35話 悪夢と師匠のこと
悪夢と師匠のこと
「おー、久しぶりだなあ」
澱んだ空。
腐った空気。
薄暗い視界。
俺は、いつぞやの悪夢をまた見ている。
明晰夢、というやつだろうか、これは。
・・・それだったらもうちょっといい夢を見たいものだ。
空を飛ぶ夢とかさあ。
「さてさて、今度はどれくらいかかることやら」
現実世界の俺は重傷・・・のはずだ。
8時間睡眠でバッチリ全快!!といくはずはない。
ああ・・・またみんなに心配かけてるんだろうなあ。
・・・もしも死んでいたらこれが死後の世界ということなので、その線はナシでお願いしたい。
地獄より酷えぞ。
さてと、そろそろ亡者が妄言を吐きながら襲い掛かってくる時間だな。
現実とは違って怪我をしていない状態なので、問題なく大暴れできるぞ。
・・・左肩、治るといいなあ。
肩甲骨とか重要神経とかは大丈夫だと思うけど・・・
肩を回し、愛刀を引き抜き・・・俺は前に進んだ。
進んだ・・・んだが、こりゃ一体どうしたことだ。
誰も、いない。
以前はあれほどいた亡者が全く出てこないのだ。
・・・アレか?ひたすら彷徨わせ続けるっていうジャンルの悪夢か?今回は。
だったら歩くのやめようかなあ・・・
「・・・んん?」
前方に山のようなものが見える。
なんじゃあれ。
行ってみるかなあ。
とりあえず赤の扉も選んでおくタイプだし、俺。
近付くにつれ、その山の様子が明らかになってきた。
「なんじゃとて・・・?」
それは、亡者の死骸でできた山であった。
100を超えそうな数の亡者が、うず高く積まれている。
おお・・・?なに、今回はこういう趣向?
ダークファンタジー的な?
呆気に取られていると、山の頂上に誰かがいることに気が付いた。
そいつは頂上の死骸に腰かけ、俺の方を見ている。
え?お、お侍様・・・?
黒い着物を着込み、編み笠を被った侍がそこにいた。
っていうか・・・まんまあばれ旅とかしてそうな柳生オーラを感じるぞ、おい。
何で俺の深層心理にこんなのが・・・?
え?ひょっとして俺のご先祖様、裏柳生とかだったりすんの?
そんな時、侍が口を開いた。
「いい修行場を持っておるのう・・・小僧」
「し、師匠・・・?」
編み笠越しの若干くぐもった声だが、それは俺がよく知る師匠の声だった。
なんで俺の悪夢にコスプレした師匠が・・・?
「・・・わしはそう、お主の深層心理が作り出した幻影のようなものよ」
はへえ。
すげえな俺の深層心理。
あまりにもフィクション過ぎじゃありませんかね?
「ゾンビが蠢いている現実も、十分フィクション的じゃろうが」
「・・・確かに」
からからと笑いながら、ひょいひょい山を下りる師匠。
夢だけどさ、相変わらず身が軽いなあ。
爺さんとは思えない。
「さて、どうする?」
目の前に立った師匠が、面白そうに聞いてくる。
「わしは、何をしたら良い?」
・・・これが、俺の深層心理が作り出した幻影でも。
自己満足に過ぎなくとも。
聞いておきたいことがある。
「師匠、俺は・・・いつも失敗する。いつも周りに心配かけちまう」
内心を吐露する。
今も、現実で俺を心配してくれているであろう皆を想う。
「あの人たちを信じてないわけじゃないんだ、信頼してる。でも、守りたいから、死んでほしくないから、いっつも無茶して・・・どうすればいい?どうしたら・・・安心してもらえる?」
俺は、俺の好きな人たちを助けたい。
誰にも、死んでほしくない。
俺の命なんざ二の次だ。
でも、心配もさせたくないんだ。
師匠は腕組みをしたまま、すぐに口を開いた。
「強くなればいい」
なんてことはないように、そう言った。
「お主が弱いから心配される。お主が死にそうじゃから、心配されるのよ」
「弱い、から・・・」
「簡単なことじゃろう?」
くく、と肩を揺らす師匠。
「お主が撃たれなければ、怪我をしなければ、死にかけなければいいだけのことじゃ・・・ならどうするか?簡単なことじゃ」
編み笠から覗く鋭い竜のような目が、俺を射貫く。
入門の時を思い出す。
「強くなれ。誰にも殺されぬように、誰も・・・殺されないように強くなれ」
「・・・」
「十全に鍛えよ、総身を鍛えよ、技を鍛えよ、心を鍛えよ」
朗々と、まるで詠うように師匠は言う。
「手に入れよ、おのが望みを満たす力を。そして大事なものは・・・決して掌から、こぼすな」
「でも、でも俺は、零してしまった」
脳裏に浮かぶ、顔。
夕暮れの教室で微笑む少女の顔。
