
「おう」
廊下の奥から複数の気配。
さて、今度はどっちだ・・・?
「・・・ど、どなたですか!?」
手に手に武器を持った集団が、バタバタと走り出てくる。
年齢もまちまちだが、全員男性だ。
「わしゃあ、ここに縁があるもんじゃ・・・あんたらぁは避難民か?」
先頭の男に先輩が問いかける。
50代くらいかな?
見た感じ変なところはない、普通のオジサンだ。
「は、はいそうです。急にゾンビがやってきて・・・あの、ありがとうございます!」
「いやあ、間におうてえかったわい。ここの責任者、柳田警部さんっちゅうたかのう・・・?どこにおりんさる?」
「・・・あ、あの人はもうsげば!?」
ぼ、と六尺棒が突き出され、その先端がオジサンの喉にめり込んだ。
「間抜けが。そがぁな人はここには、おらん」
殺気をほとばしらせながら先輩が言う。
オジサンは綺麗に陥没した喉を押さえ、床に倒れる。
夥しい血をまき散らしながら。
「おどれらぁ・・・子供らぁは、どこじゃ?」
先輩の問いに一切答えず、男たちは一斉に武器を構えた。
・・・動揺がない上に、一言も喋らない。
こいつら、暴力に馴れている。
「なんも言わん、か・・・」
先輩が1歩進み、集団の前に出る。
それに呼応するように、集団が一斉に前に出る。
六尺棒を握る先輩の腕に、太い筋肉が浮き出た。
「じゃったら、死ね」
それは、さながら暴風・・・いや、台風だった
驚くほどの膂力と、機械のような正確さで旋回する六尺棒。
先端がブレて視認できないほどの速度で振るわれたそれは、当たるを幸いと集団に襲い掛かる。
「ぬううううううううううああああああああああああああああああああああっ!!!!!」
ごうごうと唸る風切り音に交じり、鈍い打撃音や悲鳴、武器を破壊する金属音が聞こえる。
南雲流棒術、奥伝ノ二「繚乱棍」
・・・相変わらず馬鹿みたいな威力だ。
六尺棒の嵐が止んだ後には、手足や首が出鱈目な方向に向いた死体と、もうすぐ死体になりそうな奴しかいなかった。
「子供らぁは、どこじゃ」
足をへし折られた男を片手で持ち上げ、先輩が聞いている。
「・・・さ」
「なんじゃ?」
痛みで脂汗をダラダラ流す男が、息も絶え絶えに呟く。
その顔には、貼り付けたように不愉快な笑みが浮かんでいる。
「て、天国、さ。もう、苦しまなく、ても、いい、所・・・にみんな、みいんな、ね」
背筋が泡立つ。
今、なんて言った、こいつ。
いや、聞こえてるんだが・・・脳が理解を拒む。
「・・・外道がぁ!!」
先輩が怒号を上げ、持ち上げたままの男の喉を握り潰した。
ばぎりと音が鳴り、痙攣した男はすぐに死んだ。
「行きましょう、先輩。そんなもん、口から出まかせに決まってますよ」
「・・・おう」
事切れた男を投げ捨てた先輩が歩き出す。
・・・とにかく、1階から探索しよう。
廊下に案内板が貼ってあった。
なるほど、1階はこの先の体育館と、プールと脱衣所。
2階は剣道場に柔道場があるみたいだ。
入り口脇には事務室があったが、人の気配はなかった。
薄暗い廊下をライト片手に歩く。
響くのは、俺達の足音だけ。
―――人の気配は、ない。
すぐに廊下は扉に突き当たった。
『体育館』と表札がかかっている頑丈な扉が見える。
・・・この先には、何がいるのか。
ゾンビか、それとも・・・
引いてみるが、びくともしない。
あちら側から鍵でもかけているのか。
「どいとれ」
体を引くと、先輩が恐ろしい勢いで扉に蹴りをぶち込んだ。
轟音と共に、分厚い扉は内側に向けてたわんで開く。
・・・とんでもねえ力だよ、マジで。
開いた先は真っ暗だ。
電気も通ってないからそりゃ当然・・・ぬ?
蝋燭の明かり・・・か、アレは。
動く影が見える。
・・・ゾンビじゃない、多分人間の。
よかった!籠城してただけみたいだな!
