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美代 覚悟する

 「え? 美代、どうしたんだ?」


 なにか急に態度を変えた美代を蓮司が心配する。さっきまでおどおどしていたのに、別人のような変わりようだ。


 「なに? 蓮司?どうしたの?」


 平然な顔をして、パスタをどんどん食べていく。

 蓮司と呼ばれて嬉しいはずなのに、なにかが腑に落ちない。気のせいか?

 とうとう美代が俺に堕ちたのか?

 疑問と期待が蓮司の中で膨らんでいく。


 「ほら、何ぽかっとしてんの? 食べよう!蓮司」

 「美代、本当にどうしたんだ? 名前を呼ばれて嬉しいが、なんかお前、変だぞ」

 「な、何言っているんですか? 無礼講なんでしょ? もう最後まで楽しむことに決めたんです」

 「ああ、まあ、その楽しむことには賛成だが……」


 蓮司も驚いている自分を抑えるためか、ワインをぐいっと一気飲みした。

 空になったグラスに、吉澤が蓮司の飲んでいた白ワインを注ぎに来た。


 「私も一杯、くださ~~い!吉澤さん」


 なぜか酔っていないのに、急にハイテンションになった美代をふたりは驚いて見つめる。しかし、お客様に注いで欲しいと言われて、特に理由もないのにグラスに注がない給仕係などいない。

 ワイングラスに冷たく冷えているワインが注がれた瞬間、ぐいっとその黄色味がかった透明な液体を美代が飲んでいく。


 「美代。お前、それ飲んだら、帰さないぞ! わかっているのか?」

 「……うん」


 口をもぐもぐさせながら静かに美代が答える。


 「……な、なに?」


 半分冗談のつもりで忠告したのに、返ってきた言葉が意外過ぎて蓮司の言葉がつまる。蓮司の返答は半分唸っていた。

 しかし、その次の美代の一言は、また蓮司を驚愕させた。


 「……わかってるから」


 言葉を詰まらせながら、美代が返事をする。


 「……美代?」


 蓮司が、黙々とパスタを完食しようとしている美代を見つめる。


 「帰らなくてもいい……から」


 美代が下を向いていた。顔が赤い。まだワインを飲んだばかりなのに。

 ガタッといきなり、蓮司が椅子から立ち上がった。


 「吉澤、食事はあとだ。部屋へ行く」

 「は、はい……」


 吉澤もいきなりの展開にあわててしまう。


 「かしこまりました」

 「食事はあとで夜食をたのむかもしれん、悪いな」


 吉澤は返答の代わりに深くお辞儀をして、部屋から退出する。ここにいるのはちょっと気まずいし、シェフに話をしなくてはならない。


 「美代、本当にいいんだな。抱くぞ、お前を……」


 蓮司が美代の側ににじり寄り、顔を近づけて話す。

 こくんっと頷く美代。

 蓮司がぐいっと美代を腰から抱き上げた。


 「寝室へ行く……」


 蓮司はただ、それだけを言うと、美代をそっと抱き上げながら船内の廊下を歩いた。マスターベットまでへの道は美代にとっても蓮司にとっても、とても長いように思われた。美代は、一度は心を決めたものの、他の人に自分の顔や状況を見られるのが恥ずかしくて、蓮司の胸に顔を隠していた。


 そんな仕草でさえも、蓮司は美代の事が愛おしくてたまらなかった。彼の胸のセーターをぎゅっと握る小さな手が、蓮司の心を震わせた。






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