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デートの巻 壱

伊勢崎さんが玄関ホールで待っていた。


「これはこれは。お二人でお珍しいですね」

「今日はデートだ。伊勢崎。だから、美代は敬語などは俺に使わない。いいな」


どうやら蓮司はデートという単語を強調させている。その様子は、まるで初デートを自慢する中学生のようだ。


玄関ホールにて真田も見送りなようで、それはまあいいのだけれど、とにかく涙目なのだ。見送られるは、かなり恥ずかしいが、真田さんの態度が変すぎてその恥ずかしさを忘れてしまいそうだ。


「蓮司様、くれぐれも、お忘れないよう、あの、初心忘れべからず、石橋叩いて渡るですから!!」


「ふふふ。わかった。真田。肝に命じる」


「会長! 弘法にも筆の誤りですから!!」


「はーー、意外とお前はしつこいな」


「美代様。くれぐれも会長をよろしく頼みます。貴方しか、その止める方は最終的にはいないのですから。あと、何が起きても、絶対にこちらに無事にご一緒におかえりください」


といいながら、真田は力づよく美代の両手をつかんで握手をする。


美代が、え、はい、、、何?と頷いていると、


「なんだ。真田。伊勢崎の運転が心配か?」


蓮司がそう言いながら、ちらっと車の横に立っている伊勢崎を見る。


「大丈夫ですよ。真田殿。かしこまりましたよ。蓮司様。安全運転でいきますから、ご心配なく」


レディーファーストを意識してか、蓮司がベントレーの重厚な後部座席のドアを開ける。


「どうぞ。プリンセス」

「あ、いや、そのプリンセスってやめましょうよ。どうも気持ちが落ち着きません」


そう言いながら、その総革張りの席に入り込む。


「美代。何処か行きたいところはあるのか?」

「え、なんだか突然過ぎて、全く考えられないですけど」

「今日は、典型的なデートしてみるか?」

「なんですか? 典型的って??」

「まあ、映画とか一緒に観たり、遊園地などに行くらしいな。買い物ってもあるしな」


「あー、すごい。デートっぽいですね」


「じゃー、俺が適当にプランを立てていいか?」


ーーえ、いまもう車が発信している。その様子をニコニコ顔で伊勢崎さんが運転しながら様子を伺っていた。さすがプロだ。すでに、主人の意向を察して場所がわかるのだろうか?


「ちょっといくつか電話する。悪いな」


そう言うと、いつもお馴染み携帯を内ポケットから出した。


「今日は忘れてないですね」

と、言ってみたら、

「お前は、可愛すぎるな」

と、返事をされて、頭を寄せられて、頭上にキスされた。


こんな初デートでキスの雨って、もしかして蓮司会長って、欧米人?


そうなの?


それから、赤面する美代の横でチケットがどうのこうやら、時間を確かめている会話が進んでいた。その後も何本か電話をこなしていた。


「エレーナも頼む」


そんな言葉も聞こえてきた。女の人の名前にドキっとする。


全て終わったようで彼は満足そうだった。


「まずは買い物でもするか? でも、美代はブランド物だとなんだか引きそうなタイプだな」

「よくご存知で。わかってくださってありがとうございます」

「本当ならな、お前を着飾って、一流な場所で見せびらかしたいんだが・・」

「げぇっ」

「あ、お前、いま、げぇっ言ったよな」


優しく蓮司は美代の頭を撫でた。


「はははは、笑える。だけども、そんな着せ替えショウはいつだってできるしな。まあ、考えて美代がリラックスできる普通のデートを考えてみた」

「すみません。なんだか、気を遣っていただいて・・」

「あやまるな。俺はお前が楽しければ、それでいい。お前に見せたいものまでちょっと時間がある。なにか見たい物とかしたい買い物あるか?」

「あ、私、あんまりショッピングモールとかお買い物自体あんまり行きません。100均は別ですけど。でも、見るのは好きですよ。あー、でも、蓮司会長が、モールでウロウロなんて考えられないです」


「なんだ。それは、偏見じゃないか?」


じゃー、あそこにしようといって、港町で恋人達にも人気なエリアに車をむかわせた。


「あの、つかぬ事を聞いていいですか?」

「なんだ。美代」

「あのー、今日はボディーガードの方、ついているんですか?」

「気になるか?」

「んーー、たぶん、俺達に気がつかない距離でいるかもな」

「そうなんだ。やっぱり」


ーーこんなデートもやっぱり見られているんだと思うと恥ずかしいね。


そんな話をしながら、例の港町までやって来た。まだ昼過ぎなのに、土曜日だから街中は混んでいる。ここはモールがビルごとに並んでいるが、中で繋がっており、レストランもホテルもある。すぐ隣には、遊園地や公園などもある便利なところだ。すぐ近くにはチャイナタウンもある。最初はちょっと二人でチャイナタウンを歩いた。伊勢崎さんが赤門、チャイナタウンの入り口で降ろしてくれた。