「ならば掬え。覆水は盆に返らぬが、盆が割れねばまた掬える」
「・・・それでも、いいのかな、師匠」
「辛くとも、苦しくとも、前に進まねばならぬ。振り返ってもそこには死人しかおらんぞ、小僧」
ぽこんと頭をはたかれる。
痛くないが、とても痛い。
「それにのう・・・死人も、後ろばかり見ているわしらは・・・見たくないじゃろうよ」
胸が詰まる。
夢の中だというのに、涙が零れてくる。
「それでも、それでも俺は・・・あの人たちを助けたかったんだ!死んでほしくなかったんだ!!」
血でも吐くかのように、喉から声を絞り出す。
「それでも、進め」
頬を叩かれた。
「涙を吞み、血反吐を吐き、わめきながらでも、這いずってでも前に進め。悔恨を足場に、絶望へ斬り込め」
また叩かれる。
「怒りを踏みつけ、窮地を飛べ。苦悶を押し殺し、怨嗟を砕け」
そして、最後には頭を撫でられた。
子供のころのように。
「憤怒を振り上げ―――理不尽を、斬り裂け」
懐かしいなあ。
昔言われたこと、そのまんまだ。
忘れていたけど、でも心の中ではちゃんと覚えていたんだなあ。
「さあて、やろうか」
ひとしきり泣く俺を見た後。
師匠は刀の柄に手をかけた。
「あ、やっぱり?」
「当たり前じゃろ、2人の戦士が顔を突き合わせておるのに、戦わずしてどうする?」
深層心理の師匠ラーニングすげえな。
現実そのまんまだよ、おい。
「まだまだ時間はある。糧とせよ」
正眼に刀を構える。
師匠は、居合の体勢のままだ。
凄まじい、殺気。
喉がひりつくのを感じながら、名乗る。
「南雲流剣術、田中野一朗太・・・」「南雲流剣術、田宮十兵衛・・・」
「「参る!!」」
そうして俺は足に力を込めて踏み切り、上段に振りかぶろうとして―――
一瞬で両手首を切断された。
「~~~~~っ!?!?!?」
夢の中だというのに激痛が走る。
ぐああ!そこはサービスしろよオイ!?
しかし見えなかった。
抜刀が、全く見えなかった!!
ははは、すげえ。
師匠の、師匠の『紫電』だ!
昔見たあの『紫電』だ!!
「馬鹿正直に踏み込む奴がおるか、戯け」
「っぐううううう・・・うう、は、ははは、はははは!!」
瞬時に手首が生える。
夢でよかったァ!
仕切り直しだ。
「っし!!」
さらに踏み込み、下段から切り上げ。
「遅い」
今度は喉を突かれた。
「ごば!?・・・あああああ!!!!」
大きく沈み、足首を刈る。
「見え透いとるのう」
回避した師匠の膝が、顔面にめり込む。
目が潰れ、吹き飛ばされる。
「しいいいいいいあっ!!!!」
飛び起き、脇構えで肉薄。
切り上げの軌道を変換し、腹を薙ぐ軌道へ。
「ほい、ほいっ」
少し抜いた脇差で防御され、刀の柄尻で鼻を砕かれる。
「まっだ、だああああ!!!!」
防御されたまま、蹴りを胴体へ。
「そこは退くべき、じゃったのう!」
一瞬んで地に沈んだ師匠に、軸足の足首を刈られる。
「がああ、あああああ!!!」
落下しながら太腿を斬りつける。
「ぬうん!!」
恐るべき近距離でそれを防がれ、狭い空間にも関わらず反転した切っ先で顔を割られる。
「っぎ!?があああああっ!!!」
倒れながら足首に体重を乗せ、回転しながら脛を狙う。
「ほう、速くなったのう『草薙』」
称賛されながらも、宙に跳んだ師匠のニ連蹴りが俺の首を砕く。
吹き飛んだことで間合いが開く。
「ぬうううううあっ!!」
八相に構え、走る。
間合いに入り、横薙ぎの軌道。
そうしつつ、鯉口を切っておいた脇差を腰の動きで抜く。
空中に取り残された脇差の柄を、刀の柄尻で叩いて飛ばす。
南雲流剣術、奥伝ノ一『飛燕・春雷』!!
「せい、はっ!!」
師匠もすかさず『飛燕』
驚きべきことに、切っ先に切っ先を当てられ、脇差2本は宙で回転しながら互いに弾かれる。
「っし!」「はっ!!」
宙に浮いた、師匠の脇差を蹴る。
師匠も、俺の脇差を蹴る。
「っが!?」
俺の『飛燕』は防がれ。
師匠の『飛燕』は俺の土手ッ腹に突き刺さった。
「ごふっ!?」
「はっは、『飛燕』の使い方は上達したのう。じゃがまだ詰めが甘いわい」
腹から脇差を引き抜き、投げる。
「おっと」
師匠はそれを、何事もないかのように掴んだ。
「ほれほれ、どうしたどうした」
「まだ、まだぁ!!」
口元の血を拭い、深呼吸。
ゆるゆると上段に振りかぶる。
師匠は下段、迎撃の構え。
師匠相手に後の先狙いなんて無理だ。
俺から、行くしかない!
