七瀬くん マジ真田さんのスマイルが怖いと思った件
カフェに着いてみんなでコーヒーやら紅茶などを頼んで、自由に空いている席に座った。
こんなところにすわっている燕尾服の真田さんだけが浮いている。
まあ普通のカフェにこんな格好のひと、いないよね・・・
美代は心のなかでつぶやいた。
だが、先ほどから、このカフェに着いてからの話題が変だ。
真田さんと歩美は、七瀬に将来的にどこの田舎で暮らしたいかと、エンドレスに聞いている。
「やっぱり島国なんだから、どう? もう南の下の下ーーあたりで、民宿経営っていいかもよ。今のうちから、いろいろ資格とりなよ。七瀬!」
歩美がなぜか田舎の旅館経営を七瀬に勧めている。
「え、七瀬くん。Uターン就職希望なの? 知らなかった!!」
「美代!! 違う!!おれ東京出身だよ!! Uターンなんか出来ねえよ。な、なんだよ。お前たち、どうして俺がそういうところに行くんだ!!確かに田舎は自然環境は良さそうだがな・・でも、おれ、一応、東京で就職を狙ってんだよ」
話の方向性についていけない七瀬が涙目だ。
「まあ、最初は東京で、そのうち、地方を回ればいいじゃないですか? いいらしいですよーー。最初は、まあ北海道とか、沖縄あたりでいいじゃないんですか?」
「さ、真田さん。どう考えてもおれを東京から一番遠くに飛ばそうとして場所を選んでませんか?」
「あ、わかります?よかった。あまりそういう事が通じない方だと思っていたので、かなり心配していましたが、よかったです。でも、一応、国内だから、いいじゃないですか?かなりの譲歩だと思ってくだされば・・・」
「マ、マジですか・・・」
「マジですよ。七瀬くん」
にっこり顏の真田さんが七瀬くんを見つめる。
「なに言ってんの! 真田さんも七瀬くんも。そんなこと真田さんが出来るわけないでしょ? しかも、七瀬くんは学生でまだ就職も決まっていないんだし、みんな悪ふざけはよしてよ!」
美代が助け舟を出すが、他の三人は著しく同意している様子がない。
ーー美代、全然わかってないね。出来るって、そんなこと!!
真田さん自身は出来ないけど、貴方のことを好きなあの方なら出来ちゃうでしょ!!っと心で歩美は叫んでいた。
ーーどうしよ。やばすぎる。おれ、かなりすげー悪いフラブを立てちゃったんじゃねーか。話からすると、蓮司会長の逆鱗に触れたのか? おれ、それともまだセーフなのか?? っていうか、おれ何にもまだ美代にしていないぞ。告白だってまだだし・・手さえ握っていないんだからな・・・中学生かよ!!
七瀬は、先ほどの美男子があの大原財閥の総裁と言われて、だんだん記憶が蘇ってきた。昔、経済新聞で読んだことがあった。その時は顔写真が載っていなかったので、顔は知らなかった。彼の経営手腕とそのカリスマ性が日本の経済を変えると書かれていた記事は衝撃的だった。旧体制をすべて取り壊し、財閥にありがちな癒着、甘え、天下りなどを徹底的に排除するというやり方は、かなり当初から話題となり賛否両論となったのだ。現場に顔を出す若き天才カリスマ経営者っという見出しだったような気がする。
ほとんど、顔出しをしてこなかった大原会長。
彼の理念や経営方針は、一時憧れでもあった。
海外での経験も豊富で、部下からも信頼され、新しいことを恐れないでする『人の為の経営』は、金だけを追い続ける企業のトップに布石を投げかけていた。自分の年俸を下げ、それよりも高い年俸をもらっている役員たちに一石を投げかけた。
「君たちは・・・それだけ価値がありますか?」
びびった役員や役職のお偉いさん方が、自分たちの年俸を自己申請で下げたと言われる。
そして、それでひねり出された費用をいち早くその当時まだあまり始めている会社が少ないとされていた社内保育園などに回したと経済誌は伝える。
いま現在、自分と同じ女性をあからさまにアプローチしている大原蓮司。どう考えてもおれが不利には違いない。
でも、おれ、諦めきれない。好きってそんな簡単に諦めきれないだろ?