生き残りがいたのか。
「せんぱっ・・・!!!」
声を出そうとして。
『それ』に気付く。
『それ』は、暗闇に馴れた視界に否応なしに飛び込んでくる。
手に武器らしきものを持って、蠢く影の周囲。
蝋燭の光に照らされた―――
床の上に転がる、たくさんの遺体。
それに混じる、子供たちの遺体。
「―――あ」
まるで接着されたように引きつる喉から、自分とは思えないほどかすれた声が出た。
「―――ォ」
ガソリンに火が付いたように、一瞬で腹の中が熱くなる。
同時に、まるで痺れるように頭の芯が冷えていく。
「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオォ!!!!!」」
俺達の口からこぼれたのは、まるで獣のような怒号だった。
俺と先輩は、同時に飛び出した。
2匹の獣のように。
走りながら抜刀し、峰を肩に乗せて担ぐ。
「―――!!」
蝋燭の周りにいる大勢の影が、俺達に向けて武器を構える。
ナイフに、鉈、斧、それに日本刀・・・それと槍。
遠距離武器は・・・いないようだな。
いてもこの状況じゃ、使えないだろうが。
「がぁああっ!!」
走り込んだ勢いのまま、大上段から刀を振り下ろす。
「っぎいぃ!?」
男が防御のためにかかげた大鉈。
その持ち手ごと切断し、突き抜けた斬撃が男の鎖骨を斬り裂いて肋骨を断ち割る。
「があ!?あああ!!!」
「殺したな、お前ら」
痛みに喚く男に声をかける。
「―――子供を、殺したな」
まるで、他人が俺の口を借りて喋っているようだ。
昔の俺が、あの時の俺が喋っているようだ。
消えない、怒りの炎を抱えた俺が。
「なに、が・・・わる、い・・・こふっ!」
あぶく交じりの血を吐きながら、俺を見る男。
・・・肺が損傷したな。
しかしその目は、まるでガラス玉か何かのように感情がない。
「らくに・・・してあげた、のさ。こんな、こんな、世界で生きていかなくても、すむ、ように・・・」
かたかたと痙攣しながら、男の目に初めて勘定らしきものが浮かんだ。
それは、喜び。
もしくは安堵。
「ああ・・・これ、でやっと、俺も、らく、に・・・」
「―――ふざけるんじゃねえぞ、てめえ」
「げえ!?ぎいいいいいいいい!!!!!!」
力を込めると、刀がじわりと進む。
噛み締めた歯の隙間から、血の味がする。
「てめえみたいなもんが、楽になれると思うなよ・・・行きつく先は地獄だぜ、外道」
「っぎいいああああ!!あああああ!!!!!」
肋骨を完全に切り裂いたあたりで、男は永遠に静かになった。
苦しんでくたばれたことだろう。
その顔には恐怖と痛みが沁み込んでいる。
そいつを蹴り倒し、軽く血振るいをする。
俺と先輩を囲うように、男たちが包囲している。
「わしらぁを、追い詰めたつもり、らしいのう」
足元に2匹の虫けらを転がした先輩が言う。
早いなあ、あの時間で2匹かよ。
「・・・笑えてきますなぁ」
背中合わせで先輩と立つ。
その背中越しに、渦巻く殺気と怒りが伝わってくる。
俺も。似たようなもんだろうがな。
「南雲流、田中野一朗太」
「南雲流、七塚原無我」
「「―――推参」」
「ぎゃっ!?」
斧を振り下ろす手首を斬り落とし、腹を突いた。
「ああぎぃい!?」
槍の持ち手ごと、下腹を斬り裂いた。
「あがぁあ!?ああ!?」
柄で顎をかち上げて、腹を真一文字に斬った。
「いが!?やべ!やべてぐれ!?あっ」
手首の腱を斬り、獲物の鎌を奪い取って口に思い切り押し込んで掻き回した。
どうすればいいか、考える前に体が動いた。
無限に動けそうなほど、体中にわけがわからないエネルギーが満ちていた。
―――気が付くと、俺の周囲に生きた人間は1匹もいなかった。
「があああああああああああああああっ!!!」
轟く咆哮に振り返ると、ちょうど先輩が最後の一人を始末するところだった。
返り血の尾を引いた六尺棒が、全体を視認するのが難しいほどの速度で男の頭頂部に振り下ろされた。
べきべきとおぞましい音を立てながら、そいつの首が変形しながら胴体に埋まった。
どちゃ、と男が倒れると、体育館に静寂が満ちた。
―――周囲に、生きた人間の気配は・・・もう、ない。
「ううう・・・」
先輩が、膝から床に崩れ落ちた。
怪我でもしたのかと思ったが、どうも違うようだ。
「・・・かったのう・・・すまんかったのう・・・!!」
がらり、と六尺棒が床に落ちた。
・・・先輩が抱え上げたのは、4歳ほどの男の子だった。
シャツの胸が真っ赤に染まっていて、その顔色は対照的に真っ白だ。
とうに、事切れている。
「わしが・・・わしがぁ、ずっとおまーらと、一緒に、おったら・・・わしが・・・わし、が・・・」
震える手で男の子を抱え、先輩が体を震わせて泣いている。
「痛かったじゃろう・・・苦しかったじゃろう・・・すまんのう、すまん、うぐ、ううううう・・・!!」
視線を床に落とすと、小さな手が視界に飛び込んできた。
折り重なる遺体の隙間から、俺の方へ突き出された小さな手が。
先程の体の熱が嘘のように冷え切った俺は、震えながら膝をつく。
上に乗っている遺体をどけると、ちょうど美玖ちゃんくらいの女の子の遺体がそこにあった。
ナイフのようなもので一突きにされたのだろう。
先輩が抱えていた男の子と同じように、かわいらしいキャラクターのTシャツが真っ赤に染まっている。
うっすらと目を開けた虚ろな顔。
涙の跡が、また残っている。
「まだ、まだ・・・まだ、あったけえのに・・・」
抱きしめると、まだ暖かかった。
だがそれもすぐに抜けていく。
命と同じように。
視界が涙で曇る。
「なんでだ畜生、なんで、こんな・・・!!」
消えていく体温を感じながら、俺は震える手でその子の瞼を閉じさせてやった。
「ぐ、ううう・・・うあ・・・ぐ、ぐううううううううううううううううう・・・!!!!!!」
もう二度と握り返されることのない手を握り、俺は獣のような泣き声を上げた。