異国情緒溢れる街中は、二人が紛れ込んでもあまり違和感がなかった。周りの派手な広告やら中国語が書かれた店の面構えに圧倒されたが、あまり、二人を注目する人もおらず、かなりリラックスした様子で、お互いに何が美味しそうとか、あれが変だとか言いながら通りを歩いていた。


「あ、蓮司。これ見て!すごい変なお面!」


被り物のお面で、白い顔に派手なメイクの女の人が描いてある。白髪混じりのお店の人がジロっと見てくる。


「ご、ごめんなさい」


お面の悪口を言って、気分を害したのだと美代は思い咄嗟に謝った。


「あー、いえいえ、違いますよ。素敵なカップルさんだなーと思いまして」

「え?」


美代が思わず声を出す。


「商売上手だな。ご主人かな?この店の?」

「はー、そうです。わぁ、本当、こちらは大したイケメンさんですねー。お連れさんも、昔の俺のカミさんに似ていて、可愛らしい方だ」

「そうか・・面を買ってやろうと思ったが、帰るぞ。美代。次へ行こう」

「えーと、ご主人、ごめんなさい!」


グイっと蓮司に引っ張られて、通りに戻った。


通りに戻った瞬間、多くの人が行き交う中で、蓮司が美代を抱き寄せた。その大きな体格の蓮司の厚い胸板が、美代の頭を包み込む。その抱きしめられる感触が美代を何か苦しい気持ちにさせた。


美代は、自分の心臓がものすごい勢いで鼓動しているのがわかった。でも、それが周りの喧騒と重なって、何がなんの音だかわからなくなってきた。心音と外の騒音が身体の中で混じりあい、自分の感覚がおかしくなっている。いくら年中無休で騒がしいチャイナタウンでも、道の真ん中で抱き合う二人には、通り過ぎて行く人達が目を向けながら、立ち去っていく。


「美代。俺だけを見ろ」

「あのー、私は、お面見てたんですけど」

「知ってる・・」

「えーと?!この状況・・」

「あの店主が余計なことを言うから・・・」

「へっ?何が?」

「わかっているんだろ?」

「ごめんなさい。全くわかりません。しかも、いま知らない人達から大注目でかなり、辛いです。うっわっ。なぜ、ここでぇ、つよ、く、抱きしめーる?うっ」


蓮司がさらに美代を抱き寄せた。蓮司の顔がすぐ美代の耳元にあった。


「ハァーー、唇にキスしたい」

「え、何?ダメ!」

「デート始まったばかりです!そ、そんなすぐにキスだなんて!破廉恥です」

「わ、わかった。後ならいいんだな?」

「え?違いますよ。お互いに気持ちを確認したカップルがですね、え?」


蓮司が何か小さな声で唸り声をあげた。


「美代。逃げないでくれ・・・」


ほとんど聞こえなかったので、美代が聞き返す。


「ええ? なんですか?」


「いや、いい。わかった。はやく気持ちを確認できるよう、俺も精進する! さあ、はやくもっとデートしよう!おいで、美代。次は行きたがっていたモール、行ってみよう!」


まるで少年のような笑みを浮かべ、自分の手を引く蓮司を見て、美代はハッとした。蓮司の、はにかみ笑顔が、美代の何を根底から覆した。


ガラスの膜が割れるような音がして、何か熱い感情が自分の身体の中を駆け抜けた。



蓮司会長・・・



正直、これ以上、貴方に近づくのは、マズイと思っている。


このゲーム。最初から私の負け?


蓮司会長の不戦勝?


地味女、木っ端微塵に、あなたの優しさに射抜かれている。


エロ王子だけど、


忘れん坊だけど、


イケメンすぎるけど、


バカだけど、あ、いや本当は天才系かな。いっつも何かしら、私を気にかけてくれる。お父さんの腕時計にお母さんのネックレス。ただのバカな忘れん坊で、カッコだけいい御曹司でいて欲しい。本当はさっきまで色々、自分に理由つけて貴方の好意を無下にしてきたけど、


・・・わかっている。


どんだけ、貴方が優しいか・・


でも、会長。私の勝手な理由だけど、私は付き合えない。地味女とか身分差とか、そりゃー、理由は数えきれないほどあるけど。


一番はね、違う理由。


もう二度と、特別な人は作らないと誓ったのだ。



でも、今日だけバカな貴方の隣にいます。


それを貴方は許してくれますか?




それでもずるい私は返事をした。


「はい、じゃー、次はモールですね」


笑顔で蓮司に答えた。



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