「おれ、勝ち目あるのか・・・・」
ぼそっと心の声が出てしまう。
「ありませんよ。」
真田がまたにっこりと微笑む。
自分のまえでゆったりとコーヒーのブレンドを飲んでいる真田は、その営業的なスマイルで七瀬を見ていた。
恐ろしい笑顔だ。七瀬は実感する。やっぱり真田さんは大原会長の側近だけある・・
七瀬は初めて、真田という人は、笑顔で相手を刺すような言葉を言える人間ではないかと思ってきた。さきほどまでは、半分冗談だと思ってきたことが、本当はすべて真実だったら、怖すぎる。
「さ、真田さん、そんなはっきりと・・」
真田はコーヒーを一口また飲み終えて、静かにそれをテーブルに置く。
「まあ、着いてばかりですか、私はもう失礼いたします。いろいろとまだやらなくてはならない事がありますし・・・どうぞ3人で友人の時間を大切にしてください」
「え? 真田さん、もう行っちゃうんですか? もう少しいてくれれば・・」
美代が残念がる。
「・・・美代様。ありがとうございます。同じ言葉を蓮司会長にしていただければ、誰かさんが死ぬほど喜ぶでしょうね・・・・」
「・・・もうっ。そういう冗談はやめてください。わかりました。行ってもいいですよ。はい、はい、さようなら」
真田がちょっと困ったような笑みを漏らす。
「わかりました。これで、失礼いたします。あ、美代様。これが終わって、7時頃大原邸に来られますか? 迎えをよこしますから・・」
「え、はい、わかりました。よろしくお願いします」
「はー、よかった。蓮司会長も楽しみにしてますので・・」
そうして、真田は深く3人の学生に礼をすると、そのカフェを立ち去った。
七瀬が隣で、これまたコーヒーの器を持ちながら、唖然としている。
そして、沈黙をやぶって話し出す。
「おい、美代。お前って、なんていうか救いようのない鈍感女なんだな・・」
「おい、七瀬くん。君はそんな事を美代にいう資格はない。それより、今後の進路を考えろ!」
歩美が七瀬に横槍を入れる。
「な、なによ。七瀬くん。失礼でしょ。その言い方」
「それが美代のいいところなんだから、あんまり無理に開発しないでくれる? 七瀬くん」
「うわー、お前が隣にいると、美代がどんどん周りから遮断されすぎるんじゃないか? おれ、別の意味でなんだか美代が心配になってきたよ」
「なに言っての。少年。お前はいま、悪いフラグがいっぱい立ってんだよ。そんなこと心配している余裕はない!!」
二人の友達が訳のわからないことで口論していた。
美代はすごい幸せな気分だった。
こんな友達と無駄口を聴けるなんてサイコーの誕生日プレゼント。
なんだかニマニマしてしまう。飲んでいるミルクたっぷりのコーヒーが最高に美味しく感じられる。
「どうした。美代。顔がニヤけているぞ」
七瀬くんが口論を止め、隣の一人でにやけている美代を除いた。
「え? だって、嬉しんだもん」
「なにが? 美代?」
歩美ちゃんまでもが質問してきた。
「ごめんね。二人が話している時に邪魔して」
「いいんだよ。どうせ大したことじゃないから」
「こうやって、友達とカフェに入って、無駄話するなんて、ちょっとリア充すぎない???」
「「!!!!!」」
ふたりの美代の友達は心で泣いた。
ーー美代!!リア充の使い方、かなり間違っているけど、つっこめない!!だから、美代って、恋愛感覚がおかしいの? だから? そういうこと?
ーーなんてハードルの低いリア充なんだ。それがリア充っていうなら、おれ、リア充悶絶死してるぐらい、無駄話とお茶ぐらいは死ぬほどしているぞ。ああ、やっぱ、こいつ可愛すぎるな。僻地覚悟でアプローチしたいな。オレ、こいつのこと諦めきれないな・・・
そして、なぜかふわーーんとした温かい雰囲気がこの三人を取り囲んでいた。