大地を蹴る。
上段から振り下ろす・・・と見せかけて力を抜き、袈裟斬りの軌道へ。
「っしゃあ!!」
わずかな見切りで躱した師匠の切り上げが、俺の右目を潰す。
躱されることは織り込み済みだ!
「ぐううああああっ!!!!」
振り抜いた勢いを殺さず、手の内で握りを瞬時に入れ替え、刀身を旋回。
再び同じ軌道で振り下ろす。
南雲流剣術、奥伝ノ三『連雀』!!
俺史上最高最速で放たれたそれは。
師匠の編み笠を斬っただけだった。
「はぁあ!!」
師匠の反転した切っ先が、俺の胸を深々と貫く。
衝撃にこらえきれず、吹き飛ばされて転がった。
すぐさま立ち上がって構えると、師匠が大笑いしていた。
「くふふふ、はっは、ははははははははは!!!!」
おい、そんなに笑うことないだろうが。
「ふふふ・・・ふぅ」
師匠はひとしきり笑った後、刀を鞘に納めた。
「やるではないか、小僧」
「・・・編み笠斬っただけだよ」
右目も犠牲にしたしな。
実戦じゃあこうはいかない。
「ふん、在野にわしほどの使い手がそうそうおるかよ」
・・・まあ、そりゃそうだ。
こんなのがもっといたら、黒ゾンビなんて3日で絶滅するぞ。
「さあて、まだまだ・・・と言いたいがそろそろ時間らしいわい」
肩をすくめて師匠が言う。
目覚まし機能付きなのか、この悪夢。
「小僧、これはのう・・・まあ奇跡のようなもんじゃ、二度はないと思え」
「何度もこんな目にあいたくないから、そりゃありがたい」
師匠の足元が揺らぎ、空間全体が明るくなってきた。
「減らぬ口よのう、相変わらず・・・」
「そりゃあね、師匠の弟子だからさ」
俺達は、顔を見合わせて笑い合った。
「さて、わしも行くとするか・・・小僧!!」
なにやらぶつぶつ言っていた師匠が、俺に向かって叫ぶ。
「免許皆伝・・・にはちと早い!仮免合格としておいてやろう!!」
なにやら、嬉しくてたまらないといった表情の師匠。
「精進せいよ、一朗太!」
初めて、名前で呼ばれた気がする。
「守ってみせい、その腕で!!」
視界が霞む。
体が起きようとしているのか。
「あがいてみせい、その脚で!!」
何かを言おうとしたが、声が出ない。
夢の中でも、金縛りにあうなんて。
「勝てよ!!一朗太!!!」
それきり、視界は真っ白になった。
・・・へ、あの爺さん。
夢の中でもいいこと言うなあ・・・
「・・・む、う」
目を開けると、そこは暗がり。
ここは・・・高柳運送の、休憩室・・・か?
しばらくすると目が慣れてきた。
やっぱり休憩室だ。
敷いた布団に寝かされている。
神崎さんたちの寝場所、取っちゃったなあ。
今は、何時くらいだろうか。
体が重い。
熱も出ているようだ。
あっちこっち怪我してるからなあ。
当然か。
両足・・・動く。
右手・・・動く。
左手・・・動くけど肩が超痛い。
ふう、これは長引きそうだ。
息を吐き、天井を見つめる。
・・・さっきの夢、すっごいリアルだったな。
ありありと思い出せる。
師匠との戦いも、言われたことも。
「濃い夢だったなあ・・・」
なんというかリアルで。
今でも斬られた感触が生々しく蘇ってくる。
VRなんて目じゃないな。
もう二度と体験したくないけれども。
「しかし師匠・・・なんか、こう・・・感じが違ったような」
夢補正でもかかってんのかな。
なーんかこう、俺の知ってる現実の師匠より・・・
なんつうか、若かった気がする。
まあな、夢だもんな。
そりゃ、整合性も糞もないわな。
「んぅ・・・」
益体もないことを考えていると、何か聞こえた。
暗闇に馴れた目で周囲を見回す。
「むぅ・・・おかわり」
「売り切れですぅ・・・」
休憩室の隅に、寝言で会話している2人の影。
神崎さんと、後藤倫先輩が毛布にくるまって眠っている。
看病してくれていたのかな。
2人ともかなり疲れているように見える。
どれくらい寝てたのかな、俺。
煙草が吸いたいが、この状況。
起こしてしまっては悪いし、そもそも煙草の所在がわからん。
もうひと眠りするとしようかな。
・・・お?
布団の中に何か・・・?
そうっとめくると、丸まったサクラが寝息を立てていた。
はは、こいつにも心配かけちゃったなあ・・・
この先何があるかわからんが、頑張ろう。
・・・仮免ももらったことだしな。
スピスピと鼻を鳴らすサクラを起こさないように撫で、俺は再び目を閉じた。
「強くなりてえなあ・・・」
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