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デートの巻 肆

蓮司が美代を降ろしたところは、都内某所の劇場だった。最近始まったばかりのミュージカル仕立てのお芝居で、その独特な雰囲気と高度なパフォーマンス、そして、なんと言っても主演女優があの人気女優有紗だったので、なかなかチケットが取れない公演で有名だった。


「これって、あの有紗さんのお芝居」

「お前、前にファンって言っていただろう?」

「あ、あー、覚えていたんですか?恥ずかしい」

「当たり前だ」


お前の為に、芸能界から追放されそうな有紗自身をうちで身請けしたんだとは蓮司は言わなかった。そんな些細な事を言うほど蓮司の器量は狭くない。どちらかと言えば、美代が好きな物はなにがなんでも守ると思っている蓮司なので、当たり前の流れだった。


多くの人がすでに劇場の中に入っていた。会場前にはほとんど人がいなかった。しかし、劇場の入り口には、黒服の支配人のようなものが立っており、蓮司と美代が劇場のドアに来ると、深くお辞儀をした。


「蓮司会長。お待ちしておりました。ご用意してあります。間も無く始まります」

「うむ、急なところを悪いな」


案内された会場は、殆どの観客が座席についていており、蓮司と美代が明らかに最後に入場した。通されたのは二階バルコニーの一番前。


しかも、隣も背後も6名ほど見た事があるSPさん達が座っていた。


ーーわぁ、申し訳ないっす。お仕事させてしまって!


蓮司を連れ出せば、こうなると分かっていても、美代は連日働き続けているSPメンバーには頭が下がる。そんな美代の心情を組んだか、蓮司が美代に声をかける。


「美代。気にするな。あいつらもきちんとシフトは組んである。行くぞ」

「は、はい」


蓮司に促されて劇場の通路を歩く。多くの人が振り返る中、座席に座る。やはり、蓮司の容姿は姿を引くため、二階のバルコニーの観客が騒ぎだす。中には、「あれって、大原の、御曹司?」とか、「あ、有紗ちゃんの元カレ?」などという声も聞こえてきた。


しかも、なぜか一階の観客までこちらの二階を見上げている。


ーーうーっ。私、注目している人を眺めるのは、いいんですけど、見られるの、無理なんです!ああ、なんにも芸がないし!


座りながら萎縮していると、すぐに開演のブザーが鳴り、幕が上がった。


一度舞台が始まると、観客はそんなざわめきを忘れ、目の前の舞台に注目した。


まるで異世界のような夢のおとぎ話。魔法や魔術が溢れる世界。ワクワクとした期待感が広がる。舞台セットはかなり力が入っているようで、ここが日本だということを忘れてしまうような凝りようだ。


お話は有名なおとぎ話のパロディで、「眠ていた森の姫」というものだった。ほとんど最初は、あの名作に近かったが、あとは全く違っていた。長い眠りからキスによって起こされた姫が、自由に動け回る自分の身体に感動し、かなりのお転婆になるという話だ。しかも、何十年寝っぱなしだった彼女の価値観が全く古いおばあちゃんのようなので、現代的な考えの王子も家臣もタジタジなのだ。

彼女はものすごい働きもので、朝から晩まで働いて、王子たちや側近が心配するのにもかかわらず、「生きているんだから、働かなくちゃ」と言いながら、何もしなくていい身分なのに、勉強やら働くことをやめない。目を覚ましてハッピーエンドなはずのなのに、王子も周りも振り回す。しまいには、じつはかなりの人間不信者だった王子も、この姫と出会い、時を共にするうちに、再び人間の心を取り戻す物語だった。しかも、恋に落ちたと思っていたばかりの王子が振られ続けるというおかしなイベントが続く。


美女の有紗が、コミカルな役を巧みに演じ続けた。王子役の俳優さんは、新人らしいがかなり上手だ。これなら、すぐに人気が出そうだなと思う容姿と演技。美代はただ圧倒されられた。


でも、なんだろう。美少女なはずの主人公にとても同情というか感情移入してしまう。古臭い考えの主人公に、いちいち、そうだよね、分かる分かると思ってしまう。あれ?私もおばあちゃん感覚?そして、劇の途中から、蓮司が美代の手を握り始めた。ドキっとするが、物語に夢中な美代はあまり気を取られていない。


結局、なんだかんだのハッピーエンドだったが、やっぱり最後のラブシーンなどは見ているのがちょっと恥ずかしいくらい甘々だった。最後は観客がスタンディングオベーションの大喝采。それぞれの役者の演技力、歌唱力が見事な上、曲も構成も観客を巧みに魅惑するだけのものだった。


女優有紗が共演の俳優と壇上でお辞儀をする。それぞれ違うセクションに座る観客達を意識しながら挨拶をした。最後、何故か彼女と目が合った気がする。


そして、またまた何故か、ウィンクされた。


え?


これは、蓮司会長にだよねって思う。観客の拍手が鳴り止まない中、隣を見る。微笑む蓮司がいた。


彼が耳元で囁く。


「気に入ってくれたか?俺の"眠っていた姫"は?」


とか言ってきた。


えええ?


そして、今更気がついた。私たち、途中からずっと手を握りっぱなしじゃん!やばい、しかもこれは噂には聞いたことがある!恋人つなぎ?恥ずいっ!と、思って外そうと手に力を入れてたら、反対にぐいっと握られて身体を寄せられる。


「蓮司様。こちらからどうぞ」


SP達が他の観客と交わらないように、誘導してくれる。


「美代。悪いな、どうしてもあわせてくれってヤツがいるんだ。


えっと思っているうちに舞台裏に連れていかれた。大道具さんと思われる裏方さんやら、役者さん達が入り混じっている。さすが蓮司会長。こんな喧騒の中でも花道のように前がどんどん開いていく。蓮司が手を引っ張るのをやめてくれないので、ほとんど引きずられながら歩いた。


「きゃー、総裁。今日は来ていただき誠にありがとうございます」


いきなり、派手なドレスを纏った野太い声で話す大きな女性?が目の前に立ちはだかっていた。


「あら、もしかして、こちらが、ぎゃー、マチ子、嬉しい!」

「は、はじめまして。土屋美代です」

「えーー、やっぱり!美代ちゃんね。うれしー!」


分かってきた。このすんごい迫力満点な方、所謂、おねー系らしい。何故かバシバシと背中をそのマチ子さんに叩かれる。


「あなたね。この難攻不落の宇宙人を落した伝説の女は!」

「マチ子さん、あんまりからかわないでくれ。君があんまりしつこいと逃げるよ。こいつは・・」

「マチ子、ジェラシー。蓮司様にこいつ呼ばわりされたい!」


あまりにもの怒涛の会話についていけない。そこへ救世主のように有紗と新人俳優が入ってきた。

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