50話 獅子身中の虫のこと
獅子身中の虫のこと
悲鳴を聞くなり、俺は走り出した。
こればっかりは性分だな。
なんとかできる範囲なら、体が動いてしまう。
損な性格だよ、ほんとに。
聞こえた悲鳴の方向から察するに、恐らく正門付近。
ゾンビでも出たかな?
ここには璃子ちゃん関係の子供もいるし、できることならなんとかしてやりたい。
・・・ま、兵隊さんがわんさかいるんだから、俺の出番なんてないんだろうけどね。
でもまあ、行けるのに行かないってのは・・・なあ?
「行動が、早い、ですね」
「そっち、こそ」
後方から俺と同じように走る八尺鏡野さんが、息を弾ませながら言ってきた。
俺も言い返すが、この人も反応が早いな。
走る姿勢も綺麗だ。
やっぱ剣術やってる人は体の動かし方をよくわかってる。
師匠なんかマジで全力疾走しても体幹が一切ブレないかんな。
「勝負はお預け、ですね」
「はは、そのようですなあ」
「また、やりましょうね」
「ぜ、善処しますゥ・・・」
もう引き分けでいいような気もするが、けっこう気にするんだな。
よほど師匠に負けたことを根に持っているらしい。
・・・そういうのは、本人に行ってほしいものだが。
多分ノリノリで試合に応じてくれるぞ、あの爺さん。
そう言うの大好きだもんなあ。
そんなことを考えながら走っていると、あっという間に正門が見えてきた。
「・・・ぬ?」
あれ、なんかおかしいな。
「門の『内側』で騒ぎが起こってません?」
「ええ、そう見えますね」
ゾンビにしろ襲撃者にしろ、どうやって門の内側に・・・?
あれだけの厳重な警備を潜り抜けたとも思えんが。
もしや、黒ゾンビかあ?
自衛隊や警察の人たちが、正門の内側・・・もっと言えば校舎の入り口付近にごちゃごちゃいる。
むう、ここからじゃ見えんな。
丁度いい所にあるし、愛車に飛び乗ってみようか。
走りながら荷台の縁に跳び、さらに跳ぶ。
軽トラの天井に立った俺に、やっと目の前の状況が飛び込んできた。
「近付くなァ!!近付くんじゃねええええええ!!!」
「ひぅっ・・・!!」
周囲を警官たちに囲まれた中心。
そこには、女子生徒を後ろから羽交い絞めにした若い男がいた。
その男は左腕を女子生徒の首に回し・・・右手に持った拳銃を彼女のこめかみに突き付けている。
・・・何がどうなってるんだ?
「やめろ!その子を離せ!!」
「手を離せ!さもなくば撃つ!!」
「Hold up your hands!!!」
周囲を固める人たちが、手に持った銃器を向けている。
・・・よく見りゃライアンさんと森山さんもいるな。
「うるせええええ!!」
どう見ても詰みの状況に見えるが、男は元気そうだ。
拳銃の銃口をゴリゴリと女子生徒に擦りながら、口から唾を飛ばしている。
ひでえことしやがる・・・あの子は大丈夫か?
俯いて震えているから、顔が見えない。
さぞ怖いだろう・・・かわいそうに。
「いいから!!さっさと!!食料と物資をここに持って来いってんだよォ!!!」
アイツの要求はそれか。
しかし、そこに持ってこさせてどうする・・・む。
正門の向こう側、そこに車が1台停車している。
ワゴンタイプの普通車だ。
その周囲に、猟銃っぽいものを持った男たちが見える。
数は・・・たぶん4人。
あー・・・なるほど、そういうことか。
あいつ、たぶん外の連中の仲間だな。
どうやって潜り込んだか知らんが、外の仲間に物資を持っていかせるつもりか。
あわよくば女もってわけか?
・・・どこに出しても恥ずかしくねえ人間の屑どもだな。
「銃も・・・そうだ!ライフルを20丁!それに弾薬も寄越せ!!どうせ余ってんだろォ!?」
はー・・・まったく好き勝手に喚きやがる。
見ているだけではらわたが煮えくり返る。
「早く・・・しろっつってんだよ!!」
「あぅ!?っひ!?」
男は拳銃で女子生徒を殴りつけた。
・・・んの野郎ォ・・・!!
殴られた女子生徒は顔をのけ反らせ・・・って、ええ!?
あれ、高山さんじゃないか!!
