歩美、猛獣の本気度を知る
どうやったのか知らないが、美代の午後の授業が終わった時点で、報道陣は全ていなくなっていた。
やはり大原の力は凄いらしい。歩美ちゃんなんて、
「最初からヤレッていうんだよ。こんなことガールフレンドに心配させるなんて、TYだな」
と、鼻息荒く吠えていた。
「ちょっと待って、ガールフレンドっていう設定。まだなにも認めてないけど、あと何そのTYって?」
「あー、つかえない、やつ、でTYだよ。でも、美代。言っていいのか躊躇うけど、美代が心を決める前に言っておく。そう言うことなんだよ。美代。大原総裁と付き合うって。外堀を埋めてく作戦なのかもしれないけど、もしかしたら、美代に分かって欲しかったのかな、自分の立場を……」
「立場を?」
「あのさー、あんまり探りたくないけど、自分の携帯番号を教えたくらいだよね、なんか言ってなかった?」
「あー、まーーー、なんだろう」
かなり甘い言葉や羞恥心を煽る言葉を言われたことを思い出し、顔を赤らめる。
「美代。あいつの口説き文句なんて、聞きたくないよ。違うこと」
「なんだろうな。あ、無難だけど、『困った事があったら、電話しろ』言っていたな。それだけかな?」
歩美はただじっと美代を見つめた。歩美はちょっと美少女で将棋オタクプラス星空観察趣味の変わり者だが、あの大原蓮司という男の力をみくびっている訳ではない。
例えその人物に悪態をつく度胸はあれども、大原財閥の総裁の影響力を無視しているのではなかった。知っているからこそ、親友、美代の為に、相手の手口を探る為にからこそ、わざと大袈裟な悪態をつき、不意にでてくる言葉に相手の心理を探っているのだ。
「電話してこいっていったの? 総裁が?」
「え、まあ、困ったらって、言っていたけど。それにさっきしたじゃん。歩美ちゃんがだけどね」
「まあ、役にたったか」とか、美代は呑気な調子で言っている。
歩美はこのなんとも無頓着な友人を信じられないと言った表情で見つめる。
マジなんだ、総裁。そうとしか考えられない。
普通の恋の遊びなら、自分の秘書あたりの電話だろう。きっと甘い言葉なんかを残しながら……。
あの蓮司だ。真田というかなりの策略家をつけながら、自分に連絡しろと言う意味を歩美が考える。
「美代、避妊だけはきちんとしてもらいなさい!」
一瞬、美代達が歩いている周りの大学生達が振り返る。
「あ、歩美ちゃん! なんてことを!!」
恥ずかしさに顔を真っ赤にさせて、否定をしようとしたのだが、その横に真っ青になり棒立ちしている七瀬君が居たことに二人は全く気がつかなかった。はっと我に返った七瀬が、勢いよく歩美と美代に近づいた。二人は校門を出ようとしているところだった。
「あれ、七瀬君!」
「美代、さっきの話、本当かよ!」
美代の肩をぐいっと自分の方に寄せる七瀬。
「え? 何? なんの話?」
「あーー、七瀬君。聞いちゃったか。すまん、遅いな。君の出る番はないよ。美代はとっくにあいつのもんだ。やばいから手を出さない方が身のためだよ」
「歩美ちゃん! 何言ってんの! なって無いから! そんなことになって無いから!」
「「え?」」
三人が校門の前でお互いに唖然とした表情で見つめ合う。
「待って、美代。あんな凄いデートをブチかましながら、しかも、お泊まりしておいて、ま、まさか! あの猛獣が……手を出さなかった?!」
「だ、大丈夫ってことか? セーフなのか? なんだよーー!」
「皆やめてよ! そんな公開処刑のような言い方!!」
「だって、なかったんだろ?何にも」
「え? いや、よくわかんないけど、まあ、キスとかはされたかも……わーーー、ぎょわぁーーーーなに! 何言ってんの、私!! 皆やめてよ!」
「美代、やめとけよ。会長なんてさ、身分が違いすぎるし、遊ばれているかもしれないぞ。夢中になったあと、捨てられてお前に何が残るんだよ。相手はなんでも持っている奴じゃないか。でも、俺だったら、お前と一緒にお前と同じ視点で考えて、一緒に頑張れる。美代……」
「お、七瀬。男気出したな」
本当ならもっと茶々を入れる歩美だが、真剣な七瀬の気持ちを汲んでかそれ以上は口を挟まなかった。
でも、ふと目線をそらした時に、前方からこちらに直進で歩いてくるスーツ姿の長身の男を見て、歩美がちょっと呟いた。
「七瀬、いまそこが問題ではないと思うよ。多分、こちらかも」
にっこりと爽やかな笑顔で男が話しかけてきた。
「ごめん。美代ちゃん、待てなくて来ちゃった」