なんでまた・・・運の悪い・・・
「っや、やめ、やめてェ!!」
「っひひひ!!そらそらもっと喚けよォ!!もっとだ!!」
「っが!?いぎっ!?」
狂ったように笑いながら、男は何度も高山さんの体を殴りつける。
振りが小さいので、周囲も手を出せないようだ。
卑怯者がぁ・・・
「やめろォ!!その子に危害を加えるな!!」
「うるっせえ!!だったら早くしろォオオオオオオオオオオオオオ!!!」
あれじゃ、撃つに撃てない。
正門の外の集団にも、別の人たちが銃を向けている。
これじゃ、膠着状態だ。
「そこォ!!仲間に銃向けてんじゃねえ!!おらァ!!!」
背後に向けて男が怒鳴る。
・・・これは危険だ。
いつあいつが爆発するかわからん。
俺は軽トラから飛び降りると、囲いに向かって歩き出す。
「(うっす、どうも)」
「(センセイ!?ダメ、下がってクダサイ!)」
するすると割って入り、ライアンさんの肩を叩く。
驚きつつも、小声で返してくるライアンさん。
「(田中野さん、何してるんですか!?)」
その横で男に向かって拳銃を構えながら、森山さんも返してくる。
ライアンさんも森山さんも、決して視線を男から逸らさない。
「(あいつ、早めに何とかしないとヤバいっすよ。ここの防衛を担当している人たちより、俺が『やる』方がいいでしょ?)」
もし、もしも誤射や流れ弾で高山さんが死ぬようなことがあったら。
そのヘイトは防衛側へ向かう。
この状況下での不和は、共同体の崩壊を生むだろう。
だが俺なら?
現状無関係の俺が下手を打っても、防衛側が失敗するよりはマシだろう。
なんだかわからんアホが失敗したってだけだもんな。
まあ、もっとも。
失敗する気なんてサラサラないんだが。
あの子に何かあったら、高山巡査に腹切ってお詫びしてもまだ足りない。
「おーい、キミキミ」
わざと明るく男に声をかける。
背後から『おいマジかこの馬鹿』みたいな目線が突き刺さってくる。
「なんだぁ!?てめえ!!」
男が血走った目で俺を睨む。
おうおう、こりゃヤバいわ。
遅かれ早かれ暴発する目つきをしている。
遠くで見た時はわからんかったな。
「通りすがりのもんだよ、見ての通り丸腰さ」
今の俺はさっきまでの稽古のせいで上半身はインナーだけだ。
ベストはさっき軽トラの荷台へ置いてきた。
「なあなあ、人質にするなら俺にしときなよ。その子じゃ怯えすぎて色々不都合だろう?」
丸腰を示すようにくるりと周り、笑顔を意識する。
そうしないと殺気が漏れそうだからな。
「なんだよおっさん!!来るなあ!!」
「落ち着いて落ち着いて、ホレ、なんなら両手を手錠で固定してもいいからさあ」
じりじりと近付く。
正門の後ろの連中はまだ動かない。
「・・・本当だろうなあ!?」
「ホントもホントだよ、防弾チョッキもないし撃たれたら即死だよ俺は。その子にはちょいと縁があってねえ・・・な、頼むよ?」
さあ、早くしろ。
気を逸らせ。
油断しろ。
伸びすぎた前髪がいいクッションになってくれている。
俺の表情は見えにくいだろう?
「・・・ぁ」
高山さんが、やっと俺に気付いたように目を見張る。
その顔は殴られたせいで痣や血に塗れている。
・・・頑張ったね、もうちょっとだけ我慢してね。
子供の顔をボコスカ殴りやがって・・・おっといけない殺気が漏れる。
「そうだ、なんなら俺の家にある物資も好きに持って行っていいからさ。案内するよ・・・結構溜めこんでるんだぜ?」
「・・・っ」
お、揺れてる揺れてる。
女だから人質に取ったわけじゃないのか。
色気より食い気ってわけか。
その時、正門の外にいる一団から声が飛んだ。
「リョウタぁ!!ふっざけんなよオイ!!そんなオッサン人質にすんじゃねェぞ!!」
・・・余計なこと言いやがって。
外の連中は女子高生がお気に入りらしい。
「わ、わかってるよォ!!」
リョウタとやらが顔をのけ反らせて答える。
・・・マヌケが!!
目前にいるのに視線を逸らしやがった!
インナーの左袖口に隠した棒手裏剣を抜き、一息で投擲する。
空気を切り裂いて飛ぶ手裏剣は、狙い通りにリョウタの拳銃を握る手首に深々と突き刺さった。
よし!あそこなら引き金は引けないし、引かせる暇も与えん!
「あえ!?」
間の抜けた悲鳴を上げるリョウタ。
こちらを振り向くその顔面に、走りながらもう1本投擲。
「っえぇ?」
棒手裏剣が右目に突き刺さるのと、飛び掛かった俺が拳銃を握った手首をへし折るのはほぼ同時だった。
「っぎぁ!?やめt」
高山さんの首から手を外しつつ、リョウタの首を掴む。
世迷言を吐こうとする、その喉笛を握りしめつつ思い切り横に捻る。
ごぎ、と鈍い感触が伝わった。
「ぬぅ・・・ん!!」
フリーになった高山さんの体を避けつつ、リョウタの首に肘を乗せて地面に叩きつけた。
俺の全体重が、肘の一点に集まる。
「げきょ!?」
電気に打たれたように一瞬痙攣し、リョウタはそれきり永遠に静かになった。
「神崎さんっ!!」
そう叫ぶと、間髪入れずに耳慣れた銃声が聞こえる。
「え」「あっ」「なんっ」
リョウタがやられるのを、ぽかんとした間抜け面で見ていた外の連中。
そいつらがバタバタと頭をのけ反らせて倒れていく。
あっという間に4人は地面の上で永遠の眠りについた。
さっき軽トラの上にいる時に、3階の窓から神崎さんが見ていたのに気付いていたんだ。
見ていたなら、俺の行動に合わせて必ず動いてくれる。
そう思ったがやはりドンピシャだったようだ。
さっすが相棒。
頼りにしてますよ。
「八尺鏡野さん!高山さんを!」
「はい!」
地面にへたり込んでいる高山さんに、八尺鏡野さんが駆け寄る。
「医療班!搬送準備!・・・よく頑張ったわねあきらちゃん、もう大丈夫よ」
「みっ、みやこ、みやこさ・・・う、うぐ、うううううううううううううう・・・!!!」
周囲に声をかけ、八尺鏡野さんが高山さんを優しく抱きしめる。
その途端、高山さんはその胸の中でわんわん泣きだした。
この場合、男の俺が近くにいる方がまずい。
男にひどい目に遭わされたんだからなあ・・・トラウマになってなけりゃいいけど。
野次馬もかなり集まってきている。
そりゃなあ、あれだけ大騒ぎすれば当然か。
・・・ん?
なんか野次馬の中に変な動きをしている奴が・・・
「ライアンさん俺の刀!」
「は、ハイ!!」
伸ばした手に、飛んでくる愛刀。
律儀にベルトに差して持っていてくれたようだ。
そいつを引っ掴みつつ、ライアンさんの方向へ走る。
「ごめん!しゃがんで!!」
「ハイッ!!」
素直にしゃがむライアンさんの、その肩を足場に跳び上がる。
防衛隊の囲いを飛び越え、跳躍の頂点で鯉口を切る。
視線の先には、懐に手を入れる焦った表情の男。
「しゃあっ!!!」
柄を握り、空中で刀を振り下ろす。
その勢いに従って鞘がすっぽ抜け、回転しながら男の方へ飛んでいく。
南雲流剣術、『月輪』
本来は鞘を持って刀を飛ばす技だが、今回は逆にした。
もし間違ってたら洒落にならんしな。
・・・間違っていたら土下座しよう。
「あがっ!?」
狙いは外れず、回転する鞘は男の顔面に命中した。
柳生拵えは鞘が頑丈だからさぞ痛かろう。
その衝撃で男はもんどりうって倒れる。
懐から出てきた右手に握られていたのは、黒光りする拳銃だった。
・・・ビンゴぉ!!
着地の勢いを殺さず、そいつ目がけて走る。
「って、てめ・・・」
倒れたままの男が、俺に向けて震える手で拳銃を構えようとする。
は、ちょいと遅いな間抜けが!
「っし!」
「ぎ!?がああああああああああああっ!!ああああああああああああああああああ!!!!」
走り込んだ勢いで、下段から跳ね上げた刃が男の人差し指と中指を切断する。
これなら物理的に引き金は引けねえだろうよ。
喚く男の頭を蹴り飛ばして失神させ、ぞんざいに止血をする。
死ぬほどの傷じゃないが、万が一死なれでもしたら大変だ。
こいつは、たぶん外の連中と繋がっている。
よしんば無関係だったとしても、この状況下で拳銃を隠し持ってるなんざどの道ロクな人間じゃない。
気絶した男は警察によって運ばれていった。
これで少しは状況が分かるといいなあ。
「その場から動かないで!荷物を調べます!!」
「変な動きをしたら撃つぞ!!」
「子供タチは隠れていて下サァイ!!」
俺の行動を見た人たちが、野次馬に向けて言う。
そうそう、まだ他にもいるかもしれないからな。
生徒や子供はともかく、ここに縁もゆかりもない避難民は気を付けた方がいい。
・・・世知辛い話ではあるが、これが今の世界なのである。
ゾンビより人間の方がよっぽどタチが悪いや。
あ、黒ゾンビは別としてね。
その後、避難民の皆様は体育館に隔離されて持ち物検査を受けた。
その結果、避難民の中から怪しい奴が5人ほど見つかったようだ。
態度がどうにも怪しい上に、懐やポケットに拳銃を隠していたからだ。
クロとはまだわからんが、そこはそれ。
ここには尋問のプロが山のようにいるからな。
そっちに任せることにする。
ちなみに神崎さんは女性陣の持ちもの検査を手伝っていた。
俺は途中まで威圧の意味も込めて抜き身の刀をちらつかせて体育館に立っていたが、5人が隔離された辺りで退散した。
これ以上は必要なかろう。
その後は何もすることがないので、正門外の死体を片付けた。
やつらが乗ってきたワゴン車に奴らを詰め込み、そのまま近所の空地へ埋めてきた。
楽な仕事である。
ゾンビと違って腐るからしっかり埋葬だけはしとかんとな。
変な疫病でも流行ったら困るし。
「お疲れ様です、田中野さん」
埋葬を終えて御神楽高校に戻ると、丁度正門の所で神崎さんが待っていてくれた。
そっちの方がお疲れでしょうに。
「いえいえ、軽いもんですよ・・・そっちの方はどうなりましたか?」
「避難民も生徒たちも、少し動揺していますが・・・しばらくすれば落ち着くでしょう。あの時に集まっていた方々は・・・ショックが大きいようですが」
ふむ・・・まあそうだろうな。
切羽詰まってたとはいえ、目の前で5人死んで1人大怪我だからなあ。
4人の方は距離があったが、2人の方は刀と暴力だもんなあ。
「あ、そういえば・・・タブレットの方はどうなりましたか?」
「オブライエン少佐に渡しました。解析結果は後日教えていただけるようです」
その場でパスワード判明!とはならんかったか。
適当にいじってデータが吹き飛んだら困るから、当然か。
中身は気になるが、専門家に任せよう。
「なるほど。あ、高山さん・・・あの時捕まってた女の子は大丈夫ですか?」
「ああ・・・彼女は個室で休んでいます。少しショックが大きいようで・・・」
しょうがない。
あんな目に遭ったんだからなあ。
「外傷は大したことがないので、それだけは幸いですね・・・」
「それはよかった、傷でも残ったら大変ですからねえ・・・時間が解決してくれることを祈りましょうか」
八尺鏡野さんもいるし、友達も大勢いるからな。
今回のことは犬にでも噛まれたと思って、いつか元気になってほしい。
お父さんのためにも。
「ふふ、やっぱり子供には優しいんですね、田中野さん」
「動物と老人にも優しいですよ、たぶん」
「そうでした、ふふ」
基本的に、攻撃してくるやつとしてきそうなやつ以外には優しいぞ、俺は。
最近はサツバツとしている奴らが多すぎるんだ。
俺は悪くねぇ!
ワゴン車を駐車場に停め、たまたま近くにいた森山さんにキーを預ける。
あいつらの乗っていたワゴン車は・・・ここに寄付しよっか。
別にいらないし。
「センセイ!センセーイ!!」
いつにも増して目をキラキラさせたライアンさんが走ってきた。
まるでアメフト選手みたいだぁ・・・
「あ、ライアンさん・・・肩は大丈夫ですか?」
「ノープロブレム!ゲンキゲンキ!!」
ライアンさんが差し出してきた手を握る。
「センキュー!センセイのオカゲサマ!デス!」
「いや・・・こっちこそ勝手にスタンドプレーしちゃって・・・」
「ノーウ!アノ子が助かったのがベストです!イッチバーン!!」
どこのレスラーだよ。
・・・まあ、『横槍入れやがってえ!!』とか言われるよりはマシか。
あの時の選択に後悔はないが。
ああしなければもっとひどいことになっていたんだろうし。
興奮した様子のライアンさんにしばらく付き合い、今日の所は退散することにした。
これ以上ここにいても得るものはないし、大暴れしちゃったからな。
ほとぼりが冷めるまで来ないでおこう。
・・・来たら来たで八尺鏡野さんとの再戦とか、出稽古もどきとかが増えそうだが。
「・・・あのっ!おじさんっ!!」
神崎さんと帰ろうとしていたら、校舎の3階から呼ばれた。
見上げると、高山さんが窓から顔をのぞかせていた。
顔には各所に絆創膏や包帯が見える。
痛々しいことだ。
「あ・・・ありがとうございましたっ!助けてくれてっ!!」
・・・怖かっただろうに。
無理しなくてもいいのになあ。
・・・まあ、あんないい子なら助けた甲斐があったってもんだ。
「どういたしまして!ゆっくり休むんだよ~!」
手を振り返し、車に乗り込んでエンジンをかける。
高山さんは、軽トラが見えなくなるまで手を振っていた。
「・・・あんな子ばっかりなら、世界は平和だろうになあ」
「ふふ、そうですね」
ハンドルを握りながら煙草をふかす。
ままならんもんであるなあ・・・
「ところで、八尺鏡野警視と試合をされたそうですが・・・」
・・・ままならんもんであるなあ。
俺は、神崎さんの追及をかわしながらアクセルを踏み込んだ。




